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【聖者の薔薇園-プロローグ】

188.異変

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「こちらもお似合いになるかと!!」

「いいえこちらの方がっ」

「いえいえこちらの方がッ!!」


 帝都、貴族御用達の仕立て屋。ライネスの指示で全ての衣装が奥から引っ張り出され、真ん中に立った僕はあっちこっちから衣装を当てられあわあわしていた。

 黒や白や鮮やかな赤や青まで。女の子が着るようなふわっと広がったスカートを当てられた時は流石にぷくっと怒って「僕、おとこのこ」としっかり教えてあげた。
 まったく、ぷんぷん。女の子に間違われるなんて。ちょっとだけ平均よりも、ほんのちょっぴりだけ小さいだけで、筋肉むきむき、中身も賢いお兄さん。かわいいじゃなくかっこいいが似合うひとなのに。

 そんなこんなでぷんぷんしつつふぁっしょんしょーをしていると、不意に正面のソファにゆったり腰掛けてじーっと僕のしょーを見つめていたライネスが声を上げた。


「ブローチも付けよう。宝石は金色のもので。それと、黒生地の衣装は全て買うから包んでくれるかな」


 ライネスの一声に店員さん達がぴたっと硬直する。黒生地の衣装を纏う僕とライネスを交互に見つめると、やがてハッとしたように頬を染めて立ち上がった。
 二手に分かれて服を包む係とブローチを用意する係がそれぞれ動く。さささーっと奥に下がってすぱぱっとブローチをかき集めて戻ってきたブローチ係、この短時間でたくさんあるブローチの中から金色のものだけ集めて持ってくるなんて…なかなか凄腕の店員さん達だ。

 こそこそひそひそと話しながら結局全てのブローチを購入したらしいライネスは、しょーをしていた僕よりもやりきった顔をして息を吐いた。


「さぁフェリ。そのお洋服のまま、一緒にチーズケーキでも食べに行こうか」

「……!チーズケーキ!たべる!」


 わーいわーいとぴょんぴょん跳ねる。ライネスと手を繋いで中央から離れると、背後から店員さん達のとっても力と心が籠った「ありがとうございました!!」が聞こえてきた。





 * * *





「フェリアル様!お洋服は買えましたか?」

「うむ。これ、かっこいい」

「……すごい。独占欲の塊みたいな色合いですね…」


 仕立て屋さんを出て入り口で護衛をしていたシモンに答えると、思っていたものとは違う反応が返されて困惑した。
 おかしいな…いつものシモンならすぐに『素敵です天才ですお似合いです!!』くらい言いそうなものだけれど。このお洋服、似合っていなかったのかな…。

 しょぼぼんする僕を見て何かを察したのか、シモンはふとハッとした様子であわあわ手を振った。


「とってもお似合いです!ちょっと男の醜い欲望が見え隠れしていたもので呆然としてしまいました!ごめんなさい!」

「む…?うむ、だいじょぶ」


 よくわからないけれど、何か嫌なものが見えてしまったらしいと同情する。お祓いのために、このお洋服は今日のうちにごしごし洗っておかないと。シモンが元気を無くしてしょぼぼんしちゃうのはだめだから。


「シモン。シモンも、チーズケーキたべる」

「わー!俺も良いんですか!嬉しいですありがとうございます!!」

「うむ。はっ!ライネス、シモン一緒…」

「構わないよ。こうなるだろうなとは思っていたから。うん。フェリとシモンはセットだもんね」


 にこにこと全てを悟った神様みたいな顔をするライネス。何でも全部受け止めますーみたいな表情だ。
 それを聞いたシモンが意外そうな表情を浮かべたことには気付かず、僕はライネスの言葉にぷるぷる震えて感動していた。ライネスやさしい。

 むぎゅ、と抱きついてライネスのお腹にうりうり顔を埋める。やっぱりライネスは大好きな友達だ。大好きな友達にはぎゅーしていいはず。
 思えば初めて会った時から闇属性というだけでシモンをバカにすることもなかったし、今だってすごく優しい。


「ありがとライネス」


 ふにゃりと頬が緩む。
 ライネスとは、ずっとずっと仲良しでいたいな。ぎゅーも抱っこも、全部できたままがいいな。


「その代わり、次に大公家に遊びに来たら二人きりでお菓子を食べようね?」

「むっ。うむ!」


 ひそひそと耳元で囁いたライネスにこくこく頷く。
 二人きりじゃないと話せないこともあるだろうし、僕もライネスと二人でお菓子もぐもぐしたい。もちろんいいよとこくこくすると、ライネスは嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃあ行こうか。美味しいチーズケーキがあるお店、貸し切りで予約しているから」

「あ、こうなること決まってたんですね。初めからフェリアル様とチーズケーキを食べるつもりで…」

「うん?もちろん。フェリと外出するならまずはチーズケーキが売られている店を確認、ってこれフェリデートの常識だからね」


 きょとんライネスと呆れ顔シモン。なんだか楽しそうにお話しているなぁ、と思いながらもライネスと繋いだ手を無言でちょんちょん引っ張る。
 はっとして「さっ、行こうか」とにこやかに言うライネスに、わくわくそわそわしながら何度も頷いたその直後。


「……?」


 ふと、微かな違和感を覚えて振り返る。視線の先には表通りを歩く人々の雑踏ばかりで、怪しい気配は何もない。
 数秒きょろきょろして、やがて気のせいかとぱちくりしながら視線を戻した。僕の一連の動きを見ていたらしい二人が心配そうに声をかけてくるのを、全て「なんでもない」で返してふにゃりと微笑んだ。

 気を取り直してと歩みを再開しようとした時、今度はシモンが一瞬くらりとよろめいたことで目を見開く。


「だいじょぶ…?」

「えぇ、大丈夫ですよ。すみません…何だか、ここに来てから少し頭がぼーっとしていて…おかしいですね、こんな軟弱な体ではないはずなんですが…」


 額をそっと指先で抑えるシモン。確かに、少し顔も青褪めているように見える。
 どうしようどうしようあわあわと混乱していると、僕を宥めるようにひょいっと抱き上げたライネスが冷静に語った。


「人酔いかな。シモンはずっと外で待機していたからね、早く店に行って飲み物でも飲もうか」

「む…!うむ。シモン、きゅーしゅつする!」


 はよう店にゆかねば!ぴしっと表通りの先を指さすと、ライネスがにこっと笑って「お店こっちだよ」と逆方向を指さした。

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