6 / 53
6.獣人の本能
しおりを挟む『ちちんぷいぷい』だの何だの、よく分からない遊びに付き合っていたら直ぐに日が暮れた。
度々しんみりとしたシリアスな空気を纏うものだから、そんなヒナタを元気づける為にと少し気合を入れ過ぎたようだ。暗くなった頃には、ヒナタは毛布に包まって眠り始めた。
適当にその辺の枝を集めて火を焚き、丸まって眠るヒナタを守るように座り込む。
静けさの広がる森の中。野生の獣の気配も特になく、天候にも嫌な兆候は感じない。この分なら、何事もなく夜が明けて街へ帰ることが出来るだろう。
ヒナタの頭を撫でながらそんなことを考えていると、ふいに焚き火の勢いが弱くなったことに気が付いた。
「しまった。この辺は枝が少ないんだが……」
昼間にヒナタと集めた分だけで足りると思ったのだが、どうやら予測を見誤ったらしい。
そういえば、ヒナタがドヤ顔で集めていたのは焚火で使うには少し弱い枝ばかりだったな……。なんてことを今になって思い出し、皺の寄る眉間に指先を当てた。
「……いや、俺がその分集めなかったのが悪い」
ヒナタの細い身体をじっと見下ろす。腕も足も枝の如く細く脆そうで、とても太い枝を何本も抱えて歩けるようには見えない。
そんなヒナタの状況も把握して動かなかった俺のミスだ。そもそも、これほどか弱いヒナタに枝を抱えて歩かせた俺が大馬鹿者だった。可愛いヒナタの白肌に傷が出来たらどうするつもりだったのか。
己に呆れと恨みを抱きつつ、毛布に包まれたヒナタの上から更にマントを被せる。
気が乗らないまま立ち上がり、ヒナタの周りに軽い結界を張った。魔法は得意じゃないが……特に危険な状況でもない。この程度の結界でも問題ないだろう。
俺が朝までヒナタを抱えているという手もあるが、火が無ければ獣が寄ってくる可能性が上がってしまう。
ヒナタを怖がらせるのは本意じゃない。昼間に泣き顔を見て尚更それを実感した。
だからこそ、多少面倒でも焚火の維持を優先した方が良いだろう。そう考え、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れた。
すぐに戻る。数分で戻ってくるのだから、大丈夫に違いないと。
周囲に獣の気配がないことで、俺はそんな油断を抱いてしまった。
***
「うぅん……んむ、んむ……むぅ?」
ふいにぱちっと目が覚めた。ごにょごにょ、と口を動かしながら起き上がり、寝ぼけ眼で周囲をへにゃりと見渡す。
真っ黒な夜空と暗い森、明るい焚火……順番に視線を向けてから、ふとおやおや?と瞬いた。
「お兄さん……?お兄さんが、いないねぇ……」
寝起きで掠れた声を零しながら、もう一度きょろきょろと辺りを見渡す。
どれだけ見渡しても、どれだけ呼んでも反応が返ってこない。どうやらお兄さんはこの近くにはいないみたいだ。
それを悟った瞬間、とてつもないほどの寂しさがどっと身を襲った。
お兄さんがいない。わけもわからないこの世界で、ひとりぼっちのこの世界で、唯一頼れるお兄さんが傍にいない。
その事実は、小さくなった身体に不安を湧かせ、パニックを引き起こさせるには十分すぎる衝撃となった。
「おにぃさ、おにいしゃ……?おにぃしゃ、いなっ、いにゃい……っ」
ふらふらとよろけながら立ち上がり、その場でおろおろと立ち尽くす。
両手を伸ばしてみるけれど、案の定お兄さんがその手をぎゅっと掴んでくれるわけもなく。
宙を切る両手を見て、更にぶわっと涙が滲んだ。あわわと号泣しそうになるところをグッと堪える。代わりに垂れた鼻水をズズッと啜った。
止まらず零れる嗚咽は、最悪の事態を想像して更にその勢いを増していく。
「──……すて、られた?」
施設での暮らしを思い出して、身体が震えた。
僕はまた捨てられたの?本当の家族にも必要とされなかった僕は、また捨てられてひとりぼっちになるの?また、あの息苦しい檻の中で暮らすの?
いやだ、いやだ。あそこには帰りたくない。僕をいじめる、怖いひとしかいないあそこには。
お兄さんがいい。ほんのちょっとの間、一緒にいただけだけれど……それでも、お兄さんは僕が知る中で一番優しい人だから。だから、お兄さんがいい。お兄さんじゃないといやだ。
「やだ、やだぁ……すてないでぇ……」
迷子みたいに立ち尽くす。パニックになって、よろよろと足を動かして、とにかくお兄さんを探さないと!と歩き始めた。
ちょっぴり善意で助けてやっただけの子供に、こんなに執着されるなんて気持ち悪いだろうけれど。僕みたいなひっつき虫、助けなきゃよかったって思うかもしれないけれど。
ほんのちょっとでいいから。僕を捨てないで、一緒にいてほしい。
ぎゅーって抱き締めて、いい子いい子って言ってほしい。
お兄さんと、ちょっぴり家族になりたいの。
「おにいさん、おにいさん……」
必死に足を動かして、明るい焚火の傍から離れていく。
途中で、何やら目に見えない“何か”がパリン!と割れた音が聞こえた気がした。
まるで、周辺を覆っていた薄いガラスの膜のような何かが破裂したみたいな、そんな音だ。
けれど、振り返っても足元を見下ろしても、特に何かが落ちているようには見えなかったから、きっと気のせいだろうと思いながら再び足を進めた。
──ドサッと音を立てて、抱えていた全ての物が地面に落ちた。
呆然と見据えた先には、虚しく弱火を上げる焚火の炎。その周辺には誰もいない。
無造作に落ちた毛布を慌てて拾い上げ、勢いよく広げる。だが、そこに包まっていたはずの小さな身体が姿を現すことはなかった。
「ヒナタ……?」
柄にもなく震えた声が暗い森の中に零れる。
残っているのは妙な魔力の残滓のみ。焚火周辺に張っていたはずの結界は、まるでガラスの如く粉々に破壊されていた。
まさか、身の程知らずの馬鹿がヒナタを襲ったのか?そんな考えが脳裏に過ぎったが、すぐにその可能性を否定した。ヒナタ以外の痕跡は感じられない。
「ヒナタが結界を破ったのか……?」
これだけ木っ端微塵に他人の結界を破壊出来る者は見たことがない。
魔法なんて知らないと言っていたが、実際はかなりの手練れだったのか?あのヒナタが?
なら何故黙っていた?まさか、俺から逃げる為に……?
「……馬鹿な真似を」
月夜の下だからだろうか、昼間よりも獣人としての本能が強く反応し、爪が長く、口には牙が現れる。
凶暴な肉食獣人から逃げようとしたのは、ヒト族としての本能だろうか。それとも、ヒナタの純粋な本意なのだろうか。
どちらにせよ逃がさない。ようやく見つけた番を、みすみす逃がすわけにはいかない。
ただでさえヒナタはヒト族の生き残りとして、これから獣人達に嫌と言うほど狙われる立場なのだ。何にせよ、ヒナタを一人にさせるわけにはいかない。
暴走寸前の本能を何とか堪えて、ヒナタの痕跡が続く方へと駆け出した。
2,401
お気に入りに追加
2,960
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~
クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。
いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。
本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。
誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる