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20.お兄さんのピンチ
しおりを挟むお兄さんがてくてくと向かった先には、広い空間があった。階下の正面にお外に続くらしい大きな扉があるから、ここは玄関ロビーってところだろうか。
お外に出るのかしら?とぱちくり瞬く僕を抱っこしながら、お兄さんが無言で階段を下りていく。大きな扉の前では、メイド服やスーツを着た獣人さんたちがおろおろしていた。
なんだか色々と気になることが多すぎて、珍しく眠気が吹っ飛んじゃったねぇ。なんて思いながら、おめめぱっちりでこの後の展開を見守る。
「あぁご主人様!ちょうどご報告に向かおうと思っていたところです。外に騎士団が……」
お兄さんの足音に気が付いたらしい、獣人の一人がハッとしたように振り返った。
服装的に、なんだか執事さんっぽい。今はお名前を聞ける状況ではなさそうなので、とりあえず執事さんと呼ぶことにしよう。
執事さんが困り顔で何やら報告すると、お兄さんは執事さんの肩をポンと叩きながら低く答えた。
「分かってる。お前らは中にいろ。俺が起こした問題だ、俺が片を付ける」
「で、ですが……!」
お兄さんは心配そうに食い下がる執事さんの肩をぎゅっと掴むと、小さく笑って「大丈夫だ」と言いながら頷く。
執事さんは瞳を揺らし、何か言いたげな表情をしたけれど、結局何も言わずに引き下がった。その様子を見て、お兄さんが満足げに微笑む。
「……ふむぅ」
この短いやりとりをじっと見守り、僕はふと気が付いた。どうやらお兄さんは、メイドさんや執事さんたちにとっても信頼されているらしい。
強くて優しくて、まるで『お兄ちゃん』みたいな人だなぁとは思っていたけれど、やっぱりお兄さんは、人に慕われやすい体質みたい。
「いいかヒナタ、絶対俺から離れるなよ?離れたいとか言っても離してやらねぇからな」
「むぅ?うん。わかったの」
「……大丈夫か?寝てねぇか?俺の話、ちゃんと聞いてるか?」
「むぅ?うん。お兄さんから、はなれちゃだめねぇ。きちんとわかったのよ?」
お兄さんはふすふすと頷く僕を見下ろし、なんだか複雑そうに顔を歪める。
まるで僕の発言を疑っているかのような表情だ。ちゃんとわかったのよ、とぷんすか頬を膨らませると、はいはいと頭を撫でられ宥められた。
「……まぁいい。とにかくお前は、俺がいいって言うまで大人しくしてろ」
そう言って僕をひょいっと抱え直したお兄さんは、大きな扉をゆっくりと開いた。
「むっ──……っ!」
射し込む外の光に目を細め、視界に広がった光景を見て息を呑む。
扉の前には、黒い制服を着た獣人さんたちが何人も並んでいた。みんな、マキちゃんのところの基地で見た優しい騎士さんたちだ。今はとっても怖い顔をしているけれど……。
あわあわと混乱しながら騎士さんたちを見渡す。その中心には、冷徹な瞳でお兄さんを見据えるマキちゃんが立っていた。
「むっ、マキちゃん!」
同じ制服を着た大人数の獣人たちに紛れても、相変わらずマキちゃんのオーラは桁違いに濃くて目立つ。圧倒的な強者の風格って感じの、強そうなオーラだ。
「──……ヒナタ」
あ、たぶん今、マキちゃんたら僕の名前をよんだねぇ。
口の動きをじっと見つめ、思わず頬を緩める。ツンツンしているマキちゃんが、きちんと真っ直ぐ僕を見つめて、名前を呼んだ。それがとっても嬉しくて。
「マキちゃん、マキちゃんいるねぇ。お兄さん、マキちゃんいるのよ。マキちゃん、とってもやさしいの。お兄さんと、いっしょなのよ。つよくて、やさしいのよ」
「へぇ、そうか」
「うん。そうねぇ。お兄さんも、マキちゃんとなかよし、するのよ」
ふにゃふにゃ笑いながら言うと、お兄さんは目を細めながらうんうんと頷いた。
お兄さんが微笑みを浮かべながら僕のほっぺをむにゅっと摘まむ。僕のおはなしを楽しそうに聞いてくれるお兄さんが優しくて、僕はとっても嬉しくなった。
「あぁ。俺も出来れば仲良くしてぇんだけどな。あっちはそうでもねぇみたいだぜ?」
「む……?」
そうでもないって、どういうことかしら?
