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12.もふもふ騎士たち

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騎士さんたちが訓練をしている場所は、訓練場というらしい。
訓練場には騎士団の寮が隣接していて、僕が眠っていた場所はその寮の中にあるマキちゃんのお部屋。寮を出れば、あっという間に訓練場へ入ることが出来る。
そんなこんなでマキちゃんに抱っこされながら下りてきたわけだけれど、僕は訓練場が視界に入るなり、ぱぁっと瞳を輝かせて抱っこから抜け出した。


「……あれだけ抱っこ抱っこと騒いでいたくせに、調子のいい奴だ」


何やらマキちゃんの拗ねたような声が背後から掛けられる。けれどそれはスルーして、僕は訓練場の入り口までとたとたと全速力で駆け出した。


「もふもふっ、もふもふっ」


てちてち走った先で、訓練場をぐるりと囲う回廊に出る。
マキちゃんに首根っこを掴まれながら立ち止まり、そわそわと訓練場を見渡した。

あっちこっちに見えるもふもふの耳、ふわふわ動く尻尾……視線をきょろきょろ動かす度に、瞳のぱぁっとした輝きが明るさを増した。
夢みたいだ。癒しのもふもふがこんなにいっぱい。はわわぁっとぴょんぴょん飛び跳ねながらもふもふ達に見惚れていると、やがて視線に気が付いたのか騎士たちがチラホラとこちらを振り返りだした。


「ん……?お、おい……なんか、ちっこいのがいるぞ」

「本当だ。なんだあのちっこいの。ぴょんぴょん跳ねて可愛いな」

「あれ、例のヒト族じゃないか?ほら、ルチアーノ隊長が言ってた天使──」


むーん。みんなチラチラこっちを見てくれるけれど、近寄って来てくれる人はいないねぇ。
あからさまな好奇心を向けてきているはずなのに、決して近付いてこようとしない。そんな彼らを不思議に思って、まずは僕の方から一歩踏み出してみた。

とてっ。
さささーっ。


「……うぅむ?」


とてっ。
さささーっ。


「むぅっ!」


おかしい。これはとってもおかしいねぇ。
僕がとてっと一歩踏み出す度、騎士たちもサササーッと後退る。流石にぼんやりヒナタと言われる僕でも色々と察するくらいの避けっぷりだ。悲しくてシクシクしちゃうねぇ。
大好きなもふもふに避けられて意地になった僕は、むんっとほっぺぷくーしながら一度踵を返した。とてとてと下がり、深呼吸した末に助走をつけて走り出す。


「まてまて、まてぇーいっ」

「うわあぁぁあ!!」


光の速さでぴゅーんと訓練場を駆け抜け、僕が一度踵を返したことで油断していた騎士さんたちのもとへ一直線に向かう。
不意を突かれてびっくりしちゃったのか、騎士さんたちはお化けでも見たような蒼白顔で勢いよく逃げ出した。あっちこっちにバラバラで逃げられるものだから、僕ってば混乱してターゲットを絞ることなく縦横無尽にあわあわ駆けてしまう。


「はぇ、あぇ……ちょ、ちょっぴりまつの……おもったより、はやいの……」


思ったより足の速い騎士さんたち。全然追い付けないことに悲しくなり、走りながら思わず「ふえぇっ!」と泣き出した。


「むぐっ、うえぇん!みんな、はやいのっ、ひどいのっ……おいちゅけにゃいのぉっ」


泣き出す僕に気付いたらしい何人かの騎士さんが、仲間内で顔を見合わせながら徐々に走る速度を落としていく。その数秒後には、完全に足を止める騎士さんまで現れた。
あれれ?みんなどうしたのかねぇ。急に疲れちゃったのかねぇ。


「ふんっ、ふんっ、むむんっ」


なんにせよ、この状況は好都合。騎士さんが疲れて立ち止まった今がチャンスだ。
てちてち、てちてち。疲れて上がらない足を何とか動かし、一番近くにいる騎士さんのもとへ精一杯駆け寄る。
はふはふっと息切れしながら走る僕を見据えて、ターゲットの騎士さんはいよいよ地面に膝をついた。それに加えて、なぜか僕に両手を伸ばしちゃう驚きの油断っぷりだ。


「がんばれ!もう少しだよ!あとちょっと!」


あ、あれ、なんかおかしい……おかしい気がするねぇ。
僕ってばどうして追われる側の人に応援されちゃってるのかしら。不思議に思ったけれど、極限まで疲れていた僕は特に何も考えず騎士さんの胸に飛び込んだ。


「むんっ」


倒れ込むみたいに抱き着くと、すぐにわーいと高い高いされて目を回す。
僕を受け止めた騎士さんが嬉しそうにぐるんぐるん回ると、周りの騎士さんたちも楽しそうにイェーイと駆け寄ってきた。


