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【聖者の薔薇園-終幕】
326.もんもん
しおりを挟む不意に目が覚めた。
何だか記憶が曖昧で、頭の中がぽーっとしている。ふらりと起き上がると体に掛けられていた毛布が剥がれて、そこでここが自室のベッドの上であると察した。
ぱちくりとゆっくり瞬きを数回繰り返す。やがて鮮明になっていく意識のまま、視線がシモンを探してきょろきょろと動いた。目が覚めた直後の癖だ。初めの『おはよう』を言う相手はシモンであることが多いから。
けれど、いない。どれだけきょろきょろ見渡しても、夕暮れの日の光が射し込むちょっぴり暗い室内に、シモンの姿は見えなかった。
仕方がないので自分で探すことにして、よいしょよいしょとベッドの中央から端へ。下りようと床を覗き込んだ瞬間、ぶわっと湧き上がった違和感に硬直した。
「う……?」
なんだろう……すっごく、高い。高層ビルの最上階かなと思うくらい、高い。
いつもならひょひょいっと両足を下ろして、すたっと普通に立ち上がる。それなのに、今はそれが出来そうになかった。
恐怖を堪えながら投げ出す両足。ぷらんぷらんと床につくはずの足は、何故かぽてぽてちっちゃくて短くて床までは程遠い。
おまけに心なしか頭が重いし、体もスラッとしているというよりはぽてっとまんまる。ここまで確認してようやく、あれ?なんかちっちゃくない?と全てを悟った。
「し、もん……もん、もん」
声も何だかおかしい。さらさら流暢に言おうにも、何故だか突っかかって舌足らずになってしまう。
もんもんともぐもぐ呟きながら、ベッドの端にしがみついて何とか床へ。着地する時にぽてっとすっとお尻を地面に打ってしまったけれど我慢だ。いたくない、いたくないもの。
んーっ!と力んで立ち上がろうと試行錯誤。どうしても四つん這いからの前屈という体勢から前に進まない。
ぽてぽて足をぷるぷる震わせながら、やがて何とか立ち上がることに成功。両腕を前にぴんと伸ばしたゾンビみたいな姿勢で、よちよちと足を踏み出した。
「もん、もん……し、もんっ」
それにしても、本当にシモンはどこにいるんだ。ケーキを作る為といって消えてから未だ姿を見せない。僕が嫌いになったわけじゃないよねと何だか不安定な情緒のままぶんぶんっと軽く暴れる。
ムーッ!と手当たり次第にぺちぺちぺしぺしして数秒。すぐに謎の怒りが収まったことに安堵して、もう一度よちよち。
ちょっぴり開いていた扉からぽてぽて廊下へ。
シモンが普段使っている厨房は一階だから、まずは階段を下りないと。なんて妙に冷静に考えつつよちよちと進んでいく。
やがて階段が見えてぱぁっと表情を輝かせ、ぽてぽてとことこと小走りで急ぐ。ぬっと覗き込み、何故か一段一段とっても高いような気がしてしゅん……と眉を下げた。
「う、うーっ……もん、もん……」
しばらくその場でよちよちしていたけれど、やがてぬっと決心して踏み出した。
一段目を踏み締めようとしたその瞬間。不意にぐらっと傾いた体と同時に、背後から酷い焦燥に塗れた叫ぶような声がぶわっと届いた。
「フェリアル様ッ!!」
スローモーションの視界。ぐらっと落ちていく感覚がしたけれど、実感が湧かないままぽーっとする。
すると不意に背後からガシッと体を抱き寄せられ、前のめりだったはずの体が後ろ向きにぽすっと倒れた。
ぱちくりしながらぽてっと座り込む体を、背後からぎゅーっと震える腕で抱き締める誰か。
そろりと見上げると、そこには恐怖に滲んだ表情で浅く呼吸を繰り返すシモンの姿があった。
「部屋に戻ったらっ、フェリアル様がいなくなっていて……ッ、どれだけ恐怖したことか……!」
むぎゅーっと強くなる抱擁。シモンが泣きそうな顔で震えるなんて滅多にないことだから、何だかびっくりして……そして、何故かつられて顔を真っ赤にして泣き出してしまった。
「ぅ……うっ、うーっ」
「あっあっ……!ごめんなさいフェリアル様っ、急におっきな声出したからびっくりしちゃいましたねっ……よしよし泣かないで……」
「ぅ、あー……ん、もん、もん……っ」
ほっぺむにむに、頭なでなで。精一杯泣き止まそうと動くシモンのあたふたに涙が止まって、腕の中でぐるりと回転しむぎゅっと正面から抱き着いた。
コアラみたいに隙間なくぴとっと抱き着く僕を、シモンは嫌な顔一つせず寧ろ嬉しそうに抱き締め返す。何故かちゅっちゅっとおでこに口付けられ、なにごと?と思いながらもじっと静止。するとまたもやシモンは嬉しそうににまーっと笑った。
「ぶぅぶぅは終わりですか?もう俺のこと、嫌いじゃないのかな?」
「う……?もん、すき」
「もん?あっ、もんもんって俺のことですか!?」
「もん、もん」
突如ぐふっと呻いて後ろ向きに倒れ込むシモン。鼻血を垂らして安らかな表情を浮かべるシモンに乗り上げ、ぺしっぺしっと攻撃してみる。
へんじがない、ただのしかばねのようだ……。
「おれ…おれ、今日からもんもんです……もんもんでいいです……」
「もん、もん?」
どうやらシモンはもんもんらしい。もんもん、もん、もん。
もんもんっとぺちぺち叩いていると、シモンはやがて大量の鼻血を流して顔面蒼白で意識を失ってしまった。まずい、本当にしかばねになってしまう。
慌ててはわわーっと助けを呼び、誰かが来るまでもんもんをしっかりむぎゅーっと介抱してあげた。
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