余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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2巻

2-3

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「……うん? なんだろう、いまの……」
「フェリアル様? どうかしましたか?」

 その時、視界の端を何かがよぎった。
 それに気が付き、ぐるぐると回っていた思考を一時中断する。
 お茶会の会場である開けた庭園から、僅かに外れた場所。
 遠目だから良く見えなかったけれど、木々の間を慌てて走り抜けた、小さな影。
 動物だろうか? いや、手入れの行き届いた貴族の庭園に、野生の動物が現れるとは思えない。
 それならきっと、あれは動物じゃない。
 けれど仮に人だとして、どうして庭園から外れた場所に居るのだろう。
 どうしてこんなにも気になるのか、僕自身よく分からない。だけど、もしかしたらこんなに好奇心が湧き上がるのも、運命のせいなのかもなんて。
 気になりだしたら止まらなくなって、僕は衝動のままに足を進めてしまった。

「フェリアル様⁉ ここを離れてはダメです、待ってください……!」

 シモンの制止を振り切って走り出す。
 庭園から外れた森に入ると、たちまち周囲は木々の緑に包まれた。静寂な森とは不釣り合いの賑やかな話し声を背後に、さっきの人影の正体を探るべく辺りをきょろきょろ見渡した。
 不意に、草木がガサッと揺れて振り返る。
 風の音でもなさそうなそれに確信を持って、恐る恐る草木を掻き分け覗き込んだ。

「だれか、いるの……?」

 そっと覗き込んだ先に見つけたのは、木陰に身を隠すようにしてうずくまるひとりの少年だった。

「わっ!」

 草木から顔を覗かせる僕に気が付くと、少年は驚愕の声を上げて尻もちをつく。
 慌てて草木から出て「大丈夫?」と手を差し伸べると、少年はハッとした顔になった。

「な、なんだお前、誰だっ」

 彼は立ち上がると、威嚇するように一歩退いた。その姿を観察する。
 どうやらお尻は痛めていないようだ。
 ほっとして膝をつき、警戒する少年を怖がらせないように静かに言葉を返す。

「僕、フェリアル・エーデルス。兄さまたちと、お茶会にきた」

 年は同じくらいだろうか。
 黒茶色の髪に灰色の瞳を持ったその少年は、僕が名乗ると少しだけ警戒を緩めた。
 恐る恐るといったように崩れていた姿勢を戻すと、両手に持っていた本をぎゅっと抱いて一歩近付いてくる。どうやらここで読書をしていたらしい。
 ……すぐそこでお茶会が開かれているのに、どうしてここで本を読んでいるのだろうか。

「……アディ・カリオン」

 ボソッと呟かれて、目を見開く。
 お茶会の主催であるカリオン侯爵家の次男、つまりハインツ兄様の弟の名前だ。この子が例の、と考えて首を傾げた。
 彼の容姿も雰囲気も、ハインツ兄様とはあまり似ていない。
 ハインツ兄様は褐色肌の赤髪だけれど、この子は白い肌に黒茶色の髪だ。雰囲気も、太陽みたいなハインツ兄様と違ってこの子はどこかツンツンしている。
 まるで小さなガイゼル兄様を見ているみたいだ、と思わず笑みを零してしまった。

「なっ、なんだよ!」
「あ……うぅん、ごめんね。きみが、僕の大好きなひとにね、似てたの」

 ムスッとお怒りの様子を察して慌てて首を振る。すると何故か、ついさっきまでの仏頂面がぶわっと真っ赤に染まった。

「お、お前……っ、いきなりそんなっ……! 恥ずかしくねぇのかよ!」
「……? なにが、恥ずかしい? あ、そだ。きみのこと、なんてよべばいい? アディくんでいいかな」
「はぁ⁉」

 真っ赤な顔で口をぱくぱくするアディくん。そんなに動揺して一体どうしたのだろう。

「僕のことはフェリアルってよんで」

 不思議に思いながらそう語りかけると、アディくんがキッと睨み付けてくる。でも顔が真っ赤だからあまり威圧感はない。それに、無表情のまま目を瞬く僕を不気味に思ったのか、その威嚇も徐々にしぼんでいく。
 しまった、初対面ではにっこり笑うのがマナーだったっけ。
 笑顔ってどうやって作るんだっけ?
 もにもにと頬を触りながら彼を見つめていると、呆気に取られたような表情を浮かべたアディくんがやがて小さく溜め息を吐いた。

