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【聖者の薔薇園-プロローグ】

206.あの子のために(後半ライネスside)

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 あのあと帰ってよしと許可が出て、ライネスと一緒に騎士団本部を後にした。
 神官のお兄さんへの尋問や神殿の関わりなど、諸々の捜査も進めてくれるようなのでほっと一安心。場所が神殿所有の塔だっただけに、やっぱり神殿が関与している可能性が高いのだとか。

 シモンとわんちゃ…グリードは個人的な用件があるみたいで、あのあとそのまま何処かへ行ってしまった。シモンは後でもいいとグリードを突き放していたけれど、僕が行ってもいいよと言うと申し訳なさそうにその場を後にした。
 帰りの護衛は、ライネスの迎えに来た大公家の騎士が務めてくれるらしい。厳つい顔のお兄さんだけれど、話してみると穏やかな人だったから緊張が解れた。

 何はともあれ、捜査に関しては騎士団に…おじさん達に任せて問題無さそうだ。少なくともおじさんと眼鏡くいっ副官さんは良い人そうだったから、信じても大丈夫だろう。ライネスが心を開いていたくらいだから。
 となるとあと残る疑問は、ライネスとローズ達についてだ。

 お父様やお母様に直接謝罪をしたいからと、帰路は大公家所有の黒い馬車で。
 窓の外をぼんやり眺めながら膝の上の僕をむぎゅっとしていたライネスに、ふとつんつんと問い掛けた。


「ライネス。どうして僕の場所、わかったの」

「うん?」


 ライネスがはっと視線を下ろす。きょとんとする僕をじっと見つめて、困ったようにふにゃりと微笑んだ。


「あぁ、あの後直ぐにトラードが来たんだよ。フェリを狙う愚か者の情報を手に入れたってね。けど…もう手遅れだったから…」


 暗殺ギルドが引き受けたという依頼。それについての情報を入手したトラードは、依頼人の目的が僕であることを知って慌てて現場に駆け付けたらしい。
 けれど既に計画は実行された後。一人倒れていたライネスを救出すると、トラードはローズを呼び寄せて三人で神殿所有の塔へ向かったと。
 今回は完全にトラードに救われた形になったというわけか。ディラン兄様の件やらで悪い印象も多いトラードだけれど、頼りになるときは本当に百人力だからとってもありがたい。ありがとうを伝えねば…。

 それにしても…トラードはどうして僕に味方してくれるのだろう。例の暗殺未遂での罪悪感とか、それにしたってあまりに献身的な気がする。
 そんな疑問をふと口にすると、ライネスが柔く苦笑した。


「罪悪感で他人に尽くせる程、あの二人は穏やかじゃないよ。ただ…身内にはとことん甘いからね。トラードはフェリに感謝しているんじゃないかな」

「かんしゃ…?」

「ローズの事とか、色々。私は以前から彼と交流があるけれど…少なくとも、シュタイン伯爵は以前より大分丸くなったと思うよ」


 これからもっともっと丸くなると思う。そう語るライネスの瞳には、ローズへの…というより、シュタイン伯爵への信頼と気遣いがあった。


「だからこそ、今回の件は二人にとっても地雷だっただろうね。きっとこれで終わらせるつもりは毛頭無い。それは私もだけど」


 ライネスの声音がほんの少し低くなったような気がして顔を上げる。けれどすぐにぎゅっと抱き締められて、視界は真っ暗になった。まるで表情を隠したがっているみたいだ。

 地雷。終わらせる。どういう意味だろうと首を傾げると、それを宥めるようにぽんぽんと頭を撫でられた。


「大人のお話。フェリにはまだ早いかもね」




 * * *




 フェリを自室に送り、向かった公爵の執務室。
 第一騎士団から既に報告が来たらしい。公爵は重苦しい空気を纏って、執務机を挟んで正面に立つ私に鋭い視線を向けていた。

 フェリは知らなかったようだが、公爵は東部を纏める第二の団長。こういう時の威圧は適当な騎士達とは比べ物にならない。父上の殺気に慣れていなければ部屋に入った瞬間から気圧されていただろう。


「謝罪は結構です。寧ろ、此方の問題に公子を巻き込んでしまい申し訳ない…」


 暗い表情で語る公爵。疲労を誤魔化すように眉間を指で抑える姿に罪悪感が募った。大切な息子が神官に拉致され、貞操の危機に陥るなんて。本当なら共にいて守れなかった私を糾弾したいだろうに、それを許さない状況と立場。
 高すぎる地位と他人という事実をこんなにも恨んだのは初めてかもしれない。


「……子息を誘ったのは私です。身の安全の保障も責任も、全ては私が負うべきものでした」


 結局は私も口だけの人間だった。守ると誓っていざ危機に陥り、何も出来ないなど。一番愚かなのは誰なのか、それを考えるだけで気が沈む。

 魅了などという呪いを使わずとも、素の状態で過剰なほどの魅力を持つフェリ。そんなフェリだからこそ、身の程知らずにもリスクを冒してまでフェリを狙う人間は多い。フェリが知らないだけで、きっと日常的に今回の神官のような人間は現れているのだろう。
 フェリが見ていない間、死角でシモンがフェリを狙う人間を仕留めている姿を何度も見たことがある。そもそもフェリに脅威を察知させない。それが護衛の理想像であるはずだ。そしてそれを、今まではシモンや公爵家の騎士達が実現してきた。

