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フェリアル・エーデルス
389.ずっと
しおりを挟むライネスの大公位継承。あの有名な北部の主が大公位を子に継承するということで、その日は帝国中の関心がヴィアス大公家へと向けられた。
立ち会ったのは大公家と縁がある上位貴族と皇室。大公の弟ということで本来立ち会うべき存在の皇帝陛下は、諸事情があるとかで式には現れなかった。その代わりとして、皇太子であるレオが訪れた。
他との関わりの薄い大公家と、縁のある貴族たち。そういうこともあって、式に参加した人の中には見慣れた顔が多かった。
皇室のレオに、シュタイン伯爵家のローズ。パパとは長い付き合いだという前魔塔主さままで。大公家というだけあって、縁のある貴族はすごい人が多い。
その日のパパとライネスはとっても素敵だった。普段よりも着飾った豪華な衣装に、大公家の証という金の宝石が施された小さな冠。
証と位を継承する二人はキラキラ輝いて見えて、荘厳な式だからとちょっぴり恐れていた眠気は一向に襲ってこなかった。ほっ。
そうして式が終わり、静寂が広がっていた大広間に和やかな空気が流れ始める。
長時間座って少し疲れてしまった僕は、兄様達とお父様たちの視線をかいくぐって庭園へ抜け出した。
パパと大公妃さまは、長年の上位貴族の友人達と楽しそうにお話しているみたい。でも、あれ?ライネスがいない。お花摘みかな、うむ。
庭園をてくてく歩き、少し開けた場所で立ち止まる。あまり奥に行くと迷ってしまうからこの辺りで我慢だ。
小さな噴水に近付き、飛んでくる水しぶきをあわわと受け止める。服がちょっぴり濡れてしまったけれどバレない程度、おけおけと頷いていると、不意に濡れたはずの服が暖かい風でぱっと乾いた。
「むっ!」
なにごと、とびっくらこいて振り返る。そこに立っていた人物を視認してぴたっと硬直した。
「フェリ。水遊びは動きやすい恰好の時にした方がいいよ」
「ぬん……水遊びじゃないっ!お散歩してただけっ」
長い黒髪は今日は編み込まれていて、交差したところ一つ一つに鮮やかな花が飾られている。まるでおめかしした塔の上のプリンセスみたいな髪型だ。すてき。
獅子みたいな金色の瞳を優しく緩めてゆっくりと近付いてくる。子ども扱いされてふんすふんすな僕の正面まで来ると、膨らんだ僕の頬を指でぷしゅーっと潰してぎゅうっと抱き締めてきた。なにごとか。
突然のぎゅーに真っ赤っかな僕を見下ろし、今日の主役のライネスがふにゃあと微笑んだ。
「ふふっ、今日は一段と可愛いね。髪型も素敵だし衣装も可愛い。あ、お化粧もしてるの?道理でふくふくほっぺがいつもより輝いて見えると思った。かわいい」
「むぅ……」
ふくふく、とほっぺを摘ままれたり髪を淡く撫でられたり。ライネスとお出掛けした時に一緒に買った黒い正装も、全部まとめて可愛い可愛いとライネスが褒めちぎる。
嬉しいけれど……嬉しいけれど、ちょっぴり複雑。かわいいじゃなくてかっこいいでしょ、と言ってあげたいところだけれど、ライネスがあんまり幸せそうな表情をするものだから何も言えない。むぅ。
「……ライネスも素敵だよ?はっ!もう大公さまって呼んだ方がいい?」
「だーめ。フェリにはずっとライネスって呼ばれたい。それか……旦那様でもいいよ?」
大公位を継承したライネスをちょっぴり茶化すつもりで言ったセリフ。当然のように返り討ちにあって胸がどきどき。だ、だ、旦那様って!むぅ……。
あわあわとぐるぐる回る瞳をなんとか戻して深呼吸すーはーすーはー。僕があわわっとなっている間にもライネスはニコニコで僕をぎゅっとして、不意になんてことないみたいに呟いた。
「そうだ、婚約発表はいつにしようか。いっそのこと今日でも良かったんだけれど……」
「めっ!今日はライネスとパパたちが主役なの。僕は目立っちゃだめ。ひっそりこっそりするの」
何がツボに嵌ったのか、ライネスが「ひっそりこっそり……!」と悶絶し始めた。グハッやらウッやら呻く姿はさながら鼻血ぷしゃー中のシモンだ。
ぐぬぬと悶絶に耐えるライネスをぎゅーっと抱き締め返して、改めて今日のお祝いを伝えるために頭をうりうり擦り付ける。むぎゅーっ。
「ライネスおめでとう。大公さまになったね。おめでとう」
ピタッと一瞬硬直したライネスが、次の瞬間とっても強い力でむぎゅーっと僕の体を抱え込んだ。ぐぅ、ちょっぴり苦しいでござる……。
「……うん。ありがとうフェリ。今度は、ひとりぼっちで継がなくて済んだ。ちゃんと父上の手から冠を受け取れてよかった。本当にありがとう……」
呟きみたいに零れたそれに目を見開く。きっとみんな時間と共に忘れていっているであろう一度目の記憶を、ライネスは今もまだ鮮明に覚えているのか。
まるで昨日のことのように涙を流す。この涙こそが証拠だ。
ライネスも、本当はずっと怖かったのかな。いつこの幸福が終わるのかって、ずっと。
一度目の記憶にライネスの姿はほとんどない。僕とライネスに大した関わりはなかったはずだ。だから、僕はライネスの一度目の人生をあまり知らない。家族を亡くして、ずっとひとりぼっちだったということだけ覚えている。
「……ライネス。もうひとりぼっちにはならないよ。僕も、パパも、大公妃さまもいるよ」
あ、もう大公妃さまじゃなくて、前大公妃さまか。あれ、違うかな。うーむ、呼び方がちょっぴり曖昧。あとで大公妃さまに聞いてみよう。
なんて、少し呑気なことをふと思いながら語った言葉は、どうやらライネスの心に強く響いたらしい。
「うん、うん……ありがとうフェリ。愛してるよ。もう、ひとりぼっちにならないように……ずっと私と、一緒にいてくれる?」
獅子のように強い力を感じるいつもの金色の瞳は、今は頼りなさげにしょぼんと揺れている。
それを見て頬が緩んだ。ぎゅっと抱き締め返して、ぽんぽんと背中を撫でてあげる。こう見えてちょっぴり気弱で大好きな人に、いつもみたいにふわりと微笑みを返した。
「うん。ずっと、ずーっと一緒だよ」
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