上 下
2 / 53

2.神話の天使(アルベルト視点)

しおりを挟む

俺の名はアルベルト。
元は平民だったが、生きる為に戦い尽くしの日々を送っていたら、やがて『傭兵王』だなんて身分に会わねぇ大層な呼び名を付けられちまった。

国境を守る辺境の街が敵国に堕とされそうになった時、偶然街に滞在していたこともあり戦に参加し、弱っちぃ敵軍を一掃しただけでこの英雄扱いだ。
まぁそれはいい。名声なんてモンに興味はねぇが、爵位を与えられたのは良いオマケだった。金に苦労しねぇし、身分を嘲る貴族共の目を一蹴出来たのだから、結果良しだろう。

だがお貴族様になった今でも、傭兵としての職を手放してはいない。
金には苦労しなくなったものの……元より戦は天職。お綺麗に整備された街中よりも、鬱蒼とした森の中の方がよっぽど息が休まる。

今日は特に予定もない。
朝から狩りの為に森へ入り、仮拠点を決め、昼飯になる獲物を探す……いつもと変わらない流れに異変が起こったのは、水を汲みに川へ出た時だった。


「──さむいねぇ」


やけにのほほんとした子供の声が聞こえて、俺はすぐに草むらを掻き分け飛び出した。
ここは森の奥深く。間違っても子供が迷い込むような場所じゃない。あるとすれば、捨て子かそれ以外の“ワケアリ”か。

俺は虎獣人ということもあり、草食の獣人には恐れられやすい。ただでさえ傭兵王だなんて呼ばれるガタイなのだ、せめて肉食の子供であれ。
そう思いながら声の方へ近付く。その柔らかそうな後ろ姿を目視した途端、なぜか心臓が大きく音を立てた。


──ドクン


何か、封じられていた身体の底の、本能的な何かが解放されたような、そんな感覚。
嫌な予感とはまた違う。だが、慣れないザワザワとした落ち着かないこの感覚、そして段々と濃くなる甘ったるいこの香り……突然何なんだと困惑しつつも、その後ろ姿へとゆっくり近づいていく。

すると、ふいにその柔らかな肢体の主がそろりと振り返った。


「なッ、お前は……!」


思わず瞠目する。
艶やかな黒髪と眠たげな黒い瞳を持った、絶世の美少年。光に反射しているかのような透き通った真っ白な肌と、もちもちと触り心地の良さそうなその身体。
そして何より……どこをどう見ても獣人特有の特徴がないという、その事実が指す意味。

脳裏に、獣人であれば誰もが学ぶ、かつてこの地に存在したという『神話の天使』の絵姿が浮かんだ。


「──もふもふ……?」


鈴の音のような声にハッと我に返る。

何やら俺の耳を見て瞳を輝かせる天使……いや、子供。我に返り慌てて辺りを確認した。
これだけ美しい子供を放っておく者など存在しないはず。もし俺以外の奴が近くに居れば……と警戒したが、どうやらこの辺りには俺達以外誰も居ないようだった。

……排除する手間が省けたのはラッキーだったか。


「おい……お前、そんな恰好で……甘ったるい香りを撒き散らして何してやがる。襲われてぇのか?つーか……襲われたのか?」


なるべく普段の威圧を覆い隠して話しかける。
視線のやり場に困る美しい肢体をマントで隠しつつ語り掛けると、子供はぽややんとした様子で小首を傾げた。


「うぅんと、えぇっと」


ゆらゆらと身体を揺らす姿が危なっかしい。さっきから思っちゃいたが、妙にぽやぽやした子供だな……。
楽観的というか、ぼんやりしているというか。だが、この状況で涙一つ流していないのだから、肝はかなり据わった子供と見受ける。
このやたら不思議な様子が、更に子供をこの世ならざる神秘めいたものに感じさせた。


──ぐるぐるる


目の前の子供について考え込んでいると、ふいに聞き慣れた腹の虫の音が鳴り響いて目を丸くする。
視線を上げると、そこには困り顔で腹を撫でる子供の姿があった。へにゃりと下がった眉尻が可愛らしい。まるで天使のよう、って。

いや……さっきから何考えてんだ俺は……。


「おなか、すいたねぇ」


鼓膜にじわりと馴染むような、聞き心地の良い声音。
思わずふっと頬が緩みそうになる声につられ、俺は子供をサッと抱いて立ち上がった。


「……まぁいい。訳アリってのは間違いねぇみたいだし……とりあえず、俺の拠点に来な」


決して、この状況を良いことに子供を拉致しようとしたわけじゃねぇ。

誰に聞かせるでもない言い訳を脳内で並べたてながら、逃がさないようしっかり子供を抱き締める。
片腕だけでも抱え込めそうなほど小さな身体に、思わず柄にもない不安が湧いてしまった。これだけ細く小さい身体、少し力を入れただけでぽっきり折れちまうんじゃないか?

