獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

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14.お兄さん

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「そだ、マキちゃん。僕、ここで暮らすなら騎士さんになるの?」


マキちゃんの部屋に戻ってすぐ、ふと思いついたことを口にするとマキちゃんは真ん丸に目を見開いた。
何言ってんだ、とでも言うような反応を見て、どうやら僕がおかしなことを言っちゃったみたいだねぇと察してお口チャックする。


「……お前はどう考えても騎士にはなれないだろう。壊滅的に弱いのだから」

「がーん!」


あまりにストレートな物言いに、僕ってば顔を蒼白させてガーンしてしまった。
そ、そこまで言わなくたっていいじゃんかよぅ。ちょっぴり聞いてみただけじゃないの。しょんぼり。
ほっぺをぷくっと膨らませながら、拗ねて部屋の隅っこに蹲る。けれどすぐにマキちゃんに捕獲され、丸まった身体のままむぎゅっと抱き上げられた。

不貞腐れる僕を完全スルーして、スタスタと部屋の真ん中に歩いていくマキちゃん。
だんごむしみたいに丸まる僕をポイッとソファに放ると、マキちゃんは流れるような動きで飲み物を淹れながら話し始めた。


「ヒナタはただここで自由に過ごしていればいい。退屈ならその辺の騎士にでも構ってもらえ。衣食住、全て与えてやるから外に出ることだけは諦めろ。分かったな」


突然の淡々とした要求に困惑し、どういうことかしらと眉尻を下げる。
マキちゃんはおろおろする僕にコップを持たせると、自分も真っ黒いコーヒーが波打つカップを手に、向かいのソファへ腰掛けた。
座るならお膝抱っこしてほしいけれど、今はそういうワガママを言える空気ではなさそうだ。しっかりと重苦しい空気を悟った僕は、おりこうさんにシュン……と座り直した。


「あの、えと、うぅんと……どうして、お外に出ちゃいけないの?」


とりあえず、しっかり聞き取れたところについて尋ねてみよう。そう思い、マキちゃんが語った『お外に出ちゃだめ』の理由を聞いてみる。
マキちゃんはコーヒーを口にしながら、僕の問いに淡々と答えた。


「お前がヒト族だからだ。流石のお前も、ヒト族が獣人にとってどんな存在なのかは分かるだろう。『神話の天使』について、少しは理解しているはずだが」


神話の天使。それを聞いてハッと思い出した。
それはお兄さんに教わった最初の知識だ。獣人について、ヒト族について。お兄さんから教わったことをうぅむと思い返す。


「ヒト族は、かみさま?」


マキちゃんが僅かに目を細める。カップをテーブルに置くと、小さく「まぁ、間違ってはいないな」と低く呟いた。


「“人間”は“獣人”の完全な進化形。神が遣わした完璧な生物であるとされている。ヒト族に対する獣人の信仰心の強さは、ヒト族の逸話が全て“神話”としてしか描かれていないことに如実に表れている」


ふぅむふむ。なるほど。だから『神話の天使』なのか。
いくら獣人にとっての神様とはいえ、流石に神話の天使だなんて呼び方は仰々しすぎるんじゃ?と思っていたけれど。
そこまで徹底した信仰があるなら、それほど仰々しい呼び方になっても無理はないかも。

ふむふむと一人納得する僕を見据えて、マキちゃんはふとお疲れ気味に溜め息を吐く。
かと思うと、ふいにマキちゃんは面倒くさそうに窓の外を眺めて呟いた。


「客観的に考えてみろ。突然目の前に崇拝する神が現れたら、世間はどんな反応をする」


ぱちくり瞬き、マキちゃんのセリフ通りの光景をぽややぁっと想像してみる。
とてとてお散歩している時に、突然目の前に神様が現れた!そんな時、僕の反応は、みんなの反応は?考えれば考えるほど大規模に広がっていく想像を慌てて振り払い、さーっと青褪めながら答えた。


「た、たいへんなことに、なりますです……」


そうだな、と頷くマキちゃん。優雅にコーヒーを嗜むマキちゃんの向かいで、僕はしょんぼりと肩を落とした。
確かに、マキちゃんの言う通りだ。僕が自由に外出なんてしちゃったら、きっと大変なことになる。でも……とはいえずっと外に出られないというのも、すぐには納得しづらい。


「でも、でもでも……」


なんとかこの気持ちを伝えたいけれど、気難しいマキちゃんを納得させられるくらいのセリフが思いつかない。
もごもごとちっちゃな声を呟くことしかできない僕を見据えて、マキちゃんは淡々と容赦なく語った。


「文句は無いな。神殿の手からお前を匿う為にも、これは必要な処置なのだ。多少不便はあるだろうが目を瞑れ。なるべく退屈はさせないよう此方も最善を尽くす」

「あぇ、あぅ……」


たくさんのことを短く素早く語られるものだから、僕ってば持ち前のぼんやりとポンコツが発揮して話に着いていけず、おろおろ揺れることしかできない。
もっとゆっくり話してほしいねぇ、なんて厳しそうなマキちゃんに要求できる隙もなく、結局僕はむぐむぐと情けなく涙ぐんでしまった。


