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29.いっぱいなかよし

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すれ違う使用人の獣人さんたちにご挨拶しながら、おやしきをてくてくお散歩していると、ふとツバキさんに「何故ヒナタ様は自らを無礼者とお思いで」と尋ねられた。
繋いだ手をぎゅうっと握り直し、ふぅむと首を傾げる。どうしてぶれーものなのか。それはもちろん、昨日の僕がとってもぶれーだったからだ。


「昨日ね、すぐねんねしちゃったねぇ。ひとさまのおうちで、すぐねんねするのはぶれーなのよ。きっと、みんな僕のことぶれーだってきらっちゃったの」


自分のおうちならともかく、ひとさまのおうちに来て、なんにもれーぎを尽くさないままねんねするのは、とってもぶれーなのよ。
賢い僕はそれを知っているから、なおさらしょんぼりしちゃうの。そう言うと、ツバキさんは無表情のまま「なるほど」と頷いた。


「ヒナタ様のお優しい気持ちはお察し致しました。ですが、邸の者は誰一人としてヒナタ様を無礼者だなどとは思っておりませんよ」

「むぅ?おやしきのみんな、僕のこときらい、ちがう?」

「勿論です。これ程までにお可愛らしいヒナタ様を嫌うはずがありません。寧ろ、昨日のヒナタ様はとても礼儀正しい良い子でした。皆がヒナタ様を歓迎しています」


きらきら。ツバキさんの嬉しい言葉を聞いて、おめめがきらきらって輝いちゃう。
うれしくて、とってもうれしくて、僕は赤面しながらもじもじ身体を揺らした。ほっぺをふくふくしながら、ツバキさんの手をくいっと引っ張る。

サッと膝をついたツバキさんに向かい合い、僕はりんごみたいに赤くなった顔をふにゃりと緩めた。


「それじゃ、それじゃあねぇ、もっといっぱいご挨拶するのよ。かんげーしてくれて、ありがとねぇって、ありがとするのよ」


そう言うと、ツバキさんは無表情をほんのちょっぴりだけ優しく緩めて、僕の頭をなでなでしながら「ヒナタ様はやはり良い子ですね」と呟いた。



***



ツバキさんと仲良く手を繋ぎ、てくてくやってきたのはこれまたおっきな扉の前。
ここはなんですかと尋ねると、ツバキさんは僕をひょいっと抱き上げながら丁寧に説明してくれた。


「ここは厨房です。今は厨房を担当する者達が朝食の準備をしているので、挨拶をするなら丁度良いかと。包丁などの危険物が多いので、失礼ですがここでは抱っこさせて頂きますね」


ふぅむふむ、とゆっくり頷く。なるほど、ここに昨日の獣人さんたちのうちの何人かがいるのね。
ツバキさんにぎゅっと抱き上げられながら、僕は「しっかりご挨拶するのよ」と息巻いた。それにしてもツバキさんの抱っこ、マキちゃんみたいにぽかぽかでとっても好きだねぇ。

僕が抱っこをふすふすと満喫する中、ツバキさんはスタスタ歩いて厨房の扉を開ける。
室内に一歩踏み出すと、途端にたくさんの視線がこっちに向くのを感じて顔を上げた。


「あれ?ツバキさん!何かあったんですか?厨房にいらっしゃるなんて珍しいですね」


数人分の足音が近付いてくる。いっぱいくるねぇ、こわいねぇ、とびくびくしていると、笑顔で近付いてきた獣人さんたちがふと僕に気が付いた様子で動きを止めた。
ぱちくりと目を見開く獣人さんたちを、僕もじーっと見つめる。悪い感じがなんにもしないことに気付いて、安心した僕はふにゃふにゃ笑いながらご挨拶した。


「おはよございます。ヒナタっていいますです。おいしいにおいがするねぇ。よろしくねぇ」


ご挨拶のついでに、さっきから香っていた美味しそうな匂いにまで言及してしまった。
だって本当に、とってもおいしそうな匂いだったから。きっとおいしいだろうねぇってわくわくしちゃったのよ。わくわくするくらい、おいしい匂いだったの。

なんてほくほくしていると、固まっていた厨房の獣人さんたちがハッとしたように我に返る。
お仲間さんたちで互いに目を見合わせると、やがて僕の方を向きなおしてふわりと笑った。とっても優しくて、ほっとするようなにこにこ笑顔だ。


「おはようヒナタ様!昨日はたくさん挨拶してくれてありがとうなぁ!今朝もわざわざこんな所まで来てくださって!」

「何やら可愛い主人が増えたってんで、昨夜は使用人全員お祭り騒ぎだったんですよ!」


ぱちくり。ぱちぱちって瞬く。なんだか、思ったよりもずっと歓迎されているみたいでびっくりだ。
長くて白い帽子を被りながら、ニコニコでご挨拶してくれる獣人さんたちにそわそわしちゃう。ぶれーもの!って言われなかったことにほっとして、僕ったらふにゃあっと顔を赤らめてしまった。


