391 / 400
フェリアル・エーデルス
386.フェリアル・エーデルス
しおりを挟む「ユウマ!」
ぽわぽわとした光になって消えかける。小さな子猫をぎゅうっと抱き締めてそれを阻止しようと足掻いた。
猫が突然光になって消えるなんて普通じゃない。何かまた、マーテルだとか神殿だとか、そういう類の敵でも現れたのだろうか。罪のない子猫に何をしようと……。
混乱をどうすることも出来ずに慌てていると、尋常ではない僕の様子に気が付いたらしいシモンとグリードが駆け寄ってきた。二人も僕と同様、光になって消えていくユウマを見て目を見開いている。
「これは、まさか……」
何かを察したのか。グリードが不意に目を見開いてユウマを僕の手から引き離した。
驚いて反射的に伸ばした手をひょいっと躱し、グリードは問答無用で距離を離してユウマを地面に下ろす。引き留めるものが何もなくなったユウマの体は、さっきよりも更に強く光って消える速度が速くなっていった。
「どうして……!なにするのっ!」
ユウマの足が透明になっている。どうやらもう立てないらしい。
グリードの行動が理解出来なくて、半ば発作をするように涙を滲ませる。背後からシモンにぎゅうっと抱き締められたことで少し冷静さを取り戻し、呆然と地面に座り込んだ。
視線の先には凪いだ虹色の瞳。ついさっき思い浮かべていた彼の瞳と重なって思わず息を吞む。そんなはずはないと否定が浮かんだけれど、同時にまさかという驚愕も湧いた。
突然光って消えてしまうなんて、ただの猫じゃない。そう、ただの猫じゃなかったんだ。この子は……『優馬』は。
「……優馬」
ほんの小さな呟きは、きっと僕と彼にしか聞こえなかった。
さっきまで絶え間なく響いていた周囲の雑踏も、シモンやグリードの心配の声も聞こえなくなる。最期の数秒、猫が人の姿に変わったような気がした。
色素の薄い髪の色。こことは違う世界の、現代的な制服を着た青年。やがてそれは真っ白な装束に変わって、神々しいくらいの純白の髪に伸びていく。
虹色の瞳が、まるで神様みたいに悪戯っぽく弧を描いた。
幻覚だってことは分かっている。
大嫌いな彼はとっくに消滅して、何処を探したってもう会えない。会いたくもない。
けれど、最後に聞こえた声も幻聴だったなんて、不思議とそうだとは認めたくなかった。
「──おめでとうフェリアル。バッドエンドだね」
* * *
「フェリ!」
大好きな人の声が聞こえてハッと我に返った。
つい数秒前に直面していたはずの不思議な空間はそこにはなくて、気付くと馬車の中にいた。小窓の向こうにはさっきまでいた広場が見えて、あぁ誰かに運ばれたのかとぼんやり察する。
数秒ぼーっとしていると、再び「フェリ……!」と強く呼び掛けられた。
ビクッと肩を揺らして視線を彷徨わせる。至近距離にあった金色の瞳に焦点を合わせて、ハッと目を見開いた。
「ライネス……?」
「フェリ!よかった……呼びかけても全然返事しないから、びっくりしたよ……」
暖かな腕の中にむぎゅーっと包み込まれる。サラリと流れ落ちてきた黒髪が頬を撫でて擽ったい。思わず目を細めて、艶やかな髪を一束きゅっと握った。
……本当にライネスだ。北部にいるはずのライネスが、本当に今ここにいる。
まだ少し霞んだ頭で「どうしてここに……」と問い掛ける。ライネスはぱちくりと瞬いて、それは……と呟きながら困ったように眉を下げた。
「ユウマが、目の前で突然姿を消したんだ。魔力を追って慌てて転移したら、あの広場に……。フェリが居たから声を掛けようとしたら、ユウマは消えるしフェリは倒れるしで大騒ぎだったよ」
詳しい話を聞くに、どうやらユウマはライネスと戯れていた最中に突然ぽっと消えてしまったらしい。
後を追って転移すると、そこには光になって散っていくユウマと倒れ込む僕がいた。何度声を掛けても僕は起きなくて、その間にユウマは完全に消えてしまったのだとか。
……おかしい。一度も倒れた感覚なんてなかったのに。気付けばユウマと二人きりの空間にいて、音も何もかも聞こえなくなって。それで……最後は。
「……バッドエンド」
不穏で物騒なその言葉は、けれどどうしてか穏やかなものに聞こえた。
僕にとっては、どちらかというと『ハッピーエンド』の方が耳に障る。だからきっと、あの言葉に籠っているのは憎しみでも恨みでも、後悔でも怒りでもない。
彼は笑っていた。深い考えなんて何も抱いてないみたいな、それこそ神が浮かべるような、とことん無垢で純粋な悪戯っぽい笑みで。
「バッドエンド?」
ライネスの声が聞こえてハッとする。そこでようやく頭が覚醒して、改めて金色の瞳をじっと見つめた。
きゅっと握っていた一束の黒髪からも手を離して、離した手をスルッと肩まで伸ばす。何も言わずにむぎゅっと抱き着くと、ライネスは困惑した表情を浮かべながらもぎゅっと抱き締め返してくれた。
じんわりと追い付く、色々な感情。真実。彼の最期。あの言葉の意味。
ゆっくり。ゆっくり全てを理解して、理解した頃には涙が止まらなくなっていた。嗚咽も漏らさず、ただぽろぽろと衝動のままに雫が頬を伝う。それを自覚した瞬間、本当に全てが決壊してしまった。
「ぁ……あぁ……」
いつからそこに居たのか、それとも僕が気付いていなかっただけか。ふと気づくとシモンもグリードも傍にいて、止まらない涙を見られるのが恥ずかしくて慌てて止めようにも、やっぱりどうにもならなかった。
あわあわと抱き締めてくるライネスに縋りつく。縋り付かなければ、この体が今にも彼のように光になって散ってしまいそうな気がして。
理解してしまった。
フェリアル・エーデルスの……悪役だった僕に勝手に存在意義と結末を与え続けた主人公。
主人公は全てに敗北して、未練も何もかもをたった今果たし切った。全て果たして、完全に消えてしまった。勝手に決めたシナリオも運命も全てを捨て去って。
予言書も何もない、不透明な未来だけを嘗ての悪役に残して。
数千年続いた物語はバッドエンドで幕を閉じた。
主人公の完全な死によって。
210
お気に入りに追加
13,320
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました
綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜
【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】
*真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
悪役令息、ダリル・コッドは知っている。
この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。
ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。
最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。
そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。
そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。
(もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)
学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。
そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……――
元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。