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【聖者の薔薇園-プロローグ】

215.いつかの夢を

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「むぅ……」

「ごめんねフェリ。悪気は無かったんだよ。可愛いなぁって思って、魔が差しちゃっただけなんだ」

「すみませんフェリアル様。俺はただフェリアル様のきゃわたんコレクションを増やしたかっただけで……」

「むぅ……」


 聞こえない聞こえない。なんにも聞こえないし知らないもの。ふんっ。

 ローズの罰を終えてすぐ。ライネスのお腹に顔を埋めるようにしてむぎゅーっと抱きつき、その場から一切動かずぴしっと足を縫い止める。
 ライネスも動きづらくてさぞ焦れていることだろう。きっと辛い罰のはずだえっへんと思いながらむぎゅむぎゅ。

 背後から「抱きつくなら俺に……」というシモンの声が聞こえてくるけれど、それは華麗にスルーした。だめだめ。これはシモンにはしちゃいけない。
 シモンは僕が何をしても嬉しそうにするからだめだ。罰にならない可能性があるのだ。


「ごめんね。もうきっとたぶんやらないから許してほしいな」

「絶対やりますよねバレてますよ」

「ゆるす」

「ありがとうフェリ!」

「あぁもうっ!フェリアル様ほんとチョロ可愛いんですから……!」


 ごめんなさいしたからよし、とうむうむ頷く。元からそれほど怒っていないし問題なしだ。
 しょん…と眉を下げてしっかりごめんなさいしたライネスをよしよしする。もうやらないなら良いのだ。ちなみにシモンのちょっぴり失礼な発言は再びスルーした。僕はちょろくない。

 むぎゅーを再開しようとしてハッとする。しっかりするのだ僕、サプライズはまだ終わっていない。僕にはプレゼントするものが花束だけじゃなく、もうひとつあるだろう。
 ぱっと振り返りローズへ駆け寄る。トラードと何やら話していたローズの元へ走ると、辿り着く前に二人がふっと視線を向けてきた。
 ぴょんぴょん跳ねるとローズがさっと膝をつき、僕の両脇を掴みかけたのであわわっと首を横に振る。

 そうじゃないよ。ひょいひょいはもういいんだよ。
 話がしたかったから、僕ここにいるよーと伝えたかっただけなのだ。視界の端で何やらぴょんぴょん跳ねてたら気になるだろうから。


「……何だ。もう一度罰を寄越せと言っているのかと思った」

「むっ。ちがう。ローズにプレゼント」

「プレゼント?花ならさっき貰ったが」


 のんのん、ちっちっち。分かってないでござるねとふふんする。
 さっきの鮮やかな花束で、ローズはきっと今油断している。これで終わりだろうと油断しているのだ。ということは、今がチャンス。
 ローズの背後でぐっとナイスサインしているトラードに得意げに頷く。任せて任せて。僕がびっくりさぷらいず大作戦の最後をしっかり遂行するのだ。


「ローズ。甘いものすき?」

「……好きも嫌いも無い。腹が減っていれば食う」

「がーん!」


 別に甘いものが好きなわけではないのか。お腹が空いていれば食べるって、それくらいなのか。

 しょんぼり肩を落としてがーん。今日はローズの誕生日、なるべく全てを楽しいと思ってもらいたいし、食べるものは全て美味しいと思ってもらいたい。だからローズの無関心さはちょっぴりしょんぼりだ。
 もしローズが甘いものを嫌いだと言ったら、その時はアップルパイの存在を隠し通すつもりでいたけれど。好きでも嫌いでもないって、どうすればよいのだろう。

 うーむと悩んでいるとローズから「それがどうした」と問われハッとする。ううんなんでもないよーとふるふる首を振りつつ思考を再開した途端、トラードが再び助け舟を出してくれた。


「何言ってんだよ。お前ガキの頃は貴族が捨てたクッキーとか飴とか美味そうに食ってたじゃん。道端に落ちたアイスまで舐めようとした時は流石に引いたけど」

「余計な事言うな」


 ぴたっ。ローズの周囲に立っていた人が全員固まる。もちろん僕も。
 捨てられたクッキーや飴を美味しそうに食べて、地面に落ちたアイスまで舐めて…?ぱちくり瞬く僕と目が合ったローズが、一瞬ぴくりと肩を揺らして居心地悪そうに瞳を揺らした。


「……気味が悪いだろ。だがあの時はそうでもしなければ──」

「よかった!ローズ。甘いものすきなのね」

「…………は」


 わーいわーいと万歳する。やったやった、ローズは甘いものが嫌いなわけではないんだ。むしろどちらかと言うと好きな方だろう。よきよき。

 僕も落としてしまったクッキーは三秒ルールで食べようとしてしまう。そういう時は僕より素早く動けるシモンにさっと回収されてしまうけれど。しょぼぼん。
 よかった。これならアップルパイをプレゼントしてもよさそうだとにこにこ。

 シモンにアップルパイを出すようにひそひそお願いしている中、ローズが驚いたように目を丸くして僕を見つめていることには気が付かなかった。


「……」

「ローズ!プレゼントあげる」

「……あぁ」


 僕に持たせるのは危ないと感じたのか、シモンはアップルパイを僕の手に乗せずそのままテーブルへちょこんした。
 とっても安全な考えだけれど若干がーん…となった。でも仕方ない。僕でも思う。きっと落としちゃうだろうなーしょんぼりって。
 シモンは今までの数々の経験から、その可能性が極めて高いと判断したのだろう。うーむ有能でござるな。


「ローズ、これあげる。おいしいよ」

「これは……」


 ゆっくりと歩んでくるローズ。アップルパイを見下ろす瞳には、どんな感情が宿っているのか全く読めなかった。いつもの無表情だからだろうか。

 そわそわしながらも反応を待つ。もしかしてこれが一体何なのか分かっていないのかな、と数秒経って思い至り、はっとはらはらしながら教えてあげることにした。
 とたとた駆け寄りアップルパイを指さす。ぼーっとアップルパイを見つめているローズにあのねあのねと切り出した。


「ローズ。これはね」

「アップルパイ」

「……む?」

「……アップルパイだろ。知ってる」


 きょとん。ぱちぱち。
 ぱぁっと瞳を輝かせてこくこく頷く。よかった。アップルパイは知っていたみたいだ。

 こくこく頷きもう一度反応を窺う。どうかな、喜んでいるかな。それとも嫌がっているかな。
 ローズの表情は読みにくいからと注意深く見つめていると、不意にローズがゆらりと動き出した。ほんの少し前のめりになり、じっと形や色を確かめるようにアップルパイを観察する姿にそわそわする。
 大丈夫だよ。しっかり食べられるアップルパイだよ。焦げてないよ。


「……ローズ、うれしい?」


 そわそわ。もじもじしながら問い掛けると、ローズがふと僕を見下ろした。
 ローズのことだから、きっと無言と無表情を貫いて頷くか動きを止めるかのどちらかだろう。嬉しいかどうかしっかり見極めねばと目を凝らした次の瞬間、ハッと硬直した。




「……あぁ。うれしい」




 ふわり。淡い色のふわふわした花が咲くみたいな、ぽかぽか暖かい春みたいな。雪解けのような。
 とにかく柔らかく、幼い子どもみたいに頬を緩めたローズを見て、まるで時が止まったかのような錯覚を受けた。
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