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23.きらわれもの

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お兄さんに出会って、マキちゃんに出会って、お兄さんが騎士団の建物をボロボロにして、マキちゃんとお兄さんがケンカをして。忙しないこの世界に来てから、数日が経った。

全部が、たった三日のうちに起こった出来事だ。
けれど、短い間に大きなことがいっぱい起こりすぎて、この世界に来てからまだ一週間も経っていないだなんて信じられないくらい。
今日は、僕の状況について改めて整理しようということで、マキちゃんたちと一緒に騎士団の基地の中にあるお部屋のひとつに来ていた。あと、お兄さんのことについても話し合わなきゃいけないものね。


「ヒナタ、ほらよ。クッキー食うか?ケーキもあるぜ」

「もぐ、むぐ。マキちゃんのケーキも、お兄さんのクッキーも、ぜんぶおいしいねぇ」


部屋にいるのは、マキちゃんとお兄さんと僕の、合わせて三人。
お兄さんの膝の上で、お兄さんが用意してくれたクッキーとマキちゃんが用意してくれたケーキをもぐもぐ頬張る。
そんな僕を呆れ顔で見据えたマキちゃんが、初めに話を切り出した。


「……ヒナタ。食べながらでもいいから、きちんと聞くんだぞ」

「むん。むぐむぐ。わかりましたです。きちんと聞きますです」


マキちゃんのちょっとしたお説教にしっかり頷く。
ケーキをもぐもぐしながら、真剣な表情をするマキちゃんのお話にきちんと耳を傾けた。


「今回は特に正式な場という訳でもない。ただ状況の整理と、主にヒナタの……予言の子に関する今後の動きを話し合いたいだけだ。ついでにアホ虎の処遇も」

「俺はついでかよ」


苦笑するお兄さんのツッコミは無視して、マキちゃんが机の上に置かれた紙を手に取る。
書かれた内容を流し見るなり面倒くさそうに顔を歪めたマキちゃんは、眉間を指で揉みながら重苦しく語り始めた。


「ケネット。お前も気付いているだろうが、ヒナタは例の予言の子だ。そしてその事実は神殿も既に把握している。騎士団の者も、あの場に居合わせた内の数人が確信し始めている」


そう語りながら、マキちゃんは手に持った紙を机に放り捨てるように戻した。
ちらりと見えた紙面の内容は難しくてよくわからなかったけれど、宛名を見るに、どうやら神殿とやらからのお手紙らしいということだけはわかった。
クッキーをむしゃむしゃする僕を撫でながら、お兄さんが小さく頷く。


「まぁ、少なくとも騎士団の連中はほぼ勘付いているだろうよ。ヒト族の子供が現れた時点でな。だがそこは問題じゃねぇ。面倒なのは、完全に神殿との対立構造を生んじまったことだ」


「お前、大神官のジジィに喧嘩売ったんだろ?」とニヤニヤしながら問うお兄さんに、マキちゃんはムッと顔を顰めながら「少し煽っただけだ」と返す。

だいしんかん……そういえば、昨日会った嫌なおじさんのことを、マキちゃんがそう呼んでいたような気がする。だいしんかん、しんでん、思い返すと聞いたことのある単語ばっかりだ。
ふむふむと記憶をたどりながら、僕は二人の難しい話にちょっぴり割って入って聞いてみた。


「ねぇねぇ、よげんのこって、なぁに?」


足をぷらぷら揺らしながら、ぱちくり瞬いて尋ねる。
突然話に割り込んだ僕に嫌な顔をすることもなく、二人は僕の問いにサラッと答えてくれた。


「あ?お前、当人のくせに知らねぇのかよ。予言の子ってのはお前のことだぞ」

「遥か昔の予言で語られた救世主のことだ。ヒト族の絶滅後、獣人の世に再び降臨し、奇跡を起こす予言の子。それがお前だ、ヒナタ」


きょとんと目を丸くする。僕が、奇跡を起こす?それってどういうことかしら。
ぱちくり瞬きながら、両手を開いてじーっと見下ろす。奇跡の力って、もしかして魔法のこと?僕もお兄さんみたいに、ちちんぷいぷいができるってこと?

考え出すとわくわくが止まらなくなって、僕は瞳をキラキラ輝かせながら両手をパッと掲げた。
ぐぬぬ……と唸りながら、奇跡の力とやらを使ってみるべく魔法の言葉を紡ぐ。


「ちちんぷいぷい。ちちんぷいぷい。ちちんぷい……ぷむぅっ!」

「アホヒナタ。またそれかよ、何なんだそのアホくせぇ擬音は」


がんばって『ちちんぷいぷい』と呪文を唱えていたのに、呆れ顔のお兄さんに軽くチョップされたことで詠唱を中断させられてしまった。むねんである。むぅ。


「むっ、ひどいのよ。ちちんぷいぷい、しようとしたのに。ひどいのよ、ひどいの。むぅっ」


ぱたぱたと手足を動かして不服を訴える。
けれどそれも、すぐに全身ぎゅうっと抱き締められたことによって動きを封じられてしまった。
お兄さんたら、とってもひどい。僕がぎゅうってされるの好きだって知っていて、ぽかぽかが大好きなことを知っているのに、ぎゅうで止めようとするんだから。

そんなことするから、僕ってばしおしおとぎゅうを受け入れてしまった。しかたないの。ぎゅうはぽかぽかで大好きだから、仕方がないのよ。


「はいはい、ちちんぷいぷいな。で?団長さんよ、これからどうすんだ?ヒナタが予言の子だってのは分かった。神殿との衝突も避けられないだろう。この状況でどうやってヒナタを守る?」