「なんかお前、調子狂うな……」
「……ごめんなさい」
「っ……い、いやっ、別に怒ってるわけじゃねぇから!」

 初対面で早々に嫌われてしまった……。しょんぼり肩を落とすと、アディくんがあたふたとフォローの言葉を返してくる。
 ツンツンしているけれど、こう見えて意外と優しい子らしい。
 こういうところもガイゼル兄様そっくりなのかと思うと、さっきまでうまく笑顔が作れなかったのに、自然と頬が緩んだ。
 すると、アディくんの表情も変わった。大分警戒も緩んで緊張が解れたようで、庭園の方に視線を向けながら不意に問い掛けてきた。

「つーかお前、こんな所にいていいのかよ。ダチとか待ってんじゃねぇのか」

 正直に答えるべきか誤魔化すべきか。

「……ともだち、いない」

 率直な彼の問いにピクッと肩を揺らしたものの、結局正直に答えた。
 嘘を吐いたところでどうせすぐにバレてしまう。誤魔化すのも、得意じゃない。
 シモンは友達だけれど、アディくんのいう『友達』とは少し違う気がする。
 それに今日はレオも見ていない。
 そして、ウサくんは、人の多い場所ではぐれると二度と会えなくなる可能性があるからって、お茶会には連れてきていないから……ここに僕の友達はいない。
 事実を答えただけなのだけれど。アディくんはとても青褪めた顔で固まってしまった。

「わ、悪い……無神経なこと聞いちまった……」
「ううん。大丈夫」
「だ、だけど……じ、実はな、俺もいねぇんだよ。ダチとか……ぶっちゃけだりぃし……い、いなくても困ることねぇしよ……」

 チラチラと僕の様子を窺いながら呟くアディくん。
 ――ってあれ、なんだか誤解されているような。

「あの……あのね、ほんとにだいじょぶ。僕、ともだちいる」
「……は?」
「ここには、いないけど」
「はぁ⁉」

 僕がそう言うと、お前いい加減にしろよ⁉ とアディくんは顔を真っ赤にして怒り始めた。
 しまった、怒らせるつもりはなかったのに。
 慌てて頭を下げる。
 友達がいない恥ずかしさとか、辛さはずっと僕にだってあった。
 アディくんは友達がいないらしいから、僕の友達を紹介すれば許してくれるかも。
 そう思って即座に思考を回す。
 シモンは護衛だし、年齢が離れ過ぎだから駄目だ。そもそも遠慮を知らないシモンのことだから、アディくんに開口一番失礼なことを言いかねない。レオは皇太子だから気軽に紹介できないし……
 それなら残る選択肢は一つ。
 僕の絶対的な友達一号、ウサくんを紹介してあげるしかない。

「ご、ごめんなさい。ウサくん、こんど紹介する……」
「ふざけっ……ん? ウサくん……?」

 そう思って紡いだ言葉を聞いたアディくんは何故かぽかんと間の抜けた表情を浮かべた。
 数秒何やら考え込むような動きを見せたかと思うと、訝しげな声で問い掛けられる。

「……お前、ウサくんってのはそれ、人間か?」
「ウサくん、ウサギさん。いつも一緒に、お昼寝するの」

 ぶはっ! と吹き出すアディくんに目を丸くする。

「おまっ……! やっぱダチいねぇんじゃねぇか……!」

 ぎゃははっ! と涙すら浮かべながら、貴族とは思えない豪快な大笑いをするアディくん。
 その言葉に目を見開く。
 ウサくんは本当に友達なのに、どうしてそんなことを言うんだろう。

「い、いるもんっ! ウサくんともだちだもん……っ」

 まるでウサくんが存在しないものとするような言い方に喉の奥が熱くなる。
 思わず必死に反論すると、涙がこぼれた。
 同時にお腹を抱えて笑っていたアディくんがピタッと硬直する。それから顔がサーッと青褪めた。
 まずい。出会ったばかりなのに突然泣いてしまうなんて、こんなのウザがられてしまうに違いない。
 そう思って唇を引き結び、必死に衝動を堪えようとするけれど、結局涙が止まることはなかった。

「っ……うぅ、うさくんいるもん……っ」
「い、いるよな⁉ ウサくん友達だもんな⁉ わ、悪い。冗談だよ冗談っ! 泣くこたねぇだろ……ごめん、ごめんって……!」

 あたふたおろおろとせわしなく手を動かすアディくん。
 両手で頬の雫を拭われてぽかんとする。手が濡れることは気にしていないらしい様子に、思わず驚いて固まってしまった。

「……アディくん?」
「お、おう。ゆ、許してくれるか……?」

 泣き止んだ僕にほっと息を吐いたアディくんは、機嫌を窺うように恐る恐る問い掛けてくる。
 それを聞いてようやく、ぐちゃぐちゃになっていた思考が落ち着いた。
 頬に残った雫を指で拭って、こくっと小さく頷く。それから思いついたままに言葉を紡いだ。

