余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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フェリアル・エーデルス

355.存在価値(ライネスside)

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 フェリをベッドに寝かせるシモンを背後から眺める。
 二人はいつもこうして眠る前の時間を共有しているのだろうか。赤の他人であれば殺してしまいたい程の殺意が湧くその想像も、フェリの相手がシモンだと考えれば特に不満は湧かなかった。
 シモンとフェリは最早、一心同体の存在と言える。関係がどうの立場がどうのと言える間柄ではないのは、他人の私であっても見ていれば分かる。

 絶対的な絆で結ばれた二人。そんな二人の形に変化を生んでしまったのは、間違いなく私だ。
 初めから最後まで不変であるはずの二人は、私が介入したことで変化を余儀なくされてしまった。


「……大公からのお叱りが無くて良かったです」

「え……あ……そうだね」


 小さな声でぐずるフェリを優しく寝かし付けるシモン。手慣れた様子に穏やかな感情を抱く。
 そうだ。少し帰りが遅くなってしまったが、父上に大して咎められなくて良かった。大方フェリの首元にあったキスマークに気が付いたのだろう、射殺すような威圧的な視線はかなり危機を感じたが……。

 フェリが眠っていたお陰で見逃されただけで、きっと明日は逃れられないだろう。父上のあの嬉しそうな、だが恨ましそうな複雑な感情が入り混じんだ瞳が脳裏から離れない。八つ当たりされなければいいが。
 微かに苦笑する。それと同時に、フェリの寝かしつけが終わったらしいシモンが振り返った。


「……すみません。少し、話せますか」


 想定内の言葉。勿論躊躇なく頷いて、シモンと共に部屋を出た。



 * * *



 訪れたのは大公城の庭園。と言っても、あまり奥まで行くと迷ってしまいそうなくらい広いので入り口から程近い場所に。
 城内はまだ可能性があるが、こんな時間に庭園を歩く使用人はまずいない。話をするならこの場所が一番良いはずだ。だが少し風が気になるか……北部の者以外にはこの風は少し辛いかもしれない。

 魔法で暖かい風を起こす。一定の狭い範囲内に吹かせ続けるくらいならあまり魔力を消耗しない。起こした風をシモンが立つ辺りに配置すると、緑の瞳が軽く見開かれた。


「わ、凄いですね。突然暖かくなりました。ありがとうございます」


 不思議そうに手を伸ばして私の風と自然の風の境界線に触れるシモン。何と言うべきか、こういう時のシモンはフェリに良く似ている。従者は主に似るとよく言うが、その類なのだろうか。


「フェリアル様なら、きっと瞳を輝かせてこの風に触れていたでしょうね」


 こういう時でも考えるのはフェリのことだけか。少し苦笑する。まぁ全く意外ではないが。
 時々、シモンの頭の中身を見てみたくなる。大方予想はつくが、一体どんな構造をしているのかと。やっぱり九割がフェリ関連のことで埋まっているのだろうか。いや、十割か。
 シモンは深い所では分かりにくい。一見フェリ至上主義の分かりやすい人間に見えるが、実際は誰よりも分かりにくい。本音の読めない人物だ。

 特に、感情が分からない。この世界に対して、神に対して、多くの知人に対して、私に対して……そして、フェリに対して。シモンの感情は、全てが良い所で上手く隠され曖昧になっている。
 願望も不確実だ。欲しいものや、望む未来。シモンの考えは本当に、考えれば考える程分からなくなる。


「あ、そうでした。すみません、お祝いの言葉がまだでしたね」


 風に触れていたシモンがふと振り返る。柔く浮かんだ微笑みに邪気は無い。心からの笑みに見えるが、実際はどうだろうか。


「無事にフェリアル様と結ばれたんですね。おめでとうございます」


 祝いの言葉には心からの安堵と喜びが籠っている。それに少しだけ驚いた。
 少しくらいは嫉妬の色だとかが宿ると思っていたのに。そして私は、それを覚悟していたというのに。まさかこんなにも手放しで喜ばれるなんて。いや、これも想定内だが、何となく想定外でもある。


「……あぁ、ありがとう」


 君のお陰だよ。そういう類の言葉を口にしようとして辞めた。何となく、その言葉は今この場に向いていないような気がしたから。
 短い返答にもシモンは淡く微笑むだけ。その表情を見て、焦燥にも似た何かが湧き上がる。シモンの言葉を待つのではなく、私から何かを伝えなければならないのではないか。不意にそう思った。


「シモンは、その……」


 伝える言葉が決まらないままに声を上げる。それさえ既に察しているのか、シモンは静かに凪いだ瞳で黙り込んだ。
 その冷静な表情に少し焦燥が紛れる。落ち着いた頭で考えて、その思考を言葉にした。


「……シモンは、これで良かったと本当に思ってる?」


 思い返すのは、想いを交わした時のフェリの真っ赤な表情。照れたような、けれどどこか幸せそうな。私はこれ以上ない幸福だと思ったが、シモンはどうだろうか。
 フェリの幸福な結末を誰より願うシモンは、今日の出来事に満足しているのだろうか。納得出来ているのだろうか。

 少し俯かせた視界ではシモンの表情は見られない。数秒の沈黙の後、案の定感情の読めないシモンの声が返ってきた。


「えぇ。良かったと思いますよ。フェリアル様はこれで、どんな台本にも無かった新たな人生を歩むことが出来る」


 どんな台本にも無い新たな人生。この先何が起こるか一切分からない、不確かな人生。
 未来も結末も、その時の当人にしか決められない。誰も干渉出来ない。そんな新たな人生を、フェリはこれから歩むことになる。それがシモンの望んだフェリの幸福。


「これで、俺の存在価値も殆ど無くなってしまいましたね」


 ふとシモンが語った言葉。それに驚いて息を呑み、慌てて顔を上げる。
 視界に映ったシモンの寂し気な表情が忽ち脳裏に焼き付いた。

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