14 / 54
14.お兄さん
しおりを挟む「そだ、マキちゃん。僕、ここで暮らすなら騎士さんになるの?」
マキちゃんの部屋に戻ってすぐ、ふと思いついたことを口にするとマキちゃんは真ん丸に目を見開いた。
何言ってんだ、とでも言うような反応を見て、どうやら僕がおかしなことを言っちゃったみたいだねぇと察してお口チャックする。
「……お前はどう考えても騎士にはなれないだろう。壊滅的に弱いのだから」
「がーん!」
あまりにストレートな物言いに、僕ってば顔を蒼白させてガーンしてしまった。
そ、そこまで言わなくたっていいじゃんかよぅ。ちょっぴり聞いてみただけじゃないの。しょんぼり。
ほっぺをぷくっと膨らませながら、拗ねて部屋の隅っこに蹲る。けれどすぐにマキちゃんに捕獲され、丸まった身体のままむぎゅっと抱き上げられた。
不貞腐れる僕を完全スルーして、スタスタと部屋の真ん中に歩いていくマキちゃん。
だんごむしみたいに丸まる僕をポイッとソファに放ると、マキちゃんは流れるような動きで飲み物を淹れながら話し始めた。
「ヒナタはただここで自由に過ごしていればいい。退屈ならその辺の騎士にでも構ってもらえ。衣食住、全て与えてやるから外に出ることだけは諦めろ。分かったな」
突然の淡々とした要求に困惑し、どういうことかしらと眉尻を下げる。
マキちゃんはおろおろする僕にコップを持たせると、自分も真っ黒いコーヒーが波打つカップを手に、向かいのソファへ腰掛けた。
座るならお膝抱っこしてほしいけれど、今はそういうワガママを言える空気ではなさそうだ。しっかりと重苦しい空気を悟った僕は、おりこうさんにシュン……と座り直した。
「あの、えと、うぅんと……どうして、お外に出ちゃいけないの?」
とりあえず、しっかり聞き取れたところについて尋ねてみよう。そう思い、マキちゃんが語った『お外に出ちゃだめ』の理由を聞いてみる。
マキちゃんはコーヒーを口にしながら、僕の問いに淡々と答えた。
「お前がヒト族だからだ。流石のお前も、ヒト族が獣人にとってどんな存在なのかは分かるだろう。『神話の天使』について、少しは理解しているはずだが」
神話の天使。それを聞いてハッと思い出した。
それはお兄さんに教わった最初の知識だ。獣人について、ヒト族について。お兄さんから教わったことをうぅむと思い返す。
「ヒト族は、かみさま?」
マキちゃんが僅かに目を細める。カップをテーブルに置くと、小さく「まぁ、間違ってはいないな」と低く呟いた。
「“人間”は“獣人”の完全な進化形。神が遣わした完璧な生物であるとされている。ヒト族に対する獣人の信仰心の強さは、ヒト族の逸話が全て“神話”としてしか描かれていないことに如実に表れている」
ふぅむふむ。なるほど。だから『神話の天使』なのか。
いくら獣人にとっての神様とはいえ、流石に神話の天使だなんて呼び方は仰々しすぎるんじゃ?と思っていたけれど。
そこまで徹底した信仰があるなら、それほど仰々しい呼び方になっても無理はないかも。
ふむふむと一人納得する僕を見据えて、マキちゃんはふとお疲れ気味に溜め息を吐く。
かと思うと、ふいにマキちゃんは面倒くさそうに窓の外を眺めて呟いた。
「客観的に考えてみろ。突然目の前に崇拝する神が現れたら、世間はどんな反応をする」
ぱちくり瞬き、マキちゃんのセリフ通りの光景をぽややぁっと想像してみる。
とてとてお散歩している時に、突然目の前に神様が現れた!そんな時、僕の反応は、みんなの反応は?考えれば考えるほど大規模に広がっていく想像を慌てて振り払い、さーっと青褪めながら答えた。
「た、たいへんなことに、なりますです……」
そうだな、と頷くマキちゃん。優雅にコーヒーを嗜むマキちゃんの向かいで、僕はしょんぼりと肩を落とした。
確かに、マキちゃんの言う通りだ。僕が自由に外出なんてしちゃったら、きっと大変なことになる。でも……とはいえずっと外に出られないというのも、すぐには納得しづらい。
「でも、でもでも……」
なんとかこの気持ちを伝えたいけれど、気難しいマキちゃんを納得させられるくらいのセリフが思いつかない。
もごもごとちっちゃな声を呟くことしかできない僕を見据えて、マキちゃんは淡々と容赦なく語った。
「文句は無いな。神殿の手からお前を匿う為にも、これは必要な処置なのだ。多少不便はあるだろうが目を瞑れ。なるべく退屈はさせないよう此方も最善を尽くす」
「あぇ、あぅ……」
たくさんのことを短く素早く語られるものだから、僕ってば持ち前のぼんやりとポンコツが発揮して話に着いていけず、おろおろ揺れることしかできない。
もっとゆっくり話してほしいねぇ、なんて厳しそうなマキちゃんに要求できる隙もなく、結局僕はむぐむぐと情けなく涙ぐんでしまった。
「うぐっ、むぐっ……」
泣いちゃだめ。泣いてばかりじゃ、またポンコツヒナタってバカにされちゃう。
そう思うけれど、やっぱり一度流した涙はそう簡単には止められない。むぐむぐと小さく響く嗚咽を聞き取ったのか、マキちゃんは驚いたように息を吞みながら立ち上がった。
