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しおりを挟むプロローグ
「……」
自室から出て階段を降り、そっと玄関へ向かう。
楽しそうな声が漏れるリビングを何気なく覗くと、そこには家庭の理想そのものを描いたような光景が広がっていた。
休日だから家族全員が揃っているらしい。いつもは忙しいからと遅くに帰ってくる両親も、弟を溺愛する兄達も、そしてその中心である末っ子の優馬も。僕以外の全員がその理想の中に居た。
両親は穏やかな表情で優馬にプレゼントを渡している。兄二人も、優馬に優しい笑顔を向けて花束やらぬいぐるみやらを贈っていて……そうか、今日は優馬の誕生日だから珍しく皆家にいるんだ。
「……僕も……誕生日なのに……」
自分にしか聞こえないくらい小さな声は、当然扉越しの彼らには届かない。それもいつものことだから、何も言わずに玄関へ向かう足を速めた。
外へ出るとすぐにスマホを取り出して、イヤホンを片耳につける。流れてくるのは常に一曲だけだ。ループ再生にしているからそれ以外は流れない。
「飽きないなぁ……」
ボソッと呟く。
その歌は僕が人生をかけてハマったと言っても過言ではない、大好きなゲーム――『聖者の薔薇園』のテーマソングだ。
紹介PVにも必ずこの歌が使われていて、ゲーム起動時にも流れるためオープニングは絶対に飛ばせない。
そして今日は、待ちに待ったこのゲームの続編を買いに行くのだ。
高校に入りバイトを始めて数ヶ月。自分への誕生日プレゼントという意味でも、どうしても今日買いに行きたかった。
自分で誕生日プレゼントを買うのは少し虚しいけど、どうせ僕にプレゼントを贈ってくれる人なんて居ないから仕方ない。現に今日家族は僕を除いて、僕の双子の弟である優馬の誕生日しか祝っていなかった。
「……いいなぁ……」
優馬はいいな……僕には厳しい両親にも、僕には冷たい兄達にも、友達にも先生にも親戚にも、誰からも愛されて。
なんて……こんなだから僕は誰にも愛されないんだろう。
容姿も優馬みたいに愛らしくないし、生まれつき体力がないせいで運動もからっきしだし……。勉強だけは努力で何とかなるからって、学年首位の成績を取っているけれど、それでも家族は僕に視線ひとつ向けてくれなかった。
結局、努力なんて何の役にも立たない。優馬は愛されて、僕は愛されない。そういう運命なのだ、運命には……勝てっこない。
そう、それはまるで、大好きなこのゲームの登場人物達みたいに。
「……」
スマホの画面を開く。映し出されるのは、優馬みたいに可愛らしい容姿をした主人公と、そんな主人公を守るように囲む美形の攻略対象者達。
そして動画の中にほんの数秒険しい表情で映りこむ、僕に似て誰にも愛されない悪役。
全て結末まで決められたストーリー、決められた運命、決められた愛情。それが僕には恐ろしくて、悲しくて、そしてどこまでも羨ましかった。
このゲームの中でだけ、僕は優馬になれた。皆に愛される運命を持つ主人公になれた。だから僕にとってこのゲームは理想の人生そのもので、救いそのものだった。
誰かに嫌になるくらい愛されて愛し尽くされて、しかもその愛情は決まったものだから裏切られることもない。幸せな人生が実現できずとも体験できるから。
「……続編、早く買いに行こう」
柄にもなく浮かれながら道中を急ぐ。ゲームのことを考えたら、早く始めたくてそわそわしてきた。
続編は舞台が隣国に変わり攻略対象者も一新されるから、前作のストーリーを全てクリアした僕にとっては楽しみでたまらなかったのだ。
けれど、全ENDを解放してからひとつ、気になることもある。
「次の悪役も……最後は結局死んじゃうのかなぁ」
次、と断言できるのは、前作の悪役がどのルートへ進んでも死亡しているからだ。死んでいるのだから、当然続編には登場しないはず。
他の登場人物全員が幸せになるENDを迎えたとしても、悪役だけは必ず死んだ。それなら、続編の悪役もきっと結局は死んでしまうに違いない。
このゲームのプレイヤー達が集う掲示板では、この徹底した結末に賛成する声が多かった。
こういうゲームでは、悪役が要らない存在というのが共通認識なのだろう。愛される主人公と、主人公を愛する攻略対象者達だけでいい。そういうものなのだ。
分かっていても……それでもどうしても、悪役の結末に胸が痛んだ。それはたぶん、というより確実に、自分を悪役に重ねてしまっているからだ。
どの世界でも同じ。愛される人は幸せになって、その権利があって。愛されない奴には不幸になる権利しか与えられない。ゲームの中では悪役フェリアルで、現実世界では僕。そういう運命なのだ。
分かっていても、それでも僕は……
「次は……幸せになれるといいね」
信号待ちの交差点。立ち止まって画面を見下ろし、ちょうど映っていた悪役に呟きを落とす。
それから歌の音量を最大まで上げた。大好きなこの歌を聞いて気持ちを切り替えて、早く続編を買いに行こうって、そう思って。
