3 / 53
3.つがい
しおりを挟む「けぷっ。んむんむ……」
お腹いっぱい。満足だねぇ。
ちょっぴり膨らんだ真ん丸なお腹を撫でながら、けふけふとごちそうさまの息を吐く。
流れるような動作でお皿やらスプーンやらを片付けたお兄さんは、だらーんと木に寄り掛かる僕の正面に胡坐をかいて座りこんだ。
「満腹になったか?もう飯はいいか?」
「まんぷくだねぇ。ごはん、ありがとうです」
「おう。どういたしまして」
頭をよしよしと撫でられる。おっきくて硬い手、僕の頭を片手で掴めそうなくらいの手だ。
骨ばったゴツゴツした手を、自分のもちもちとしたちっちゃな両手でむにゅむにゅ揉みこんだり撫でたりしてみる。ふぅむふむ、あったかくて気持ちいいねぇ。
「……。そうだ、お前名前は?まだ聞いてなかったよな」
「うぅん?」
「俺は傭兵のアルベルト。お前の名前を教えてくれねぇか?」
ふいにお兄さんが自分を指さして名乗りつつ、僕の名前を聞いてきた。
確かに、思い返してみれば、ご飯もくれた恩人なのに自己紹介すらしていなかった。これは大変だ。失礼がないように、きちんと名乗らなくちゃいけないねぇ。
ふんふん、と頷いて顔を上げる。お兄さんにぺこりと会釈をしてから、しっかり名乗った。
「僕、ヒナタっていいますです。あるるべるるさん、よろしくです」
「アルベルトな。よろしくヒナタ。俺のことはアルでもベルでも、呼びやすい名前で呼んでくれていいぜ」
日本人ぽくないお名前だから、ちょっぴり覚えるのが難しいねぇ。
なんて思いながら何となくで名前を繰り返してみたけれど、やっぱり間違っていたらしい。
苦笑するべるべるさんに申し訳なく思いながら、ぽりぽりと首の裏をかいて考え込んだ。
どうしようかな。るるべるさんの名前は確かに覚えづらいから、あるるさんの言う通り覚えやすい呼び名に変えたい。でも、何なら僕でも覚えられるだろうねぇ。
うぅむうぅむと悩みこむ僕を見下ろすお兄さんが、ふいにぽつりと問いを口にした。
「……そういやぁ、お前は何の種族なんだ?この辺じゃ見ねぇ容姿だが……」
「しゅぞく?」
ぱちくり。瞬くと、お兄さんは『やっぱりな』と言わんばかりに目を細めた。
何だろう。何やらちょっぴり重たい空気だ。空気の変化を敏感に察しながら、あわあわと眉尻を下げて慌て出す。
忙しなく身体を揺らす僕をなでなでして宥めたお兄さんが、ふと僕のサイドの髪を掻き分けてムッと眉間に皺を寄せた。
髪を掻きわけて現れたのは、普通の耳だ。でも、どうしてお兄さんは僕の耳を睨み付けて黙り込んでいるんだろう。
不思議に思ったので、きょとんと尋ねてみることにした。
「なぁに?僕の耳、なにかおかしい?」
ぱちくり瞬く僕を見て何を思ったのか。
お兄さんは、僕のむにゅっとした耳たぶを指先で揉みながら、ふいに小さく呟いた。
「この耳……やっぱヒト族のモンだよな?」
ヒト族?まだお話を理解出来ず、またもやぱちくり瞬く。
きょとんと首を傾げることしか出来ない僕に、お兄さんはちょっぴり怖い顔をしながら問いを紡いだ。
「お前、ヒト族だろ?まだ子孫が残っていたのか……。親はどうした?こんな唯一無二の個体が普通に外うろちょろしてるとか、有り得ねぇだろ」
「しそん?こたい?うろちょろ……?」
「まさか、捨てられたのか?それとも山賊から逃げてきた奴隷か?それに、何で裸だったんだ?まさか性奴隷として使われていたのか?家族はいるか?仲間は?群れはどうし……って、おい!?どうした!?」
ぽろぽろ。突然大粒の涙を流し始めた僕にびっくりしたのか、お兄さんが怖い顔を引っ込めてあわわっと慌て出した。
鋭い眼光がふっと緩んで、至って普通のびっくり焦り顔に変化する。
それに少しだけほっと息を吐きつつ、これ以上カッコ悪く涙を流さないようにむぐっと唇を引き結んだ。
けれど、優しく頭や背中をぽんぽんされると、涙腺というのはあっさり決壊しちゃうもので。
「うぐっ。むぐ、むぐっ。うぅっ」
「お、おい……!何だよ、何で泣くんだ……急にどうしたんだ……!?」
おっきな身体に抱え込まれるみたいに抱き締められて、筋肉質な胸板に顔を埋めつつむぐむぐと涙を堪える。
ぎゅうっと手足をお兄さんの背中に回して抱き着きながら、うぐうぐと情けない声音を漏らした。
「そ、そんなに急に、いっぱい聞かれても、わからないよぅ。ゆっくり、言って。ゆっくりじゃないと、頭、回らないの」