「ともだち……なってくれるなら、許してあげる」
「と、友達? 俺とか……?」
「うん。アディくんとともだちなる。だめ?」

 同い年の友達。前世で憧れていたことの一つだ。同い年の子はみんな優馬と仲良くなりたいからって、僕とは絶対に友達になってくれなかった。
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 だから前世では友達ができなかった。
 でも、優馬がいない今世なら、同い年の友達を作ったって許されるんじゃないだろうか。
 そう思って、緊張しながら紡いだ提案だったけれど。アディくんの表情は呆然としていて、感情がよく読み取れない。
 やっぱり僕に友達なんて無理だったのかな……
 眉尻を下げた時、アディくんのそわそわしたような声が返ってきた。

「友達……ともだち? ほんとに、俺と友達になりてぇのか……?」
「……? うん。僕、アディくんとともだちなりたい」
「っ……でも、俺、口悪ぃし、愛想ねぇし……もし兄さんみたいなの想像してんなら、無駄だぞ……俺は兄さんとは違う……明るくねぇし、つまんねぇ奴だ」
「……?」

 ついさっきまでの悪戯っぽく遠慮のない態度だったアディくんがしおれている。
 むしろ劣等感にさいなまれたような、なんだかとても辛そうな表情だ。
 ――その瞬間、彼が前世の僕と重なったように見えた。
 そしたらいても立ってもいられなくなって、僕はアディくんの手をぎゅっと握り締めた。
 そうしないと、どこか遠くに消えていってしまうような危うさを感じたのだ。

「僕、アディくんとともだちなりたいの。アディくんじゃないと、ダメなの」

 意地悪に見えて、本当はすごく優しいアディくんが好きだ。
 会ったばかりだけれど、もうこんなに胸が温かくなるってことは、それだけアディくんが素敵な人だからに違いない。
 つっかえながらも必死にそう語ると、アディくんは辛そうな表情を浮かべた顔をやがて仄かに赤く変化させた。

「お前、誰にでもそうなのか……?」

 ボソッと問われて首を傾げる。
 そうって、どれのことを言っているのだろう。何か変なことを言ってしまっただろうか。
 理解が追い付かず困惑する僕を見て、アディくんは何かを察したように「なるほどな……」と呆れたように呟く。それから握っていた手をサッと離すと、彼はふいに僕の頭をガシガシ撫でてきた。

「な、なに……びっくり、する」

 撫でられる感触は心地いい。でも突然の行為に驚いた僕が視線を上げると、アディくんは乱れた髪型を見てふはっと笑った。
 そんな彼にムスッと眉を寄せる。手櫛で髪を直しながらじとっと見つめると、アディくんは崩れていた表情を消してさっきまでの悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「いいぜ、友達になってやる。ぼっちは可哀想だからな! 仕方なくだぞ、仕方なく!」
「ぼっちじゃない。ウサくんいる」

 心なしかなんだか嬉しそうだ。本調子に戻ったようで何よりだ。
 天邪鬼な言い方をするアディくんだけれど、こうしてみると随分分かりやすい子だ。一見意地悪に見えるけれど優しいし、すごく魅力的な子なのに……どうして友達がひとりもいないのだろう。

「これでアディくん、ひとりぼっちじゃなくなった」
「は、はぁ⁉ お、俺は最初からひとりぼっちじゃねぇし!」
「……ふぅん、そっか」
「やめろ! 憐れみの籠った目で俺を見るな!」

 僕はどうしてこうなんだろう。アディくんの反応を見る限り友達がいないことを気にしているのは確実なのに。無神経なのは僕の方だ。本当に申し訳ない。
 わーわー叫ぶアディくんにうんうん頷いていると、ふいに庭園の方がざわつき始めた。
 ふたりして思わず顔を見合わせる。
 同時に、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、それは森の近くでピタリと止んだ。
 森の……つまり僕達が居る方角に、ドッと大きな声が轟く。