「あぁ、そうだな……。……ちちんぷいぷいとは何だ?」

「おい。今それどうでもいいだろ」


はいはいと軽く流されてちょっぴり不服。ぷくーっとほっぺを膨らませてみるけれど、それすらもすぐに、お兄さんのおっきな手によって片手でぷしゅっと萎められてしまった。

ほっぺをリスみたいに膨らませながら、けれど大人しく黙り込む。
二人が相変わらず難しい話を続行し始めるから更にぷくっとなったけれど、お兄さんが片手間で頭を撫でてくれたからちょっぴり落ち着いた。
ほんのちょっぴり撫でられただけで機嫌を直しちゃうんだから、僕ってばずーっとお兄さんに勝てないのね。わかっているけれど、でも怒れないの。なでなでされるのは、とっても好きだから。


「現状、お前ら騎士団の立場はかなり悪いぞ。予言の子の存在が公になれば、今より更に悪くなる。傍から見りゃあ、騎士団は神殿から予言の子を横取りした立場だからな」


お兄さんがそう語ると、マキちゃんは面倒くさそうに表情を歪めた。
忌々しそうに神殿からの手紙を握り潰す姿からは、僕でも察するくらいのどんよりとした負のオーラが漂っている。


「そもそも、予言の子が現れた際の詳細な対応は定義されていない。どこも勝手な想像で、予言の子を保護するのは神殿の役割だと思い込んでいただけだ」

「まぁ、それはそうだけどよ……印象ってモンがあるだろうが」

「下らない。端から騎士団の印象など地に堕ちているようなものだろう。今更悪感情が広まったところで知ったことか。騎士団を真っ当に糾弾出来る組織は存在しない。何を恐れることがある」


どくん、どくん。マキちゃんが淡々と低く語る度、心臓がうるさい音を増していく。
騎士団の印象は地に堕ちている。騎士団の悪感情が広まる。そして、マキちゃんそれをどうしようもないことみたいに、冷たく語っている。
難しい話はよくわからないけれど、それくらいの状況把握はできた。そしてその上で、この嫌な鼓動を落ち着かせることは尚更できない。


「どんな印象を抱かれようが構わない。これまでの経験を思い返せば……むしろ、悪役を買って出るのが騎士団の役割のようなものだろう」


そう吐き捨てて、自嘲気味に笑うマキちゃん。滅多に笑わないマキちゃんが、珍しく笑った。でも、変ね。まったく嬉しくない。

あぁ、どうしよう。心臓がむずむずって、嫌な感じがするの。
いますぐ、胸をかきむしってしまいたいくらい。僕はとっても、いらいらするの。


「──マキちゃんのおばかっ!」


二人がハッと肩を揺らして、びっくりしたような顔をする。
まん丸に見開いた目を睨み付ける。お兄さんが頭上から「ヒナタ……?」と困惑したような呼び掛けをするけれど、それも無視だ。
僕はむんむんっと足を揺らしながら怒りを表現し、マキちゃんに向かって声を上げた。


「騎士さんたち、いいひとよっ!ぼく知ってるの!わるいひとたちに、好きなひとたちをわるいひとって言われるのは、ぜったい!やなの!どうして、しょうがないって顔するの!おばかっ!」


僕ったら、なんて情けない。ぽろぽろ、ぼろぼろって、涙が溢れて止まらないの。
うわーんって、急に号泣し始めた僕を、二人はきっと不気味に思うだろう。いつも静かにして、衝動がぶわってなったら感情が溢れだす。こんなだから、みんな僕を嫌うのね。

施設でもそうだった。
叩かれるのが、殴られるのがいやだから。普段は大人しくしていたけれど、お気に入りのぬいぐるみを壊されたから、号泣した。ぽかぽかって叩いて、おばかって罵った。
そうしたら、みんな笑って『なにマジになってんだ』って。みんな僕を笑って、嫌うの。

わかってる。僕は気持ち悪いの。でも、耐えられないの。みんなはちがうの?僕だけ、許せないの?
だって、だって。嫌だもの。好きなものを、わるく言われるのは。


「神殿っていうのが、騎士さんたちをわるく言うのっ?それなら、神殿なんてだいきらい!僕のこと、お話してるんでしょ。それなら、僕がいやっていう。だいきらいって言う!」


二人のお話の内容なんて、なんにも理解していないくせに。
口だけ出して、わがままばっかり。僕ったら、本当にどうしようもない子ね。

他のことなんてどうでもいい。好きなひとが大好きで、嫌いなひとは大嫌い。それだけ。僕はそれだけの子なの。なんにも優しくなんてないのよ。
でも、優しく見られたい。だってそのほうが、二人も好きでしょ。大人しく、なんにもわからないのよって顔して、おばかなままでいるの。そうしたら、好きなひとは僕を嫌わない。

でも、僕ったらおばかだから、やっぱり衝動がぶわってなったら、言っちゃうの。
溢れ出したら、止められないの。そんな僕を、二人もそろそろ不気味ねって嫌うかしら。


「やめて、やなの……。自虐っていうのでもね、やなの。マキちゃんも、騎士さんたちもすき。好きなひとたちを、わるく言うのはだめなの。僕がやなの」


いっぱい本音を吐き出しちゃった。どうしよう。どうしよう。
本音を言ったら嫌われる。叩かれて、殴られる。わかってるの。だってずっとそうだったもの。
二人も、きっとそうなんでしょ。ぽろぽろと涙をこぼしながら、頭を上げる。

それと同時に覆い被さった大きな影。直後、僕はぽかんと目を丸くした。


「ヒナタ……──」


後ろにはお兄さんがいる。そして正面には、いつの間に移動したのか、僕をぎゅうっと抱き締めるマキちゃんがいた。
ぱちくり瞬く。どういうことかしらって、混乱することしかできないおばかな僕を抱き締めながら、マキちゃんはなぜだか泣きそうな表情を浮かべた。

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