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18.赤いトラさん
しおりを挟む目も開けていられない程の突風が部屋に吹き荒れた後。
ようやく強い風が落ち着いて目を開き、窓の方を見てハッとした。そこに立っていたはずの男と、その男に抱かれていたはずのヒナタが跡形もなく消えていたから。
「ルチアーノ、直ぐに奴を追え!!」
「えっ、は、はいッ!」
呆然と固まっていたルチアーノに指示を飛ばす。驚いている暇などない。直ぐに奴の行方を追わなければ、ヒナタが何をされるか分からないのだ。
特に、今の“暴走”しているあの男は危険すぎる。本能が理性を上回っている状態のあの男がヒナタを囲い込めば……予想出来る最悪の事態に眩暈がする。
奴はたった今消えたばかり。いくら“英雄アルベルト”とはいえ、この短時間ではそう遠くには行けないはず。今から捜索を開始すれば直ぐに行方を突き止められるだろう。
ルチアーノが慌ただしく部屋を飛び出すのを確認してから、崩れた窓辺に歩み寄る。
寮の外を見下ろしてみると、崩れた外壁や、アルベルトにやられたのであろう負傷した騎士達が倒れている様子が見えた。
陛下直轄の組織、崇高な騎士団の名が廃るほどの地獄絵図。こんなザマを国民に知られようものなら、騎士団の名声は地に堕ちること間違いない。
「はぁ……」
初めに抱いた嫌な予感は正しかった。
獣人にとって神同然とも言えるヒト族、それがもはや空想の生き物として語られているこの時代……ヒナタの存在が吉だろうと凶だろうと、何かしら大きな事を引き起こすと予感出来ていただろうに。
だから手を引くべきだったのだ。人族の子供など、たかが一介の獣人でしかない我々が扱い切れるはずもない。
面倒事ばかりを引き起こすに違いないというあの予感は正しかったのだ。
「……」
だが……あの子供に出会うべきではなかったと、保護するべきではなかったと。騎士としての考えを全て放棄して、自らの思いに嘘を吐かず言うならば。
俺は今、深い嫉妬の渦に引き込まれている。
ヒナタを抱えたあの男の姿が何度も脳内で鮮明に蘇り、その度醜い嫉妬心が頭を支配する。
ヒナタがこの腕の中に居ないという事実を思い知る、そんな今この瞬間、ドロドロと濁った醜い本心が顔を出しかけて。
本能が理性を上回る。“俺のモノ”を奪ったあの男を始末しろと、胸の内の炎が叫ぶ。
あぁそうか。あの男も、この本能を堪えることができなかったのか。普段は奥底に隠された獣人の本能を引き出してしまう、ヒナタの危険すぎる体質に逆らうことが出来ず。
だから俺もあの男のように、今こうして理性を保つことが出来なくなっている。
「──……殺してやる」
激しく燃え上がる本能の炎を鎮められるのは、きっとヒナタだけだ。
***
「んむ、むぐむぐ……」
ぽかぽかの何かに包まれているからだろうか。さっきからぼんやりとは起きているのだけれど、どうしても重い瞼を上げることができない。
あったかくて、この温もりの中から抜け出したくないのだ。とはいえ流石にぬくぬくと足掻き始めて大分経ったから、がんばってそろりと目覚めてみることにした。
「んぅ……ん、ん」
瞼を上げる。光に慣れるようにぱちぱち瞬きながら目を開き、ぽややんとした頭を何とか思考させながら辺りを見渡した。
あぁ、どうやら僕が今眠っていた場所はベッドの上らしい。どうりで目覚める時に、とてつもない既視感があると思った。
マキちゃんとの出会いを思い出し、ちょっぴり気が抜ける。のそりと起き上がり、ふと身体を包んでいたぽかぽかの正体に気が付いた。
「もふ、もふ……もふもふ?」
僕にピタッと寄り添うように眠っていたのは、真っ赤なもふもふ。
なるほど。この子がくっついていたから温かかったのね。納得して手を伸ばし、もふもふの真っ赤な毛並みを優しく撫でてあげた。
「トラさん。真っ赤なトラさん、めずらしいねぇ」
丸い耳もふさふさのおでこもしっかり撫でながら、ふと小さく呟く。
そう、もふもふの正体は全身真っ赤な毛並みのトラさんだったのだ。トラさんというと、黄色に黒というイメージが強いけれど……真っ赤なトラさんなんて初めて見た。
この真っ赤な毛並みと丸い耳、なんだかお兄さんにそっくりだ。
……って、そういえば、お兄さんはどこだろう。確か僕は、眠りにつく前にお兄さんと再会したはず。ちょっぴり様子のおかしいお兄さんに。
「うぅむ……むん、むむぅ」
トラさんを撫でながらうぅむと考え込む。
この状況、一体どうしたものか。見たところ、どうやら閉じ込められているみたいだし、このトラさんのことも気になるし……なんにせよ、こういう時はまず状況確認だ。
そうと決まれば、ともう一度辺りを見渡す。
内装は、マキちゃんの部屋とちょっぴり似ているかも。いかにも高級そうな家具に、ふかふかのカーペット、綺麗な花瓶……ふむ、えらい人のお部屋って感じだ。
ベッドもすごく広くて、大きなトラさんと僕が一緒に寝転んでも余白がたくさん目立つくらい。
広くて探索しがいがありそうね、と思いながらベッドの上を四つん這いで進む。
その時、ジャラッと小さな金属音が聞こえて立ち止まった。なんだろう、足元から聞こえた気がしたけれど……。
「……む?」
右足首を見下ろし、ぱちくり瞬いた。
むぅ……どうして右足に手錠みたいなのがついているのかしら。それにこの枷、鎖までついている。ベッドの柵と足首が鎖で繋がれて……って。
「あれま、たいへんねぇ。事件のにおいがするねぇ」
ポンコツヒナタと呼ばれる流石の僕でも察した。
これはあれだねぇ、恐らく大変な事件に巻き込まれてしまったみたいだねぇ。
鎖をジャラジャラと引っ張ってみる。当たり前だけれど、鎖も枷もビクともしなかった。
しばらく「んーっ」と頑張って引っ張ってみたけれど、どう考えても外れそうになかったから数秒で諦めた。ふぅ、僕がんばった。えらい。
「むりみたいねぇ。諦めようねぇ」
ムリなものはムリなので、さっさと切り替えてトラさんのもとへ戻る。
ふんふんと這い寄り、未だ眠り込んだままのトラさんにむぎゅっと抱き着いた。うぅむ、やっぱりもふもふは至福。
トラさんだから、もしかすると起きたら僕をぱくっと食べちゃうかもしれないけれど。それはそれで、まぁ、トラさんが満腹になるならおっけーね。
「もふもふ、もふもふ。もふもふねぇ」
今のうちにたくさんトラさんを堪能しておこう。
そう思い、トラさんが熟睡しているのを良いことにむぎゅむぎゅと好き勝手に抱き着いた。
トラさんの上に乗っかってぺたりと抱き着き、ふしゅーっと一息つく。うりうりと顔を埋めていたその時、突然トラさんの身体がぐらりと動き出した。
「んむ?むぅっ!」
なにごと?と起き上がろうとした瞬間、突如トラさんの動きが大きくなった。
体勢を保てずにくるりんと落っこちる。ベッドにぱたりとひっくり返った僕の上に、目が覚めたらしいトラさんがのそりと覆い被さった。
うぅむ。これはちょっぴり、ぴんちだねぇ。
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