 だがそれもそろそろ限界だろう。フェリは以前よりも表に出る機会が増えたし、その分危険も増えた。今まで通りというのは通用しない。
 大公家の騎士を鍛えてフェリにつけるか…そんなことを考えていると、不意に公爵が神妙な面持ちで口を開いた。


「やはり、フェリの護衛を増やそうかと…実は以前から考えていたことなのですが」

「護衛は騎士団から数人、常に子息につけていると聞きましたが…?」


 フェリは知らないが、実は外出時や庭園での散歩をする時、フェリを護衛している人間はシモンだけではない。
 基本的に、日常的に近付く脅威…暗殺者や賊を秘密裏に仕留めているのは彼らの方だ。シモンは周囲の警護を全て突破された時の最後の壁。だからこそ、シモンと対峙する敵は大抵が強者であることが多い。
 それこそ、例に挙げられるのはローズやトラード、ルドルフなんかもその類に入る。

 とは言え言い方を変えてしまえば、シモンの護りさえ突破されてしまえば詰み。どうやら公爵が懸念しているのはその辺りのことらしい。


「騎士達はこれまで通りの護衛を継続させます。ただ…やはりシモンだけでは少々心許ない」


 公爵の声音は平坦で、何処か冷酷な一面を想像させた。フェリの前では穏やかな姿だけを見せているだけに、普段とのギャップが凄まじい。まぁ…それを言うならフェリの周囲にいる人間は大抵そうか。

 それにしても、これだけ息子を愛するただの父親でも、神の魅了には抗えないのかと不意に。
 シモンから聞いた話では公爵はあまり出てこなかったから、実際どうだったのかは前世の公爵にしか分からないが。
 そういえば私自身はどうだったのだろう。私は前世だとフェリとは関わりが無かったようだが、何か残酷な仕打ちをフェリにした一人なのだろうか。
 自分のことだというのに、全く想像がつかない。いつかは私も思い出すのだろうか、過ちの全てを。


「侍従を増やそうかと考えています」

「……侍従を?」


 公爵の言葉で我に返る。
 侍従を増やす…それはつまり、フェリの傍に常に侍る人間がシモンだけではなくなるということ。

 フェリの生活を朝から夜まで支える人間。シモンなら否定しない。フェリとシモンの依存にも似た関係を知っている身からすれば、シモンを否定することは絶対に出来ない。
 だが…シモン以外の人間がフェリの一日に介入するのは…それは何だか、納得が行かない。はっきり言って、普通に不愉快だ。


「そう、ですか。確かに…そう、ですよね」


 反応が不自然にぎこちなくなってしまったが見逃してほしい。受け入れる覚悟がまだ追い付いていないのだ。
 不愉快とはいえ、これは公爵家の問題なのだから部外者の私が介入すべきことではない。そうなのかと、反応を返すことしか出来ない。
 それでも、湧き上がる不快感を追い出すことが難しい。表情に滲む歪みに気付かれていないといいが。

 公爵は目を細めると、過去を思い返すような口振りで小さく呟いた。


「……心配、というより…過保護が過ぎたのでしょう。幼い頃のフェリはまるで人形のようで、感情も存在しないかのようで…」

「……」

「人を怖がっているような節があったのです。ただでさえ危うげな子に無理な事をさせる気にはなれず…結果的に、あの子に必要以上に人を近付けることに敏感になってしまった」


 完全に自分の落ち度だと、そう語る公爵を見てはもう、何も言えなくなってしまった。
 言ってしまおうか、そんなことを不意に思った。魅了のこと、聖者のこと。だが、これからのことが何も分からない、最終的な結末がどうなるのか分からない段階で、フェリの許しを得ずに公爵を巻き込むことは出来ない。
 もしかすると、前世の二の舞になるかもしれない。そんな不穏な予感を抱く自分がいる。


「これからは、フェリが選んだ友人を否定しないようにと…そう考えているのです。幼少期、素直に愛を享受出来なかった分…これからはあの子の思うがまま、愛されるべきだと」


 浮かぶ微笑みは、息子を愛するただの父親そのものだった。

 それを見て全てがすとんと腑に落ちる。まぁいいか、フェリの安全が強化されるなら、それはそれで。
 私はその中の一人でいい。特別になりたいという想いは確かにあるが、何より望んでいるのはフェリの幸せだ。私はただ、私にとっての救世主が幸福になる手助けをするだけ。

 積極的な従兄弟に後れを取らないよう、私も続いて想いを告げてしまおうかとも思ったが。そういう役割はレナードに任せて、私はフェリが憧れる『お兄さん』らしく後援に徹するとしよう。

 …なんて。こんなことを父上に聞かれれば、腑抜けだと一喝されてしまうだろうな。

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