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8.ルンちゃん

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「ねぇねぇ、わんちゃん。僕とわんちゃん、ここから出られるの?」


隠し持っていたらしい傷薬を、僕の殴られたお腹に塗ってくれたわんちゃんにふと尋ねる。
横抱きに僕をぎゅっとしたわんちゃんは、その問いにニコッと笑って頷いた。


「うん、もう大丈夫だよ。ちょうど昨夜、この奴隷商人たちを捕まえられるだけの証拠が集まってね。この先で仲間と合流して、奴らを確保する予定なんだ」

「それじゃあ、いたいのもうされない?」

「もちろん!君を傷つけた奴らは皆捕まえるから安心して。さっきは殴られる前に助けられなくてごめんね。何か騒いでいるなとは思っていたけれど、まさか子供に乱暴しているなんて……って、うん?どうしたの?」


とっても悔しそうな顔をして語るわんちゃんの手を、くいくいっと控えめに引っ張る。
きょとん顔を向けてくるわんちゃんに、ふるふるっと首を横に振った。


「ちがうの。わんちゃんがね、痛いの、もうされないかなって不安なの」


所々に傷が残るわんちゃんの身体。その傷の一つ一つを丁寧に撫でながら言うと、わんちゃんはびっくりしたみたいに息を呑んだ。
ピタッと固まったことで、筋肉質な胸板が更にムキッと硬くなる。ほんとの板みたいねぇ、と軽くぺちぺち叩いて遊んでいると、やがてわんちゃんがふにゃりと甘く微笑んだ。

むぎゅーっと突然強く抱き締められて、息苦しさを訴えるようにあわわと抵抗する。
そんな僕の頭を至って冷静にぽんぽん撫でながら、わんちゃんはにこやかに答えた。


「俺を心配してくれたんだね、ありがとう。でも大丈夫。この傷は今回の任務で出来たものじゃなくて、これまでに沢山戦って、その時に出来たものなんだ」


ぱちくり。真ん丸に見開いた目を瞬いて、たくさんの傷痕をよしよしと撫でる。


「それじゃ、いたくないの?」

「うん。もう痛くないよ。それに、君が撫でてくれたから……って、そうだ!」


にこやかに喋っていたわんちゃんが、ふと何かを思い出したかのように声を上げた。
その様子にきょとんと首を傾げる僕を見下ろし、わんちゃんは自分を指さしながらニコニコと語る。


「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったなと思って。俺はルチアーノっていうんだ。君の名前を教えてくれるかい?」


るちあーの、るちあーの。ふむふむ、ちょっぴり覚えた。
相変わらずの横文字な名前にあわあわしながらも、しっかり頭の中で彼の名前を繰り返し呟いて確かめる。るちゃーの、るちゃー、るちゃん。ルンちゃんね、しっかり覚えた。

ルンちゃんの問いに答えるべく、僕もふにゃりと笑ってしっかりと答えた。


「僕、ヒナタっていいますです。よろしくねぇ。ルンちゃん」

「ル、ルンちゃん?あ、あぁうん……よろしくね、えっと、ヒナタくん」


なんだか困惑したような顔をするルンちゃん。あれれ、何かおかしなことを言っちゃったかねぇ。名前はルンちゃんで合っているはずだけれど……。
僕もつられて困り顔を浮かべると、ルンちゃんは「うーん、まぁいいか」と呟いてニコッと笑った。よかった、僕が何か間違えたわけではないみたいだ。

ルンちゃん、ルンちゃん。新しいお友達が増えてルンルン気分な僕を微笑ましそうに見下ろしたルンちゃんが、ふいにポンと手を叩いて切り出した。


「俺はヒナタくんも察しての通り、犬獣人なんだけど……ヒナタくんは、何の獣人なのかな?パッと見だとよくわからなくて……」

「ヒナタでいいよぉ。あのねぇ、僕、ヒト族なんだって」


ルンちゃんはやっぱりわんちゃんの獣人さんだったのね、とほくほくしながら、お兄さんが教えてくれた自分の種族を名乗る。
すると、なぜか直前までニコニコしていたルンちゃんの顔から笑みが掻き消えた。

スンって抜け落ちるみたいな、そんな変化の後に浮かんだのはポカーンって感じの呆気にとられたびっくり顔。
どうしたのかねぇ、と眉尻を下げる僕に気付くと、ルンちゃんはハッと我に返って瞳を揺らした。


「…………は、えっと……ヒ、ヒト族?」

「うん。ひとだねぇ。そだ、あのねぇ、すっぽんぽんを見ればわかるんだってぇ」


そういえば、お兄さんは僕のすっぽんぽんを隅々まで確認して、僕がヒト族であることを確信していた。
それなら、きっとルンちゃんにもすっぽんぽんを見せれば理解が早いはず。そう思って服を脱ごうとした瞬間、ものすごく焦った様子のルンちゃんにメッ!と止められてしまった。


