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7.ピンチと出会い
しおりを挟む「お兄さん、迷子だねぇ」
へにゃりと眉尻を下げ、ここどこだろうねぇと暗い辺りを見渡した。
眠っていた場所からは大分離れたと思う。その証拠に、ちょっぴり見渡しても火の明かりが視界に届かない。下手をすれば、思っているよりもかなりの距離を歩いたのかも。
迷子のお兄さん、ここからどうやって探したものか。
探しても探しても一向に見つからないし……一体どこまで迷子になっちゃったのかねぇ。
まったく困ったさんね、と困り顔を浮かべつつ足を進める。まぁまぁ、歩いていればいつかどこかにつくだろう。
そんな楽観的な思考を巡らせながら歩いていると、ふいに少し先に明かりが見えた。
「むぅ。なんだか、あっちがざわざわしてるねぇ」
ざわざわ、ざわざわ。ちょっぴり騒がしい気配を感じ、一直線にその方向へと走る。
むむぅっと目を凝らし、わずかに見えたのは木製の粗雑な馬車だった。何やら大柄な男たちが下品な笑い声を上げながら酒を飲んでいる。
荒っぽい印象はあっても、同時に上品さを持ったお兄さんとはまるで異なる人たち。とてもお兄さんのお友達には見えず、僕は彼らの目の前に飛び出す直前で足を止めた。
「……お兄さん、いない」
ぽつりと呟く。同時に湧き上がった嫌な予感が、身体を芯からぷるぷるっと震わせた。
ここにいちゃいけない。そう思った時にはもう遅かった。いつものポンコツが出てしまい、踵を返した瞬間にドサッ!と転んでしまったのだ。
「何だ!誰か居るのか!?」
いたいねぇ……と瞳を潤ませながら、ちょっぴり血の滲んだ膝を片手でそっと覆う。
のんびりとそんなことをしていたせいか、すぐに草むらを掻き分けて、背後に例の男たちが追い付いてしまった。
「あ?何だ、見ろよ。騎士共じゃねぇぞ」
真っ先にそんなセリフが飛び出す辺り、少なくともカタギさんではなさそうだ。
なんて、こんな時だけ冷静なことを考えながらのそりと起き上がる。ぷるぷる震えながら振り返ると、数人の男達が僕の顔を見てハッと目を見開いた。
「なッ!おい、コイツ耳も尻尾も無いぞ!!」
「この甘い匂いはなんだ……?」
一際大柄な、リーダーっぽい男にひょいっと首根っこを掴まれ持ち上げられる。
だがしかし、僕が纏っているのは服じゃないので普通に布がぺらっと剥がれてしまった。
男の手に残ったのは僕が包まっていた綺麗な布だけ。すっぽんぽんであべしっと落ちた僕を見下ろした男達は、時が止まったみたいにポカーンと間抜けな顔で固まった。
「は?」という声が漏れて数秒が経ち、やがて男達の表情が気持ち悪いくらいニヤァッと歪んでいく。
全然かっこよくない笑みを浮かべた彼らは、すっぽんぽんの僕を捕らえてニヤニヤと何やら話し始めた。
「おいおい、ひょっとするとコイツ……とんでもねぇレアモノなんじゃねぇか?」
普段はのんびり屋さんな頭の中も、流石にピンチの予感を察知してピーポーピーポーと警鐘を鳴らし始める。
屈強な腕からあわわっと逃げようとしたが、再びあっさり捕獲されてしまった。
「はなして、はなしてっ」
「うるせぇぞガキ!暴れんじゃねぇ!」
「っ──……!」
片腕でひょいっと持ち上げられ、必死に手足を振って抵抗する。
けれどすぐに、正面に立っていた男にお腹をパンチされて声が出なくなった。突然の強すぎる衝撃にびっくりして、悲鳴すら上げることが出来なかった。
「ひぅ、うぅ……いたいよぅ……」
うにゅっと丸まって、お腹を庇うみたいに自分の身体を抱き締める。
殴られたところが熱くて痛くて、途端に弱り出す僕を見下ろした男達が、何やら少しだけ慌て始めたのが分かった。
「何してんだ!殺しちまったら価値が下がるだろうが!」
耳がキーンってして、身体が痛みで熱くて熱くて、うにゅっと丸まったまま何もできない。
男達が言い争っている気配を感じた数秒後には、荷馬車の中に乱暴に放り込まれて倒れ込んでしまった。
「ぅ、うぅ……」
汚れた布で出来た幕が下ろされ、荷馬車の中に暗闇が広がる。明かりはわずかな隙間から射し込む月明かりだけで、裸体を突き刺す冷たい風が震えを誘った。
