上 下
7 / 53

7.ピンチと出会い

しおりを挟む



「お兄さん、迷子だねぇ」


へにゃりと眉尻を下げ、ここどこだろうねぇと暗い辺りを見渡した。
眠っていた場所からは大分離れたと思う。その証拠に、ちょっぴり見渡しても火の明かりが視界に届かない。下手をすれば、思っているよりもかなりの距離を歩いたのかも。

迷子のお兄さん、ここからどうやって探したものか。
探しても探しても一向に見つからないし……一体どこまで迷子になっちゃったのかねぇ。
まったく困ったさんね、と困り顔を浮かべつつ足を進める。まぁまぁ、歩いていればいつかどこかにつくだろう。
そんな楽観的な思考を巡らせながら歩いていると、ふいに少し先に明かりが見えた。


「むぅ。なんだか、あっちがざわざわしてるねぇ」


ざわざわ、ざわざわ。ちょっぴり騒がしい気配を感じ、一直線にその方向へと走る。
むむぅっと目を凝らし、わずかに見えたのは木製の粗雑な馬車だった。何やら大柄な男たちが下品な笑い声を上げながら酒を飲んでいる。
荒っぽい印象はあっても、同時に上品さを持ったお兄さんとはまるで異なる人たち。とてもお兄さんのお友達には見えず、僕は彼らの目の前に飛び出す直前で足を止めた。


「……お兄さん、いない」


ぽつりと呟く。同時に湧き上がった嫌な予感が、身体を芯からぷるぷるっと震わせた。
ここにいちゃいけない。そう思った時にはもう遅かった。いつものポンコツが出てしまい、踵を返した瞬間にドサッ!と転んでしまったのだ。


「何だ!誰か居るのか!?」


いたいねぇ……と瞳を潤ませながら、ちょっぴり血の滲んだ膝を片手でそっと覆う。
のんびりとそんなことをしていたせいか、すぐに草むらを掻き分けて、背後に例の男たちが追い付いてしまった。


「あ?何だ、見ろよ。騎士共じゃねぇぞ」


真っ先にそんなセリフが飛び出す辺り、少なくともカタギさんではなさそうだ。
なんて、こんな時だけ冷静なことを考えながらのそりと起き上がる。ぷるぷる震えながら振り返ると、数人の男達が僕の顔を見てハッと目を見開いた。


「なッ!おい、コイツ耳も尻尾も無いぞ!!」

「この甘い匂いはなんだ……?」


一際大柄な、リーダーっぽい男にひょいっと首根っこを掴まれ持ち上げられる。
だがしかし、僕が纏っているのは服じゃないので普通に布がぺらっと剥がれてしまった。

男の手に残ったのは僕が包まっていた綺麗な布だけ。すっぽんぽんであべしっと落ちた僕を見下ろした男達は、時が止まったみたいにポカーンと間抜けな顔で固まった。
「は?」という声が漏れて数秒が経ち、やがて男達の表情が気持ち悪いくらいニヤァッと歪んでいく。

全然かっこよくない笑みを浮かべた彼らは、すっぽんぽんの僕を捕らえてニヤニヤと何やら話し始めた。


「おいおい、ひょっとするとコイツ……とんでもねぇレアモノなんじゃねぇか?」


普段はのんびり屋さんな頭の中も、流石にピンチの予感を察知してピーポーピーポーと警鐘を鳴らし始める。
屈強な腕からあわわっと逃げようとしたが、再びあっさり捕獲されてしまった。


「はなして、はなしてっ」

「うるせぇぞガキ!暴れんじゃねぇ!」

「っ──……!」


片腕でひょいっと持ち上げられ、必死に手足を振って抵抗する。
けれどすぐに、正面に立っていた男にお腹をパンチされて声が出なくなった。突然の強すぎる衝撃にびっくりして、悲鳴すら上げることが出来なかった。


「ひぅ、うぅ……いたいよぅ……」


うにゅっと丸まって、お腹を庇うみたいに自分の身体を抱き締める。
殴られたところが熱くて痛くて、途端に弱り出す僕を見下ろした男達が、何やら少しだけ慌て始めたのが分かった。


「何してんだ!殺しちまったら価値が下がるだろうが!」


耳がキーンってして、身体が痛みで熱くて熱くて、うにゅっと丸まったまま何もできない。
男達が言い争っている気配を感じた数秒後には、荷馬車の中に乱暴に放り込まれて倒れ込んでしまった。


「ぅ、うぅ……」


汚れた布で出来た幕が下ろされ、荷馬車の中に暗闇が広がる。明かりはわずかな隙間から射し込む月明かりだけで、裸体を突き刺す冷たい風が震えを誘った。

騒がしい声が外で響いたかと思うと、しばらく経った後に荷馬車がガタンと大きく揺れる。
ガタガタと段々大きくなる揺れを感じながら、荷馬車が動き出したのだとぼんやり悟った。