また柄にもない不安の為に少し力を抜き、子供のもちっとした丸い頬に手を添える。
顔を覗き込み、そこに見えた表情にふっと微笑んだ。


「……見れば見るほど、可愛いな」


くふーっと可愛らしい寝息を立てて眠る子供。しかし寝るのが早すぎるだろう、と若干の呆れを浮かべながら踵を返す。

上位種の肉食獣人の腕の中であっさり寝惚ける、無防備もいいところな『神話の天使』……これはとんでもない拾い物をしちまったモンだ。
この様子だと、己が国を揺るがすほどの存在だと自覚すらしていないだろう。何も知らないとでも言うような寝顔に溜め息を吐く。

もちっとした頬をツンツンと突っつきながら歩いていると、すぐに今日の仮拠点に着いた。


「とりあえず、飯の準備でもしておくか……」


この状況だ、ひとまず邸へ帰った方がいいかとも思ったが……まぁ、それは明日の朝でもいいだろう。
いや、決してこの子供と二人きりの穏やかな時間を過ごしたい訳ではないが。
腹が減ったと眉尻を下げていた姿を思い出し、やはりまずは飯が先だとぶつぶつ言い訳を呟いた。

持ってきていた清潔な布で子供を包み、白い肌が日焼けしないよう木陰に横たえる。
すぴーと可愛らしい寝息を立てる無防備な姿を見下ろし、身体の奥底から湧き上がるような熱情を見ないフリして立ち上がった。

狩りで手に入れた獲物の肉を軽く調理し、ついでにその辺の植物と木の実でスープも作る。
普段であれば肉を焼いたものだけで過ごすが、今は繊細そうな子供が居るのだから野蛮な飯は無しだ。
こんな事態に遭遇するなら、菓子の一つでも持ってくればよかったな……。
柄にもないことを考えながら昼飯を作り終え、木陰に横たえていた子供のもとへと向かう。くるりと丸くなった姿に微笑みをこぼしながら、細い肩にそっと手を置いた。


「おい、昼飯食うか?腹減ってんだろ」

「……うぅん」


子供の小さな鼻がすんすんと動く。
さっきの眠たそうな瞳はどこへやら。ぱちっと確かに目を開いた子供は、むくりと起き上がってルンルンと身体を揺らし始めた。


「ごっはっん。ごっはっん」

「……んだそれ。可愛すぎんだろ……」


瞳をキラキラと輝かせた姿に悶えそうになりながらも、情けねぇ面は見せられないと必死に衝動を堪える。
じゅるりと唇の端からこぼれた涎を拭いてやりつつ、用意した昼飯をスプーンで掬い、子供の口に近付けてやった。

だがどうしてか、子供はムッと眉を寄せて唇を引き結んでしまった。
なんだ、なぜ急に反抗的な態度を見せるんだ。


「僕、こどもじゃないねぇ。あーんはしないねぇ」


ふんすふんすと何やら俺の『あーん』が気に召さない様子の子供。
どう見てもスープをびちゃびちゃ零すタイプの年齢の子供だろう、とツッコミそうになるが、必死に堪えてスプーンを下げた。


「……あぁ、悪い。そうだな、子供じゃねぇから一人で食えるよな」


悪い悪い、と謝りつつ皿とスプーンを手渡すと、子供は満足気にこくこくと頷いた。気に召したようで何よりだ。

案の定びちゃびちゃとスープをこぼしながら黙々と食べる子供。
スープをこぼしていることには気が付いていないようで、とてもキリッとした顔で大人ぶりながら食べている様子だ。抜けているところもまた可愛い。

子供の目の前で胡坐をかき、頬杖をつきながら小さな頭をそっと撫でる。
耳の生えていない柔らかな黒髪を撫でると、連日の戦で荒んだ心が浄化されるように温まるのを感じた。


「おいしいねぇ」

「そうか。そりゃあよかった」


ふにゃふにゃと浮かぶ微笑みは、本当に天使のようだ。
そういえば、この天使……子供の名をまだ聞いていなかったな。初見じゃ威力の強すぎる天使オーラのせいで、色々と展開をすっ飛ばしすぎたか。
あんな場所で裸で倒れ込んでいたことも、思い返せばとても気になる。考えれば考えるほど、この子供には気になることだらけだ。

何から聞き出したものか……そうは思うが。


「お肉も、とってもおいしいねぇ」

「──……」


自分の顔よりも大きな肉を、幸せそうにもぐもぐと食らう姿。
それを見ると、急かすような冷静な思考もゆったりと沈んでいってしまうのだ。


「……まぁ、とりあえず休ませてからでもいいよな」


よほど腹が減っていたんだろう。
小さな口を精一杯動かす姿を見て、思わずふっと微笑んだ。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

異世界に来たのでお兄ちゃんは働き過ぎな宰相様を癒したいと思います

猫屋町
BL
仕事中毒な宰相様×世話好きなお兄ちゃん 弟妹を育てた桜川律は、作り過ぎたマフィンとともに異世界へトリップ。 呆然とする律を拾ってくれたのは、白皙の眉間に皺を寄せ、蒼い瞳の下に隈をつくった麗しくも働き過ぎな宰相 ディーンハルト・シュタイナーだった。 ※第2章、9月下旬頃より開始予定

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

処理中です...