「すごいすごーい!捕まえられてえらい!」

「たくさん走れてえらいぞちっこいの!」

「がんばったね天使ちゃん!えらいよぉ!」


この状況に、ふと施設にいた頃のことを思い出した。
最年少の赤ちゃんが初めて立った時、先生たちや施設の子たちに『えらい!』と褒められ揉みくちゃにされていたあの出来事。
たくさん褒められていいなぁと思っていたけれど、まさか本当に僕も褒められる日が来るなんて。いや、僕は赤ちゃんじゃないけども。

赤ちゃんにえらいえらいする時の褒め方だねぇ……とちょっぴり複雑な心境に陥っていた中、ふと背後から低い声が聞こえてハッとした。


「……貴様ら、揃いも揃って馬鹿しか居ないのか」


騎士さんたちが一斉にピシィッと硬直する。
その様子を不思議に思いながら振り返ると、そこには案の定マキちゃんが立っていた。
眉間に皺を寄せた呆れ顔を浮かべながら、何やら腕を組んで溜め息を吐いている。


「だ、団長……って、ハッ!俺は一体何を……!」

「バカッ!おまっ、早くその子を離せっ!泣かせたいのかッ!」


マキちゃん、なんでおこなのかねぇ。なんてぽやぽや考える僕を抱っこしていた騎士さんが、ふとお仲間の騎士さんの顔面蒼白なセリフを受けてハッと固まった。
どうしたのかねぇ、と見下ろすと同時に光の速さで地面に下ろされ、さっきみたいにサササーッ!と騎士さんたちが後退る。なぜかみんな、怯えたように青褪めて震えていた。

ひどいねぇ。泣きたいのは急に下ろされて避けられた僕の方なんだけどねぇ。


「しょんぼり。かなしいねぇ。マキちゃんとこにもどります」


しょぼぼん……と肩を落としつつ、とてとてと力無い足取りでマキちゃんのもとへ。
悲しみを訴えるべく、無言でマキちゃんの足にむぎゅっと抱き着く。するとマキちゃんは慣れた様子で僕をサッと抱き上げた。
僕を避けに避けまくっていたマキちゃんがもう既に懐かしい。割と早く順応するタイプなのかね、マキちゃんたらこんなに怖いお顔でも意外とお堅くないのね。


「マキちゃん。僕、かなしいの。ぎゅうしてくれないと、泣いちゃいますです」

「脅すな馬鹿。とっくに抱いてやっているだろう」

「これは抱っこなの。ぎゅうじゃないの。ぎゅうはもっと、むぎゅって感じなの」

「お前……本当に面倒な子供だな……」


なんて言いながらも、要望に応えてしっかりむぎゅっとしてくれるマキちゃん。初めは怖いお顔の怖い人なのかと思っていたけれど、その印象はもうとっくに吹っ切れた。
今のマキちゃんは、優しくて不器用なマキちゃん。優しいのに、その優しさがとってもわかりにくい厄介マキちゃんだ。


「むへへ。マキちゃん好きよ。だいすきよ。すきすきー」

「……。……何だ、突然」

「だいすきよって気持ちが、あふれちゃったの。抑えきれなくて、いっぱいすきすきって言っちゃってごめんねぇ」

「……何を謝る必要がある。別に、嫌とは一言も言っていない」


マキちゃんのほっぺにスリスリと頬擦りする。嫌がられもせず、拒絶もされない。やっぱりマキちゃんは優しい人だ。
頬を緩ませてルンルン気分で身体を揺らしていると、今度は背後から騎士さんたちの困惑気味な声が聞こえてきた。


「団長?えぇっと、団長ですよね……?」

「誰だあの人」

「キャラ違いすぎだろ」

「にしても天使ちゃん、団長の傍にいるのに全然怖がらないな」

「あのちっこいのとどんな関係なんだ……!?」


何やらヒソヒソと内緒話をしている様子の騎士さんたち。
みんなそんな顔してどうしたのかしら、と不思議に思っていると、ふとマキちゃんが僕を何か言いたげな表情をしながら見下ろした。


「んぅ?どしたの、マキちゃん」

「具合は……」

「むぅ?」

「……具合はどうだ。平気なのか」


ぱちくり。何度か瞬いた後、その問いの意味を理解してこくこくと頷いた。


「うん。平気よ。騎士さんたち、みんないい人。ぜんぜん、こわくないねぇ」

「そうか」

「うん。そうなの」

「……ん」


ぽふぽふ、と優しく頭を撫でられきょとんと首を傾げる。
急にとっても優しくなっちゃって、マキちゃんたらどうしたのかしら。

何はともあれ、なでなでは素直に嬉しいのでふにゃっと笑みを浮かべる。
強く抱き着くと、その分マキちゃんからの抱擁も強くなる。それが楽しくて、僕は出せるだけの力をありったけ使ってマキちゃんを強く抱き締めた。
マキちゃんにもっともっと抱き締めてほしかったから。


「──……おい、どうすりゃいいんだコレ」

「──バカ黙ってろ!邪魔したら団長に殺される空気だぜこりゃ……」


忘れかけていた背後の騎士さんたちの存在を思い出し、ルンルン気分をハッと吹き飛ばして振り返ったのは、しばらく経ってからだった。

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