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3.つがい

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「けぷっ。んむんむ……」


お腹いっぱい。満足だねぇ。

ちょっぴり膨らんだ真ん丸なお腹を撫でながら、けふけふとごちそうさまの息を吐く。
流れるような動作でお皿やらスプーンやらを片付けたお兄さんは、だらーんと木に寄り掛かる僕の正面に胡坐をかいて座りこんだ。


「満腹になったか?もう飯はいいか?」

「まんぷくだねぇ。ごはん、ありがとうです」

「おう。どういたしまして」


頭をよしよしと撫でられる。おっきくて硬い手、僕の頭を片手で掴めそうなくらいの手だ。
骨ばったゴツゴツした手を、自分のもちもちとしたちっちゃな両手でむにゅむにゅ揉みこんだり撫でたりしてみる。ふぅむふむ、あったかくて気持ちいいねぇ。


「……。そうだ、お前名前は?まだ聞いてなかったよな」

「うぅん?」

「俺は傭兵のアルベルト。お前の名前を教えてくれねぇか?」


ふいにお兄さんが自分を指さして名乗りつつ、僕の名前を聞いてきた。
確かに、思い返してみれば、ご飯もくれた恩人なのに自己紹介すらしていなかった。これは大変だ。失礼がないように、きちんと名乗らなくちゃいけないねぇ。

ふんふん、と頷いて顔を上げる。お兄さんにぺこりと会釈をしてから、しっかり名乗った。


「僕、ヒナタっていいますです。あるるべるるさん、よろしくです」

「アルベルトな。よろしくヒナタ。俺のことはアルでもベルでも、呼びやすい名前で呼んでくれていいぜ」


日本人ぽくないお名前だから、ちょっぴり覚えるのが難しいねぇ。

なんて思いながら何となくで名前を繰り返してみたけれど、やっぱり間違っていたらしい。
苦笑するべるべるさんに申し訳なく思いながら、ぽりぽりと首の裏をかいて考え込んだ。
どうしようかな。るるべるさんの名前は確かに覚えづらいから、あるるさんの言う通り覚えやすい呼び名に変えたい。でも、何なら僕でも覚えられるだろうねぇ。

うぅむうぅむと悩みこむ僕を見下ろすお兄さんが、ふいにぽつりと問いを口にした。


「……そういやぁ、お前は何の種族なんだ?この辺じゃ見ねぇ容姿だが……」

「しゅぞく?」


ぱちくり。瞬くと、お兄さんは『やっぱりな』と言わんばかりに目を細めた。
何だろう。何やらちょっぴり重たい空気だ。空気の変化を敏感に察しながら、あわあわと眉尻を下げて慌て出す。
忙しなく身体を揺らす僕をなでなでして宥めたお兄さんが、ふと僕のサイドの髪を掻き分けてムッと眉間に皺を寄せた。

髪を掻きわけて現れたのは、普通の耳だ。でも、どうしてお兄さんは僕の耳を睨み付けて黙り込んでいるんだろう。
不思議に思ったので、きょとんと尋ねてみることにした。


「なぁに?僕の耳、なにかおかしい?」


ぱちくり瞬く僕を見て何を思ったのか。
お兄さんは、僕のむにゅっとした耳たぶを指先で揉みながら、ふいに小さく呟いた。


「この耳……やっぱヒト族のモンだよな?」


ヒト族?まだお話を理解出来ず、またもやぱちくり瞬く。
きょとんと首を傾げることしか出来ない僕に、お兄さんはちょっぴり怖い顔をしながら問いを紡いだ。


「お前、ヒト族だろ?まだ子孫が残っていたのか……。親はどうした?こんな唯一無二の個体が普通に外うろちょろしてるとか、有り得ねぇだろ」

「しそん?こたい?うろちょろ……?」

「まさか、捨てられたのか?それとも山賊から逃げてきた奴隷か?それに、何で裸だったんだ?まさか性奴隷として使われていたのか?家族はいるか?仲間は?群れはどうし……って、おい!?どうした!?」


ぽろぽろ。突然大粒の涙を流し始めた僕にびっくりしたのか、お兄さんが怖い顔を引っ込めてあわわっと慌て出した。

鋭い眼光がふっと緩んで、至って普通のびっくり焦り顔に変化する。
それに少しだけほっと息を吐きつつ、これ以上カッコ悪く涙を流さないようにむぐっと唇を引き結んだ。
けれど、優しく頭や背中をぽんぽんされると、涙腺というのはあっさり決壊しちゃうもので。


「うぐっ。むぐ、むぐっ。うぅっ」

「お、おい……!何だよ、何で泣くんだ……急にどうしたんだ……!?」


おっきな身体に抱え込まれるみたいに抱き締められて、筋肉質な胸板に顔を埋めつつむぐむぐと涙を堪える。
ぎゅうっと手足をお兄さんの背中に回して抱き着きながら、うぐうぐと情けない声音を漏らした。


「そ、そんなに急に、いっぱい聞かれても、わからないよぅ。ゆっくり、言って。ゆっくりじゃないと、頭、回らないの」


僕は人よりのろまで、お馬鹿さんだから。だから、ゆっくりじゃないと何にも分からない。
情けないお願いだってことは、自分でもよく分かっているけれど……。それでも、精一杯お願いを口にすると、お兄さんはハッとしたように目を見開いた。

かと思うと、申し訳なさそうに眉尻を下げて、僕をぎゅうっと抱き締める。


「ッ……あぁ、悪い。悪かった。ヒナタ、ごめんな?気が利かなくて悪い。俺のこと、許してくれるか?」

「むぐっ、うぐっ……うん……」

「ありがとう。許してくれてありがとうな?」

「うん……」


こくこく、と力無く頷く。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見下ろして、お兄さんはべちょべちょもちもちなほっぺをむにゅっと撫でてくれた。


「落ち着いたか?」

「うん。急に泣いて、ごめんなさい」

「いいんだよ。俺も勝手に想像してイラついて、怖がらせてごめんな?」


ほくほく。心がぽかぽか。優しいお兄さんで、とっても嬉しいねぇ。

トラさんの耳を持っているから、てっきりすぐにもぐもぐしてくる怖いお兄さんなのかと思っていたけれど……その印象はもうとっくに掻き消えた。
僕の中で、このお兄さんはひとまず一番安心できる人だ。今はこの森のことも、この世界のこともよくわからないし、一番安全そうなお兄さんのそばにいれば、とりあえずは大丈夫そうね。

って、そういえばここって一体何なんだっけ?
なんて、今更すぎる疑問を覚えてきょとんと首を傾げた。状況確認はしていたけれど、したのは本当に確認だけだ。ここについての疑問をしっかり考えたことはなかった。

気になったので、安心安心のお兄さんに尋ねてみることにした。


「ねぇねぇ」

「ん?何だ、どうした?」


裾をくいくいっと引っ張る。優しい微笑みを向けてくれるお兄さんにのほほんと眦を緩めながら、あのねあのねと聞いてみた。


「ここ、どこだろうねぇ。お兄さんも、迷子だねぇ」

「あ?俺は迷子じゃねぇよ、迷子はお前だろ。つーかお前、そんなことも知らねぇでこんな危険な森の奥に居たのか?」

「うぅん?あぶないの?」

「危ねぇよ!ったく……ほんとに何なんだよお前は。マジでこのままほっといたら直ぐに野生の獣に食われちまいそうだな?」


きょとん。ぱちくり瞬きながら首を傾げる。
おかしいねぇ。お兄さん、優しい人のはずだけどねぇ。


「お兄さん、僕をほっとくの?ケモノさんにもぐもぐされても、ほっとくの?」


ひどいねぇ……と瞳をうるうる潤ませる僕を呆れ顔で見下ろしたかと思うと、お兄さんは不敵に笑んで答えた。


「バーカ。やっと見つけた“番”をこんな場所にほっとくワケねぇだろ?」


つがい?

ぱちくり瞬く僕に「やっぱ“番”も知らねぇのな」と呟くお兄さん。つがいってなんだろうねぇ、とハテナを浮かべる僕をなでなでしながら、愉しそうに微笑んだ。



「……まぁ、無知な方が好都合か」


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