「なッ……!おい、何故泣く……!」
慌ただしく向かいのソファから駆け寄ってくるマキちゃん。
あやすように抱っこされて、僕も堪らずむぎゅっと抱き着く。肩にうりうりと顔を埋めると、流石のマキちゃんも空気を読んで僕の頭を撫でてくれた。
「泣くな……俺は子供のあやし方など知らないぞ……」
マキちゃんがふと呟いたセリフを聞いて、思わずきょとんと瞬いた。
何を言っているんだろう。マキちゃんてば冗談が好きなのね。
僕が泣きそうになった瞬間、すぐに駆け付けて抱っこして、よしよしと撫でてくれるマキちゃんが子供のあやし方を知らないわけないのに。
施設にいた時なんて、先生すら泣き喚く僕をいつも無視した。
僕はぼんやりしていてポンコツだから、何度も転んだり物にぶつかったりして泣き喚いて、面倒くさいからって。でも、マキちゃんは先生たちとは違う。
呆れ顔を浮かべはするけれど、結局最後はやれやれって言いながら、僕のワガママを聞いてくれるのだ。
まだ出会って短い時間しか経っていないけれど、僕はもう、マキちゃんの分かりにくい優しさをいっぱい実感した。
だから、マキちゃんが本当はとっても優しい人なんだってことをいっぱい知っているし、その優しさを信じている。
「マキちゃっ、急に泣いてごめんねぇ、ごめんねぇ」
「何だ?何を謝ることがある。ただ泣いただけだろう。お前が泣き虫だということはとうに承知済みだが」
訝し気に首を傾げるマキちゃん。当然と言わんばかりに飛び出したセリフを聞いて、思わずふにゃりと頬を緩めた。
やっぱり、マキちゃんは優しい。でもマキちゃんは残念なことに、自分の優しさにまったく気が付いていないみたいだ。
「マキちゃ、ありがと……ありがと。好きよ、だいすきよ」
うりうり頬擦りすると、やがて空気がほのぼのと緩んでいく。
マキちゃんもほんのちょっぴり微笑んだその時、僕はタイミングを見計らってあのねあのねとお馴染みのワガママを口にした。
「でもずぅっとお外に出られないのはやだです」
「あ?駄目だ。外出禁止」
「がーん!」
全然騙されてくれなくてしょんぼり。一切の隙もなく即答したマキちゃんを前に、僕はぐぬぬとほっぺぷくーして不服を訴えた。
けれどマキちゃんたら流石の辛辣っぷり。僕のぷくぷくーな訴えは完全スルーで、膨らんだほっぺを無慈悲に片手で潰していく。容赦なくて泣いちゃうのよ。
「……そう泣くな。外に出なければならない緊急の用件もないのだから、いつか外出が許される日が来るまで我慢しろ」
「うぅん……」
宥めるようにぽんぽん撫でられ、確かにこれ以上マキちゃんにワガママ言うのもなぁ……と罪悪感が湧いてきた。
マキちゃんも“いつか”と言ってくれているし、きっといつかは外出禁止が解かれる日が来るはず。それなら、別に今ワガママを言わなくても……
なんて。そこまで考えて、ふいにあることをハッと思い出した。
「……まって。だめよ、お外に出なきゃ」
ピタッと固まり、小さく呟く。そんな僕を、マキちゃんが訝し気に見下ろした。
「どうした。突然大人しくなって……──なッ!」
バッ!と思い切り抵抗すると、突然の激しい動きに対応できなかったらしいマキちゃんが、驚いたように抱っこの手を緩めた。
その隙をついて抜け出し、地面にスルッと飛び降りる。一目散に扉へ向かうものの、すぐに背後からひょいっと捕獲され、ばたばたと再び抵抗した。
「おい、何だ、突然どうした。さっきまで大人しくしていただろう」
「はなすのっ!僕ってば、すっかり忘れてたの!僕のおばかっ、ばかばかっ」
「馬鹿、やめろ。痛みが残ったらどうする」
ぽかぽかっと自分の頭を叩いていると、マキちゃんが困惑した様子でその手を掴み上げた。
身体も手も封じられ、何もできなくなった僕はしょんぼりと涙ぐむことしかできない。どうした?と何度も問いを紡ぐマキちゃんの声が優しくて、思わず抵抗した理由を小さく答えてしまった。
「おにいさん……」
「お兄さん?」
「迷子のお兄さん、さがしにいかないと、だめなの……」
いつもぼんやりしている頭にしては珍しく、脳裏にはしっかりと例の赤髪が残っている。
もふもふの耳に、優しくも不敵な笑顔まで全部。初めて出会った優しい人、特別な人。お兄さんのことを思い出して、僕はむぐむぐ瞳を潤ませながら訴えた。
「お兄さん、きっと迷子で泣いちゃってるのぉ……!」
むえぇっ!と泣き出す僕を、マキちゃんが慌てた様子でよしよしとあやし始める。
マキちゃんは僕を宥めながら、低い声で「“兄”だと……?」と呟き訝し気に首を傾げた。
2,240
お気に入りに追加
2,994
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
第12回BL小説大賞に参加中!
よろしくお願いします🙇♀️
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
はるはう
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる