上 下
274 / 400
【聖者の薔薇園-開幕】

269.ねむねむすっぽんぽん

しおりを挟む
 

「む…だれですか」


 初対面で親しげに話しかけてくるなんて怪しい…とジト目をしてからハッとした。
 よく考えたら公然と全裸になって走り回っている僕の方が怪しいんじゃなかろうか。なかろうかというか、絶対そうだ。被害者は僕じゃなくて彼の方だ。
 悟った瞬間あわわっと頬が赤く染まる。全然怪しいものじゃないんです!と両手をふりふりして訴えた。


「ぼっ、ぼく怪しい人じゃない!お洋服ないのはアレなの!ふかこーりょくなの!」


 とりあえず両手でお股を隠す。流石にここをぷらんぷらーんさせておくのは完全に不審者なので駄目だ。しっかり隠しておかないと。
 ぐぬぬっと隠すべきところを隠して必死の弁明。むしろ更に怪しくなってしまった気もしたけれど、当の青年は「んー?」と不思議そうに首を傾げただけで特に引いた様子は無い。

 弁明を信じてくれたのかな、とほっと息を吐く。けれど青年が語った一言を聞いた瞬間、ぴしっと硬直してしまった。


「なにが怪しいのー?それとっても涼しそうでいいねー。せっかくだしぼくも脱いじゃおっかなー」

「……はぇ?」


 持っていた枕と漫画をぽーんと放ってこれまたすっぽんぽーんと服をぬぎぬぎし始める青年。
 唖然とする僕には気が付いていないのか、青年は至って普通のテンションで全裸になりぷはーっと伸びをした。

 明るい陽射しに晒される肉体美にあわわっと目を見開く。眠そうだしちょっぴり猫背だしで服を着ている状態だと分からなかったけれど、中身はとっても筋肉質なムキムキ細身まっちょさんだった。
 何だか恥ずかしくなって片手で小股、もう片方の手で顔をぱっと隠す。隠すけれど、綺麗な筋肉が気になって指の隙間からちょっぴりチラ見してしまった。


「んーやっぱり服とか邪魔だよねー。でも最近は服を着るのがりゅーこーみたいだからなー」


 どんな服とかじゃなく、服を着るか着ないかの流行があるのか。
 この人が住んでいる国はどんな文化をしているんだとびっくらこいて、すぐにはて?と首を傾げた。服の話で完全に脱線していたけれど、そういえばこの人は誰なのだろう。
 どうしてマーテルと僕しかいないはずのこの場所に?この人も封印された悪い人なのかな、と考えていると、眠そうな彼が「んー?」と瞬いた。

 覚束ない足取りでふらふらぁっと近付いてきたかと思うと、突然僕の体を軽々と抱き上げた。驚いて「ぴゃっ!?」と声を上げるけれど、彼は特に何も気にしていない様子でこれまたふらふらぁっとガゼボを出る。
 絵面的には全裸で抱き合う初対面の少年と青年…うーむかなりとってもまずいのではなかろうか。


「はわっ、あ、あの…っ」

「よーしよし。無事に保護できたから戻ろー」

「あのあのっ、まっ、まって!」


 耳元で叫んでようやく彼が動きを止めた。うるさくしてごめんねと思いつつムッとほっぺも膨らんでしまう。マイペースな人すぎて意思疎通が難しい…。

「なーに?」と目を丸くする彼。服のこととかは何やら価値観や常識が違うみたいだから、たぶん聞いても欲しい答えは返ってこないだろう。
 そう判断して、とりあえず一番気になっていることを聞いてみることにした。と言っても、さっきから聞いていることなのだけれど。


「ぼ…僕はフェリアル…あなたは誰、ですか…?」


 自己紹介だけしよう。何も知らずにとりあえず連れ去られるというのは怖いから。
 そう思いがくぶるしながら問うと、彼は意外とあっさり問いに答えてくれた。


「ぼく?ぼくはねー、うーん。別になんでもいいよー?」

「……む?」

「こだわりとかないからー、別になんでもいいよー?」


 だ、だめだ…自己紹介ですら話が通じない…。
 名前を聞いているのに「なんでもいいよー」が返ってくるなんて。名前なのだから何でもよくはないだろう、と眉を下げて困惑顔を浮かべてしまった。
 服を着ないのが主流な国に住んでいるだけあって、まさか名前もあってもなくても良し!みたいな文化なのだろうか。そんなことあるかね。

 まぁそれなら仕方ない。けれど名前がないのは色々と困るから、とりあえずの呼び名だけ聞き出さないと。


「うぅん…それじゃあ、なんて呼べばいいですか?」


 聞き方を変えてもう一度。これなら答えられるはず、とうむうむ頷いて答えを待つと、返ってきたのはやっぱりと言うべきか、ふにゃふにゃぁっとした適当な回答だった。


「なんでもいいよー。あっ、でもでもーアベルとマーテルはなしねー。キモいからー」

「う、うむ…?」


 マーテルを知っている…?なんだかマーテルのことを嫌っていそうだけれど、彼は本当に何者なのだろう。更に不思議が増えて深まる結果になりしょんぼりした。
 名前を聞き出せば少しは彼のことが分かると思ったのに、質問するたび彼の謎が深まってしまう。一体どうしたものか…。

 とにかく、とりあえずは目先の問題を片付けないと。
 何を聞いてもなんでもいいよーしか返ってこなさそうなので、もう諦めて僕が勝手に呼び名をつけてしまうことにする。
 クマくんとウサくんの時から名付けのセンスがうんたらかんたらーっと言われてきたので、彼にはあまり期待しないで待っていてほしい。


「うーむ…うむ…むっ、ぴこーん!」

「おー決まったー?」


 視界の端に見えた枕を見てぴこーんした。わくわく顔の彼にこくこく頷き、こほんっと咳ばらいを一つしてからふふんと胸を張る。とっても素晴らしい名前を思い付いてしまった。これなら彼も喜びこと間違いなしだ。
 なんてふすふす思いながら、数秒の焦らしを入れてどどんっと発表した。


「ねむくん!」

「ネム?」

「うん。ぐーすかすぴーの、ねむくん!」


 どどどやぁっと答えると、ねむくんはぽかーんと目を丸くして固まった。
 あれ、気に入らなかったかな…としょぼぼん肩を落とすと、ねむくんがハッとしたように我に返る。僕を抱えたままうふふあははーっとくるくる回り、嬉しそうにわーいと高い高いをしてきた。


「ネムくんいいねーかわいーねー」

「えへへ」


 褒められたことが嬉しくて、高い高いをされながらわーいわーい!と万歳する。
 今の自分が全裸の怪しい不審者だったことを思い出したのは、それから数分後のことだった。
しおりを挟む
感想 1,700

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。