騒がしい声が外で響いたかと思うと、しばらく経った後に荷馬車がガタンと大きく揺れる。
ガタガタと段々大きくなる揺れを感じながら、荷馬車が動き出したのだとぼんやり悟った。
「おにぃ、さん……」
射し込む月明かりに手を伸ばす。
揺れが激しくなる度に、着実にお兄さんのもとから遠ざかっているのだと悟って悲しくなった。視界が滲んで、小さな嗚咽が漏れ始める。
でも、きっとお兄さんは今頃喜んでいるはずだ。ひっつき虫がいなくなって、ラッキーだったって笑っているかも。とんだ拾い物が消えて清々したって思っているかも。
そんなことを勝手に考えて、もっと悲しくなって。ぽろぽろと涙を零しながら丸まっていると、ふいに荷馬車の奥から聞き慣れない声が聞こえてきた。
「──……君、大丈夫かい?」
ぴくっと身体を震わせ、ぷるぷると怯えながら必死に後退る。
お腹が痛くて起き上がることは出来ないけれど、なんとか這いずるみたいに動いて声の主から距離をとった。
「なに、やだ……だれ、こわい……いたいのいや、いやなの……」
情けなくぐちゃぐちゃの泣き顔を晒しながらもごもご呟いていると、ふと声の主が近付いてきて、僕の傍に静かに膝をついたのが見えた。
「安心して、俺は騎士だよ。君に危害は加えない。君を助けたいんだ」
聞こえたセリフにピタッと動きを止めた。
頭を抱えていた腕をそろりと外して、恐る恐る顔を上げる。暗くてよく見えないけれど、傍にしゃがみこんでいるのはどうやら細身の男性のようだ。
貧相な薄汚れたシャツとズボンを身に纏っていて、その身なりはとても僕が想像する“騎士”には見えない。騎士といえばって感じの剣も持っていないみたいだし……。
「……剣、もってない」
ぽつりと呟くと、自称騎士さんは「あぁ」と腰に手を当てて微笑んだ。
「今は潜入調査の最中だからね。騎士だとバレないように、奴隷の恰好をしているんだ」
そう言いながら、騎士さんは来ていたシャツを唐突に脱ぎだした。
ぱちくりする僕を見下ろして、鍛え上げられた腹筋を晒した騎士さんが優しく笑う。
「俺が怖いだろうけれど、少しだけ触れるのを許してくれないかな。このままだと、君が風邪を引いてしまうかもしれないから」
「……。……うん」
この優しい感じ、ちょっぴりだけお兄さんを彷彿とさせる。
大好きなお兄さんのことを思い出して少し落ち着いた僕は、こくりと小さく頷いた。
すると騎士さんはふにゃりと頬を緩めて、「ありがとう」と言いながら僕にシャツを着せてくれた。身長差も体格差もあるからか、シャツはぶかぶかで、僕が着るとワンピースみたいになる。
「……」
シャツを着せられた時に身体に触れた大きな手。
その人肌の温かさと優しさを思い返して、数秒黙り込んだ後にそろりと手を伸ばした。
「ぎゅってして」
お兄さんに似ている。たったそれだけで、僕は出会ってすぐの自称騎士さんに懐いた。
向けられることに慣れていない『優しさ』があったかくて、あったかすぎて、僕はとってもちょろい?人間になっちゃったみたい。
ポカンと目を見開く騎士さんのもとに這い寄って、膝の上にちょこんと手を置く。
殴られないかな、蹴られないかな。ちょっぴりソワソワしながらも瞳を輝かせると、騎士さんはポカンと目を瞬きながらも、僕を恐る恐るといったように抱き上げた。
「こ、これでいいかな……?」
温かくて安心感のある胸板にすりっと頬擦りする。
ぎゅーっと手も足も絡めて抱き着くと、騎士さんは数秒後にはポカン顔を掻き消してふにゃりとした笑顔を浮かべた。
「……ふふっ、子供に懐かれたのは初めてだなぁ」
頭を優しくなでなでされる。早くも警戒心が完全に解けて、そろーりと顔を上げてみた。
見上げた先にあったのは、案の定頭からにょきっと生える動物の耳。もふもふとした手触りの良さそうなそれに手を伸ばす。
月明かりに照らされた獣耳を見て、キラリンと瞳を輝かせた。
「わんちゃん。わんちゃんだねぇ」
「わ、わんちゃん?」
優しい騎士さんは、どうやら犬の獣人らしい。
気が付いたその事実によって更に親近感が湧き上がり、僕はもっともっと騎士さんに懐いて、ふにゃあっと情けなく緩んだ笑みを晒してしまった。
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