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【聖者の薔薇園-開幕】
219.悪役の日常
しおりを挟む「そこですねっ!姫!!」
「わっ!」
息を潜めて茂みに隠れていた所に、グリードがもふもふの耳をぴくっとさせながら突っ込んできた。
すかさずむぎゅーっと抱っこされて茂みから掬い上げられ、髪についた葉っぱをささっと払われる。ふるふるっと首を振って残りの小さな葉っぱを落とし、むすっとした顔で頬を膨らませた。
「またグリードが勝った…」
「いやぁすいません!どうしても呼吸音で分かっちゃうんですよねぇ」
困ったように、けれど得気にふふんと語るグリード。
ムムッと眉を顰めて無言の抗議。それすらもニカーッとした活発な笑顔で躱されムムッとしたので、最後の手段に出ることに。
むぐっと口を塞ぐようなジェスチャーを見せて、真面目な声で呟いてみた。
「じゃあ次は息止めなきゃ」
「あぇっ!?駄目ですそれは駄目です!もう呼吸の音は聞かないんで!それだけは!」
「いい加減姫って呼び方もやめて」
「それも駄目です!姫は姫です!俺という国の姫です!」
いつものことながら何を言っているのだろうこのわんちゃん。
姫について語る時は数倍熱の籠るグリード。余程姫呼びに拘りがあるのだろうけれど、僕は恥ずかしいのでそろそろ直してほしいところだ。僕もグリードのこと、騎士様なんて呼べないもの。
とは言えこのやり取りは数十回目。今更言ったところでグリードが姫呼びを止めてくれないということくらいもう分かっている。
いつも通りの拒否をおけおけと諦め半分で受け入れ、下ろしてアピールですたっと地面に。服の汚れをぱっぱっと適当に払いつつ、すたすたと本邸の入り口に向かった。
「あれ?姫、かくれんぼは終了っすか?」
「うん。シモンが待ってる。早く戻らないと」
慌てた様子で駆け寄ってくるグリード。はてと投げられた問いにしっかり頷いた。
よきよき、今日も僕はクール。
転んだ回数は今のところゼロ、むぎゅーも相手からされる時以外していない。ちょっとちっこいからって舐められないように、ふにゃあ笑顔は封じて基本ポーカーフェイスを貫いている。
と言っても楽しかったらわくわく瞳を輝かせるし、悲しかったらしくしくとしょぼぼんする。傍から見ればあんまり変わらないかも。
「そういえば、姫のお兄様達がもうすぐ帰ってらっしゃるとか?」
グリードのふとした言葉に一瞬黙り込む。こくりと小さく頷き、頬の緩みを抑えるために若干俯いた。
「……うん。学園を卒業するの。もうすぐ会える」
思い浮かべるのは、大好きな兄様達と大切な友人の姿。
最後に会った時よりもっともっとかっこよくなってるんだろうな、そう思うとわくわくして。僕も以前よりかっこよくなったんだよと、早く自慢したくて堪らない。
早く会いたい。会いたい。そんな衝動を表に出すことなく堪えて、ゆったりと歩く。
時は過ぎ、季節は春。
物語はようやく本編を迎え、主人公が現れるまであと少し。
全てが狂った聖者覚醒の年の春。僕は十三歳になった。
* * *
「おかえりなさいフェリアル様!チーズケーキ、ばっちり用意してますよ」
にこにこ笑顔の侍従。大好きなシモン。
駆け寄ってむぎゅーしたい衝動を堪えてふわりと頬を緩める。ゆったりテーブルまで歩み寄ってソファに座ろうとした瞬間、シモンが不意にぐっと腕を伸ばしてきた。
そのままむぎゅーっと抱き締められ、なぬっと抵抗するより前にほくほく力が抜けてしまう。
バレない程度に僕も腕を回し、シモンの首筋に顔を埋めてうりうりすんすんしてしまった。
「ぎゅーがないと悲しいです。今日は一度もぎゅーしてなかったでしょう?」
「でも…ぎゅーは子供がすることだから」
「大人だってします!俺は毎日したいですよ?ほら、子供っぽい事なんかじゃありません」
むぎゅむぎゅ。シモンの語る理屈に柔く微笑みながら抱擁に力を篭める。
それならいっかぁとむふむふしていると、後ろからそわそわとした気配を感じてふっと振り返った。
視線の先には、もじもじと羨ましそうにこちらを見つめるグリードが。
その様子を見たシモンがふわりと笑んでグリードを見据える。期待の色を瞳に宿したグリードに、シモンはバッサリと指示を出した。
「邸周辺の見回りを頼みますね。俺とフェリアル様はこれからティータイムに入るので」
「あぇ……あの、お、おれは……」
「え?何か異論でも?」
「あふっ、い、異論ないっす!見回り行ってきます!」
涙目で、けれど興奮したように頬を紅潮させてぴゅーんと出ていったグリード。
あとでクッキーとケーキをあげないと…としみじみ考えていると、シモンにひょいっと抱き上げられてソファに下ろされた。
シモンがコトコトと紅茶を用意してくれるのをじっと待つ。静かに見つめて、やっぱりシモンの所作は上品だなぁとふわふわ思った。
背筋も常にぴんとしているし、僕みたいなそそっかしい動きも無い。鼻血を出すことを除いて、全ての言動が綺麗だから尊敬する人の一人なのだ。
「シモン。今日も素敵」
「えっ!ちょ、不意打ちはダメです!紅茶零しそうになっちゃいましたよ、全くもう…」
ほんのり頬を染めるシモン。
零しそうになったと言いながら、カップに張る紅茶の水面はほんの少ししか揺れていない。そういうところだ、と苦笑した。
差し出されたカップを手に取り一口含む。シモンが椅子に座ったところでふと呟いた。
「あと少しで兄様達が帰ってくる。かっこよくなった所、見せたい」
緊張でかくかく体を強ばらせながら言うと、シモンは柔く笑って「そうですね」と頷いた。
「この一年で特に成長しましたもんね。今のかっこいいフェリアル様をしっかり見てもらいましょう」
「うん。頑張る」
兄様達が帰ってくるまであと数日。
聖者が覚醒するまで、あと……。
もうすぐ全てが動き出す。僕の余命も近付いているかもしれない。これが最期の年になるかもしれない。
自分勝手な自己犠牲はしないようにと誓った。けれど、皆のハッピーエンドの為に動くという当初の目的は変わっていない。
マーテルを倒して一緒に朽ちるか、世界が終わるか。今のところ、僕の手の中にある選択肢はこの二つだけ。
結末はまだ分からないけれど、諸々の覚悟はもう出来ている。
後は、物語の開幕を待つだけだ。
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