そう思っていたけど。
「──‼」
「……?」
その時、辺りが何やら騒がしくなる。
顔を上げると周囲にはいつの間にか誰もいなくなっていて、少し離れたところで人々が何かを叫んでいる。それも……ひとり交差点の前に立ち尽くしている僕に向かって。
慌ててイヤホンを外した瞬間、耳をつんざくような激しいブレーキ音が鼓膜を襲った。
「──え……?」
車道を逸れて歩道に侵入してくる大きなトラック。
避ける暇なんてなくて、そもそも避けようと思う隙すら与えられなくて。次に僕を襲ったのは、ドンッという鈍い音と遠くから聞こえる沢山の悲鳴。
そして、身体が真っ二つに切り裂かれたのかと錯覚する程の、酷い痛み。身体が有り得ない動きをして、視界が宙を舞う。
全てがスローモーションに見えて。意識が飛ぶ直前に見えたのはスマホの画面と、そこに映った自嘲気味な笑みを浮かべる悪役の表情だけだった。
攻略対象file1 公爵家の双子
第一章 公爵家の双子
遠くで声がする。
優しくて、慈愛に満ちていて、柔らかい声。それもひとつじゃなくて、数人の。人生で一度も向けられたことのない声だ。
目を開けようとしたけれど、うまく開かない。
一瞬、もしかして家族の声だろうかと期待した。
僕は……確かさっき事故にあって、トラックに轢かれて……死んだと思ったけど、もしかしたら生きていて、病院に搬送されて、僕を心配した家族が来てくれたんじゃないか。
一度はそう思ったけど、我に返ってそんな期待はすぐに捨てた。そんなわけないってことは僕が一番分かっている。
家族は冷たくて、僕に愛情なんて欠片も抱いていなくて、そもそも僕のことを家族だとすら思っていない。心配してくれるなんてありえない。
だから、きっと僕は死んだんだろうと思った。こんなに幸せな夢は見たことはないから、きっと死んで、ようやく幸せな夢を見ることを許されたんだろうって。
だったら、もしそうだったら……それでもいい。
むしろ、その方がいい、そうであってほしいと願った。
死への安堵にほっと息を吐いた時、真っ暗な世界に光が差し込んだ。
***
「──……おい、こいつずっと黙ったままだぜ」
「──……黙って見ていろ、今声を上げるはずだ」
困惑が滲んだ声と不愛想な冷たい声が耳に届く。どちらも幼さがあって、すぐに子供の声だと分かった。
そしてそのふたつの他にもう二人、大人の声も後から続く。こっちも最初に聞こえた声と同様、どこか焦りと困惑を含んでいた。
「どうしたのかしら……産声も上げないなんて」
大人の一人は女性か、と思いながら重い瞼を開く。さっきからなぜか目を開けるだけで四苦八苦していたが、ようやく力が入ってきた。
目を開けて、視界がようやく広がって。そうして初めて目に入った光景に、僕はぽかんと固まった。なぜなら僕は今、不安げな声を発した見知らぬ女性に抱かれていたから。
それに、なぜか彼女の揺れる目の中で、僕は赤ん坊の姿をしていた。
「……?」
フリーズしたままじっと見上げる。
女性はブロンドの髪に群青の瞳をしたとんでもない美人さんだった。そしてその女性はなぜか心配そうに眉を下げて僕を見下ろしている。隣に立っている、これまたブロンドの髪のとんでもない美形の男性も同様だ。
夫婦……なんだろうか。二人は寄り添うように並んで座っていて、ずっと僕を見つめて何やら話し込んでいる。
これは一体どういう状況なのかと混乱していると、横から例の幼い声が二人分聞こえてきた。
「やっぱ黙ったままじゃねぇか!」
「……大声を出すな。驚いてしまうだろう」
片方は落ち着きがなくて、もう片方は落ち着きがありすぎる声だ。年齢は同じくらいだろうに、全然違う二人なんだなと少し驚いた。
彼らは誰なんだろう。
疑問が頭に浮かぶばかりでまったく状況が掴めない。
幼い声の主達が気になって、ひとまず二人の姿を確認しようと視線を移す。すると案の定美形の少年達が見えてまたもや固まってしまった。
二人ともよく似ているけど、瞳だけは群青とカーマインという真逆の色をそれぞれ持っていた。
「うおっ! こいつ俺のこと見てるぞ‼」
「……お前ではない。俺を見ている」
「どう見ても俺だろうが!」
「……俺」
「俺‼」
そのやり取りだけでも二人が仲のいい兄弟だということが窺えて、なんだか少し寂しくなった。
彼らは僕の兄達とよく似ていたのだ。知的な一番上の兄と、豪快でやんちゃな二番目の兄。最後まで僕を愛してくれなかった、冷たい兄達に。
けれどひとつ違和感があったのは、そんな兄達によく似た彼らが愛おしげな視線を僕に向けているように見えたこと。兄達なら優馬にしか向けなかったであろう優しい瞳だ。
そんな視線を向けられたのは初めてだから、嬉しくて胸が高鳴った。状況はよく分からないけれど、今の僕には、優しい瞳が僕を映していることが全てだった。
どうしよう、声を掛けてもいいんだろうか。話しかけても、蔑んだ目を向けられることはないんだろうか……?
