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【聖者の薔薇園-開幕】

229.どんぐりもふもふヒーロー

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「少々強引な手を使ってしまい申し訳ない。聖騎士達が手荒な真似をしませんでしたか?」

「強引じゃなかったよ。僕が初めに行くって言ったから」


 神殿について早々案内されたのは、ベッドやテーブル、椅子といった一通りの家具が揃った広い部屋だった。
 慣れれば快適に過ごせるくらいの、言い方を変えてしまえば、長期間僕を神殿に閉じ込めるつもりなのだろうと直ぐに察するような部屋。
 堂々とこの部屋に案内したところが、僕を無知の子供としか思っていない証拠に感じて気分が悪かった。

 高価そうな果物が籠いっぱいに盛られ、もふもふのぬいぐるみやクッションがソファやベッドといった至る所に置かれている。
 完全に子ども扱いだ。こうすれば外に関心を向けないだろうという意図が丸わかりでむすっとしてしまう。

 向かいのソファに腰掛けた男性が、そっけなく発した僕の言葉にほんの一瞬眉をぴくっと吊り上げた。


「……フェリアルくん、ですよね?貴方はぬいぐるみが好きだと聞きました。こんなのはどうかな、兎のぬいぐるみとか」


 にこやかにウサギのぬいぐるみを差し出してくる彼。大神官の…ケルサスといっただろうか。
 ウサくんとは真逆のピンクのぬいぐるみ。可愛いけれど、彼から差し出されたものを手放しに喜んで受け取ることに少しだけ拒否感を抱いた。
 それでも、ぬいぐるみがもふもふで可愛いことは変わらない。むっとした表情のまま手を伸ばし、ウサギを受け取ってむぎゅっと抱き締めた。

 うりうりと長い耳に顔を埋める。意識しないだけで確かに孤独を感じていたのか、腕の中にある温もりに酷く安心した。


「果物もありますよ。苺やメロンはどうだろう?好きなものを好きなだけ食べて構いませんからね」

「……ううん。知らない人からもらった食べ物、食べちゃだめって言われてるから…」

「おや、それはそれは。しっかり教育されているようで感心だね」


 クスクスと笑う大神官。垂れ目と神秘的で甘い美貌のせいか、少しでも気を抜いた瞬間ふわりと警戒が解けてしまいそうな恐ろしさがある。
 ぎゅっとウサギさんを抱き締めてむーっと威嚇し、果物をじーっと睨んだ。

 イチゴやメロンは確かに美味しそうだから涎が垂れてしまうけれど、それでも我慢。
 むきゅむきゅと口元を拭って喉を鳴らし、もぐもぐ衝動を堪えてじーっと睨むだけに専念した。メロンじーっ。イチゴじーっ。


「聖者様に話があるらしいね。実は聖者様は覚醒したばかりで多忙なんだ。聖者様に時間の余裕が出来るまで、私の話に付き合ってはくれないだろうか」


 にこっと笑顔を浮かべる彼。甘い笑みで全て惹き込もうとしているのか何なのか、どちらにしろ、あまりこの人と二人きりでいたくはない。
 ゆったりとした口調も表情も、気を抜けばすぐにでも持っていかれてしまいそうだ。

 無言でウサギさんをむぎゅっと抱き締めて俯くと、向かいから困ったような呼吸の気配と苦笑が聞こえてきた。意外にも紳士的なのは本当なのか、無理強いをしてくる様子もなく彼が立ち上がる。
 果物が積まれた籠をすっと僕の前に差し出しつつ、彼が柔らかな声で紡いだ。


「小さな子が慣れない環境に突然放り込まれて、怖がらない筈がありませんでしたね。配慮が出来ず申し訳ない。私はこれで失礼するよ」


 ふわ、と甘い香りが鼻を擽る。動く度何かしら甘いものを残す彼は、ゆったりとした動作を決して崩さず部屋を出て行った。


「……」


 ウサギさんむぎゅーっ。果物じーっ。
 これからのことを考えたくても思考がこんがらがって難しい。慣れない環境で怯えているという、彼の言葉通りになっているのかもしれない。
 ここは敵のアジトとも言える神殿で、尚且つそんな場所で僕は今一人ぼっちだ。もしかしたら聖者と戦うその時まで、本当にずーっと一人ぼっちという可能性も無くは無い。
 結末を迎えるその時も、一人だとしたら…。

 深みに嵌ってそんなことを考え始めた瞬間、不意に窓から小さな物音が聞こえてきた。
 カコン、カコン、カツカツ。窓に何かが当たっているような、若しくは当てられているような。突如聞こえたその音にびくびく怯えながらも、ゆっくりとソファから立ち上がってそこへ向かってみる。


「……?」


 近付いて気付く。物音以外にも、何か声のようなものが聞こえる気が…。
 すると向こう側から、気のせいではない確かな声が聞こえてきた。聞こえるか聞こえないかの、本当に小さな声だけれど。
 声が聞こえた方向に視線を向けてぎょっとした。




「窓開けられないクマ…!助けてクマ…!足ぷるぷるクマ…!落ちちゃうクマ…!」




 ぽかん。呆然としながらその姿を見つめる。夢じゃないかと頬をつねったけれど、痛みの感覚的にどうやら現実で間違いないようだ。

 両手にどんぐりを持ってコツコツと窓を叩くもふもふのぬいぐるみ。
 窓にぺたーっと張り付いて見上げてくる姿に、どうしてか分からないけれど思い切り泣き出したい衝動に駆られた。それを必死で堪え、唇を引き結びながら窓を開ける。
 その瞬間しゅばっと飛びついてきたもふもふをしっかり受け止め、むぎゅーっ!と強く抱き締めた。


「クマくん!!」

「クマ!やっとご主人様に会えたクマ!」

「う…うぅ…クマくん…っ」

「ぐすっ…どんぐりおひとつあげるクマ…ぐすっ…」


 安心して気が緩んだのか、二人一緒にうわーんうわーんと号泣してしまった。

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