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【聖者の薔薇園-終幕】

303.皇帝からの手紙

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「ひどい目にあったクマ……」

「研究材料として捕獲されなかっただけ良かったじゃないですか」

「先輩とはもう口きかないクマ。話しかけるなクマ」


 研究所の魔術師たちに追われ、レアと再会してウサくんを交えて楽しく遊び、研究個体のスカウトをするジェイさんの魔の手から逃れ……と濃すぎる一日を過ごしたクマくん。
 流石に疲労も限界に達したのか、部屋の隅でズーンと沈んでいた。そんなクマくんを励ますシモンだけれど、揶揄い過ぎたのが災いしたのか塩対応されてしまっていた。

 ごめんなさいと素直に土下座するシモンを見てようやく激おこが収まったのか、クマくんはやがてフンッと鼻を鳴らして「仕方ねーなクマ。許してやるクマ」と男前な発言をした。
 シモンをしっしと追い払い、同じく疲労困憊でぐーすか眠っているウサくんを抱えて寝転がるクマくん。どうやらお昼寝するらしい、もう夕方だけれど。
 それにしても、なんだか以前と眠る時の立場が逆転したみたいでちょっぴり驚いた。


「姫!シモン様!おかえりなさい!!」

「グリード、しーっ……!」


 バンッと勢いよく扉が開け放たれビクッと肩を揺らす。ウキウキで入ってきたのは、今日一日お留守番してシモンから指示された修行をしていたらしいグリードだ。
 慌ててしーっと言いながらちらりと振り返る。よかった、クマくんもウサくんもぐっすりで起きる気配はない。それだけ疲れたのねとほわほわ思いながら、二人にふわりと薄い毛布をかけてあげた。


「あれ、ぬい達寝てるんすか……?」


 すぐに状況を察したらしく、グリードが静かな声を発しながら入ってくる。
 頷く僕にそろりそろりと近寄ってきたグリードから、持っていたやけに豪奢な封をサッと手渡された。見覚えのない手紙の封筒だけれど、今まで見たものと比べると一番高級そうな雰囲気がある。


「ついさっき届いた手紙です。皇帝陛下からの……」

「こっ……!」


 皇帝陛下!?と飛び出そうな大声を何とか寸前で飲み込んだ。クマくんとウサくんが眠っているのだから大きな声を出してはいけない。
 とりあえずここではアレだからと三人でこそこそ廊下へ。皇帝陛下からの手紙ともなると封を切ることすら躊躇われて、あわわっとなっている間にシモンにぴゅんっと抜き取られてしまった。


「本当に陛下からの手紙みたいですね。封蝋、皇族の紋章ですよ」

「なぬっ!ほ、ほんとだ……あわわ……」


 ポケットからナイフを取り出したシモンが封を躊躇なく切って手紙を取り出す。
 そのナイフ、乾いた血がこびり付いているけれどいいのだろうか……血の付いたナイフで皇族の手紙を開けても良いものなのだろうか、そわそわ。

 どうぞ、と手渡された手紙をありがとねと受け取る。緊張でかちこちになりながらも手紙を開き、震える手を抑えながら何とか内容を確認した。


「茶会に招待したいって書いてますね。それと、帝国の英雄へ褒美を与えたいですって。陛下が直々に褒美を与えるなんて、第一の騎士団長が戦勝した時以来じゃないですか?」

「姫すげー!ガチ英雄じゃないですか!」


 がくがくぷるぷる。
 皇帝陛下からの褒美だなんて。そもそも会うことすら想像するだけでかちこち緊張なのに。お茶会って、絶対に何か粗相をしてしまう気がする。
 礼儀作法もまだまだマスターしたと言えないレベルだし、何なら気を抜くとぽわぽわっとした態度に戻ってしまう。気を引き締めて挑まないと、褒美をもらうどころじゃなさそうだ。


「い、いつ来てって……」

「明日の昼ですって」

「あした……!?」


 青褪めるのを通り越して顔色が真っ白になってしまいそうだ。
 あわあわと体を揺らすとシモンにむぎゅっと抱き締められ、ぴたりと動きを止めたところをよしよし撫でられる。そのおかげだろうか、ちょっぴりだけれど混乱が収まって落ち着いた。


「あ、皇太子殿下も同席するらしいですよ。二人きりじゃなくて、陛下と殿下とフェリアル様の三人みたいです」

「ほんと?レオも一緒?」


 ぐぬぬと項垂れていた空気がパッと晴れる。きらきら瞳を輝かせて問うと、シモンの頷きが返ってきて安堵の息が零れた。
 陛下と二人きりだと声も出ないくらい緊張してしまいそうだけれど、レオがいるなら安心してしっかりお話出来るかも。
 なんて考えて、不意に例の会話を思い出しぴたりと固まった。

 そうだ、最後に会ったのは告白された日。また会うときは緊張しちゃうだろうなふむふむなんて呑気に思っていたけれど、これは予想よりも緊張の大きさが段違いなんじゃ……。
 レオと会うだけでも心臓がばっくばっくするだろうに、そこにレオのお父様までいるとなると更にあわあわしてしまうに違いない。


「ぐぅ……」

「おや……さっきまでほっとしてたのにまたそわそわしてきちゃいましたね」


 どのみち緊張でばくばくするのは変わらないのか。がっくし……。
 しょぼぼんと落ち込むとシモンにひょいっと抱えられ、むぎゅーなでなでと甘やかしモードに突入してしまった。こうなるともう頭は回らない。むぎゅー。

 シモンとグリードが何やら話していた気もするけれど、ぬくぬくの抱っこに夢中でさらーっと聞き流してしまった。


「ていうか、そもそも何で殿下も一緒なんですかね?陛下が褒美与えるだけなら殿下いる意味無くないっすか?」

「……まぁ、一文目に謝罪じゃなく褒美を与えるだなんて書くポンコツ皇帝ですからね。何か下らないことを企んでいる可能性はゼロではないでしょう」

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