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15.ヒト族の兄?

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僕がお兄さんのことを話すと、マキちゃんは途端に険しい顔をしながら、僕を連れてどこかへ向かった。
大人しく抱っこされて辿り着いた先は、いくつかのソファとテーブルが置かれただけの簡素な部屋。マキちゃんはそこに僕を入れると、廊下に立っていた騎士さんに「ルチアーノを呼べ」と一言指示を飛ばした。

僕はというと、突然の状況にまったくついていくことができず、ただおろおろと動き回ることしかできない。
そんな僕をひょいっと捕獲したマキちゃんは、僕をお膝抱っこしながらソファに腰掛けた。


「マキちゃん、どしたの?なにするの?」


不安をあらわにすると、マキちゃんはそんな僕を宥めるようによしよしと頭やら背中やらを撫でる。
なでなでされても分からないのよ?ちょっぴりよしよしされたくらいじゃ騙されないのよ?とぷんすかするけれど、マキちゃんはそれを完全スルーして適当に僕を宥め続けた。

マキちゃんてばひどいねぇ、と拗ねて身体を丸めたその時、ふいに慌ただしい足音が部屋に近付いてくることに気付きハッとした。
顔を上げると同時に勢いよく扉が開かれる。飛び込んできたのは、額に汗を滲ませたルンちゃんだった。あれま、ルンちゃんのことすっかり忘れてたねぇ。


「ヒナタくん!」


ルンちゃん!と瞳をキラキラ輝かせながら手を伸ばすと、ルンちゃんも嬉しそうに頬を緩ませて駆け寄ってくる。
むんむんっと軽く足をぷらんぷらん揺らしてマキちゃんの膝から飛び降り、両腕を広げたルンちゃんの胸にぽすっと飛び込んだ。


「ルンちゃん、おひさしぶりねぇ。どこ行ってたの?お外にルンちゃん、いなかったのよ?」


そういえば、マキちゃんが『ルンちゃんは訓練場でお仕事してる』って聞いたのに、ルンちゃんいなかったねぇ。
なんてことを今になって思い出し、ぱちくり瞬く。ルンちゃんは申し訳なさそうにへにゃりと眉尻を下げると、僕を抱っこしながら困り顔で答えた。


「ごめんね。昨夜の任務の報告に不備があったみたいで……訓練の途中で本部に呼び出されちゃったんだ」


本当にごめんねぇと項垂れるルンちゃんを、慌ててよしよしと撫でる。
別に怒ってるわけじゃないのよ。ただルンちゃんに何かあったのかなって、不安になっただけなの。そう言うと、ルンちゃんは嬉しそうに笑った。

「心配してくれてありがとう!」というセリフと共に仕掛けられるうりうり頬擦り攻撃を何とか受け止める。
そんな僕とルンちゃんの間に、ふと顰めっ面をしたマキちゃんが割り込んで低く呟いた。


「報告の不備とは、ヒナタの“兄”についてか?」


さり気なくルンちゃんの腕の中から引っこ抜かれ、マキちゃんにむぎゅっと抱っこされる。
マキちゃんたら急にどうしたのかしら。突然の抱っこにきょとんとする僕を置き去りに、二人の会話は頭上でスラスラと進んでいった。


「あ、団長はもうご存じだったんですね!報告に不備があったので、団長にもお伝えしなければと思っていたのですが……」

「たった今知ったところだが」

「あ……そ、それは、えっと……申し訳ございませんッ!」


マキちゃんの静かな威圧を察したのか、ルンちゃんが蒼白顔でブォンッ!と頭を下げる。
そしてすぐに顔を上げ、面目ない……と言わんばかりに項垂れながら弁明を始めた。


「い、如何せんヒト族の子供という報告内容だけでも手一杯でして……伝達の過程で不備が生じてしまったらしく……」

「弁解は必要ない。さっさと“兄”について報告しろ」

「は、はいッ!」


ルンちゃんが必死に説明しているというのに、それを容赦なくぶった切るマキちゃん。
淡々と踵を返しソファに腰掛けると、僕のほっぺをふにゅふにゅ触りながら聞く体勢を作った。マキちゃんたらおかしなところで緊張感がないのね。


「ヒナタくんには両親が居ないようなのですが、どうやら兄なら一人居るとのことで。詳細を聞き出す前にヒナタくんが眠ってしまったので、ひとまずそれらしきヒト族が居ないか、付近の捜索はしてみたのですが……」

「収穫は特に無かったようだな」

「えぇ。例の森が奥深く鬱蒼としていることもあり、捜索自体が困難でした。唯一見つかったものといえば、焚火の跡くらいでしたね」


二人とも、どうやらお仕事の話をしているみたいだから、おりこうさんにお口チャックしておこう。
そう思って大人しくしていたけれど、すぐにマキちゃんに呼ばれて慌てて顔を上げた。あわあわ、お仕事の話をされても、僕なんにも分からないのよ?


