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【聖者の薔薇園-プロローグ】

203.闇属性のお姫さま

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「まぁまぁ落ち着いて。報復も処理もいつだって出来るから。なにも今じゃなくたって良いんじゃない?」

「……確かに、それもそうですね。計画が整ってからでも遅くありませんし…」


 ひそひそ。真っ黒オーラを纏って出て行こうとしたシモンをライネスが引き留めた後。二人は扉の前でひそひそ内緒話をして、何やら納得のいく結論が出たのか落ち着いた様子で戻ってきた。
 何を話したのかは気になるけれど、まぁいいか。シモンが冷静に戻ってよきよき。

 わんちゃんをもふもふ撫でながら待っていた僕を見るなり、シモンは何故かぴくっと顔を歪めて一瞬動きを止めた。やっぱり犬が嫌いなのかな…もふもふかわいいのに…。


「フェリアル様。その犬は危険なので俺に…」

「わんっ!わんわんっ!!」

「その犬はフェリに懐いているみたいだよ、シモン」


 ぺろぺろ。もふもふ。
 ものすごい勢いで尻尾をぶんぶん振ってくっついてくるわんちゃん。ライネスの言う通り、懐かれているのかもと嬉しくなった。飼い主さんはいないのかな。


「シモン。わんちゃん、ご主人さまいない?」

「……その…主人というか…それはただの犬じゃなくてですね…」


 もふ、とぎこちなくも優しくわんちゃんを抱き上げるシモン。さっき僕が叱ったから、しょんぼり反省したようだ。強く言いすぎちゃったかな…。

 シモンは抱っこしたわんちゃんをぽすっと床に下ろし、くるくる足元を走り回るわんちゃんに「グリード、もう戻っていいですよ」とそっけなく吐き捨てた。なんだか対応が冷たいような気が…。
 それにしてもこのわんちゃん、グリードというのか。名前をつけるくらいにはきちんと犬好きだったのねよきよきと安心していると、不意にわんちゃんがぐにゃりと変形して体を大きく伸ばし始めた。


「む……?」


 わんちゃん、ぎがわんちゃんに進化でもしちゃうのだろうか。
 そう思いじっと進化過程を見守っていると、やがてわんちゃんは見慣れた人型に変形してもふっとその姿を現した。


「ほぇ…?」

「えぇ…」


 ライネスと一緒に呆然と目を見開く。ぱちぱち、と困惑の色を表情に滲ませて瞬いた。

 バランス良くすらりと伸びた手足に、ふわくしゃっとした癖毛多めの茶髪。黒曜みたいなキラキラな瞳に、整った童顔。そして何より…頭にもふっと生えた耳と、お尻でふわっさぁっと揺れている触り心地の良さそうな尻尾。
 にかっと笑った見慣れない青年は、懐っこく尻尾をぶんぶん振りながら声を上げた。


「いい匂いのするショタくん初めまして!俺、グリードっていいます!姫を探して遥々隣国からやってきました!」

「ひめ…?」

「絶賛姫探しの途中だったんですけど、超絶強い黒騎士シモン様の気配を感じて寄り道しちゃった次第です!」


 ひめ…くろきし…?
 突然の情報量の多さに頭がぐるぐるし始める。シモンも初耳の言葉があったようで、訝しげに眉を顰めて「どういう意味ですか」と問い掛けている。仲良しなのかと思ったけれど、この距離感…どうやらシモンとグリードは長い付き合いの間柄ではないようだ。

 グリードが尻尾のぶんぶんの勢いを更に強め、シモンの問いに嬉しそうに答えた。


「俺、姫に会いたくて帝国に来たんです!どんな容姿でどんな人柄の方なのかもわからないんですけど!それでも俺、どうしても会いたくて!」

「獣人が暮らす国と言えば…リーベルタースかな。あそこの国には王子しかいないはずだけど…?」


 キラキラと瞳を輝かせながら語るグリードの話を、ふとライネスがばっさりと遮る。ライネスすごい、順応力が高い。わんちゃんが突然人の姿になったのに、大して驚いた様子を見せないなんて。
 ライネスにばっさり言葉を遮られたことには何も言わず、グリードはハッと目を見開いて「あぁいえ!国の姫のことではなくて!」と慌てた表情で手を振った。


「俺が探してるのは、闇属性の主君となる姫のことです!属性にはそれぞれ主がいるんですが…その内、風と闇の主君は帝国にいる!という噂がありまして!」

「あなたは闇属性の主を探しに来たと」

「そういうことです!」


 ぶんぶんっ。首も尻尾も全力で振るグリードがなんだか可愛く見えた。犬の獣人だからかな、人懐っこい仕草が多くて、警戒心が無意識に薄れてしまう。
 悪い人ではないのだろうなと、本能がグリードを認めているような。

 嫌そうな顔のシモンにふすふすと近づくグリードの傍らで、ライネスがふと「風属性と闇属性の主…」とぼそぼそ呟いた。なにか心当たりでもあるかのような声音だ。
 グリードの探し人を知っているの?そう聞こうとした時、ちょうどシモンが何か引っかかった様子で首を傾げた。


「どうして女性だと分かるんです?容姿も人柄も分からないって、見たこともないってことですよね」


 たしかに、とこくこくする。主さんが男性である可能性もあるだろうに、どうしてグリードは見たこともない主を女性だと確信したのだろう。
 きょとんとする僕達を前に、グリードはえっへんと胸を張ってどどどやぁした。


「リベラ様の神託が下ったからです!そのありがたーいお言葉によると、主君の特徴は『華奢で愛らしく、その姿はまさしく天使そのもの』ということで少女ではないかと!加えて『繊細な子故、丁重に扱わねば神の怒りが大地を貫くだろう』との溺愛っぷりで!」

「……華奢で愛らしく…天使そのもの…」

「……あのぐーたら神が溺愛する姫…」


 演劇みたいな大袈裟な身振り手振りで語るグリード。はて姫とはどちらさまじゃろかーとふむふむ考えていると、ふと両脇から強い視線を感じてきょとんと顔を上げた。

 じーっと僕を見下ろす二人。シモンとライネス。
 ちらりちらりと交互に二人を見上げ、沈黙がしばらく続いた頃にふと首を傾げる。おずおずと自分を指さしてぱちくり瞬くと、二人は無言で深く頷いた。
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