「脱いじゃダメ!嘘だろ……本当にヒト族ならとんでもないことに……」

「うぅん。どしたの、ルンちゃん。頭、いたいいたいなの?」


僕をそっと床に下ろしたルンちゃんが、うにゅっと苦しそうに顔を歪めて蹲る。頭を抱えて何やら悶える姿が心配になって、僕は困り顔でよしよしとルンちゃんの頭を撫でてあげた。

痛いの痛いのとんでけーと撫でていると、やがてルンちゃんが深呼吸しながら顔を上げる。
口元を手で覆って何やらブツブツと呟いたかと思うと、ルンちゃんはニッコリ笑って僕を見た。ちょっぴり笑顔に違和感があるけれど、優しいルンちゃんに変わりはないからたぶん大丈夫だ。


「えぇっと……ヒナタくんはヒト族、なんだっけ?お父さんとお母さんは、どこにいるの?奴隷商に捕まったなら、きっと家族が心配しているよね」

「うぅん?僕、家族いない」

「……えっと、家族、いないの?お父さんもお母さんも?」

「うん。家族いない。おとうさんもおかあさんも、いないねぇ」


あらま、またルンちゃんの顔が険しくなっちゃったねぇ。
笑顔が消えて、代わりにとっても神妙な表情がむぐぐと滲む。皺の寄ったルンちゃんの眉間を突っついて遊んでいると、やがてルンちゃんが少し落ち着いた様子でニコッと笑った。


「えぇっと……それじゃあ、家族に近い人はいるかな?親代わりになるような人は……」

「家族に、ちかいひと」


真っ先に思い浮かんだのは、もふもふの獣耳と真っ赤な髪。
本当にほんの少しの間だったけれど、僕が生きてきた中で一番深く関わったと断言できる人。僕に初めて優しくしてくれた人。
あの人のことを……勝手に“家族に近い人”だなんて言ってもいいのかな。

ちょっぴり躊躇したけれど、僕はやっぱりワガママで欲張りだから、どうしても彼のことを家族と言いたくなってしまった。


「……うん。お兄さん、いる」

「お兄ちゃん?お兄ちゃんがいるの?」

「お兄さん、僕の家族……なの……」


それでもやっぱり躊躇は残って、どうしても罪悪感が拭えない。
こんなひっつき虫に勝手に家族にされて、お兄さんはきっと怒るだろう。
そう思うと悲しくなって、繰り返し確かめるように聞いてくるルンちゃんの問いにも、モゴモゴとした声しか返せなかった。


「そっか、お兄ちゃんがいるんだね。よかった、両親が居なくてもお兄さんがいるなら安心だ。お兄さんの名前を教えてくれるかい?騎士団で探してあげるから」

「ほ、ほんと?お兄さん、探してくれるの?」

「もちろん!こんなに可愛くて……色々と危ない子、きっとお兄さんも心底心配しているだろうからね」


ぱぁっと表情を輝かせる。
またお兄さんに会えるんだ!そう思うと嬉しくて、とっても嬉しくて、僕は状況も忘れてふにゃふにゃと頬を緩めた。


「あのね、お兄さんのお名前はね──……」


そうと決まれば、早速名前を教えてお兄さんを探してもらわなくちゃ。
意気込んで答えようとしたその時、突如馬車が勢いよく揺れて大きな音が鳴り響いた。


「きゃっ……!」


ドンッ!だとかガシャンッ!だとか、まるで馬車に何かが体当たりしたみたいな音と、何かを壊すような騒音。
数秒後には争うような声や、如何にも戦闘中といったような音が外から聞こえてきて、湧き上がった恐怖のままに身体がぷるぷると震え出した。


「ヒナタくん。大丈夫だよ、びっくりしたね。敵じゃないから安心して。ちょうど俺の仲間が合流したみたいだ」


コアラみたいにむぎゅーっとルンちゃんに縋りつく。
そんな僕を優しく抱き締めてくれたルンちゃんは、外の様子を窺うように荷馬車の壁になっていた布をほんの少しだけ捲り上げた。


「ルンちゃんの、なかま……?」


僕もルンちゃんの視線を追うようにそっと外を覗き見る。
そこには、例の下品な男達と戦う、黒い制服を着た騎士達の姿があった。みんな見るからにとっても強くて、どんどん男達を倒して確保していく。
その様子を見て、僕はぱちくり瞬いた。


「ね?大丈夫でしょ?あの強い騎士たちはみんな仲間だから、もう安心だよ」

「うん……ルンちゃんは、おたすけにいかなくて平気?」

「本当は合流して俺も戦う予定だったんだけれどね。そんなことよりも重大でとっても大事な護衛対象が出来たから、俺は戦闘が終わるまでここで待機することにしたんだ」

「……?そかぁ。よくわからないけど、ルンちゃんがケガしないなら、なんでもいいの」


「ヒナタくんっ……!」と感極まった様子のルンちゃんに強く抱き締められて、ぐえーと息苦しさに悶える。
ぎゅっとされているのを良いことに、僕は外の物騒な騒ぎが静かになるまで、ずっとルンちゃんにくっつき続けた。

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