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16.侵入者

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お兄さんはトラさんなのよと話した途端、二人は何やら顔を見合わせてポカンと瞬いた。
かと思うと、勢いよく顔をこっちに向けて「つまり混血ってこと!?」やら「ヒト族と性交渉する恐れ知らずな獣人が存在したのか……」やら好き勝手なセリフを口にする。
一つのことすらゆっくり聞かないと理解できないのに、こうして各々好きに喋るものだから、僕ったらもう大混乱。一人ずつゆっくり喋ってほしいねぇ。


「ね、ねぇヒナタくん?ヒナタくんには両親が居ないって言っていたけれど……何か少しでも、両親のことを知っていたりしないかな?例えば、お母さんかお父さん、どっちが獣人だったのかとか……」


おろおろと困惑する僕に気が付いてくれたのか、ちょっぴり落ち着きを取り戻したらしいルンちゃんがゆっくりと問いを紡いだ。
それをうんうんとしっかり頷きながら聞き、うんとねぇ……と思考を回した。しっかりするのよ、ポンコツヒナタって言われないように、しっかり答えるのよ。


「会ったことないから、わからないの。でもねぇ、お父さんもお母さんも、ヒトだと思いますですよ?」

「どうしてそう思うの?会ったことはないんだよね?というか、両親なのに会ったことがないってどういう……」


どうしてって言われましても、だって僕はヒトだもの。
“獣人”なんて存在しない世界で産まれたのだから、両親は獣人かも!なんて発想がそもそも湧くわけもない。普通に考えて、僕の両親はヒトだ。

うむうむ、と一人頷きながら、ルンちゃんが続けた問いもしっかり聞いて首を傾げた。
両親なのに会ったことがない。どうやらルンちゃんはその事実に疑問を抱いているようだ。僕にとっては当たり前のことだったから、この疑問はなんだか新鮮かもねぇ。


「うぅん、おぼえてないの。お顔も覚えられない頃にね、ポイされちゃったから」

「……それって」


ルンちゃんがピタリと動きを止める。その数秒後には、ハッと何かに気付いた様子で口元を手で覆った。地雷踏んじゃった!とでも思っていそうな蒼白顔だ。
それを察したから、僕はすぐに「だいじょぶよ。なんにも気にしてないのよ」と慌ててフォローを入れた。強がりとかじゃなく、本当に気にしていないから大丈夫なのだ。

両親がいないことも、捨てられた事実も、重大なこととして認識したことが一度もない。
誰だって、“会ったこともない他人”のことで強く思い悩むことなんてないもの。それと同じ。
僕にとって家族という存在は幻想で、一人で産まれて一人で死ぬという流れは当然のこと。だから、ルンちゃんがあたふたする必要なんて一つもないの。


「お父さんもお母さんも、最初からいなかったんだもの。ずっとひとりだったから、なんにも気にしてないの。だから、二人も気にしないでね」


ふにゃりと微笑む。すると、ルンちゃんだけじゃなくマキちゃんまでもがちょっぴり複雑そうに顔を顰めた。
あれま、僕は本当になんともないけれど、二人にはちょっぴり話が重すぎたかしら。どんよりと下がった空気を察して少し後悔する。

これ以上二人に気を遣わせないようにとお口チャックしたと同時に、ふとルンちゃんが何かに気が付いた様子で訝し気に呟いた。


「待って……ヒナタくん、今“ずっと一人”って言った?お兄さんは一緒じゃなかったの?」

「うぅむ?」


予想外の問いに僕ってば困惑してぱちくり瞬く。
ルンちゃんたら突然おかしなこと言ってどうしたのかねぇ。きょとんとしながらも、こくりと頷いて答えた。


「うん、ずっとひとりよ?お兄さんとはねぇ、昨日会ったばかりだもの」

「…………え?」


ふにゃふにゃと笑いながら言うと、二人は無言で顔を見合わせて固まった。
数秒経つごとに、二人してサーッと目を見開いていく。何やら衝撃の事実に気が付いてしまったかのような反応だ。


「それって……──!」


ルンちゃんが慌てたように僕の肩に手を置く。動きがなくてぽややんとしていたところに、突然シュバッ!と触れられたものだから、僕ったらびっくりしてびよよーんと飛び跳ねてしまった。
なにごと、と目を回す僕にルンちゃんが何か言いたげに口を開く。その時だった。


