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1.赤髪のトラさん

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産まれて直ぐに親に捨てられた僕は、施設でのんびりまったり生きてきた。

のろまで、眠たがりで、危機感がない。他の人とはちょっぴり違った人格と思考回路を持つ変わり者の僕は、昔からみんなの笑い者だった。
けれど、別に悲観的に生きてきたわけじゃない。むしろ、それなりに楽しく生きた方だ。趣味の読書もいっぱいしたし、おいしいものもたくさん食べた。未練という未練はない。

だから、いつものポンコツを発揮して階段から落っこちた時も、特に焦りはしなかった。
『あわわ。これは死んじゃったねぇ』と冷静に、そしてのろまに判断して諦めたくらいだ。死んじゃったねぇ、と思ったときには、もう“その時”は訪れていた。

いくら待っても痛みがないなぁと思いながら、目を覚ます。
そんな僕の視界に広がったのは、さっきまでいたはずの施設じゃなく、やけにもりもりっとした森の中だった。


「うぅん……うぅむ……?」


おひさまがまぶしいねぇ。

むぐむぐと瞳を擦りながら、よっこらせと立ち上がる。
目線が何やら低い気がして、なにごとかね?と身体を見下ろした。目に入ったのは、ちっちゃくてもちもちした子供の身体。
手ももみじみたいな感じで、ほっぺを包んでみるとふくふくする。ふくふくしているのがほっぺの方なのか手の方なのかは微妙だけれど、とりあえず身体がちっちゃくなって、もちもちになったのは確かだ。

えっさほいさと歩いてみる。うぅん、特に不自由はない。
身体がちっちゃくなっただけで、何か悪いことが起きたわけではないようだ。
それにひとまず安心して、今度は状況確認のためにうぅむと思考を回してみる。状況確認が遅すぎるって?僕はのろまだから、しかたないの。


「階段から落っこちたら、森に来ちゃったねぇ」


状況確認、よし。

とりあえずは確認が済んだので、次はこの真っ裸の身体だ。
どうして服がなくなっちゃったのかは分からないけれど、それはまぁいいや。でも、ちょっぴりスースーして寒いから、布が一枚くらいは欲しいかも。

森の中をてくてく歩いて、布を探す。
けれど、こんな森の中に都合よく布が落ちているわけもない。少し考えれば分かることだけれど、僕は探してみてから気付いた。お洋服になりそうなきれいな布、あるわけないねぇ。


「さむいねぇ」


いっぱい声を出したらあったかくなるかも。そう思って、さむいねぇと呟きながら辺りの探索を続ける。
空を見上げてみると、お日様がちょっぴり傾いてきていることに気が付いた。お昼がすぎたころかな。考えたら、お腹もすいてきた。

ぐーぐー。ぐーぐー。
お腹を鳴らしながらてくてくと歩く。つかれたねぇと思いながら歩いていると、ふいにひらけた川辺に出た。


「お水があるねぇ」


やったぁとふにゃふにゃ笑いながら、川にてくてくと近付く。
膝をついて手を伸ばし、お水をちょいっと掬う。手がもちもちでちっちゃくなったからか、ちょっぴりお水を汲みづらい。
頑張ってお水をむぐむぐ飲んで、ひとまず休憩。思い返してみれば、割と休みなく歩いていたから疲れもかなり溜まっている。とりあえずここでのんびり、一休みしようかな。


「うぅん。さむいねぇ」


おなかもすいたねぇ、と呟きながら、その場にこてんと寝転がる。
傍から見たらこってんと倒れたみたいな感じだろう。疲れがまっくすなので、身体に力を入れることが出来なかったのだ。

さむいねぇと身体を丸めて、膝をぎゅっと抱え込む。
こうしていると、なんだか昔のことを思い出すなぁ。変わり者の僕を不気味がった先生たちが、僕を部屋から追い出して、寒い廊下に放置したあの日のこと。
あの時は冬の夜で、寒くて寒くて凍えそうになったけれど。今はお日様がさんさんだから、あの時よりは寒くない。むしろ、ぽかぽかな方だ。

あの頃よりはあったかくていいねぇ、とくふくふ頬を緩めていると、ふいに背後からガサゴソと物音が聞こえてきた。


「うぅん……」


ちょうど眠たくなってきたころなのに、タイミングが悪いねぇ。
なんて思いながら、のろのろと起き上がる。目を擦りながら振り返ると、そこには真ん丸に目を見開いた赤髪の男性が立っていた。


「──なッ、お前……!」


がっしりとした体つきの美人さん。真っ赤な髪が珍しいねぇと思ったけれど、もっと珍しいものがそれより上にあった。


「もふもふ……?」


きょとん、と小首を傾げる。
赤髪のお兄さんの頭に生えていたのは、もふもふとした丸っこい耳。ピクピクと動くそれは、まるで本当に生えているみたい。
あの耳は本で見たことがある。丸くてもふもふ……トラの耳に近いかも。

それにしても、おっきなお兄さんねぇ。
そんなことをのほほんと考えていると、お兄さんは何やら辺りを鋭く睨み付けるように見渡してから、僕のもとに素早く駆け寄ってきた。

なんだろう。本当にトラさんなら、もぐもぐ食べられちゃうのかな。想像するだけで痛そうだねぇ。
なんて思いながらものんびり座り込む僕に、お兄さんは羽織っていたマントをさり気なくふわっとかけてくれた。
おやおや?もしかして、優しいトラさんなのかもしれないねぇ。


「おい……お前、そんな恰好で……甘ったるい香りを撒き散らして何してやがる。襲われてぇのか?つーか……襲われたのか?」


きょとん。またもやぱちくり瞬く。
甘い香りって、一体なんのことだろうねぇ。

黙ってぱちくりする僕を見下ろして、お兄さんも困惑したような顔をする。
どうしよう。急なことだから、すぐには頭が回らない。ちょっぴり待ってほしいねぇ。
うぅんと、どこから話せばいいのかな。階段から落っこちて……うぅん、そこを話しても、きっとお兄さんがもっと困っちゃうだけだねぇ。


「うぅんと、えぇっと」


身体をふにゃふにゃ揺らしながら精一杯考えていると、ふとお腹がぐるぐると大きな音を鳴らしてしまった。
あぁ……今の音でびっくりして、考えていたこと全部ぱぁっと忘れちゃったねぇ。


「おなか、すいたねぇ」


眉をへにゃりと下げながら、お腹をなでなでと擦る。
すると、何やらずっと考え込むような顔をしていたお兄さんが、僕をひょいっと抱っこして立ち上がった。


「……まぁいい。訳アリってのは間違いねぇみたいだし……とりあえず、俺の拠点に来な」

「うぅん?わかった。助けてくれてありがとう」

「ん?おう、気にすんな。ってかお前……ちゃんと喋れるんだな?」


ぽわぽわしてっから言葉通じてねぇのかと思ったぜ。
笑いながらそう言ったお兄さんは、胸ががっしりしていて抱っこに安定感がある。
力を抜いて抱き着くと、堪えていた眠気がどっと押し寄せてきた。

うぅん……とりあえず、もう一度おやすみなさいだねぇ。
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