そわそわと瞬きを繰り返していると、ふいに僕を抱き上げていた女性とその隣に座る男性が重々しく声を上げた。
「本当に声を上げないな……それどころか何の反応もしない」
「まさかっ……何か病気でも……!」
蒼白な顔の女性を、隣の男性がそっと抱き寄せながら「落ち着けクロエ、まだ決まったわけじゃない」と宥める。
その様子をじっと見つめていると、ふと横から伸びてきた腕が僕を持ち上げた。
「あっ! おいディラン! ズルいぞお前‼」
「大声を出すなと言っている……兄の顔を見れば何か話すかもしれないだろう」
「なら俺に寄越せ! 俺もそいつの兄貴だ‼」
「お前は乱暴だから駄目だ。フェリアルに怪我をさせようものなら殺す」
「あぁ!? お前こそチビを落としたら殺すぞ‼」
まだ幼いのに物騒な兄弟だな……なんて思った直後、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
彼らが発した名前の中……いや、名前の全てに聞き覚えがあったからだ。特に無表情の少年の方が口にした『フェリアル』という名前。
それは、あのゲームの悪役、フェリアル・エーデルスと同じ名前だ。
「ディラン、ガイゼル。フェリアルの前で汚い言葉を使うな。兄弟喧嘩なら外でやれ」
「申し訳ありません父上。しかし下品な言葉を使っているのはガイゼルだけです」
「お前さっき殺すって言ってたろうが! 記憶力ゴミかよ馬鹿かテメェ!」
ディラン……ガイゼル……そしてフェリアル。
騒がしく口論を繰り広げる彼らを横目に、頭の中では嫌な予感がぐるぐると駆け巡っていた。
『……お前は弟などではない』
『お前みてぇなのが弟とか……俺は絶対認めねぇぞ』
幾度も画面越しに見た、悪役フェリアル……実の弟に向ける彼らの侮蔑の視線。フェリアルが助けてくれと泣いて叫んでも、無慈悲に捨て去る後ろ姿。
主人公のハッピーエンドに喜びながらも、本当はいつも彼の結末だけが心残りだった。複雑な心境に気付きながらも、見ないふりをしていた。
実の弟であるフェリアルを捨て、有り余った愛情の全てを主人公に注ぐ。そういう運命を持って生まれた二人。
それが、『聖者の薔薇園』に登場する攻略対象者。
ディラン・エーデルスとガイゼル・エーデルス。
通称『公爵家の双子』だ。
【愛されたくない】
『聖者の薔薇園』。
それは、大抵高貴な血筋の人間のみが光属性を持って産まれるこの世界で、平民にもかかわらず光魔法……それだけでなく、聖魔力すらも覚醒させた主人公が聖者となり、数々の困難を乗り越えながら攻略対象者と愛を深めるゲームだ。
攻略対象者は六人。皇太子や次期公爵、暗殺者など、全員が癖のあるキャラクターであることから、ゲームとしての人気もかなり高い。
主人公はこの六人の中から好みの対象者を一人選び、悪役の妨害や迫りくる事件などをクリアしながらルートの攻略に挑む。
攻略難易度は各キャラによって大きく異なるが、対象者全員が魅力的なため、公式サイトで行われる人気投票は常に接戦を極めていた。
そしてそんな人気ゲームで、唯一全てのプレイヤーから嫌われ、ゲーム内のキャラクターからも憎悪を向けられる絶対的な悪役として登場する人物。
それこそが今世の僕である、フェリアル・エーデルスだった。
***
そんな『聖者の薔薇園』の世界に転生して一年が経ち、僕が選んだのは諦めだった。
二度目の人生で、今度こそ僕を愛してくれる家族のもとに生まれることができたと思っていたけれど、そんな期待はすぐに捨てた。
何せ今向けられている愛情は全て、ゲームが始まる十三年後には全て失われるものだ。この世界の悪役である僕は必ず家族に恨まれる。攻略対象者である兄達にはさらに憎まれ見捨てられる。
それを分かっているのに、わざわざ家族と交流を深める意味はない。いずれ失われる愛情を今だけ享受するなんて、ただ虚しいだけだ。
