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31.ありがと
しおりを挟むおこりんぼが落ち着いた後、マキちゃんはいつの間に用意したらしい子供服を僕に着せながら、ふと問いを投げ掛けてきた。
「ところで、ヒナタは俺から離れてまで何処へ行こうとしたんだ」
半袖のブラウスを着て、ボタンをきっちりと留める。ハーフパンツとサスペンダーの装着はツバキさんに手伝ってもらいながら、僕はマキちゃんの問いにのほほんと答えた。
「ごあいさつよ。僕、ぶれーものちがうの。だから、しっかりごあいさつしにいったのよ」
そういえば、ぶれーもの挽回作戦についてマキちゃんにはお話していなかった。
とっても大変な大冒険だったから、マキちゃんにもしっかり教えてあげないと。広いお城をてくてく歩きまわって、たくさんごあいさつしたのよって。
思い返してふすふす息巻く僕をじっと見下ろしたマキちゃんは、数秒後にハテナが浮かんだ無表情をツバキさんに向けた。ひどいのよ、まさか僕のおはなし、理解できなかったとでもいうのかしら。
「昨晩手短な挨拶のみをして眠ってしまったことを後悔なさっていたようです。我々使用人に対して無礼な対応だったと。ヒナタ様はそれを挽回すべく奔走なさったと仰っています」
「あぁ、そういうことか」
「使用人一同、歓迎はしても無礼という印象など一切抱かなかったとご説明したのですが……私の不足故に、ヒナタ様に不安を抱かせてしまいました。申し訳ございません」
「いや、気にするな。このアホは案外頑固者だからな。外野が何を言っても考えすぎる節がある」
突然ぴょいっとデコピンされて目を回す。マキちゃんたら、ひどいのよ。急にぴょいってするのはだめなの。びっくりしちゃうのよ。
それに、アホってなにごとかしら。僕はアホじゃないのよ、かしこい子よ。ふすふすと息巻くと、マキちゃんが地団駄を踏む僕をよしよしと撫でる。その瞬間、ふすふすがふしゅーって落ち着いた。
マキちゃんたら、ほんとうにひどいのよ。よしよしなんてされたら、僕ったらだめになっちゃうの。
マキちゃんだいすきよって、それしか考えられなくなっちゃうのよ。
「ヒナタ、着替えが終わったなら飯にするか。今日は忙しいから目一杯食え」
「ふん、ふん。まきちゃ、もっとなでなでするのよ。ぎゅうするのよ。ぎゅう」
アホって言われたことへのぷんすかはとっくに消えて、もうマキちゃんすきすきだっこーとしか考えられなくなる。
ぴょこぴょこ跳ねながらお願いすると、マキちゃんは呆れたように目を細めながらも、僕のお願い通りにぎゅうっと抱っこしてくれた。マキちゃんすきすき、だいすきよ。
「……ヒナタ、暑くないのか。少し密着し過ぎだと思うのだが」
「そんなことないのよ。ぎゅうして、うりうりしてるだけよ。まきちゃは、あついの?」
おかしいねぇ。マキちゃんにコアラみたいに全身でぎゅうって抱きついて、ほっぺにすりすりって頬擦りして、首元をはむはむってしているだけなのに。
マキちゃんたら不思議ね、急におかしなことを聞くからびっくりしちゃったのよ。きょとんとして聞き返したら「暑くない」と即答が返ってきて、すぐにほっと安心した。
お互いに暑くないならいいじゃない。そう言うと、マキちゃんは「それもそうだな」と頷いた。
マキちゃんの肩越しに、ちょっぴり呆れ顔をしたツバキさんの姿が見えた気がしたけれど、きっと気のせいね。ツバキさんもそのとーりって納得しているはずなのよ。
「朝食を終えたら直ぐに出るぞ。騎士団の団員達に改めてお前を紹介しなければいけないからな」
「むっ!わかったのよ。僕、しっかりごあいさつするのよ」
マキちゃんが淡々と今日の予定を語り始め、僕はそれを聞いてハッと背筋を伸ばした。
えっへんと胸を張ると、宝石みたいな碧眼が優しく細められた。気のせいかしら、マキちゃんの眼差しが初めの頃よりもずっと柔らかくなったような気がする。