「うぐっ、むぐっ……」


泣いちゃだめ。泣いてばかりじゃ、またポンコツヒナタってバカにされちゃう。
そう思うけれど、やっぱり一度流した涙はそう簡単には止められない。むぐむぐと小さく響く嗚咽を聞き取ったのか、マキちゃんは驚いたように息を吞みながら立ち上がった。


「なッ……!おい、何故泣く……!」


慌ただしく向かいのソファから駆け寄ってくるマキちゃん。
あやすように抱っこされて、僕も堪らずむぎゅっと抱き着く。肩にうりうりと顔を埋めると、流石のマキちゃんも空気を読んで僕の頭を撫でてくれた。


「泣くな……俺は子供のあやし方など知らないぞ……」


マキちゃんがふと呟いたセリフを聞いて、思わずきょとんと瞬いた。
何を言っているんだろう。マキちゃんてば冗談が好きなのね。
僕が泣きそうになった瞬間、すぐに駆け付けて抱っこして、よしよしと撫でてくれるマキちゃんが子供のあやし方を知らないわけないのに。

施設にいた時なんて、先生すら泣き喚く僕をいつも無視した。
僕はぼんやりしていてポンコツだから、何度も転んだり物にぶつかったりして泣き喚いて、面倒くさいからって。でも、マキちゃんは先生たちとは違う。
呆れ顔を浮かべはするけれど、結局最後はやれやれって言いながら、僕のワガママを聞いてくれるのだ。

まだ出会って短い時間しか経っていないけれど、僕はもう、マキちゃんの分かりにくい優しさをいっぱい実感した。
だから、マキちゃんが本当はとっても優しい人なんだってことをいっぱい知っているし、その優しさを信じている。


「マキちゃっ、急に泣いてごめんねぇ、ごめんねぇ」

「何だ?何を謝ることがある。ただ泣いただけだろう。お前が泣き虫だということはとうに承知済みだが」


訝し気に首を傾げるマキちゃん。当然と言わんばかりに飛び出したセリフを聞いて、思わずふにゃりと頬を緩めた。
やっぱり、マキちゃんは優しい。でもマキちゃんは残念なことに、自分の優しさにまったく気が付いていないみたいだ。


「マキちゃ、ありがと……ありがと。好きよ、だいすきよ」


うりうり頬擦りすると、やがて空気がほのぼのと緩んでいく。
マキちゃんもほんのちょっぴり微笑んだその時、僕はタイミングを見計らってあのねあのねとお馴染みのワガママを口にした。


「でもずぅっとお外に出られないのはやだです」

「あ?駄目だ。外出禁止」

「がーん!」


全然騙されてくれなくてしょんぼり。一切の隙もなく即答したマキちゃんを前に、僕はぐぬぬとほっぺぷくーして不服を訴えた。
けれどマキちゃんたら流石の辛辣っぷり。僕のぷくぷくーな訴えは完全スルーで、膨らんだほっぺを無慈悲に片手で潰していく。容赦なくて泣いちゃうのよ。


「……そう泣くな。外に出なければならない緊急の用件もないのだから、いつか外出が許される日が来るまで我慢しろ」

「うぅん……」


宥めるようにぽんぽん撫でられ、確かにこれ以上マキちゃんにワガママ言うのもなぁ……と罪悪感が湧いてきた。
マキちゃんも“いつか”と言ってくれているし、きっといつかは外出禁止が解かれる日が来るはず。それなら、別に今ワガママを言わなくても……

なんて。そこまで考えて、ふいにあることをハッと思い出した。


「……まって。だめよ、お外に出なきゃ」


ピタッと固まり、小さく呟く。そんな僕を、マキちゃんが訝し気に見下ろした。


「どうした。突然大人しくなって……──なッ!」


バッ!と思い切り抵抗すると、突然の激しい動きに対応できなかったらしいマキちゃんが、驚いたように抱っこの手を緩めた。
その隙をついて抜け出し、地面にスルッと飛び降りる。一目散に扉へ向かうものの、すぐに背後からひょいっと捕獲され、ばたばたと再び抵抗した。


「おい、何だ、突然どうした。さっきまで大人しくしていただろう」

「はなすのっ!僕ってば、すっかり忘れてたの!僕のおばかっ、ばかばかっ」

「馬鹿、やめろ。痛みが残ったらどうする」


ぽかぽかっと自分の頭を叩いていると、マキちゃんが困惑した様子でその手を掴み上げた。
身体も手も封じられ、何もできなくなった僕はしょんぼりと涙ぐむことしかできない。どうした?と何度も問いを紡ぐマキちゃんの声が優しくて、思わず抵抗した理由を小さく答えてしまった。


「おにいさん……」

「お兄さん?」

「迷子のお兄さん、さがしにいかないと、だめなの……」


いつもぼんやりしている頭にしては珍しく、脳裏にはしっかりと例の赤髪が残っている。
もふもふの耳に、優しくも不敵な笑顔まで全部。初めて出会った優しい人、特別な人。お兄さんのことを思い出して、僕はむぐむぐ瞳を潤ませながら訴えた。


「お兄さん、きっと迷子で泣いちゃってるのぉ……!」


むえぇっ!と泣き出す僕を、マキちゃんが慌てた様子でよしよしとあやし始める。
マキちゃんは僕を宥めながら、低い声で「“兄”だと……?」と呟き訝し気に首を傾げた。

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