「おにぃ、さん……」


射し込む月明かりに手を伸ばす。
揺れが激しくなる度に、着実にお兄さんのもとから遠ざかっているのだと悟って悲しくなった。視界が滲んで、小さな嗚咽が漏れ始める。

でも、きっとお兄さんは今頃喜んでいるはずだ。ひっつき虫がいなくなって、ラッキーだったって笑っているかも。とんだ拾い物が消えて清々したって思っているかも。
そんなことを勝手に考えて、もっと悲しくなって。ぽろぽろと涙を零しながら丸まっていると、ふいに荷馬車の奥から聞き慣れない声が聞こえてきた。


「──……君、大丈夫かい?」


ぴくっと身体を震わせ、ぷるぷると怯えながら必死に後退る。
お腹が痛くて起き上がることは出来ないけれど、なんとか這いずるみたいに動いて声の主から距離をとった。


「なに、やだ……だれ、こわい……いたいのいや、いやなの……」


情けなくぐちゃぐちゃの泣き顔を晒しながらもごもご呟いていると、ふと声の主が近付いてきて、僕の傍に静かに膝をついたのが見えた。


「安心して、俺は騎士だよ。君に危害は加えない。君を助けたいんだ」


聞こえたセリフにピタッと動きを止めた。
頭を抱えていた腕をそろりと外して、恐る恐る顔を上げる。暗くてよく見えないけれど、傍にしゃがみこんでいるのはどうやら細身の男性のようだ。
貧相な薄汚れたシャツとズボンを身に纏っていて、その身なりはとても僕が想像する“騎士”には見えない。騎士といえばって感じの剣も持っていないみたいだし……。


「……剣、もってない」


ぽつりと呟くと、自称騎士さんは「あぁ」と腰に手を当てて微笑んだ。


「今は潜入調査の最中だからね。騎士だとバレないように、奴隷の恰好をしているんだ」


そう言いながら、騎士さんは来ていたシャツを唐突に脱ぎだした。
ぱちくりする僕を見下ろして、鍛え上げられた腹筋を晒した騎士さんが優しく笑う。


「俺が怖いだろうけれど、少しだけ触れるのを許してくれないかな。このままだと、君が風邪を引いてしまうかもしれないから」

「……。……うん」


この優しい感じ、ちょっぴりだけお兄さんを彷彿とさせる。
大好きなお兄さんのことを思い出して少し落ち着いた僕は、こくりと小さく頷いた。
すると騎士さんはふにゃりと頬を緩めて、「ありがとう」と言いながら僕にシャツを着せてくれた。身長差も体格差もあるからか、シャツはぶかぶかで、僕が着るとワンピースみたいになる。


「……」


シャツを着せられた時に身体に触れた大きな手。
その人肌の温かさと優しさを思い返して、数秒黙り込んだ後にそろりと手を伸ばした。


「ぎゅってして」


お兄さんに似ている。たったそれだけで、僕は出会ってすぐの自称騎士さんに懐いた。
向けられることに慣れていない『優しさ』があったかくて、あったかすぎて、僕はとってもちょろい?人間になっちゃったみたい。

ポカンと目を見開く騎士さんのもとに這い寄って、膝の上にちょこんと手を置く。
殴られないかな、蹴られないかな。ちょっぴりソワソワしながらも瞳を輝かせると、騎士さんはポカンと目を瞬きながらも、僕を恐る恐るといったように抱き上げた。


「こ、これでいいかな……?」


温かくて安心感のある胸板にすりっと頬擦りする。
ぎゅーっと手も足も絡めて抱き着くと、騎士さんは数秒後にはポカン顔を掻き消してふにゃりとした笑顔を浮かべた。


「……ふふっ、子供に懐かれたのは初めてだなぁ」


頭を優しくなでなでされる。早くも警戒心が完全に解けて、そろーりと顔を上げてみた。
見上げた先にあったのは、案の定頭からにょきっと生える動物の耳。もふもふとした手触りの良さそうなそれに手を伸ばす。

月明かりに照らされた獣耳を見て、キラリンと瞳を輝かせた。


「わんちゃん。わんちゃんだねぇ」

「わ、わんちゃん?」


優しい騎士さんは、どうやら犬の獣人らしい。
気が付いたその事実によって更に親近感が湧き上がり、僕はもっともっと騎士さんに懐いて、ふにゃあっと情けなく緩んだ笑みを晒してしまった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

異世界に来たのでお兄ちゃんは働き過ぎな宰相様を癒したいと思います

猫屋町
BL
仕事中毒な宰相様×世話好きなお兄ちゃん 弟妹を育てた桜川律は、作り過ぎたマフィンとともに異世界へトリップ。 呆然とする律を拾ってくれたのは、白皙の眉間に皺を寄せ、蒼い瞳の下に隈をつくった麗しくも働き過ぎな宰相 ディーンハルト・シュタイナーだった。 ※第2章、9月下旬頃より開始予定

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...