僕は人よりのろまで、お馬鹿さんだから。だから、ゆっくりじゃないと何にも分からない。
情けないお願いだってことは、自分でもよく分かっているけれど……。それでも、精一杯お願いを口にすると、お兄さんはハッとしたように目を見開いた。
かと思うと、申し訳なさそうに眉尻を下げて、僕をぎゅうっと抱き締める。
「ッ……あぁ、悪い。悪かった。ヒナタ、ごめんな?気が利かなくて悪い。俺のこと、許してくれるか?」
「むぐっ、うぐっ……うん……」
「ありがとう。許してくれてありがとうな?」
「うん……」
こくこく、と力無く頷く。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見下ろして、お兄さんはべちょべちょもちもちなほっぺをむにゅっと撫でてくれた。
「落ち着いたか?」
「うん。急に泣いて、ごめんなさい」
「いいんだよ。俺も勝手に想像してイラついて、怖がらせてごめんな?」
ほくほく。心がぽかぽか。優しいお兄さんで、とっても嬉しいねぇ。
トラさんの耳を持っているから、てっきりすぐにもぐもぐしてくる怖いお兄さんなのかと思っていたけれど……その印象はもうとっくに掻き消えた。
僕の中で、このお兄さんはひとまず一番安心できる人だ。今はこの森のことも、この世界のこともよくわからないし、一番安全そうなお兄さんのそばにいれば、とりあえずは大丈夫そうね。
って、そういえばここって一体何なんだっけ?
なんて、今更すぎる疑問を覚えてきょとんと首を傾げた。状況確認はしていたけれど、したのは本当に確認だけだ。ここについての疑問をしっかり考えたことはなかった。
気になったので、安心安心のお兄さんに尋ねてみることにした。
「ねぇねぇ」
「ん?何だ、どうした?」
裾をくいくいっと引っ張る。優しい微笑みを向けてくれるお兄さんにのほほんと眦を緩めながら、あのねあのねと聞いてみた。
「ここ、どこだろうねぇ。お兄さんも、迷子だねぇ」
「あ?俺は迷子じゃねぇよ、迷子はお前だろ。つーかお前、そんなことも知らねぇでこんな危険な森の奥に居たのか?」
「うぅん?あぶないの?」
「危ねぇよ!ったく……ほんとに何なんだよお前は。マジでこのままほっといたら直ぐに野生の獣に食われちまいそうだな?」
きょとん。ぱちくり瞬きながら首を傾げる。
おかしいねぇ。お兄さん、優しい人のはずだけどねぇ。
「お兄さん、僕をほっとくの?ケモノさんにもぐもぐされても、ほっとくの?」
ひどいねぇ……と瞳をうるうる潤ませる僕を呆れ顔で見下ろしたかと思うと、お兄さんは不敵に笑んで答えた。
「バーカ。やっと見つけた“番”をこんな場所にほっとくワケねぇだろ?」
つがい?
ぱちくり瞬く僕に「やっぱ“番”も知らねぇのな」と呟くお兄さん。つがいってなんだろうねぇ、とハテナを浮かべる僕をなでなでしながら、愉しそうに微笑んだ。
「……まぁ、無知な方が好都合か」
2,657
お気に入りに追加
2,964
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
異世界に来たのでお兄ちゃんは働き過ぎな宰相様を癒したいと思います
猫屋町
BL
仕事中毒な宰相様×世話好きなお兄ちゃん
弟妹を育てた桜川律は、作り過ぎたマフィンとともに異世界へトリップ。
呆然とする律を拾ってくれたのは、白皙の眉間に皺を寄せ、蒼い瞳の下に隈をつくった麗しくも働き過ぎな宰相 ディーンハルト・シュタイナーだった。
※第2章、9月下旬頃より開始予定
兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~
クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。
いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。
本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。
誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。
最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる