上 下
11 / 45

11.マキちゃんのお仲間さん

しおりを挟む


例のお高そうなソファ、そこに腰掛けたマキちゃんの膝にぽすっとのせられる。
人肌のぽかぽかな背もたれに身を委ねながら、むふふと上機嫌に顔を上げた。


「うぅむ。僕、とってもごきげんです」

「……それは良かったな」


ちょっぴり嫌味っぽく言葉を返されて、きょとんと首を傾げる。
そろりと表情を窺ってみるけれど、特に怒りの色は感じなかったので気のせいだろうと頷いた。うむ、眉間にムッと皺が寄っているだけ。怒ってはいなさそうね。


「マキちゃん。ここどこですか。ルンちゃんどこですか」


というわけで、早速マキちゃんが言っていた『状況説明』について聞くべく、賢い僕はマキちゃんよりも先に話を切り出した。
そういえば『ここどこですか』の返答をまだ聞いていなかったから、しっかりとそれについても尋ねる。するとマキちゃんは、無表情を浮かべたままスンッと答えた。


「……ここは俺の部屋だ。ルン……ちゃん、というのはルチアーノのことか。アイツなら今は訓練中だ」

「ふむふむ。ふぅむ。くんれんって、なんだろうねぇ」

「騎士団の訓練だ。奴が騎士だということは知っているだろう。騎士団の者は皆訓練中だ」


そう言いながら、マキちゃんがふと僕を抱っこしたまま立ち上がる。
マキちゃんはスタスタと窓辺へ向かったかと思うと、しっかり閉ざされていた分厚いカーテンをシャッと開いた。
途端に真っ暗だった部屋に明かりが差し込み、思わずきゅっと目を瞑る。数秒経ってゆっくりと目を開けると、窓の外に広がった景色が見えて目を見開いた。

明るい太陽の下。広いグラウンドのような場所で、一生懸命に剣を振るたくさんの男性達が見える。例の黒い制服を着て、もふもふの耳を生やしたたくさんの獣人達が。


「はわ……はわわ。もふもふ、いっぱいだねぇ」


大好きなもふもふがあんなにいっぱい。
あまりに眼福な光景に、僕は思わずぷるぷる震えながら瞳を輝かせる。そんな僕を、マキちゃんはおかしな子にでも向けるような目で見下ろした。むぅ、不服である。


「マキちゃん、マキちゃん。僕も、あそこ行きたいの。もふもふ騎士さんたちに、こんにちはしたいの。つれてって、つれてって」

「何?駄目に決まっているだろう。鍛えられた草食獣人なら兎も角、お前のような貧弱な者が肉食獣人の群れに近付けば、恐怖で泣き喚くに決まっている」

「むむん……むぅ?」


秒で却下されて一度はしょんぼりしかけたけれど、すぐにマキちゃんのセリフに疑問を抱いて瞬いた。
肉食獣人の群れに近付けばわんわん泣いちゃう。それってどういうことだろう?
とっても気になったので、僕はマキちゃんの裾を引っ張りながら「ねぇねぇ」と尋ねた。


「マキちゃん。それってどういうこと?」


騎士団の人達に近付いたら泣いちゃうって、どういうことなのだろう。
ぱちくりしながら問うと、マキちゃんは呆れの表情を浮かべて「そんなことも知らないのか」と溜め息を吐いた。むっ、今のはちょっぴりムッとしちゃったねぇ。

たまたま知らなかっただけだもの、とほっぺぷくーしながらぽかぽかパンチ。それを難なく受け止めながら、マキちゃんは淡々と答えた。


「獣人には力関係による本能的なヒエラルキーがある。力の弱い草食獣人は、本能的に肉食獣人に対して恐怖を抱くものだ。相手が肉食獣人の群れなら尚更」

「むん……それじゃ、騎士さんたち、いつも怖がられちゃうの?」

「騎士の大半が肉食獣人だからな。民から向けられる目も、羨望よりは畏怖の感情が圧倒的に多い。余程の馬鹿か無知でなければ、有事以外で自ら騎士団に近付くことはしない」


遠回しによほどのお馬鹿で無知と言われてしまった。不服である。むぅむぅ。
おばかじゃないのよ、と拗ねながら反論しつつ、騎士達を無言で見下ろすマキちゃんにむぎゅっと抱き着く。
びっくりしたように固まるマキちゃんに、ふにゃりと柔い笑顔を向けた。


