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【聖者の薔薇園-終幕】

302.悪の博士

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「クマッ!?ご主人様!助けてクマー!!」


 ふと振り返ったクマくんとぱちりと視線が合う。
 大きな体をドスドスしながら駆け寄ってくるクマくん。受け止められるかなとちょっぴり恐々としていると、横からシモンにひょいっと持ち上げられパッと翻された。まるで闘牛から避ける布みたいに。


「クマーッ!!」


 直前で僕が退いたことでクマくんがぴゅーんとそのまま走り去る。勢いよく走った所為でブレーキをかけることすら出来なかったのか、クマくんは物凄い速さを出したまま壁にドーン!と激突した。

 クマくん!と呼びかけつつ、シモンからんしょんしょと下りてぱたぱた駆け寄る。壁にぺちゃんこに潰れていたクマくんが、目ん玉をぐるぐるさせながらぱたりと後ろ向きに倒れ込んだ。
 もふもふのお腹を顕にぐでーんと伸びるクマくん。もふもふの体にぺしゃーっとしがみついてうりうり攻撃。しなないでクマくん。


「シモン!クマくんが!クマくんがばたんきゅー……!」

「よしよし、大丈夫ですよフェリアル様。こうやってこちょこちょするとすーぐ起きますからねー」


 あぴゃーっと滝のような涙が流れそうなところをシモンに止められる。よしよしと頭を撫でられちょっぴり平静を取り戻した。

 シモンがクマくんの首元やら丸見えのもふもふ脇をこちょこちょーっとすると、気絶していたはずのクマくんがぷるぷる震え始めた。
 痙攣してる!と心配になったけれどすぐに力が抜けた。クマくんが突然あひゃひゃー!と笑い出したのだ。


「あびゃッ!ひゃーックマ!!あひゃひゃクマーッ!!」

「どうしよシモン、クマくん壊れた……!」


 シモンが「ちょっとやり過ぎましたかね」と手を離す。するとクマくんの痙攣もぴたりと収まり、きゅーんと伸びていた体にハッと力が籠った。
 ぱちりと目を開いてバッ!と起き上がるクマくん。無言できょろきょろ辺りを見渡し、シモンに視線を留めた瞬間うおーんうおーんと号泣しだした。


「また先輩にいじめられたクマーッ!ひでークマひでークマ!!」

「クマくんよしよし。クマくんもふもふ」

「さり気なくもふもふしちゃうフェリアル様きゃわわっ」


 もふもふとお腹に抱き着きながらふと振り返る。クマくんをよしよしするのよとシモンに指示すると、きゃわわっと何故か悶えていたシモンがスンと切り替えてクマくんに頭を下げた。


「いじめてごめんなさい」

「ぐすんぐすん……しかたねーから許してやるクマ……」

「でもさっさとおきないクマさんもわるいとおもいます」

「なんだこいつクマ!ぜんぜん反省してねークマ!」


 仲直りの様子によきよきと頷く。やっぱり仲良しが一番だ。
 きちんと仲直りできた二人をよしよしと撫でて立ち上がる。ずっといつもの空気で騒いでしまったけれど、そういえばここは自室じゃないのだ。うるさくしてごめんなさいをこの部屋の主に伝えないと……と振り返ってぴたりと固まった。

 興味深そうに僕達のやり取りを見つめていた白衣の男性。人じゃなければ本当に熊さんみたいな体型だ。がっしりしていてとっても大きい。
 彼はさっきクマくんを追い回していた……と考えて不意にハッとした。僕はこの人を知っている気がする。数年前に、一度会ったことが……。


「クマ博士……?」

「おっ、覚えて貰えていたなんて光栄だな」


 例の勝負で敵役をしていた悪の博士。ぶわわーっと一気に蘇る記憶に固まっていると、不意に背中にもふっとした感触を覚えて振り返った。
 背後に隠れてぷるぷる震えるのは大きな体のクマくんだ。全然隠れられていないけれど、僕の服をちょこんと掴んで何だか怯えている様子。
 どうしたのだろうと首を傾げると、クマくんはクマ博士を見上げてくわっと声を上げた。


「こっ、この人間!クマをばらばらにして研究材料にしようとしたクマ!!わるものクマわるものクマ!!せーばいするクマ!!」

「クマくん落ち着いて、失礼なこと言っちゃメッなの」

「ぐぬぬクマ……」


 のしのし……というよりドシドシと地団駄を踏んでおこするクマくん。
 大きな熊さんに敵意を向けられているというのに至極冷静な様子のクマ博士の後ろから、もう一人の探し人であるもふもふを摘まんだ男性が歩いてきた。


「なんだなんだ、なんの騒ぎだー?」


 これまた白衣を羽織ったワイルドな男性。その男性に首根っこを掴まれてスンとしている長い耳のもふもふ。
 ハッとしてぱたぱた駆け寄ると、ワイルドな男性は「うおっ!」と驚いたように声を上げて僕を見下ろした。こっちのおじさんはクマ博士とはまた異なり、獰猛な瞳がまるでトラさんみたいだ。
 ……む?とらさん……?


