215 / 398
【聖者の薔薇園-開幕】
238.変転
しおりを挟む聖者が口を開く。何を紡ぐのか気になって口を閉ざした瞬間、不意に何処からか何を殴るような音が聞こえてきてハッとした。
振り向いた先にあるのは背の高い本棚。ぐらっと揺れて数冊床に零れ落ちたかと思うと、次の瞬間大きな音を立てて本棚が勢いよく蹴飛ばされた。
「……?」
倒れたんじゃない。裏から誰かが、本棚を思い切り蹴飛ばしたのだ。強い勢いで吹き飛んで倒れた本棚から大量の本が落ちたり散ったり。
足元に届くくらいまで飛んできた本も数冊。埃が舞うのを呆然と見つめていると、やがて本棚の裏からざわめきが聞こえてきた。
「秘密通路の意味ねぇじゃねーか!」やら「……喧しい」やら聞き慣れた声が数人分。
ハッとして立ち上がると同時に、数人のうち一人が勢いよく剣を振る。埃が散って視界が晴れたところから、見覚えのある黒いフェイスベールが覗いた。
「ふむ。この部屋から変態の気配を察知しました」
「お前じゃい!」
「……鏡見ろ変態」
淡々と低い声を発する黒いフェイスベールの大柄な騎士。それにツッコむ見覚えがありすぎる暗殺者二人。
ぽかんと硬直する僕の存在にようやく気が付いたのか、こちらに視線を向けた三人が不意にぴたりと固まった。ざわめきもすとんと収まり、妙な沈黙が室内に流れ始める。
ぱちりと視線を合わせて数秒。初めに「あー!!」と声を上げたのは、片目を眼帯で隠した彼だった。
「フェリちゃんいんじゃん!?ラッキー!てか超おひさだよね!元気してた?」
「トラード。そういうのは後にしろ、時間が無い」
無表情の相棒に「ちぇっ」と不貞腐れるトラードを見てぱちくり瞬く。どうして二人がここに…というより、ギデオンと一緒に…?謎の組み合わせだ。
ニコニコ顔を浮かべて近付いてくるトラード。「フェリちゃん久しぶり!」と手を振る姿に、直前まであった緊張感がふっと解れた。
堪えていた不安も恐怖も全て決壊する。ぶわっと涙を流して駆け寄ると、ぎょっと目を見開いたトラードに「なになにどした!?」と抱きとめられた。
「どうしたフェリちゃん!?そこの変態に何かされたのか!?殺すか!?」
「……殺す」
チャキッとナイフを取り出すローズ。事情を何も知らないだろうに問答無用の殺意を聖者に向ける二人に、慌ててあわわっとしがみついた。
その横を静かに通り過ぎる騎士が一人。無表情をフェイスベールで隠したギデオンが、一度は鞘に戻した剣をスルッと抜いて聖者に向けた。
「啼かせるならいざ知らず、ショタを泣かせるとは何事か」
「だからお前じゃい」
「私がショタを啼かせるのは寝台の上でのみです」
「やかましいわ」
淡々と進む会話。ついさっきまでの真剣な空気が一気にのほほんとしたものに変わる。
ギデオンにツッコミを入れるトラードが同時に僕の頭をよしよし撫でて、ふと視線を下ろしたかと思うと「フェリちゃんなんでゴミ持ってんの?」と純粋な疑問を向けてきた。
視線の先には灰となりボロボロになったクマくん。途端に気持ちがずーんと沈んだ。
再びぶわっと涙を流す。ぐすぐすめそめそと嗚咽を漏らし始めた僕を見てこれまたぎょっとするトラード。それを見たローズが聖者に向けていたナイフの切っ先をトラードに向けた。なにゆえ…。
「ちょちょっ!誤解!俺何もしてねーから!」
「……なら何故フェリアルは泣いている」
「ショタを泣かせましたね。貴方も死刑です」
あわわ再び。
ギデオンが二本目の剣を抜いてトラードに向ける。すごい、ギデオン二刀流も出来るのか。
ぽろぽろと涙を流しながら感動していると、トラードが眉を下げてごめんねと謝罪の言葉を紡いだ。それにぶんぶんっと首を横に振る。トラードは何も悪くない。事情を知らないのだから。
しょんぼりしながらクマくんを掲げ、簡単に説明してあげた。
「ゴミじゃないの。僕のお友達」
ぱちぱち。瞬いた三人は何やら輪になってひそひそ話を始める。突然どうしたのだろう。
きょとんとしながらクマくんむぎゅー。ちらっと振り返ると、聖者は未だこの状況に追い付いていないのか、それとも僕の言葉の衝撃から戻ってこれていないのか。ちーんと目を丸くしたまま硬直していた。
「……ゴミにまで慈愛を向けるのかアイツは。何なんだ」
「いや全然有り得る。木の枝とかぬいぐるみとかも友達にする子だぞあの子は」
「純粋過ぎるのがショタの醍醐味ですから。実際今ので私、興奮して勃起してしまいました」
「聞いてねーよその爪楊枝しまえ」
「爪楊枝?ちゃちな例えが過ぎますよ。笑えない冗談は辞めて頂きたいですね」
ひそひそ、こそこそ。仲間外れ酷いなーなんて思いながら待っていると、やがて内緒話を終えた三人が戻って来た。お話は無事終わったみたいだ。
キラキラッと輝く満面の笑顔のトラード。ちらっとクマくんを一瞥して一瞬困惑した様子を見せたトラードだったけれど、すぐに笑顔を戻してにこにこ頷いた。
トラードを筆頭に三人がうんうんと言葉を訂正する。ローズとギデオンは相変わらず無表情だけれど。
「そうだね!よく見たら全然友達だった!全然ゴミじゃなかった!」
「愛らしいご友人ですね。お名前はゴミ子ちゃんでしょうか、それともゴミ男くんでしょうか」
「……お前少し黙ってろ」
391
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。