今いずれは空っぽになってしまう愛情を向けられていることすら辛い。家族が僕に慈愛の目を向ける度に、酷い痛みで胸が張り裂けそうになる。
だから、僕は初めから彼らの愛情を受け入れないことにした。
「……なぁ、チビはいつになったら喋るんだ?」
「……」
「生まれて一年も経ったってのに、まだ声すら聞かせてくれねぇ。笑いもしねーし、まるで人形だぜ」
「おい、ガイゼル」
無反応でベッドに横たわるだけの僕を見下ろしながら、ガイゼルとディランが悩ましげに話している。
この光景を見るのももう何度目だろうか。僕のもとに現れる度こんな会話ばかりする二人は正直邪魔くさい。何も喋らず表情一つ動かさない退屈な弟なんて、早々に見限ってしまえばいいのに。
なんて。二人が毎日のように部屋に来ることを内心喜んでいる自分が、一体何を偉そうに思っているんだか。
愛情を受け入れない、期待しないと決めてもう一年が経つというのに、未だに僕はこんなにも弱いままだ。今だって、ガイゼルの発した『人形』という言葉に少しだけ傷付いてしまっている。
けれど、その人形という例えは酷く的を射ているから自嘲ものだ。そもそも人形になることを望んだのは自分なのだから。
産声すら上げず、その後も笑うどころか無反応を貫き、声一つ発さない。そんな不気味な赤ん坊なら、きっとこの家の人達もすぐに気味悪がって嫌うだろうと思っていたのに。
けれど、見ての通り効果は今一つだ。ガイゼルとディランは毎日のように会いに来るし、両親も貴族なのに使用人に世話を任せることもなく僕の世話を楽しそうにこなしている。
……本当に、いい加減僕のことなんて見捨ててほしい。嫌ってほしい。そうしたら期待なんてしなくて済むし、いつか来る断罪の日に他人同然の彼らを恨むこともしないで済むだろう。
ぼんやりと二人を見つめているとガイゼルが眉をひそめた。
「んだよ、だって何の反応もしないんだぜ? おかしいだろ」
「少し言葉を覚えるのが遅いだけかもしれないだろう。フェリを傷付けるような発言はやめろ」
フェリ、というのはいつの間にか付けられていた愛称だ。
ディランは、双子の弟であるガイゼルより真面目らしい。常に無表情……というか仏頂面なのは怖いけれど、人は見かけによらないってことか。
対してガイゼルは、ディランの言葉が不満だったようで顔を歪めている。
一年もかかってしまったけれど、こっちはそろそろ限界が来そうだな。僕を見る時も険しい表情をしているし、もしかしたら既に嫌われているかも。
……そうだ。早く嫌えばいい。どうせゲームが始まれば二人とも散々僕を蔑むのだから、今歩み寄ったところで何の意味もない。
僕だって歩み寄る気は微塵もない。攻略対象者であり僕の……悪役の敵であるこの二人相手なら尚更だ。
きらきら光る青い目をじっと見てから、ふいっとそっぽを向くと、ガイゼルが息を呑んだ。
「っな……! 何だその反応……⁉」
「おい、フェリの前で大声を出すな」
「知らねぇよ! クソッ……くだらねぇ!」
ガイゼルが苛立った様子で「やってられっか!」と声を上げる。
それからすぐに、荒い足音と共に扉が開閉される音が響いた。どうやら僕の態度に怒って出ていったらしい。ようやくか……と肩をすくめて身体を丸めた。
それからふと、ディランは出ていかないのだろうかと思い、わずかに振り返る。
いつも通り感情の読めない赤い瞳と目が合って、数秒じっと見つめ合った。やがて目がふっと細められて、ディランが何故かそっと僕の頬を撫でてきた。
「許してやってくれ。お前に構ってもらえなくて拗ねているんだ」
ガイゼルが拗ねるなんて、嘘をつくにも程がある。
少しむすっとしながら、黙ってその目を見返す。
するとディランは、困り顔で微笑んだ。
「……嘘だと思うか? まぁ、あいつは分かりにくいからな」
そんな姿に、分かりにくいのはそっちこそ同じだろう、なんて言いたくなるのをそっと呑み込んだ。絶対に声を発さないと決めたのだ。そもそも、赤ん坊の口では単語すら喋れないだろうけど。