「アディィーー‼ どこだあぁぁーー‼」

 思わず前を向くと、木々でのんびり休んでいたらしい鳥達がぶわっと一斉に飛び立つ。
 大量の葉っぱを散らしながら、鳥達は鳴き声を上げて遠くへ逃げ去ってしまった。

「「……」」

 ちらっとアディくんを見る。
 飛び去る鳥を遠い目で見据えるアディくん。今もなお聞こえてくる「アディィィ!」という呼びかけがまるで耳に届いていないかのようだ。
 現実逃避をするかのようなアディくんが、中々現実に戻ってこなさそうだったので、代わりに僕が現状の把握に努めることにした。したけれど結局、今の声の主はハインツ兄様だなぁ、なんて誰でも分かることを考えるだけだった。
 アディくんはここに隠れて本を読んでいたから、ハインツ兄様が心配して捜しに来たのだろうか。でもさっきのハインツ兄様の様子を思い出す限り、アディくんがお茶会を抜け出すのは今日に限ったことでもなさそうだけれど――
 僕の視線に気付いたアディくんが、ようやくこちら側に意識を戻して溜め息を吐いた。

「あぁ……あれが俺の兄さんだ。いつも大体すぐ戻るから、今日だけ遅いのが気になったんだろうよ。こういう時だけ兄貴面しやがって……ムカつくよな」

 俺のことなんてどうでもいいと思ってるくせに。嘲笑気味にそう呟くアディくんに首を傾げた。
 ハインツ兄様がアディくんのことをどうでもいいと思っている?
 なんだか引っ掛かる。
 弟――アディくんのことを話している時にだけ、太陽みたいな笑顔を消して浮かんだ、切なげな微笑。
 アディくんの名前を呟きながら微笑んだハインツ兄様の瞳には、少なくとも複雑な感情が確かに滲んでいたように見えた。彼が弟をどうでもいいと思っているなんて、あれを見た人間はひとりとして信じられないほどに。

「アディくん、ハインツにい……ハインツさまのとこ、もどろう。きっと心配してる」
「……はっ、心配なんてしてねぇよ」

 僕が慌てて言うと、拗ねた様子でうずくまるアディくん。その姿をじっと見つめてから、僕はアディくんの手をぎゅっと両手で包み込んだ。
 説得の仕方なんてよく分からない。とにかくアディくんの心に届くまで何度も言うしかないだろう。

「僕、ハインツさまだったら、すごく心配。アディくんになにかあったらどうしよ……って、こわくて泣いちゃう、かも。だから一緒に、もどろ?」
「っ……」

 眉尻を下げて必死に言い募ると、アディくんはハッと目を見開いて硬直した。
 少しだけ頬が赤く染まって見えるのは気のせいだろうか。

「お、お前が……そこまで言うなら……」

 戻ってやらないこともない、とボソボソ呟くアディくんにぱぁっと瞳を輝かせた。
 よかった。これできっと、アディくんはハインツ兄様の心配や不安を知ることができるだろう。
 どうしてふたりの気持ちがすれ違っているのか、今はまだよく分からないけれど。

「うん、一緒にもどろう」

 アディくんの手を握って立ち上がると、アディくんも微かに頬を緩めて頷き立ち上がる。
 そういえば僕も、兄様達に何も言わずに庭園を離れてしまった。
 戻ったら謝らなければと思いながら一歩踏み出した瞬間。
 アディくんと繋いでいたはずの手がふっと軽くなった。

「――……?」

 振り返ると、そこにアディくんは居なかった。

「うん? アディくん……?」

 呆然と呼びかける。アディくんから言葉は返ってこなくて、置いてけぼりになっていた困惑は少し経ってようやく追いついた。
 サーッと血の気が引く。混乱する思考をそのままに、辺りをきょろきょろと見渡す。あまりの衝撃に、まるで声が奪われたみたいに言葉を発することができなかった。
 やがて思考が落ち着いて来て、まず初めに浮かんだのは兄様達の存在だ。
 ふたりのところに戻って、アディくんを捜してもらって……いや違う、まずはハインツ兄様にこのことを教えないと――
 とにかく戻った方がいいと判断して、きびすを返す。

「はぇ……?」

 そして、きびすを返した、その直後。
 突如ふわりと体が浮き上がって、抵抗する間もなく、体が何か温かいものに包まれた。
 ぎゅっと抱き締められていることに気付いたのはかなり時間を置いてから。数秒の間が空いたことは確かだ。
 呆然とする僕をよそに、その人は甘ったるいお菓子みたいな声で耳元に語り掛けてきた。

「ようやく会えましたね。フェリ」

 慌てて振り返り、突然抱っこなんてしてきた人の正体を確認する。
 その時、彼と視線がパチッと合った。
 甘くとろけるような、けれどどこまでも深淵が続いているかのような瞳が、真っすぐに僕を射貫いていた。



