204 / 400
【聖者の薔薇園-プロローグ】
206.あの子のために(後半ライネスside)
しおりを挟むあのあと帰ってよしと許可が出て、ライネスと一緒に騎士団本部を後にした。
神官のお兄さんへの尋問や神殿の関わりなど、諸々の捜査も進めてくれるようなのでほっと一安心。場所が神殿所有の塔だっただけに、やっぱり神殿が関与している可能性が高いのだとか。
シモンとわんちゃ…グリードは個人的な用件があるみたいで、あのあとそのまま何処かへ行ってしまった。シモンは後でもいいとグリードを突き放していたけれど、僕が行ってもいいよと言うと申し訳なさそうにその場を後にした。
帰りの護衛は、ライネスの迎えに来た大公家の騎士が務めてくれるらしい。厳つい顔のお兄さんだけれど、話してみると穏やかな人だったから緊張が解れた。
何はともあれ、捜査に関しては騎士団に…おじさん達に任せて問題無さそうだ。少なくともおじさんと眼鏡くいっ副官さんは良い人そうだったから、信じても大丈夫だろう。ライネスが心を開いていたくらいだから。
となるとあと残る疑問は、ライネスとローズ達についてだ。
お父様やお母様に直接謝罪をしたいからと、帰路は大公家所有の黒い馬車で。
窓の外をぼんやり眺めながら膝の上の僕をむぎゅっとしていたライネスに、ふとつんつんと問い掛けた。
「ライネス。どうして僕の場所、わかったの」
「うん?」
ライネスがはっと視線を下ろす。きょとんとする僕をじっと見つめて、困ったようにふにゃりと微笑んだ。
「あぁ、あの後直ぐにトラードが来たんだよ。フェリを狙う愚か者の情報を手に入れたってね。けど…もう手遅れだったから…」
暗殺ギルドが引き受けたという依頼。それについての情報を入手したトラードは、依頼人の目的が僕であることを知って慌てて現場に駆け付けたらしい。
けれど既に計画は実行された後。一人倒れていたライネスを救出すると、トラードはローズを呼び寄せて三人で神殿所有の塔へ向かったと。
今回は完全にトラードに救われた形になったというわけか。ディラン兄様の件やらで悪い印象も多いトラードだけれど、頼りになるときは本当に百人力だからとってもありがたい。ありがとうを伝えねば…。
それにしても…トラードはどうして僕に味方してくれるのだろう。例の暗殺未遂での罪悪感とか、それにしたってあまりに献身的な気がする。
そんな疑問をふと口にすると、ライネスが柔く苦笑した。
「罪悪感で他人に尽くせる程、あの二人は穏やかじゃないよ。ただ…身内にはとことん甘いからね。トラードはフェリに感謝しているんじゃないかな」
「かんしゃ…?」
「ローズの事とか、色々。私は以前から彼と交流があるけれど…少なくとも、シュタイン伯爵は以前より大分丸くなったと思うよ」
これからもっともっと丸くなると思う。そう語るライネスの瞳には、ローズへの…というより、シュタイン伯爵への信頼と気遣いがあった。
「だからこそ、今回の件は二人にとっても地雷だっただろうね。きっとこれで終わらせるつもりは毛頭無い。それは私もだけど」
ライネスの声音がほんの少し低くなったような気がして顔を上げる。けれどすぐにぎゅっと抱き締められて、視界は真っ暗になった。まるで表情を隠したがっているみたいだ。
地雷。終わらせる。どういう意味だろうと首を傾げると、それを宥めるようにぽんぽんと頭を撫でられた。
「大人のお話。フェリにはまだ早いかもね」
* * *
フェリを自室に送り、向かった公爵の執務室。
第一騎士団から既に報告が来たらしい。公爵は重苦しい空気を纏って、執務机を挟んで正面に立つ私に鋭い視線を向けていた。
フェリは知らなかったようだが、公爵は東部を纏める第二の団長。こういう時の威圧は適当な騎士達とは比べ物にならない。父上の殺気に慣れていなければ部屋に入った瞬間から気圧されていただろう。
「謝罪は結構です。寧ろ、此方の問題に公子を巻き込んでしまい申し訳ない…」
暗い表情で語る公爵。疲労を誤魔化すように眉間を指で抑える姿に罪悪感が募った。大切な息子が神官に拉致され、貞操の危機に陥るなんて。本当なら共にいて守れなかった私を糾弾したいだろうに、それを許さない状況と立場。
高すぎる地位と他人という事実をこんなにも恨んだのは初めてかもしれない。
「……子息を誘ったのは私です。身の安全の保障も責任も、全ては私が負うべきものでした」
結局は私も口だけの人間だった。守ると誓っていざ危機に陥り、何も出来ないなど。一番愚かなのは誰なのか、それを考えるだけで気が沈む。
魅了などという呪いを使わずとも、素の状態で過剰なほどの魅力を持つフェリ。そんなフェリだからこそ、身の程知らずにもリスクを冒してまでフェリを狙う人間は多い。フェリが知らないだけで、きっと日常的に今回の神官のような人間は現れているのだろう。
フェリが見ていない間、死角でシモンがフェリを狙う人間を仕留めている姿を何度も見たことがある。そもそもフェリに脅威を察知させない。それが護衛の理想像であるはずだ。そしてそれを、今まではシモンや公爵家の騎士達が実現してきた。
だがそれもそろそろ限界だろう。フェリは以前よりも表に出る機会が増えたし、その分危険も増えた。今まで通りというのは通用しない。
大公家の騎士を鍛えてフェリにつけるか…そんなことを考えていると、不意に公爵が神妙な面持ちで口を開いた。
「やはり、フェリの護衛を増やそうかと…実は以前から考えていたことなのですが」
「護衛は騎士団から数人、常に子息につけていると聞きましたが…?」
フェリは知らないが、実は外出時や庭園での散歩をする時、フェリを護衛している人間はシモンだけではない。
基本的に、日常的に近付く脅威…暗殺者や賊を秘密裏に仕留めているのは彼らの方だ。シモンは周囲の警護を全て突破された時の最後の壁。だからこそ、シモンと対峙する敵は大抵が強者であることが多い。
それこそ、例に挙げられるのはローズやトラード、ルドルフなんかもその類に入る。
