357 / 397
フェリアル・エーデルス
355.存在価値(ライネスside)
しおりを挟むフェリをベッドに寝かせるシモンを背後から眺める。
二人はいつもこうして眠る前の時間を共有しているのだろうか。赤の他人であれば殺してしまいたい程の殺意が湧くその想像も、フェリの相手がシモンだと考えれば特に不満は湧かなかった。
シモンとフェリは最早、一心同体の存在と言える。関係がどうの立場がどうのと言える間柄ではないのは、他人の私であっても見ていれば分かる。
絶対的な絆で結ばれた二人。そんな二人の形に変化を生んでしまったのは、間違いなく私だ。
初めから最後まで不変であるはずの二人は、私が介入したことで変化を余儀なくされてしまった。
「……大公からのお叱りが無くて良かったです」
「え……あ……そうだね」
小さな声でぐずるフェリを優しく寝かし付けるシモン。手慣れた様子に穏やかな感情を抱く。
そうだ。少し帰りが遅くなってしまったが、父上に大して咎められなくて良かった。大方フェリの首元にあったキスマークに気が付いたのだろう、射殺すような威圧的な視線はかなり危機を感じたが……。
フェリが眠っていたお陰で見逃されただけで、きっと明日は逃れられないだろう。父上のあの嬉しそうな、だが恨ましそうな複雑な感情が入り混じんだ瞳が脳裏から離れない。八つ当たりされなければいいが。
微かに苦笑する。それと同時に、フェリの寝かしつけが終わったらしいシモンが振り返った。
「……すみません。少し、話せますか」
想定内の言葉。勿論躊躇なく頷いて、シモンと共に部屋を出た。
* * *
訪れたのは大公城の庭園。と言っても、あまり奥まで行くと迷ってしまいそうなくらい広いので入り口から程近い場所に。
城内はまだ可能性があるが、こんな時間に庭園を歩く使用人はまずいない。話をするならこの場所が一番良いはずだ。だが少し風が気になるか……北部の者以外にはこの風は少し辛いかもしれない。
魔法で暖かい風を起こす。一定の狭い範囲内に吹かせ続けるくらいならあまり魔力を消耗しない。起こした風をシモンが立つ辺りに配置すると、緑の瞳が軽く見開かれた。
「わ、凄いですね。突然暖かくなりました。ありがとうございます」
不思議そうに手を伸ばして私の風と自然の風の境界線に触れるシモン。何と言うべきか、こういう時のシモンはフェリに良く似ている。従者は主に似るとよく言うが、その類なのだろうか。
「フェリアル様なら、きっと瞳を輝かせてこの風に触れていたでしょうね」
こういう時でも考えるのはフェリのことだけか。少し苦笑する。まぁ全く意外ではないが。
時々、シモンの頭の中身を見てみたくなる。大方予想はつくが、一体どんな構造をしているのかと。やっぱり九割がフェリ関連のことで埋まっているのだろうか。いや、十割か。
シモンは深い所では分かりにくい。一見フェリ至上主義の分かりやすい人間に見えるが、実際は誰よりも分かりにくい。本音の読めない人物だ。
特に、感情が分からない。この世界に対して、神に対して、多くの知人に対して、私に対して……そして、フェリに対して。シモンの感情は、全てが良い所で上手く隠され曖昧になっている。
願望も不確実だ。欲しいものや、望む未来。シモンの考えは本当に、考えれば考える程分からなくなる。
「あ、そうでした。すみません、お祝いの言葉がまだでしたね」
風に触れていたシモンがふと振り返る。柔く浮かんだ微笑みに邪気は無い。心からの笑みに見えるが、実際はどうだろうか。
「無事にフェリアル様と結ばれたんですね。おめでとうございます」
祝いの言葉には心からの安堵と喜びが籠っている。それに少しだけ驚いた。
少しくらいは嫉妬の色だとかが宿ると思っていたのに。そして私は、それを覚悟していたというのに。まさかこんなにも手放しで喜ばれるなんて。いや、これも想定内だが、何となく想定外でもある。
「……あぁ、ありがとう」
君のお陰だよ。そういう類の言葉を口にしようとして辞めた。何となく、その言葉は今この場に向いていないような気がしたから。
短い返答にもシモンは淡く微笑むだけ。その表情を見て、焦燥にも似た何かが湧き上がる。シモンの言葉を待つのではなく、私から何かを伝えなければならないのではないか。不意にそう思った。
「シモンは、その……」
伝える言葉が決まらないままに声を上げる。それさえ既に察しているのか、シモンは静かに凪いだ瞳で黙り込んだ。
その冷静な表情に少し焦燥が紛れる。落ち着いた頭で考えて、その思考を言葉にした。
「……シモンは、これで良かったと本当に思ってる?」
思い返すのは、想いを交わした時のフェリの真っ赤な表情。照れたような、けれどどこか幸せそうな。私はこれ以上ない幸福だと思ったが、シモンはどうだろうか。
フェリの幸福な結末を誰より願うシモンは、今日の出来事に満足しているのだろうか。納得出来ているのだろうか。
少し俯かせた視界ではシモンの表情は見られない。数秒の沈黙の後、案の定感情の読めないシモンの声が返ってきた。
「えぇ。良かったと思いますよ。フェリアル様はこれで、どんな台本にも無かった新たな人生を歩むことが出来る」
どんな台本にも無い新たな人生。この先何が起こるか一切分からない、不確かな人生。
未来も結末も、その時の当人にしか決められない。誰も干渉出来ない。そんな新たな人生を、フェリはこれから歩むことになる。それがシモンの望んだフェリの幸福。
「これで、俺の存在価値も殆ど無くなってしまいましたね」
ふとシモンが語った言葉。それに驚いて息を呑み、慌てて顔を上げる。
視界に映ったシモンの寂し気な表情が忽ち脳裏に焼き付いた。
236
お気に入りに追加
13,552
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。


【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。