「ありがと、ありがとねぇ。僕、マキちゃんのかぞくなのよ。おやしきのひとなら、みんなもかぞくだねぇ。うれしいねぇ。よろしくねぇ」


ふにゃふにゃってそう言うと、どうしてかみんな、心臓を抑えて「ぐぅっ!」と悶絶した。
なんだか苦しそうだったから、心配になってだいじょぶ?と尋ねる。そしたらみんなだいじょぶって言うから、よかったねぇと安心した。


「か、かわいいッ……!」


何やらかわいいかわいいと言いながら、みんなが僕をうりうりと撫で回す。
よくわからないけれど、なでなでは大好きだからとりあえずふにゃっと笑った。そしたらみんなはまたぐはっと呻いて、心臓を抑えながら悶絶する。


「ヒナタ様が来てくれてすごく嬉しいです!今日の朝食はぜひ楽しみにしていてください!ヒナタ様を歓迎する初めての食事なので、今日はたくさん腕を振るいますね!」


ふと、ストレートな嬉しい言葉をもらって心があったかくなった。
僕もみんなに会えてうれしいねぇと言うと、またみんながニコニコって笑う。それと同時に、ご飯についても嬉しいことを言われたから、ありがとねぇとお辞儀をした。


「とってもおいしいにおい、ほくほくするねぇ。ごはん、楽しみねぇ。ありがとねぇ」


おいしい匂いが、さっきからほくほくって鼻をくすぐる。
鼻をすんすんしながら言うと、みんなはニカッと笑って頷いた。
まだ出会って間もないけれど、優しいみんなが大好きになって、もっとお話ししたいねぇと前のめりになったところで、ふいにツバキさんが静かに声をかけてきた。


「ヒナタ様。恐れ入りますが、そろそろマキシミリアン様がお目覚めになる時刻ですので、この辺りで一先ず部屋にお戻りになった方がよろしいかと」

「んむっ。まきちゃ、おはよのおじかん?」

「はい。間もなくおはようの時間です」


なんてこと、と僕ったらびっくり。目をまん丸にしてカチコチに固まる。
これはたいへん、これはいけないのよ。おはようのご挨拶はとっても大切なのよ。マキちゃんにおはようしないとなのよ、とあたふた慌ててしまった。


「みんな、僕、まきちゃのとこにもどるのよ。おはよするのよ」


ちょっぴりしかお話できなくてごめんねぇ、と眉尻を下げて言うと、みんなは気にしないでと優しく笑ってくれた。


「閣下がお待ちでしょうし、俺らには遠慮なく閣下の所に戻ってあげてください!きっと目覚めてヒナタ様がお傍にいなければ、大層ご心配なさるでしょうから!」

「うむ、ありがとねぇ。僕、マキちゃんのとこ、もどるけど……あのねぇ、みんな、またおしゃべりしてほしいのよ。なかよし、してほしいのよ」


最後のご挨拶で、ちょっぴりわがままを言う。そしたらみんなは最初みたいに顔を見合わせて、声を上げて笑った。


「もちろんですよ!俺らの方こそ、またヒナタ様とお話しできればとっても嬉しいです!いつでも会いに来てくださいね!」


厨房の獣人さんの中で、一番おっきな身体の男の人が僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
最後まであったかい対応を受けて、僕は嬉しい気持ちをほくほく抱えながら、ツバキさんに抱っこされて厨房を出た。

まだ早いけれど、もうご飯のお時間がとってもたのしみ。だってご飯を食べたら、おいしいご飯をありがとねぇって、またみんなに会いにいく口実ができるんだもの。


「ツバキさん。おやしきのひとたち、とってもいいひとたちねぇ」


廊下をスタスタ歩くツバキさんにぎゅっと抱きつき、ふとふわふわと呟く。
するとツバキさんは、僕を見下ろして柔く目を細めた。「そうですね」という淡白な返事も、どことなくだけれど穏やかな声音に聞こえた。

なんだか、最初のご挨拶よりもだいぶ印象が柔らかくなったような気がする。ちょっぴりずつだけれど、なかよしになれてるって思っていいのかしら。


「ツバキさん。いっしょに、まきちゃにおはよしにいこうねぇ」

「えぇ。一緒に参りましょう」


なかよしがたくさん増えていく感覚に嬉しくなりながら、僕はマキちゃんのお部屋までルンルンと身体を揺らしながら向かった。

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