「だいじょぶよ。だって僕、マキちゃん怖くないもの。マキちゃん好きよ。ルンちゃんもニルちゃんもね?ぜったい泣いちゃわないから、マキちゃんも寂しいって泣かないのよ」


マキちゃんがハッと目を見開く。かと思うと、僕のセリフに何か突き刺さるようなものがあったみたいに、むぐっと顰めた顔を僕から背けた。


「……何を言っている。誰が寂しいなどと馬鹿げたことを言った」


きょとん。ぱちくり瞬きながら首を傾げる。
おかしいねぇ。僕は、何もしなくても本能的に怖いからだなんて理由で避けられたら、とっても悲しくなる。ひとりぼっちになって、きっとたくさん泣いちゃう。
マキちゃんは見るからに強そうだから、きっと僕が想像するよりも苦しいくらいの畏怖を向けられているはず。それは、すごく悲しいことだ。僕なら、とっても悲しいと思う。

だから、マキちゃんも寂しいのかなって、そう思った。でも、ぷいって顔を背けて否定するマキちゃんを見て、あれれ?そうでもないのかなって不思議に思った。
そっぽを向くマキちゃんを見上げて、ぱちくり瞬く。何となくもふもふの耳に手を伸ばして、そっと触れてみると、びっくりなことに今度は拒絶されなかった。

そっと触ったから、マキちゃんたら触れられていることに気付いてないのかしら?
そう思い、僕は一際優しく耳を撫でながら囁いた。


「マキちゃん、だいじょぶよ。マキちゃん好きよ。マキちゃんのお仲間さんも、きっといい人たち。だから、こんにちはしたいねぇ。会ってみたいねぇ」


マキちゃんのもふ耳がピクピクと動く。
苛立ったような痙攣じゃなく、何だかそわそわしているみたいな動きだ。それを何となく察したから、僕はマキちゃんの顔を覗き込むように背を伸ばして、ふにゃっと頬を緩めた。


「マキちゃん、マキちゃん。お仲間さんに、会いたいねぇ。おねがい、おねがいー」

「……ッ」


ぷらんぷらんと足を揺らして、身体もそわそわ左右に動かす。
おねがーいとワガママを繰り返すこと数秒。やがて、マキちゃんはほんのちょっぴりだけ顔をこちらに向けて、仕方なさそうに溜め息を吐いた。


「……長居はさせない。少しでも体調に異変があれば直ぐに言え。分かったな」

「……!うん、うん。わかりましたですっ」


ふにゃふにゃとだらしない笑みを浮かべる。
呆れたような、けれど柔らかい微笑がマキちゃんの顔に浮かんだように見えたのは、たぶん気のせいだろう。瞬きの後に視界に映った淡白な無表情を見て、そう納得した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

主人公に「消えろ」と言われたので

えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。 他のサイトで掲載していました。

【完結】ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活

福の島
BL
家でゴロゴロしてたら、姉と弟と異世界転生なんてよくある話なのか…? しかも家ごと敷地までも…… まぁ異世界転生したらしたで…それなりに保護とかしてもらえるらしいし…いっか…… ……? …この世界って男同士で結婚しても良いの…? 緩〜い元男子高生が、ちょっとだけ頑張ったりする話。 人口、男7割女3割。 特段描写はありませんが男性妊娠等もある世界です。 1万字前後の短編予定。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

断罪フラグを回避したらヒロインの攻略対象者である自分の兄に監禁されました。

BL
あるきっかけで前世の記憶を思い出し、ここが『王宮ラビンス ~冷酷王の熱い眼差しに晒されて』という乙女ゲームの中だと気付く。そのうえ自分がまさかのゲームの中の悪役で、しかも悪役は悪役でもゲームの序盤で死亡予定の超脇役。近いうちに腹違いの兄王に処刑されるという断罪フラグを回避するため兄王の目に入らないよう接触を避け、目立たないようにしてきたのに、断罪フラグを回避できたと思ったら兄王にまさかの監禁されました。 『オーディ… こうして兄を翻弄させるとは、一体どこでそんな技を覚えてきた?』 「ま、待って!待ってください兄上…ッ この鎖は何ですか!?」 ジャラリと音が鳴る足元。どうしてですかね… なんで起きたら足首に鎖が繋いでるんでしょうかッ!? 『ああ、よく似合ってる… 愛しいオーディ…。もう二度と離さない』 すみません。もの凄く別の意味で身の危険を感じるんですが!蕩けるような熱を持った眼差しを向けてくる兄上。…ちょっと待ってください!今の僕、7歳!あなた10歳以上も離れてる兄ですよね…ッ!?しかも同性ですよね!?ショタ?ショタなんですかこの国の王様は!?僕の兄上は!??そもそも、あなたのお相手のヒロインは違うでしょう!?Σちょ、どこ触ってるんですか!? ゲームの展開と誤差が出始め、やがて国に犯罪の合法化の案を検討し始めた兄王に…。さらにはゲームの裏設定!?なんですか、それ!?国の未来と自分の身の貞操を守るために隙を見て逃げ出した――。

処理中です...