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【聖者の薔薇園-終幕】

300.にこちゃん

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「そういえばフェリ、レンとレアが貴方に会いたがっていたよ。来たついでに顔を見せに行ったらどうかな」


 シモンとルルの謎の自慢話が続いていた時。ふとルルが語った言葉にハッと顔を上げた。
 無心でもぐもぐしていたクッキーをむしゃむしゃ口の中に放る。食べきれなかった分を横からシモンが掻っ攫い、あむあむと満足気に食べる姿を横目に声を上げた。


「ほんと?会いにいく!」

「魔塔は広いから案内役を呼ぼう。扉の前に待機しているはずだから、レンの部屋は彼に聞けばいいよ」

「……?ルルは行かない……?」


 ぱっと立ち上がってるんるんと扉に向かおうとした時、ルルの言葉が不意に引っかかってぴたりと立ち止まった。
 てっきりルルも一緒に来るものと思っていたけれど、何か用事でもあるのかな。きょとんと首を傾げると、困ったような笑みと声音が返ってきた。


「何せ外部との交流を始めたばかりだから、未だに仕事が山積みでね。せめて師匠に全て任せてから魔塔主の座を継ぐべきだったよ」


 してやられた、と執務机の大量の資料を指さすルル。
 地面にまで置かれた資料の山は数えきれないくらいで、確かにこれは数か月や一年どころで片付くものじゃなさそうだと納得する。
 それなら仕方ないと頷いて、僕の食べかけクッキーをもぐもぐするシモンを手招いてそっと扉へ向かった。仕事というなら邪魔すべきではない、ささっと出てしまおう。


「次に来るときは甘いおかし持ってくる。あ……でも、送るだけの方がいいかな」


 仕事が捗るようにと思ったけれど、よく考えたら邪魔しないようにそもそも来ないという選択の方が正しいかもしれない。慌てて言い直すと、ルルは驚いたように目を見張ってぶんぶんっと首を横に振った。


「そんな。いつでも来てくれて良いんだよ。寧ろリベラ様の愛し子が近くにいるだけで捗るから、定期的に顔を見せてくれると嬉しいな」


 貴公子モードのルル。表向きはキザなセリフばかり使うルルだから、この言葉が本心なのかいまいち分からない。
 ちらりとシモンを見上げてみると、軽い頷きが返ってきたのでふむと理解する。どうやらこの言葉は本心で間違いないらしい。リベラ様関連の話になると、ルルは嘘を吐かず素直になるのかもしれない。

 プリンかケーキどっちがいいかなーなんて考えながら、ルルとばいばいして魔塔主の執務室を後にした。




 * * *




 ガチャリと扉を開いてすぐ、傍の壁に背を向けて立っていた人物を見て「あっ」と声を上げた。
 そこにいたのはにこちゃんのお面を被った男性。今日は可愛いアップリケのローブじゃなく貴族の服装のような格好だ。だからだろうか、にこちゃんの仮面が以前にも増して目立っている。


「にこちゃん!」


 ぱっと両腕を挙げてむぎゅっと抱き着く。会ったのはほんの一度きりだったけれど、それにしては印象が強かったから彼のことはよく覚えていた。
 演技派で努力家のにこちゃん。おひさしぶりと声を掛けると、にこちゃんは驚いた様子であわあわしだした。仮面をしているせいで表情はよく見えないけれど、それでも動きで大体感情が読めるから安心だ。分かりやすいタイプの人で助かった。


「お、覚えていてくれたんだ……!俺のこと……!」


 感極まった様子でむぎゅっと抱き締め返したにこちゃんだったけれど、すぐにシモンの妨害によってぺりっと引き剝がされてしまった。
 シモンにひょいっと抱き上げられながらにこちゃんに手を伸ばす。彼はシモンの妨害も気にしない素振りで、嬉しそうなオーラをぽわぽわ醸し出した。


「とっくに忘れられていると思ってたけど、覚えてたなんて……」

「紙芝居、とっても上手なにこちゃん。ローブがとってもかわいいにこちゃん」

「あっ、あっ、ごめんね!かわいいローブ着てくれば良かったね!」


 未練がましくアップリケのローズについて口にすると、にこちゃんは笑顔の仮面であわあわと汗を掻いて頭を下げた。相変わらず絵面がシュールな人だ。


「改めて自己紹介もしたい……って、いや!にこちゃんの方が可愛かったら、にこちゃんって呼んでもいいからね!」

「うん。にこちゃんのお名前知りたい。僕、フェリアル」

「あっ、ご丁寧にどうもどうも。よろくしくねフェリアル様。それとも天使様?神様?なんて呼んだらいいかな」


 普通にフェリアルでいいよと言うと、にこちゃんはそっかそっかと忙しなく頷いた。初対面では盗賊みたいな口調だったけれど、素はこんなに丁寧な人だったのか。


「俺はアンリ。アンちゃんでもアンリくんでもにこちゃんでも、好きに呼んでね」


 思っていたよりかわいい名前だった!とちょっぴり驚愕。いや、予想とかは特に無かったけれど、何となく予想外という気持ちだ。


「よろしくねアンリくん」

「うんうん。よろしくフェリアルさま」


 にこやかに笑むアンリくんと握手する。ずっと笑っている状態のアンリくんに使うにはどことなく不思議な表現だけれど。
 そもそもにこちゃんの仮面には一体どんな意味が籠っているのかなーなんて考えはすぐに見透かされた。アンリくんは仮面に手を添えたまま、内緒話するみたいにシッと人差し指を立てた。


「俺の顔は醜いんだ。だから面の下は見せられない。ごめんね」

「……そっか、うむ、大丈夫だよ」


 笑顔の仮面に滲むほんの少しの闇。
 慌てて頷くと、アンリくんは気を取り直したようにぱっと振り返って「レン様のところに案内するよ!」と歩き出した。
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