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【聖者の薔薇園-終幕】

289.侍従の錯乱

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 ぱんぱんに腫らした目をぱちぱち瞬く。あのあと結局一緒に大泣きしてしまった。
 泣いたせいかシモンの顔も仄かに赤くなっていて、ふにっと頬に触れてみるといつもは冷たいそこが今はちょっぴり熱かった。
 シモンも無言で僕の頬をふくふくむにゅむにゅ。にゅーんびよよんと伸ばして一通り遊び終えたシモンは、今度はゆっくりと僕を抱き締めた。


「……このふくふく具合……間違いなく俺のフェリアル様です」


 ローズやトラードの時もそうだったけれど、どうして彼らはほっぺに触れて僕が本物かどうかを確かめるのだろう。
 ほっぺに触れば本当に分かるのかな。試しにシモンの頬をふにゅっと摘まんでみたけれど、やっぱり特別な何かは感じなかった。


「このちっちゃなおてて……間違いなく俺のフェリアル様です」


 壊れたロボットみたいに『俺のフェリアル様』を繰り返すシモン。ほっぺだったり手だったり、果ては髪やら足やらも触って感極まった表情を浮かべている。ちょっぴり怖い。
 おかしくなっちゃったのかな、と心配になっておろおろと眉を下げる。お医者様に診せた方がいいかも……と思いふと部屋を見渡してハッとした。

 傍にしゃがみこんでじーっと様子を窺っていたらしい長い耳のもふもふ。瑠璃色の瞳と視線が合った瞬間、やっと気が付いたかとばかりにもふもふ……ウサくんが動き出した。


「ごめんぴょん。出ていくタイミングを完全に見失ったからずっと見てたぴょん」


 別にこんな近くでずっと見つめていなくても。ぐーすかお昼寝したりわーいと遊んでくれてて良かったのに、なんて思ったけれど自重した。ウサくんなりに気を遣ってくれたのだろう。


「シモン。大丈夫?立てる?」

「……」

「シモン?」


 ウサくんも見ているし僕もシモンも大分落ち着いてきたことだし、そろそろこの状況からも脱却しようじゃないかと声を掛ける。かけるけれど、シモンは何やら無言で俯いたままぴくりともしない。
 もしかしてまだ泣いているのかな、悲しいのかな。それとも僕に何か怒っている……?いつものにこにこ笑顔が見えないことにぷるぷる震えていると、やがてシモンがゆらりと動き出した。

 よっこらせと抱き上げられ、腕の中にぽすっと収まったまま恐る恐るシモンを見上げる。どんな表情を浮かべているのか確かめる前に、シモンがすうっと息を吸って突如語り出した。


「旅に出ましょうフェリアル様!」

「むっ!?」


 ななっ、なにごと!
 さっきまでしょんぼりしていたのに突然のアウトドア。一体この数秒でどんな心境の変化が。

 ぎょっとする僕を置き去りにるんるんと窓に向かうシモン。外側から掛かっていたはずの施錠魔法を楽々と破壊すると、窓を開いて枠に足を置いた。
 そこでようやくハッとして、今にも窓から飛び降りそうなシモンにむぎゅっと抱き着く。あわあわと混乱しながら必死に声を掛けた。


「おち、おちついてシモン。どうしたの?どうして突然、たび?」


 まず僕が落ち着かないと。深呼吸すーはーすーはー。
 なんだか錯乱しているシモンをどーどー宥めると、やがて突如スンと冷静になったシモンが静かに答えた。急に冷静になられるとびっくりしちゃう。


「……あんな思いをするのはもう懲り懲りなんです。正直閉じ込めて離したくないと思ってるんですけど、でも一番はフェリアル様の幸福ですし。自由を愛するフェリアル様から自由を奪いたくはないので、もういっそ二人で旅に出ればいいんじゃないかと」

「なにゆえ……」


 なにゆえ。それでなにゆえ旅という結論に至ったのじゃ……。
 困惑でぬーんと眉を下げる。シモンは窓の縁にかけた足を下ろすと、僕を抱えたまましょんぼり項垂れてしまった。


「ここに居たら加減を知らない男達に囲われて監禁されますよ。実際その前兆出ちゃってるじゃないですか。内鍵ぶっ壊して外から施錠魔法とか正気じゃないです」

「うーむ」


 たしかに……なんて素直に頷いてしまいそうになった。ごめんなさい兄様。
 とは言えシモンと一緒に二人旅!というわけにもいかない。ようやくみんなに会えて、みんな再会をとっても喜んでくれた。そんな大好きな人たちから逃げるように離れる……なんて絶対にしちゃいけない。
 むしろそっちの方が捕まった時のお仕置きが怖そう、なんて思うのは気のせいだろうか。


「たび……捕まったらどうなる……?」

「……」


 ぐっと黙り込むシモン。何処か遠いところを見据えたかと思うと、とっても低くしっとりした声音で呟いた。


「……どうなるか知る前に、一緒に死にましょう」

「ぐぅ」


 想定外に重い答えが返ってきてぐうの音が出てしまった。ぐう。
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