寝返りを打つのと同時に、また視線を逸らす。
「フェリ」
その時、また愛称が一文字一文字を確かに噛み締めるように紡がれた。
鼓動が音を立てて、指先がピクッと動く。振り返る衝動だけは寸前で堪えた。
「フェリ、不甲斐ない兄ですまない。お前がどうして心を閉ざすのか、俺達には分からない。病気ではないと医者が言っていたから、きっとフェリ自身に何かあるんだろう」
「……」
「急かしているわけではない。ただ、これだけは信じてくれ。俺達はお前のことを何があっても、何者からも守ると誓う。だからフェリは安心して……──」
その瞬間、もし僕が言葉を発せたなら、きっと彼を嘲笑しながら嘘吐きだと詰っていたことだろう。
僕を害するその何者こそがあんた達だっていうのに。信じろ、なんて薄っぺらい誓いにしか聞こえない。信じられるはずがない。
家族なんて所詮紛い物だ。血の繋がりに意味なんてないし、価値もない。嫌われる奴は、家族も他人も関係なくとことん嫌われるのが真理なのだから。
何も響かない茶番みたいなセリフはいいから、ディランもガイゼルのようにさっさと僕を見限ってほしい。
ぎゅっと手を握って、身体を丸める。
「……フェリ」
背後でディランが小さく溜め息を吐くのが聞こえた。
やっと諦めたか、と肩の力を抜いた瞬間、急にぬっと伸びてきた腕が僕の身体を持ち上げた。突然のことに目を丸くすると、僕を抱きかかえたディランは、満足そうに頬を緩めて歩き出す。
そしてどこに向かうのかと狼狽える僕を見下ろすと、やっぱり感情の読めない瞳を細めて言った。
「籠り切りは退屈だろう。たまには動かないとずっと歩けないままだぞ」
ディランに半ば強制的に連れられたのは公爵邸の庭園だった。今の季節に相応しい春の淡い花々が美しく咲くそこには何故か家族全員が集まっていた。
そこにはついさっき苛立たしげに部屋を出ていったガイゼルも居て、僕を見るなり気まずそうに視線を逸らす。目も合わせたくないのだろうと解釈し、僕もそれきりガイゼルを見ることはやめた。
ちょうど散歩をしていたらしい三人が居合わせてしまったことに少しだけ焦燥を抱いたが、すぐに冷静になって俯く。
別に機嫌を窺う必要なんてない、むしろこれで嫌われるなら好都合だ。
「まぁ! フェリが外に出るなんて珍しい」
ほくほくした表情で近付いてくるのは、僕――フェリアルの母であり公爵夫人のクロエだ。
この人物はゲーム内であまり登場しなかったので特に印象がない。隣に立つエーデルス公爵と同様に、ディランとガイゼルいずれかのルートのみ登場して、ひたすらフェリアルを嫌っていた記憶だけがうっすらある。
その後ろから同じく近付いてくる僕の父――公爵が首を傾げる。
「フェリが外に出たいと言ったのか?」
「……いえ、俺が無理やり。籠るばかりでは一向に体力がつかないと判断したので」
その問いに、ディランは無表情のまま淡々と答えた。公爵は「そうか」と眉尻を下げて微笑むだけで、あとは何も言わなかった。
意外だな、とディランをそっと見上げる。確かに無理やり連れてこられたのは事実だけれど、ディランがそれを正直に答えるとは思わなかった。常に浮かべている何にも興味のなさそうな表情もあって、僕の意見を蔑ろにしない言い方に違和感すら抱く。
ディランをじっと見つめていると、ふいに正面から小さな笑い声が届いた。
視線を移すと、そこには苦笑する公爵とくすくす笑う夫人が寄り添い立っている。
「フェリとディランは似た者同士ね」
似た者同士。理解できないその言葉に眉を顰めた。
まったく読めないが美しいこの兄と、薄気味悪い人形の僕のどこが似ていると言うのだろう。
夫人はおかしな人だなとそっぽを向くと、「あら……」と残念そうな溜め息の気配がした。
「フェリ。少し歩いてみるか」
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