「ヒナタ、お前は奴隷商に捕まるまで兄と過ごしていたのだろう。兄は今どこにいる?」

「うぅむ?」


急になんのことだろうねぇ。なんて、僕ってばちょっぴり困惑である。
のんびりとポンコツな反応を返す僕に呆れたのか、マキちゃんは僕のほっぺをむにゅーっと摘まみ上げながら再び問いを紡いだ。むぅ……ほっぺ、いたいねぇ。


「お前の兄だ。兄がいるのだろう?お前の家族も保護してやるから、居場所を知っているなら吐けと言っているんだ」


ぱちくり。数秒瞬き、やがてハッと息を呑んだ。
キラキラと瞳を輝かせ、お兄さんを探してくれるの?と問い掛ける。「だからそう言っているだろう」と呆れ顔を浮かべるマキちゃんにむぎゅっと抱き着き、むへへと頬を緩めた。


「ありがとねぇマキちゃん。お兄さん、探してくれてありがとねぇ」

「あぁ。礼はもういいから、兄の居場所を吐け」

「ちょ、団長……子供相手なんですからもう少し優しく対応しないと……」


容赦ないマキちゃんのセリフに、慌てて「そだったねぇ」と切り替える。
マキちゃんの口調は確かにちょっぴり容赦がないけれど、それでもその淡白さが僕は好きだ。僕はただでさえポンコツヒナタと呼ばれるから、そういう時マキちゃんの優しい淡白さが救いになる。

ふにゃりとした笑みを浮かべながら、僕は今度こそしっかり問いに答えた。


「お兄さんはねぇ、どこにいるんだろうねぇ」

「うぅんッ、知らんのかーいッ!」


僕が知りたいくらいだねぇ、と微笑む僕を見てズッコけるルンちゃん。
マキちゃんもズコーッて感じに項垂れた。そんな二人の様子を見て再びぱちくりと瞬く。
おかしいねぇ。しっかり答えたのに、二人ともあんまり嬉しくなさそうだねぇ。


「え、えぇっと……そうだ!それじゃあ、お兄さんの名前と特徴を教えてくれる?そうしたら、こっちでも探しやすくなるからさ!」


ズッコケ状態から復活したルンちゃんが、気を取り直したようにそう語る。
その問いにふむふむと頷き、今度こそ喜んでもらえるようにしっかりと答えた。


「お兄さんはねぇ、えぇっと、あのねぇ……あれなのよ?あの……あれ、あれなの」

「どれなの……?」


困り顔を浮かべるルンちゃん。もう諦めたように悟った顔をするマキちゃん。
二人の反応を見て焦った。どうしよう、このままじゃ二人が諦めちゃう。だめだこりゃって、僕を見捨てちゃう。早くしっかりしないと。

でも、本当にどうしよう。僕ってば、お兄さんの名前忘れちゃった。
いや、ちょっぴりは覚えてるのよ?でも、しっかりは覚えてないの。困ったねぇ。これじゃあ二人の質問にしっかりお答えできないねぇ。

とはいえずっとこのままというわけにもいかないので、僕はとりあえず思い付いた名前を教えてこの苦境を乗り越えることにした。


「えっとね、お名前はあるるべるる。るるべる。べるべる。みたいな感じだったです」

「み、みたいな感じ?」

「それでね、お顔はとてもイケメンさんです。かっこいいです。髪は真っ赤で、あっつい火みたいな色なのよ。あと、耳はまんまるで、もふもふで──……」

「──待って、今なんて言った?」


お兄さんの姿を思い出しながら答えていると、ふいにルンちゃんに言葉を遮られてあわわと眉尻を下げた。
何か気になることでもあったのかしら?と首を傾げる僕に、ルンちゃんは訝し気な顔をして再び尋ねる。


「耳って……ヒナタくんのお兄さん、ヒト族じゃないの?」


ぱちくり。ルンちゃんたら何を言っているんだろうねぇ。
僕の方こそへにゃりと困り顔をしちゃう。ポカンと目を見開く二人を見つめて、ふるふると首を振った。


「お兄さん、トラさんよ?」

「……」

「……」


数秒後、部屋中にルンちゃんの「トラァ!?」という大声が響き渡った。

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