獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

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25.ただいまとおかえり

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その日はお話が終わってすぐ、お兄さんがばいばいして基地を去ってしまった。
ばいばいしないって言ったのに、としくしくする僕を、お兄さんは呆れ顔でぎゅうっと抱き締めてくれた。しかたないやつだなーって、笑いながら。

どうやらずっと会えないって意味のばいばいじゃないみたいだから、ほっと一安心。
本当は僕も一緒に連れて帰るつもりだったらしいけれど、しばらくはマキちゃんが僕の保護者になるってことで、むずかしいお話がまとまったみたい。
また明日も来るからと言って去ったお兄さんを見送ると、静かにお見送りの様子を見守っていたマキちゃんがふいに僕をひょいっと抱き上げた。


「む?」

「アホ虎も消えたことだし、俺達も帰るぞ」


そう言っててくてくと騎士団基地から遠ざかっていくマキちゃん。
マキちゃんたら方向音痴さんねぇ、おうちは逆なのにねぇ、とふすふすしていると、そんな僕の様子を察したらしいマキちゃんがふと呆れたように溜め息を吐いた。


「……一応言っておくが、別に道を間違っているわけではないぞ」

「むぅ?まきちゃ、方向音痴ちがう?」

「お前じゃあるまいし、俺が方向音痴なわけがあるか。このアホヒナタ」


ぴょいっとデコピンされて軽く仰け反る。むぅ、おでこがまた赤くなっちゃった。
おでこをさすさすと撫でる。そんな僕をしっかりと抱えながら、マキちゃんは基地の門前に停まった黒い馬車へと足を進めた。


「一時的とはいえ、流石に予言の子を騎士団の寮に住まわせる訳にいかないからな。俺は正直寮でも構わないが……お前は、騎士団の評判が悪化することを許容出来ないのだろう?」


ぱちくりと瞬く。なんだか難しいお話っぽくて困惑したけれど、マキちゃんの問いにはしっかりとこくこく頷いた。


「うん。騎士さんたち、いいひと。わるいひとって言われるのは、だめよ」


マキちゃんが仕方なさそうに目を細めて、けれど柔らかく微笑む。
「そうか」と紡がれる低音が眠気を誘ったから、思わずマキちゃんの肩に顔を埋めてふわぁっと欠伸を漏らした。
たくさんむずかしいお話聞いたから、今日はもう疲れちゃった。こっくりと頭を揺らす僕をぽんぽん撫でながら、マキちゃんはまた眠気を誘う低音で囁いた。


「邸に着くまで眠っていろ。着いたら起こしてやる」


やしきって、どこのおやしきのことかしら。
一瞬はてなが浮かんだけれど、眠気には逆らえず疑問がぱっと散っていく。
どこに帰るのか分からないけれど、マキちゃんの帰る場所ならきっといいところだから、気にせずぐーすか眠ってしまおう。


「むん……」


マキちゃんが門前の黒い馬車に乗り込むのをぽーっと眺めながら、襲いかかる眠気に逆らうことなく瞼を閉じた。



***



ガタン、と揺れた感覚がして目が覚めた。
むにゃむにゃと目元を擦りながら見上げると、ちょうど馬車から下りようとしていたらしいマキちゃんと視線が合った。


「起きたか。邸に着いたぞ」

「むにゃ……むぅ?おうち、ついたの。ぼくのおうち?」

「あぁ。お前の家だ」


僕のおうち!と瞳をきらきら輝かせる。ぐでーんと残っていた眠気もあっさり吹き飛んで、僕はわくわくしながら振り返った。
そこに広がった光景を見て息を呑む。馬車を下りてマキちゃんが進んでいた方向にどどーんと佇んでいたのは、絵本で見たお城みたいにおっきな建物だった。


「おしろ!」

「城ではない。フレーベル邸だ。一応公爵家だから、邸宅はそれなりに大きいが」


なんと。マキちゃんからすれば、このお邸の大きさは『それなり』なのか。
僕が暮らしていた施設とのあまりの違いに、思わず「ひえぇ」と声を上げて震えてしまいそうになった。このお城、施設の何十個……いや、何百個ぶんの大きさなのだろうか。

絵本で見たようなこのお城が、僕のおうちになる。そう考えたらとってもわくわくして、わくわく、わくわくって身体をぷらぷら揺らしてしまった。


「おしろ、おしろっ。僕、めしつかいさん?」


こんなに大きなお城で暮らすってことは、きっと僕のお仕事はめしつかいさんとか、その辺りに違いない。
そう思って口にした問いだったけれど、なぜかそれを聞いたマキちゃんはまたもや呆れ顔で溜め息を吐いた。どうしたのかねぇ、僕ったらまたポカやらかしちゃったかしら。


「アホヒナタ。お前は俺の家族としてここに来たのだろう。俺はこの公爵家の主、そしてお前は俺の家族。公爵の身内が使用人として働くわけ無かろうが」


何度目かのデコピンをぴょいっと受ける。
赤くなったおでこをさすさすしながら、僕はほくほくあったかい胸元を手で押さえて俯いた。マキちゃんの淡々とした言葉が、あんまりにも嬉しいものだったから、思わず照れてしまって。


「そか、そかぁ。そうなのね。ぼく、まきちゃとかぞく……」


マキちゃんの家族。僕がマキちゃんの家族。
少し前の僕なら考え付かなかった。まさかひとりぼっちの僕に、こんなにすてきな家族ができるなんて。大好きなお兄さんだけじゃなく、優しいマキちゃんまで。

なんてしあわせなのかしら。僕ったら、いまが人生で一番しあわせ。
そのくらい、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまいそうなくらい、今の僕はほくほく嬉しい気持ちでいっぱいだった。
マキちゃんが呆れたように、けれど優しく微笑むのを横目に。僕はふにゃふにゃって笑っちゃうの。


「ふふ、んふふ。ふへへ」

「……まったく。泣いたり笑ったり、一々忙しない奴だ」


嬉しくて、しあわせで、ほっぺがふくっと溶けてしまいそう。
そんな僕のほっぺをふくふくと摘まみながら、マキちゃんが穏やかな声音でぽそっと呟く。
なんてことない一言でも、マキちゃんの声で紡がれたものなら全部大好き。僕は宝物をぎゅっとするみたいに、マキちゃんの低い声を鼓膜に響かせた。


「マキちゃん、ただいま。うぅん、おかえり?おうちについたら、ご挨拶するの。僕、しってるのよ」


スタスタ歩くマキちゃんにむぎゅっと抱きつきながら、ドキドキと胸を高鳴らせて語る。
しあわせすぎて、今の僕はとってもおしゃべり。たくさんおしゃべりする僕に、マキちゃんは一切嫌な顔をすることなく、柔らかく目を細めて頷いた。


「……ヒナタは物知りだな。おかえりヒナタ。ここがお前の家だ」


ぱぁっと表情を輝かせる。ちょっぴり背伸びして、マキちゃんのさらさらなほっぺに頬擦りしながら、僕もふにゃりとご挨拶を返した。


「うん、うん。ただいま。マキちゃんも、おかえり」


気のせいじゃなければ、その時のマキちゃんは、今までで一番幸せそうに笑っているように見えた。


「……あぁ。ただいま、ヒナタ」

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