25 / 53
25.ただいまとおかえり
しおりを挟むその日はお話が終わってすぐ、お兄さんがばいばいして基地を去ってしまった。
ばいばいしないって言ったのに、としくしくする僕を、お兄さんは呆れ顔でぎゅうっと抱き締めてくれた。しかたないやつだなーって、笑いながら。
どうやらずっと会えないって意味のばいばいじゃないみたいだから、ほっと一安心。
本当は僕も一緒に連れて帰るつもりだったらしいけれど、しばらくはマキちゃんが僕の保護者になるってことで、むずかしいお話がまとまったみたい。
また明日も来るからと言って去ったお兄さんを見送ると、静かにお見送りの様子を見守っていたマキちゃんがふいに僕をひょいっと抱き上げた。
「む?」
「アホ虎も消えたことだし、俺達も帰るぞ」
そう言っててくてくと騎士団基地から遠ざかっていくマキちゃん。
マキちゃんたら方向音痴さんねぇ、おうちは逆なのにねぇ、とふすふすしていると、そんな僕の様子を察したらしいマキちゃんがふと呆れたように溜め息を吐いた。
「……一応言っておくが、別に道を間違っているわけではないぞ」
「むぅ?まきちゃ、方向音痴ちがう?」
「お前じゃあるまいし、俺が方向音痴なわけがあるか。このアホヒナタ」
ぴょいっとデコピンされて軽く仰け反る。むぅ、おでこがまた赤くなっちゃった。
おでこをさすさすと撫でる。そんな僕をしっかりと抱えながら、マキちゃんは基地の門前に停まった黒い馬車へと足を進めた。
「一時的とはいえ、流石に予言の子を騎士団の寮に住まわせる訳にいかないからな。俺は正直寮でも構わないが……お前は、騎士団の評判が悪化することを許容出来ないのだろう?」
ぱちくりと瞬く。なんだか難しいお話っぽくて困惑したけれど、マキちゃんの問いにはしっかりとこくこく頷いた。
「うん。騎士さんたち、いいひと。わるいひとって言われるのは、だめよ」
マキちゃんが仕方なさそうに目を細めて、けれど柔らかく微笑む。
「そうか」と紡がれる低音が眠気を誘ったから、思わずマキちゃんの肩に顔を埋めてふわぁっと欠伸を漏らした。
たくさんむずかしいお話聞いたから、今日はもう疲れちゃった。こっくりと頭を揺らす僕をぽんぽん撫でながら、マキちゃんはまた眠気を誘う低音で囁いた。
「邸に着くまで眠っていろ。着いたら起こしてやる」
やしきって、どこのおやしきのことかしら。
一瞬はてなが浮かんだけれど、眠気には逆らえず疑問がぱっと散っていく。
どこに帰るのか分からないけれど、マキちゃんの帰る場所ならきっといいところだから、気にせずぐーすか眠ってしまおう。
「むん……」
マキちゃんが門前の黒い馬車に乗り込むのをぽーっと眺めながら、襲いかかる眠気に逆らうことなく瞼を閉じた。
***
ガタン、と揺れた感覚がして目が覚めた。
むにゃむにゃと目元を擦りながら見上げると、ちょうど馬車から下りようとしていたらしいマキちゃんと視線が合った。
「起きたか。邸に着いたぞ」
「むにゃ……むぅ?おうち、ついたの。ぼくのおうち?」
「あぁ。お前の家だ」
僕のおうち!と瞳をきらきら輝かせる。ぐでーんと残っていた眠気もあっさり吹き飛んで、僕はわくわくしながら振り返った。
そこに広がった光景を見て息を呑む。馬車を下りてマキちゃんが進んでいた方向にどどーんと佇んでいたのは、絵本で見たお城みたいにおっきな建物だった。
「おしろ!」
「城ではない。フレーベル邸だ。一応公爵家だから、邸宅はそれなりに大きいが」
なんと。マキちゃんからすれば、このお邸の大きさは『それなり』なのか。
僕が暮らしていた施設とのあまりの違いに、思わず「ひえぇ」と声を上げて震えてしまいそうになった。このお城、施設の何十個……いや、何百個ぶんの大きさなのだろうか。
絵本で見たようなこのお城が、僕のおうちになる。そう考えたらとってもわくわくして、わくわく、わくわくって身体をぷらぷら揺らしてしまった。
「おしろ、おしろっ。僕、めしつかいさん?」
こんなに大きなお城で暮らすってことは、きっと僕のお仕事はめしつかいさんとか、その辺りに違いない。
そう思って口にした問いだったけれど、なぜかそれを聞いたマキちゃんはまたもや呆れ顔で溜め息を吐いた。どうしたのかねぇ、僕ったらまたポカやらかしちゃったかしら。
「アホヒナタ。お前は俺の家族としてここに来たのだろう。俺はこの公爵家の主、そしてお前は俺の家族。公爵の身内が使用人として働くわけ無かろうが」
何度目かのデコピンをぴょいっと受ける。
赤くなったおでこをさすさすしながら、僕はほくほくあったかい胸元を手で押さえて俯いた。マキちゃんの淡々とした言葉が、あんまりにも嬉しいものだったから、思わず照れてしまって。
「そか、そかぁ。そうなのね。ぼく、まきちゃとかぞく……」
マキちゃんの家族。僕がマキちゃんの家族。
少し前の僕なら考え付かなかった。まさかひとりぼっちの僕に、こんなにすてきな家族ができるなんて。大好きなお兄さんだけじゃなく、優しいマキちゃんまで。
なんてしあわせなのかしら。僕ったら、いまが人生で一番しあわせ。
そのくらい、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまいそうなくらい、今の僕はほくほく嬉しい気持ちでいっぱいだった。
マキちゃんが呆れたように、けれど優しく微笑むのを横目に。僕はふにゃふにゃって笑っちゃうの。
「ふふ、んふふ。ふへへ」
「……まったく。泣いたり笑ったり、一々忙しない奴だ」
嬉しくて、しあわせで、ほっぺがふくっと溶けてしまいそう。
そんな僕のほっぺをふくふくと摘まみながら、マキちゃんが穏やかな声音でぽそっと呟く。
なんてことない一言でも、マキちゃんの声で紡がれたものなら全部大好き。僕は宝物をぎゅっとするみたいに、マキちゃんの低い声を鼓膜に響かせた。
「マキちゃん、ただいま。うぅん、おかえり?おうちについたら、ご挨拶するの。僕、しってるのよ」
スタスタ歩くマキちゃんにむぎゅっと抱きつきながら、ドキドキと胸を高鳴らせて語る。
しあわせすぎて、今の僕はとってもおしゃべり。たくさんおしゃべりする僕に、マキちゃんは一切嫌な顔をすることなく、柔らかく目を細めて頷いた。
「……ヒナタは物知りだな。おかえりヒナタ。ここがお前の家だ」
ぱぁっと表情を輝かせる。ちょっぴり背伸びして、マキちゃんのさらさらなほっぺに頬擦りしながら、僕もふにゃりとご挨拶を返した。
「うん、うん。ただいま。マキちゃんも、おかえり」
気のせいじゃなければ、その時のマキちゃんは、今までで一番幸せそうに笑っているように見えた。
「……あぁ。ただいま、ヒナタ」
1,612
お気に入りに追加
2,960
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる