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6.獣人の本能

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『ちちんぷいぷい』だの何だの、よく分からない遊びに付き合っていたら直ぐに日が暮れた。
度々しんみりとしたシリアスな空気を纏うものだから、そんなヒナタを元気づける為にと少し気合を入れ過ぎたようだ。暗くなった頃には、ヒナタは毛布に包まって眠り始めた。

適当にその辺の枝を集めて火を焚き、丸まって眠るヒナタを守るように座り込む。
静けさの広がる森の中。野生の獣の気配も特になく、天候にも嫌な兆候は感じない。この分なら、何事もなく夜が明けて街へ帰ることが出来るだろう。
ヒナタの頭を撫でながらそんなことを考えていると、ふいに焚き火の勢いが弱くなったことに気が付いた。


「しまった。この辺は枝が少ないんだが……」


昼間にヒナタと集めた分だけで足りると思ったのだが、どうやら予測を見誤ったらしい。
そういえば、ヒナタがドヤ顔で集めていたのは焚火で使うには少し弱い枝ばかりだったな……。なんてことを今になって思い出し、皺の寄る眉間に指先を当てた。


「……いや、俺がその分集めなかったのが悪い」


ヒナタの細い身体をじっと見下ろす。腕も足も枝の如く細く脆そうで、とても太い枝を何本も抱えて歩けるようには見えない。
そんなヒナタの状況も把握して動かなかった俺のミスだ。そもそも、これほどか弱いヒナタに枝を抱えて歩かせた俺が大馬鹿者だった。可愛いヒナタの白肌に傷が出来たらどうするつもりだったのか。

己に呆れと恨みを抱きつつ、毛布に包まれたヒナタの上から更にマントを被せる。
気が乗らないまま立ち上がり、ヒナタの周りに軽い結界を張った。魔法は得意じゃないが……特に危険な状況でもない。この程度の結界でも問題ないだろう。

俺が朝までヒナタを抱えているという手もあるが、火が無ければ獣が寄ってくる可能性が上がってしまう。
ヒナタを怖がらせるのは本意じゃない。昼間に泣き顔を見て尚更それを実感した。
だからこそ、多少面倒でも焚火の維持を優先した方が良いだろう。そう考え、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れた。

すぐに戻る。数分で戻ってくるのだから、大丈夫に違いないと。
周囲に獣の気配がないことで、俺はそんな油断を抱いてしまった。



***



「うぅん……んむ、んむ……むぅ?」


ふいにぱちっと目が覚めた。ごにょごにょ、と口を動かしながら起き上がり、寝ぼけ眼で周囲をへにゃりと見渡す。
真っ黒な夜空と暗い森、明るい焚火……順番に視線を向けてから、ふとおやおや?と瞬いた。


「お兄さん……?お兄さんが、いないねぇ……」


寝起きで掠れた声を零しながら、もう一度きょろきょろと辺りを見渡す。
どれだけ見渡しても、どれだけ呼んでも反応が返ってこない。どうやらお兄さんはこの近くにはいないみたいだ。

それを悟った瞬間、とてつもないほどの寂しさがどっと身を襲った。
お兄さんがいない。わけもわからないこの世界で、ひとりぼっちのこの世界で、唯一頼れるお兄さんが傍にいない。
その事実は、小さくなった身体に不安を湧かせ、パニックを引き起こさせるには十分すぎる衝撃となった。


「おにぃさ、おにいしゃ……?おにぃしゃ、いなっ、いにゃい……っ」


ふらふらとよろけながら立ち上がり、その場でおろおろと立ち尽くす。
両手を伸ばしてみるけれど、案の定お兄さんがその手をぎゅっと掴んでくれるわけもなく。

宙を切る両手を見て、更にぶわっと涙が滲んだ。あわわと号泣しそうになるところをグッと堪える。代わりに垂れた鼻水をズズッと啜った。
止まらず零れる嗚咽は、最悪の事態を想像して更にその勢いを増していく。


「──……すて、られた?」


施設での暮らしを思い出して、身体が震えた。
僕はまた捨てられたの?本当の家族にも必要とされなかった僕は、また捨てられてひとりぼっちになるの?また、あの息苦しい檻の中で暮らすの?

いやだ、いやだ。あそこには帰りたくない。僕をいじめる、怖いひとしかいないあそこには。
お兄さんがいい。ほんのちょっとの間、一緒にいただけだけれど……それでも、お兄さんは僕が知る中で一番優しい人だから。だから、お兄さんがいい。お兄さんじゃないといやだ。


「やだ、やだぁ……すてないでぇ……」


迷子みたいに立ち尽くす。パニックになって、よろよろと足を動かして、とにかくお兄さんを探さないと!と歩き始めた。

ちょっぴり善意で助けてやっただけの子供に、こんなに執着されるなんて気持ち悪いだろうけれど。僕みたいなひっつき虫、助けなきゃよかったって思うかもしれないけれど。
ほんのちょっとでいいから。僕を捨てないで、一緒にいてほしい。
ぎゅーって抱き締めて、いい子いい子って言ってほしい。

お兄さんと、ちょっぴり家族になりたいの。


「おにいさん、おにいさん……」


必死に足を動かして、明るい焚火の傍から離れていく。
途中で、何やら目に見えない“何か”がパリン!と割れた音が聞こえた気がした。
まるで、周辺を覆っていた薄いガラスの膜のような何かが破裂したみたいな、そんな音だ。

けれど、振り返っても足元を見下ろしても、特に何かが落ちているようには見えなかったから、きっと気のせいだろうと思いながら再び足を進めた。





──ドサッと音を立てて、抱えていた全ての物が地面に落ちた。

呆然と見据えた先には、虚しく弱火を上げる焚火の炎。その周辺には誰もいない。
無造作に落ちた毛布を慌てて拾い上げ、勢いよく広げる。だが、そこに包まっていたはずの小さな身体が姿を現すことはなかった。


「ヒナタ……?」


柄にもなく震えた声が暗い森の中に零れる。
残っているのは妙な魔力の残滓のみ。焚火周辺に張っていたはずの結界は、まるでガラスの如く粉々に破壊されていた。
まさか、身の程知らずの馬鹿がヒナタを襲ったのか?そんな考えが脳裏に過ぎったが、すぐにその可能性を否定した。ヒナタ以外の痕跡は感じられない。


「ヒナタが結界を破ったのか……?」


これだけ木っ端微塵に他人の結界を破壊出来る者は見たことがない。
魔法なんて知らないと言っていたが、実際はかなりの手練れだったのか?あのヒナタが?

なら何故黙っていた?まさか、俺から逃げる為に……?


「……馬鹿な真似を」


月夜の下だからだろうか、昼間よりも獣人としての本能が強く反応し、爪が長く、口には牙が現れる。

凶暴な肉食獣人から逃げようとしたのは、ヒト族としての本能だろうか。それとも、ヒナタの純粋な本意なのだろうか。
どちらにせよ逃がさない。ようやく見つけた番を、みすみす逃がすわけにはいかない。

ただでさえヒナタはヒト族の生き残りとして、これから獣人達に嫌と言うほど狙われる立場なのだ。何にせよ、ヒナタを一人にさせるわけにはいかない。

暴走寸前の本能を何とか堪えて、ヒナタの痕跡が続く方へと駆け出した。
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