おでこをぴょいってしたり、たまにアホヒナタだなんて不服なことを言ったりもするけれど、それでもマキちゃんは日に日にどんどん優しくなっていく。
ちょっぴりわかりにくい優しさを持つマキちゃんだけれど、僕はマキちゃんのことがだいすきだから、わかりにくくてもしっかり理解できるのよ。
「ごあいさつ、しっかりするの。ごはんも、いっぱいもぐもぐするのよ」
「あぁ。いい子だ」
普段は冷淡な印象を受けるマキちゃんの眦が緩み、無表情もちょっぴり穏やかな色を帯びる。
マキちゃんは僕の頭をよしよしと撫でると、満足気に足をぷらぷら揺らす僕を抱いて部屋を出た。
***
朝ご飯はとっても豪華だった。壁際には厨房で会った獣人さんが何人かいて、僕がふにゃーって笑って手を振ると、みんなにこにこしながら手を振り返してくれた。
マキちゃんに「おいしいねぇ」「しあわせねぇ」とルンルン気分で話しながら食べていると、ご飯はあっという間になくなった。
しょんぼりしたけれど、厨房の獣人さんたちが「これから毎日美味しい料理作りますからね!」と言ってくれたから、僕ったら嬉しくてわーいと全身で喜んじゃった。
ご飯を食べ終えて、マキちゃんに手を引かれながら部屋を出る。その前に、僕は壁際に立っていた使用人さんたちみんなにありがとねぇとしっかりお礼を言った。
「おいしいごはん、ありがとねぇ。ミルクいれてくれたひとも、ありがとねぇ。テーブルふきふきしてくれたひとも、ありがとねぇ。あと、あと──」
「ヒナタ、全員に礼をしていては日が暮れる。そういう時は全員に向けて一度だけ礼を言えばいい」
「むっ!そか、そうねぇ。みんな、ありがとねぇ」
一人一人にむんっとお辞儀していたけれど、その途中でマキちゃんに止められてハッとする。
なるほど、一回だけありがとすればいいのね。親切なアドバイスを早速実践すべく、みんなの前に立って一回だけありがとねぇを言った。
そうしたら、みんなしてほくほくお花が舞うような空気を纏いながら「どういたしまして」と笑ってくれた。
なんだかみんな、でれでれーって感じに悶絶している。ぐぅっと胸を抑えている人まで出てきて、僕ったら心配してしまった。
だいじょぶかしら、とそわそわする僕の手を引きながら、マキちゃんがどうしてか呆れ顔を浮かべて「すぐに治るから気にするな」と吐き捨てる。
ふぅむ、すぐに治るなら安心ね。よきよき。
「そろそろ行くぞ。腹一杯で疲れていないか?ちゃんと自分で歩けるか?」
「まきちゃ、ひどいのよ。なめないのよ。僕、しっかりひとりで歩けるのよ。ふす、ふすっ」
使用人のみんなに「またねぇ」とご挨拶してから、マキちゃんと手を繋いで廊下に出る。
そうしたら、突然マキちゃんがひどい発言をしだした。おなかいっぱいになって歩けなくなるなんて、僕は赤ちゃんじゃないのよ。しっかりものさんなのに、ひどいのよ。
そう言ってぷくっと不貞腐れたら、マキちゃんは眦を緩めて僕の頭をぽんぽん撫でた。
「そうだな、悪かった。ヒナタは賢いから一人で歩けるに決まっていたな」
「んむ……む、そうよ。わかったならいいの。僕、まきちゃのこと、ゆるしますです」
「許してくれるのか。ありがとう」
頭もほっぺも揉みくちゃに撫で回され、すぐに機嫌が戻ってふにゃふにゃと笑う。
ちょっぴりおこりんぼしても、なでなでされたらすぐに嬉しくなっちゃうの。マキちゃんたら、もうそれを知っているのね。僕がぷんすかし始めたら、すぐになでなでするんだから。
「マキちゃん。いってきます、するのよ。おしごといくのよ」
すっかり上機嫌になった僕は、数秒前までのぷんすかを完全に忘れて歩き出す。
繋いだ手をくいくいっと引っ張ると、マキちゃんは眉尻を下げて微笑みながら頷いた。
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