こんなに優しいお兄さんと仲良くしたくないだなんて、そんなことがあるの?なんて思いながら視線を移し、マキちゃんの表情を見てハッと目を見開いた。
「マキちゃん……?」
そこにあったのは、ドス黒いオーラを纏いながらお兄さんを睨み付けるマキちゃんの姿だった。ただ睨むというよりも、もはや視線だけで射殺すくらいの殺意を感じる。
よく見れば、マキちゃんだけでなくまわりの騎士さんたちも、お兄さんに険しい視線を向けていた。マキちゃん以外は、お兄さんを見る瞳にちょっぴり恐怖の色が混ざっているけれど。
「う?うぅん。みんな、おこ?どうして、おこ?」
予想外の反応を見て、僕ってば困惑しちゃう。
眉尻を下げながらお兄さんを見上げるけれど、疑問に対する答えは返ってこなかった。
よしよしと頭を撫でられ、とりあえずは困惑を収めて落ち着く。ふすふすとお兄さんの肩に顔を埋めると同時に、ふとマキちゃんの低い声が地を這った。
「──アルベルト・ケネット。貴様を国家反逆罪の容疑で確保する」
こっかはんぎゃくざい。
流石のポンコツヒナタである僕でも聞いたことがある。とっても重くてひどい罪のお名前。
それを耳にして、すぐにぎょっと目を瞠りながら振り返った。どうしてお兄さんが、そんな大変な罪で逮捕されちゃうのかしら。
ポカンとする僕の頭上で、お兄さんは呆れた様子を見せながら笑った。
「おいおい、マジか。それなりの罪状を持ってくるとは思ってたが、反逆罪だと?どんだけコイツに入れ込んでんだよ、職権乱用にも程があんだろ」
「……国の核たる騎士団に奇襲を仕掛けたのだから、国家に対しての反逆と見做すのが妥当な判断だろう」
あわわ、どうしよう。むずかしい言葉ばっかりで、僕ってばついていけない。
お兄さんを助けたいのに。お兄さんはそんなことする人じゃないのよって、マキちゃんに教えたいのに。なにかの間違いだって言いたいのに。
セリフが纏まらない。グズグズとそうこうしているうちに、マキちゃんは静かにスッと手を挙げた。
「捕らえろ」
低く紡がれたその一言。それと同時に、マキちゃんの背後に並んでいた数人の騎士さんが動き出す。
何やらとっても不穏な空気を察知し、僕は反射的にくわっと叫んだ。
「──だめ! ""こないで""! 」
自分でもわかるくらい、その声は真っ直ぐに透き通って聞こえた。
まるで、耳じゃなくて頭に直接響かせるみたいな。自分自身の脳内にも、その声はキーンと耳鳴りみたいに響き渡った。
あれれ?いま、なにかおかしな感覚がしたような……。
なんて、きょとんとしていると、ふいに周囲の動きが一切聞こえないことに気付いて顔を上げた。
「う……?」
視線を上げた先に見えたのは、まん丸に見開いた目で僕を見つめて、驚愕の顔をする騎士さんたちだった。マキちゃんも、暗い無表情をかき消してポカンと目を見開いている。
つい数秒前までこっちに走り込んできた騎士さんたちも、呆気にとられたように立ち止まっていた。みんなしてどうしたのかしら。
「今のは、まさか……──」
頭上からポツリと声が聞こえる。眉尻を下げながら見上げると、そこには呆然としたお兄さんの表情があった。
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