「……?なんだか揺れて……──ぷきゃっ!?」


カタカタ……という微弱な揺れを感じたかと思うと、その直後にドカァーン!と途轍もなく強い揺れと爆発音が辺りに轟いた。


「ヒナタくんッ!!」

「ヒナタ……!」


部屋全体が大きく揺れて、僕もぐわんぐわんと吹っ飛びそうになる。
突然の衝撃にあわわと涙ぐんで蹲る僕を、ルンちゃんとマキちゃんが同時にぎゅっと抱き締めて守ってくれた。

サイドテーブルや花瓶、比較的軽いものは全部ひっくり返って、近くで落ちたものの破片が飛び散る。当然、それらは僕を守るように覆い被さる二人にも降り注いだ。
ガシャン!という音が何度も続いて、僕は二人にしがみつきながらぷるぷると震える。
数秒して揺れが落ち着いた頃、頭を抱えて蹲る僕を一撫でしながら、二人がゆっくりと顔を上げた。


「何だ、今の……?」

「ヒナタ、大丈夫か」


ルンちゃんが辺りをきょろきょろ見渡し、マキちゃんが僕の頭を撫でる。
まだぷるぷるとした震えは残っているけれど、少しは落ち着いたのでこくりと頷いた。むぐむぐと涙を堪える僕を、マキちゃんがひょいっと抱き上げてぎゅうしてくれる。


「ルチアーノ、今の揺れを調べて来い」

「は、はい……!」


コアラみたいにぎゅーっと強くマキちゃんに抱き着く。
マキちゃんはそんな僕を撫でながら、ルンちゃんに一言低く命令した。それに頷きルンちゃんが立ちあがったところで、歩き出すより先に誰かが部屋に飛び込んできた。


「団長ッ!先程の揺れに関してご報告が!」


慌ただしくやってきたのは、ルンちゃんやマキちゃんと同じ黒い制服を着た騎士さん。
頭に生えるもふもふの耳から推測するに、どうやら彼はキツネの獣人さんのようだ。


「何事だ」


マキちゃんが顔を険しく顰めて立ち上がる。騎士さんはマキちゃんにしがみつく僕をチラチラ見つめながらも忙しなく答えた。


「き、基地の外壁を突き破って、ケネット伯爵が奇襲を仕掛けてきました!」

「な……──」

「何だってぇ!?」


マキちゃんが目を瞠るより一足先に、ルンちゃんが顔面蒼白で大きく叫んだ。
なになに、そんなにびっくりなことなの?と僕ってば涙も引っ込んでぱちくり瞬く。どゆこと?どゆこと?と一人あたふたする僕を置き去りに、二人はお互いだけで会話を始めた。


「ど、どうして“辺境の英雄”が騎士団に奇襲なんか……!」

「……面倒事を嫌うあの男が、国に喧嘩を売るようなことをするとは」

「ヤバいですよ団長!騎士が百人集まってもあの人には勝てないっていうのに!」


今にも倒れそうなくらい蒼白顔で目を回すルンちゃん。珍しく余裕を帯びた無表情を払い、焦った様子で汗を滲ませるマキちゃん。
よくわからないけれど、とりあえず緊急事態だということは流石の僕も悟った。

というわけで、ひとまず僕もあわあわと慌てた感じを醸し出しておく。一人ポカンと間抜け面をしているのはポンコツぽいからねぇ。
あわあわ、あわあわ。二人に馴染むようにあたふたしていると、ふいに扉の傍にいた騎士さんが廊下を見据え、何かに気が付いた様子で顔面蒼白した。


「なッ、あれは……──!」


直後、再びドカァーン!と途轍もない爆発音が轟く。
今度はこの部屋の入り口からで、そこに立っていた騎士さんはどうやら今の衝撃で吹っ飛んでしまったようだった。


「あわっ、あわわっ!」


流石に今度は演技じゃなく、本当のあわあわだ。
マキちゃんが僕を強く抱え込むと同時に、ルンちゃんが前に出て剣を抜く。剣が向かう先、崩れた入り口から、砂埃やら何やらを掻き分けて大きな人影が近付いてきた。


「……?……むむぅ?」


人影が近付き鮮明になっていく度、恐怖と緊張で固まった身体が解れていく。
血みたいに鮮やかな“赤髪”が確かに見えた途端、僕はぱあぁっ!と瞳を輝かせた。



「お兄さん……!」


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