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11.マキちゃんのお仲間さん

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例のお高そうなソファ、そこに腰掛けたマキちゃんの膝にぽすっとのせられる。
人肌のぽかぽかな背もたれに身を委ねながら、むふふと上機嫌に顔を上げた。


「うぅむ。僕、とってもごきげんです」

「……それは良かったな」


ちょっぴり嫌味っぽく言葉を返されて、きょとんと首を傾げる。
そろりと表情を窺ってみるけれど、特に怒りの色は感じなかったので気のせいだろうと頷いた。うむ、眉間にムッと皺が寄っているだけ。怒ってはいなさそうね。


「マキちゃん。ここどこですか。ルンちゃんどこですか」


というわけで、早速マキちゃんが言っていた『状況説明』について聞くべく、賢い僕はマキちゃんよりも先に話を切り出した。
そういえば『ここどこですか』の返答をまだ聞いていなかったから、しっかりとそれについても尋ねる。するとマキちゃんは、無表情を浮かべたままスンッと答えた。


「……ここは俺の部屋だ。ルン……ちゃん、というのはルチアーノのことか。アイツなら今は訓練中だ」

「ふむふむ。ふぅむ。くんれんって、なんだろうねぇ」

「騎士団の訓練だ。奴が騎士だということは知っているだろう。騎士団の者は皆訓練中だ」


そう言いながら、マキちゃんがふと僕を抱っこしたまま立ち上がる。
マキちゃんはスタスタと窓辺へ向かったかと思うと、しっかり閉ざされていた分厚いカーテンをシャッと開いた。
途端に真っ暗だった部屋に明かりが差し込み、思わずきゅっと目を瞑る。数秒経ってゆっくりと目を開けると、窓の外に広がった景色が見えて目を見開いた。

明るい太陽の下。広いグラウンドのような場所で、一生懸命に剣を振るたくさんの男性達が見える。例の黒い制服を着て、もふもふの耳を生やしたたくさんの獣人達が。


「はわ……はわわ。もふもふ、いっぱいだねぇ」


大好きなもふもふがあんなにいっぱい。
あまりに眼福な光景に、僕は思わずぷるぷる震えながら瞳を輝かせる。そんな僕を、マキちゃんはおかしな子にでも向けるような目で見下ろした。むぅ、不服である。


「マキちゃん、マキちゃん。僕も、あそこ行きたいの。もふもふ騎士さんたちに、こんにちはしたいの。つれてって、つれてって」

「何?駄目に決まっているだろう。鍛えられた草食獣人なら兎も角、お前のような貧弱な者が肉食獣人の群れに近付けば、恐怖で泣き喚くに決まっている」

「むむん……むぅ?」


秒で却下されて一度はしょんぼりしかけたけれど、すぐにマキちゃんのセリフに疑問を抱いて瞬いた。
肉食獣人の群れに近付けばわんわん泣いちゃう。それってどういうことだろう?
とっても気になったので、僕はマキちゃんの裾を引っ張りながら「ねぇねぇ」と尋ねた。


「マキちゃん。それってどういうこと?」


騎士団の人達に近付いたら泣いちゃうって、どういうことなのだろう。
ぱちくりしながら問うと、マキちゃんは呆れの表情を浮かべて「そんなことも知らないのか」と溜め息を吐いた。むっ、今のはちょっぴりムッとしちゃったねぇ。

たまたま知らなかっただけだもの、とほっぺぷくーしながらぽかぽかパンチ。それを難なく受け止めながら、マキちゃんは淡々と答えた。


「獣人には力関係による本能的なヒエラルキーがある。力の弱い草食獣人は、本能的に肉食獣人に対して恐怖を抱くものだ。相手が肉食獣人の群れなら尚更」

「むん……それじゃ、騎士さんたち、いつも怖がられちゃうの?」

「騎士の大半が肉食獣人だからな。民から向けられる目も、羨望よりは畏怖の感情が圧倒的に多い。余程の馬鹿か無知でなければ、有事以外で自ら騎士団に近付くことはしない」


遠回しによほどのお馬鹿で無知と言われてしまった。不服である。むぅむぅ。
おばかじゃないのよ、と拗ねながら反論しつつ、騎士達を無言で見下ろすマキちゃんにむぎゅっと抱き着く。
びっくりしたように固まるマキちゃんに、ふにゃりと柔い笑顔を向けた。


「だいじょぶよ。だって僕、マキちゃん怖くないもの。マキちゃん好きよ。ルンちゃんもニルちゃんもね?ぜったい泣いちゃわないから、マキちゃんも寂しいって泣かないのよ」


マキちゃんがハッと目を見開く。かと思うと、僕のセリフに何か突き刺さるようなものがあったみたいに、むぐっと顰めた顔を僕から背けた。


「……何を言っている。誰が寂しいなどと馬鹿げたことを言った」


きょとん。ぱちくり瞬きながら首を傾げる。
おかしいねぇ。僕は、何もしなくても本能的に怖いからだなんて理由で避けられたら、とっても悲しくなる。ひとりぼっちになって、きっとたくさん泣いちゃう。
マキちゃんは見るからに強そうだから、きっと僕が想像するよりも苦しいくらいの畏怖を向けられているはず。それは、すごく悲しいことだ。僕なら、とっても悲しいと思う。

だから、マキちゃんも寂しいのかなって、そう思った。でも、ぷいって顔を背けて否定するマキちゃんを見て、あれれ?そうでもないのかなって不思議に思った。
そっぽを向くマキちゃんを見上げて、ぱちくり瞬く。何となくもふもふの耳に手を伸ばして、そっと触れてみると、びっくりなことに今度は拒絶されなかった。

そっと触ったから、マキちゃんたら触れられていることに気付いてないのかしら?
そう思い、僕は一際優しく耳を撫でながら囁いた。


「マキちゃん、だいじょぶよ。マキちゃん好きよ。マキちゃんのお仲間さんも、きっといい人たち。だから、こんにちはしたいねぇ。会ってみたいねぇ」


マキちゃんのもふ耳がピクピクと動く。
苛立ったような痙攣じゃなく、何だかそわそわしているみたいな動きだ。それを何となく察したから、僕はマキちゃんの顔を覗き込むように背を伸ばして、ふにゃっと頬を緩めた。


「マキちゃん、マキちゃん。お仲間さんに、会いたいねぇ。おねがい、おねがいー」

「……ッ」


ぷらんぷらんと足を揺らして、身体もそわそわ左右に動かす。
おねがーいとワガママを繰り返すこと数秒。やがて、マキちゃんはほんのちょっぴりだけ顔をこちらに向けて、仕方なさそうに溜め息を吐いた。


「……長居はさせない。少しでも体調に異変があれば直ぐに言え。分かったな」

「……!うん、うん。わかりましたですっ」


ふにゃふにゃとだらしない笑みを浮かべる。
呆れたような、けれど柔らかい微笑がマキちゃんの顔に浮かんだように見えたのは、たぶん気のせいだろう。瞬きの後に視界に映った淡白な無表情を見て、そう納得した。

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