とは言え言い方を変えてしまえば、シモンの護りさえ突破されてしまえば詰み。どうやら公爵が懸念しているのはその辺りのことらしい。
「騎士達はこれまで通りの護衛を継続させます。ただ…やはりシモンだけでは少々心許ない」
公爵の声音は平坦で、何処か冷酷な一面を想像させた。フェリの前では穏やかな姿だけを見せているだけに、普段とのギャップが凄まじい。まぁ…それを言うならフェリの周囲にいる人間は大抵そうか。
それにしても、これだけ息子を愛するただの父親でも、神の魅了には抗えないのかと不意に。
シモンから聞いた話では公爵はあまり出てこなかったから、実際どうだったのかは前世の公爵にしか分からないが。
そういえば私自身はどうだったのだろう。私は前世だとフェリとは関わりが無かったようだが、何か残酷な仕打ちをフェリにした一人なのだろうか。
自分のことだというのに、全く想像がつかない。いつかは私も思い出すのだろうか、過ちの全てを。
「侍従を増やそうかと考えています」
「……侍従を?」
公爵の言葉で我に返る。
侍従を増やす…それはつまり、フェリの傍に常に侍る人間がシモンだけではなくなるということ。
フェリの生活を朝から夜まで支える人間。シモンなら否定しない。フェリとシモンの依存にも似た関係を知っている身からすれば、シモンを否定することは絶対に出来ない。
だが…シモン以外の人間がフェリの一日に介入するのは…それは何だか、納得が行かない。はっきり言って、普通に不愉快だ。
「そう、ですか。確かに…そう、ですよね」
反応が不自然にぎこちなくなってしまったが見逃してほしい。受け入れる覚悟がまだ追い付いていないのだ。
不愉快とはいえ、これは公爵家の問題なのだから部外者の私が介入すべきことではない。そうなのかと、反応を返すことしか出来ない。
それでも、湧き上がる不快感を追い出すことが難しい。表情に滲む歪みに気付かれていないといいが。
公爵は目を細めると、過去を思い返すような口振りで小さく呟いた。
「……心配、というより…過保護が過ぎたのでしょう。幼い頃のフェリはまるで人形のようで、感情も存在しないかのようで…」
「……」
「人を怖がっているような節があったのです。ただでさえ危うげな子に無理な事をさせる気にはなれず…結果的に、あの子に必要以上に人を近付けることに敏感になってしまった」
完全に自分の落ち度だと、そう語る公爵を見てはもう、何も言えなくなってしまった。
言ってしまおうか、そんなことを不意に思った。魅了のこと、聖者のこと。だが、これからのことが何も分からない、最終的な結末がどうなるのか分からない段階で、フェリの許しを得ずに公爵を巻き込むことは出来ない。
もしかすると、前世の二の舞になるかもしれない。そんな不穏な予感を抱く自分がいる。
「これからは、フェリが選んだ友人を否定しないようにと…そう考えているのです。幼少期、素直に愛を享受出来なかった分…これからはあの子の思うがまま、愛されるべきだと」
浮かぶ微笑みは、息子を愛するただの父親そのものだった。
それを見て全てがすとんと腑に落ちる。まぁいいか、フェリの安全が強化されるなら、それはそれで。
私はその中の一人でいい。特別になりたいという想いは確かにあるが、何より望んでいるのはフェリの幸せだ。私はただ、私にとっての救世主が幸福になる手助けをするだけ。
積極的な従兄弟に後れを取らないよう、私も続いて想いを告げてしまおうかとも思ったが。そういう役割はレナードに任せて、私はフェリが憧れる『お兄さん』らしく後援に徹するとしよう。
…なんて。こんなことを父上に聞かれれば、腑抜けだと一喝されてしまうだろうな。
164
お気に入りに追加
13,343
あなたにおすすめの小説
気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話
上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。
と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。
動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。
通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました
綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜
【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】
*真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
悪役令息、ダリル・コッドは知っている。
この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。
ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。
最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。
そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。
そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。
(もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)
学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。
そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……――
元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。