「ウサくん!ごめんください、ウサくんは僕の家族なの」


 ひとまずウサくんの回収が最優先。そう判断しおじさんの前でぴょんぴょん跳ねる。
 するとおじさんはきょとんと首を傾げ、僕が指さした先のウサくんを見下ろして合点がいったようにハッと目を瞬いた。


「おお、ちびっこのモンだったか!傷は付けてねぇから安心しな、ほらよ」

「ありがと、優しいおじさん。けどちびっこじゃないの。僕はもうお兄さんなの」

「そうなのか?ちっこいから赤ん坊かと思ったぜ」


 前言撤回。優しいおじさんじゃない。ぷくぷくとほっぺを膨らませながらおじさんにジト目を向けた。

 冗談冗談、と笑い混じりに頭をわしわし撫でられ頬からぷしゅーっと空気を抜く。再会したウサくんをむぎゅーっと抱き締めていると、クマ博士が男性に何やら話しかける声が聞こえた。


「ほらジェイ。少年だよ。一度魔塔で面白い遊びが行われたことがあっただろう。あの時の」

「ん?んん?あ、あぁ!!あの時のアレか!飴くれたちっこいの!」


 だからちっこいのじゃないの、とふすふすしていた頭はすぐに冷静に戻った。
 飴をくれたちっこいの……僕はこの男性に飴をあげたことがある?もう一度ワイルドなおじさんをじーっと見つめて、ハッと目を見開いた。
 クマ博士を思い出した時のように脳内で仮面を被らせてようやく気が付いた。そうだ、この人は。


「トラ博士!」


 悪の研究所、トラ博士。またもやぶわわーっと蘇る記憶に固まっていると、トラ博士が楽しそうにガハハ!と笑い声を上げた。


「まさかまた会うとは思わなんだ。でっかくなったなぁちっこいの!!まぁ言うて相変わらずちっこいままだが!」

「こらこらジェイ。男の子にあまりちっこいだなんて言うんじゃない」


 さっきもちらりと聞いたけれど、ちょっぴり失礼なワイルドおじさんの名前はジェイさんというらしい。
 正直ちっこいのと言われるのは慣れているからダメージはすぐに回復してしまう。慣れってこわい。

 むすっとしながらも僕もしゅんと頭を下げて、二人に改めて挨拶を返した。


「ジェイさん、クマ博士、おひさしぶり。僕、フェリアルです。勝手におへやに入ってごめんなさい。うるさくしてごめんなさい」

「おうおう、礼儀正しいなぁ。魔塔の陰鬱な奴らとは大違いだ」


 ウサくんとクマくんもしっかり謝るのよ、とプチお説教。クマくんは背後からそろりと顔を覗かせ、ウサくんは僕に抱かれたままぴょこりと頭を下げた。


「ごめんクマ……探検してたら迷い込んじゃったんだクマ……」

「ごめんなさいぴょん。でかいお馬鹿クマがご迷惑おかけしましたぴょん」

「クッ、クマのせいだけじゃないクマ!この腹黒ウサギ!しょんぼり演技はやめろクマ!」


 しゅん……と項垂れるウサくんに喚き始めるクマくん。いじわるしちゃメッと窘めるとクマくんもしょんぼり。よしよしもふもふと撫でるとすぐに回復して丸い耳をぴくぴくし始めた。


「なぁちっこい……いや、フェリアル。そのクマとウサギはやっぱ魔石で動いてんのか?人形だけじゃなく標本も動かせるもんなのか?」

「それは私も気になっていたことだ。実際どうなのだろう、どうなんだレン?」

「……」

「む……?」


 興味津々の声音にそろりと顔を上げる。
 キラキラした目でクマくんを見つめるジェイさんと冷静に語るクマ博士。レンはクマ博士の視線から逃れるように僕を見つめ、なぜかさっと片手を上げて眉を下げた。まるでごめんねと言うように。


「……魔石は元々、人形に魂を与える目的で作ったもの。標本を動かす例は想定していなかったんだ。だから、それは実際に体験したクマくん自身に聞いた方がいいと思う」

「……クマ?」


 クマくんがぽかんと硬直する。研究者たちの視線を一身に受け始めたことに気が付くと、怯えた様子でぷるぷる震えて逃げ出した。


「いっ、いやだクマ!くるなクマーッ!!」

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