上 下
359 / 400
フェリアル・エーデルス

354.見えない本心(後半ライネスside)

しおりを挟む
 
 気付くと、花火はとうに終わって広場を埋めていた人混みもぱっと消え去っていた。
 ライネスにちゅっちゅされている間に大分時間が過ぎていたらしい。僕の首元にちゅーっと吸い付いていたライネスを慌てて引き剥がして、はやく帰らねばと動き出す。


「ライネス。ライネス。パパに怒られちゃうよ。早く帰らないと」

「うん……?あぁ、そうだね。父上が煩いだろうし、そろそろ帰ろうか」


 にこっと微笑み、ライネスは僕をひょいっと抱き上げてバルコニーから中へ入った。抱っこされなくてもきちんと歩けるのに……むぅ。
 不満げに足をぷらんぷらん。肩にうりうり。そんな僕の行動をライネスは楽しんでいると解釈したのか、幼子を見つめるみたいにニコニコしている。むぅ。


「ごめんねフェリ。花火、あまり見られなかったね」

「ライネスがいっぱいちゅーするから、最後まで見れなかった……」

「うっ、本当にごめんね……っ」


 ゆるしてーと頬擦りするライネスをぺしっと押しのける。なんだか急に距離が近くなった気が……。
 流石にちゅっちゅしすぎなので「めっ」と軽くライネスを制す。しょぼんと落ち込んだ様子を見せるライネスだけれど、きちんと制止の言葉は聞いてくれたのでよきよき。

 ちゅーの嵐が収まったところで力を抜き、ライネスの肩にぽんと頭を置く。ちょっぴり疲れた……。
 そういえばいま何時なのかな。花火が始まったのが普段眠りにつく時間だから、きっと深夜に近くなっていると思うけれど。
 なんて、そんなことを考えていたら途端に眠気が襲ってきた。重い瞼をなんとか上げてこっくりこっくりを堪えていると、その我慢をぺしっと放るように頭に触れる大きな手。


「眠いなら寝てもいいよ。今日は色々あったから、ゆっくり休んで」


 なでなでと髪を梳くように撫でられると、びっくりするくらいすーっと意識が遠のいていった。
 むねん。今日はずっと起きていようと思っていたのに……むにゃむにゃ。




 * * *




 肩にぽすっと置かれた小さな頭。撫で心地の良い髪を優しく撫でてあげながら、緩む頬をそのままに時計塔の階段を下る。その間、つい数分前に起きた夢のような出来事を思い返した。

 私と一緒にいるとドキドキするのだと、そう語るフェリの顔は真っ赤で流石の私も自意識過剰な考えを咄嗟に浮かべた。小さな手が私の手を掴んで触れさせたそこからも、まるでフェリと居る時の自分の鼓動くらい高鳴っていて……一気に衝動が湧き上がったのは、その時だった。
 告白は反射的に口に出た。言わなければと、咄嗟にそう思った。あの普段とは違う非現実的な空間、空気に急かされたような気もした。

 まさかフェリが、私の想いを受け入れてくれるなんて……。
 まだ直接的な気持ちを言葉にして聞いてはいないけれど、それでもフェリが私を好いてくれているのは確実だと、それだけは流石の私でも理解出来る。あの雰囲気だ、そうでない方が驚く。
 混乱するとぶっ飛んだ言動をするフェリのことだから、好きの一言の前にあんな小悪魔的なことを言ってしまったのだろう。一瞬誘われているのかと勘違いしてしまうところだった。純粋無垢なフェリは絶対にそこまで考えていないだろうと直ぐに悟ったから良かったものの。


「ぅー……むぅ……」


 ふと腕の中から聞こえた声にハッと我に返る。
 階段を下りる軽い衝撃が不快だったのだろうか。眉を寄せて可愛すぎる不満顔を浮かべるフェリを見下ろし、あまりの愛おしさに一つ口付けを落としてしまった。唇にしたいのを泣く泣く我慢して、ふくふくともごもご動く可愛い頬に。


「ごめんね……揺れるの嫌だよね……」


 私としたことが。眠っているフェリへの最大限の配慮を怠ってしまうなんて。
 直ぐに階段を足で降りるのを止めて魔力を解放する。音が出ないよう注意して風を起こし、手摺を超えてゆっくりと地面に着地した。普段あまり魔法を使わないからか、風で飛べることを定期的に忘れてしまう。

 大公城へも飛んで帰るべきだろうか?しかし住民にその姿を見られてしまう可能性もある。軽く悩みつつ時計塔の扉を開くと、途端に肌を刺す北部特有の冷たい風。
 慌ててフェリをぎゅっと抱え直し、脱いだ状態だったフードで頭を隠してあげる。冷えやすいふくふくほっぺは私の手で覆って暖めておこう。

 そうしてフェリの防寒を整えた後、早く暖炉で暖まった部屋に連れて行ってあげなくてはと風を起こす。軽く飛び立とうした瞬間、暗闇の中から不意に呼び掛けられ咄嗟に動きを止めた。


「公子」


 この呼び方、声。シャルルでは無いことを直ぐに察して声が聞こえた方へ視線を向ける。
 暗闇に溶け込んでいた茶髪が不意に視界に映る。私を呼び掛けておきながら、澄んだ緑の瞳は真っ直ぐにフェリを射抜いていた。


「……シモン」


 フェリを抱く腕に力が籠る。この妙な空気は一体何なのか。普段通りに会話を始めれば良いものを、何故か声を上げられない。
 ぐっと口を噤む。一声も発しないながらも、眉を寄せたり瞳を揺らしたりと忙しない私とはまるで違う。

 澄み切った緑の瞳からは、感情が一切読み取れなかった。

しおりを挟む
感想 1,700

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。