  【兄達の焦燥】


「遅い! アディが戻ってこないぞ、ガイゼル!」
「うるせぇな……そんなのいつものことだろうが」

 ジュースの入ったグラスを手に、ハインツがギャーギャーと喚き始める。
 その様子を見て俺は溜め息を吐いた。
 何度かカリオン家の茶会に参加したが、次男――アディ・カリオンの姿を見かけたのは初回の一度きり。やかましいコイツと比べて物静かなガキだったが、どうやら次男はハインツのことをよく思っていないらしい。そもそもカリオン家の兄弟がまともに会話しているところを見たことがない。
 だがどうやらコイツは弟をそれなりに想っているらしく、口を開けばアディアディと騒がしい。そんなに大事ならさっさと伝えて囲えばいいってのに、遠慮のない性格に対して面倒くさい奴だ。
 ハインツはいつものクソでかい声で、俺の両肩を揺さぶる勢いだ。

「いつもなら既に戻ってきている時間だ! もしや何かあったのではないだろうか⁉」
「気になるなら捜しに行けばいいじゃねぇか」
「そんなことをしてウザがられたらどうする! アディはただでさえ繊細な子なのだぞ!」

 いや、もう十分ウザがられてるだろ。なんて野暮なツッコミは封じておく。
 トドメを刺すにはあまりに哀れだ。コイツの立場――弟にうっとうしがられる兄――にもし自分が立っていたらと考えると血の気が引く。そう思うとどうにも客観的な真実を伝えられなかった。
 助けを求めるように視線を向けると、どうやらディランも同意見のようだ。
 無表情を僅かに崩して気まずげに目を逸らしている。
 ……仕方ない、流石に哀れが過ぎるからフォローしてやろう。

「あー……でもよ。マジで何かあったらヤバくねぇか。なぁディラン」
「そうだな。俺もそう思う」

 棒読みにも程がある。
 だがハインツはディランの棒読みにも気付かない程焦っているらしく、ブツブツと「確かに……確かにもし本当に何かあれば……」と蒼白な顔で呟いていた。

「や、やはり捜してこようと思う!」

 焦燥を浮かべて、ハインツは持っていたグラスを豪快にテーブルへ置く。中身の水面が大きく揺れて零れそうになったが、そんなことはお構いなしだ。
 ハインツは周囲に群れていた貴族共を振り切って、庭園から外れた森の方へ走り出した。
 どうやら居場所の見当はついているらしい。確かに弟のストーカーであるコイツのことだ、普段どこに隠れているかの見当くらいはついていて当然か。
 茶会の主役の息子が席を外すのはどうかとも思うが、弟のために役目を放る気持ちは分かるからここは何も言わずにおいて――

「アディィーー‼ どこだあぁぁーー‼」

 嘘だろ。

「アイツは馬鹿なのか?」
「ちょっとでも期待した俺らが馬鹿だったんだよ」

 グラスを傾けて呟くディラン。言いたいことは分かるが一番の馬鹿は俺らだ。
 ハインツは何よりも、弟にウザがられることを恐れている。
 一度しか接した機会はないが、あのアディとかいうガキが騒がしいものを嫌うタイプであることは一目見て分かった。言うなれば、ハインツとは真逆の人間。
 それこそ茶会なんかは毛嫌いするものの筆頭だろうに、ハインツはかなりの頻度で茶会を催す。
 弟が大事なら、弟の嫌いなものは自分も遠ざけるのが普通じゃないのか。ハインツの本心を知る前は、てっきり弟に嫌がらせでもしているのかと思っていたが……
 今だってそうだ。弟の存在を目立たせるようなあの行動。会場のほとんどの人間がハインツに注目してしまっているし、弟の噂話をコソコソとしているようだ。
 俺も知ってしまっている内容だけに不愉快さが増した。
 曰く、平民の連れ子は学が無くて面倒だの、正当な侯爵家の血を引くハインツが手間を掛ける価値もない下賤な子だの。
 馬鹿なハインツは弟に夢中で聞こえていないのだろうが、他人の分際で中々の言いようをする貴族共だ。

「……後妻が平民だと厄介な陰口が多いな」

 蔑むべきは前妻の方だろ、と低く吐き捨てるディランに肩を竦める。
 カリオン家の前侯爵夫人を嫌っていたディランには、この下劣な噂話は不快でしかないだろう。
 前妻というのは、カリオン家当主が政略的事情を理由に結婚した相手のことだ。
 幼い頃の俺達ですら覚えている。その女には浪費癖があり、目下の者をいつも家畜のように扱っていた。基本人に興味を抱かないディランですら嫌悪感を抱いても無理がないほど最悪な人物だった。
 七年前に愛人とのいさかいで死んだようだが、正直言って自業自得だ。最後の方ではハインツに暴力すら振るっていたらしく、その事実を知った当主は激怒して彼女の葬式すら行わなかったらしい。


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毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

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