獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

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4.ちちんぷいぷい

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「とりあえず今日はここで野宿するぞ。早朝に街へ戻るからよく寝とけ」

「朝?いまから帰るのは、だめなの?」

「こっから街まで半日はかかるんだ。途中で夜になる。夜に森を歩くのは自殺行為だろ」

「ふぅん。そっかぁ」


ぽん、と僕の頭を撫でたお兄さんが、ふと背を向けて何やら荷物を片付け始めた。
調理用などの細かい道具を、カバンではなく宙に突如現れた裂け目の中に放り込んでいく。その様子を見てぱちくり瞬き「ねぇねぇ」と裾を引っ張った。


「ねぇ、今のなぁに?みんな、どっかいっちゃったねぇ」


目を真ん丸にして尋ねると、お兄さんもなぜか目を見開いて固まった。
なにごとかね?と首を傾げる。興味深く裂け目を見つめる僕を見下ろし、お兄さんはふとぷるぷる震えておかしな顔をした。


「お前……こんな初歩的な魔法も知らねぇのか……?」

「まほう?」


まほう……魔法ってなんだろうねぇ。魔法って、あれのこと?ちちんぷいぷい?

ちちんぷいぷいには、杖が必要なんじゃなかったっけ?あれ、杖が必要ない物語もあったような……って、そもそも魔法っておとぎ話に出てくるやつだったはずじゃあ……。

むぅ?と眉を顰めてうぅむうぅむと悩みこむ。腕を組んで考える僕を、お兄さんはお化けでも見るような目で見下ろして、あんぐりと目も口もかっぴらいた。
かと思うと、僕みたいに何かをうぅむと考え込むような仕草をして、その後に無言で頷きつつ僕に視線を向けた。


「……待て。そういやさっき答えを聞かなかったが、お前あそこで何してたんだ?」

「うぅん?何してたって、なぁに?」

「真っ裸で森に居ただろ。何かワケアリだと思うが、一体ここに来るまで何があって、何であんな場所に……って、いや待て、今のは忘れろ。悪い、一遍に聞くのは駄目だったよな」


また怒涛の質問攻めをされそうになり、ひどいねぇ……と瞳を潤ませる。
するとハッとした様子のお兄さんが眉間に指を当てながら、一度深呼吸してから再びゆっくりと問いを紡ぎ始めた。


「わかった。一つずつ聞くぞ。お前はさっき、どうして裸だったんだ?」


割と早口なお兄さんがとってもゆっくり話すものだから、まるでスローモーションみたいだねぇなんてのんびりとしたことを考えてしまった。
すぐにうむうむ、と質問を頭に回して、えぇっとねぇと思考を巡らせる。たくさん配慮させちゃっているんだから、今度は僕もしっかりして、しっかり答えなきゃいけないねぇ。


「うんとねぇ。気がついたら、すっぽんぽんで、あそこにいたねぇ」


ズッコケーって感じで項垂れるお兄さん。あれあれ、どうやら望んでいたような答えじゃなかったみたいだねぇ。


「あ、あぁ……そうかよ。気が付いたらって……まるで何であそこに居たのか自分でも分からねぇって感じの言い様だが、あそこにどうやって来たのかは覚えてるのか?」

「えっとねぇ。どうやって来たかは、わからないの。でもね、たぶんね。死んじゃったから、あそこに来れたのね」

「……死んだから?」


これはあれだねぇ、神隠しってやつだねぇ。あれれ、違う?生まれ変わりってやつかねぇ。
うぅん、でも、身体は僕のままだから、生まれ変わりっていうのもおかしいかもしれない。

僕もよくわからない。困り顔でうぅむ……と首を傾げてから、我に返って視線を上げる。
そういえばお兄さんがさっきから無言だねぇと気付いて、見上げてみると……そこには何やら眉間に皺を寄せた、怖い顔を浮かべるお兄さんの姿があった。


「死んだから……殺されそうになった?或いは、誰かに捨てられた……?分からねぇってことは、記憶も曖昧ってことか……」


ぶつぶつ。一人でぶつぶつと低い声で呟くお兄さん。
顔は確かに強面の部類だけれど、笑顔はくしゃって感じの優しい印象だから、そっちのお兄さんに戻ってほしい。そう思って、裾をくいくいと引っ張る。
ハッとしたように顔を上げたお兄さんに、ちょっぴり擦り寄ってぎゅっとくっついてみた。


「怖い顔、こわいねぇ。にこにこ、してほしいねぇ」

「っ……あぁ、そうだな……悪い。ほら、怖い顔なんてしてねぇから、安心しろ」


おっきな身体にぎゅうっと抱き締められる。筋肉質な両腕にぎゅっとされると、まるで隙間なく包み込まれているみたいで眠気を誘った。


「お前のことは、もう何も聞かねぇ。嫌なことは思い出すな。これからは俺が守ってやるからな」


耳たぶを硬い指先でふにゅふにゅと摘ままれる。
さっきから耳に触れられていることには気づいていたけれど……お兄さんてば、僕の耳がそんなに気に入ったのかな。
別にちょっとくすぐったいくらいで、痛みはないし、このまま触っていてくれてもいいけどねぇ。なんてのほほんとしたのんびり気分を、睡魔と一緒にハッと吹き飛ばした。

だめだめ、しっかりしないと。僕ってば、ちょっぴり寝すぎだ。
死んじゃう前も、先生や施設の子たちにからかわれていたでしょ。ねぼすけヒナタ、ねぼすけヒナタだって。


「ねぇねぇ、僕遊びたいの。ちちんぷいぷい、僕にも教えて」

「あ?眠いなら寝りゃあいいだろ……って、何?今何つった?ちちんぷい……?」

「ちちんぷいぷい」


何だそれ、と分かりやすく呆れ顔を浮かべるお兄さん。
眠気を完全に吹き飛ばすためにも、お兄さんには僕と遊んでもらわないと。そう思い、僕はよっこらせと立ち上がって宙を見つめた。

何もない空中をじーっと見つめて、ピシッと指をさす。
くるくると指先を意味もなく回しながら、ぐぬぬと力を籠めて念じた。


「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい。おかしいねぇ、なんにも起こらないねぇ」

「お前は……さっきから何をしてるんだ。何なんだその可愛い動きは……?」


呆れ顔で悶えるというカオスな言動をするお兄さんを背に、僕はめげずにちちんぷいぷいと唱え続けた。

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