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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
148.二度目
しおりを挟むこほんっと一つ咳払いをして、ルルが話を戻そうかと表情を真剣なものに変える。
魔塔主様が呆れ顔で初めからそうせんか…と零した呟きは聞こえなかったようで、静かに足を組んだルルは神妙な面持ちで語り始めた。
「フェリは聖者が持つ魅了の力について聞きに来た、ということだね?」
「うん。魅了の解呪方法が、なんだかおかしいって言ってた」
おかしい?と首を傾げるルル。僕の言葉を補足するように、シモンがひとつ頷いて説明してくれる。
「魅了はとても強力な呪いです。まさに神の力と言っていい。ですが、完全に魅了にかかっていない場合のみ有効とはいえ、解呪方法があまりに粗雑過ぎやしないかと」
血縁者の血を飲むことで、不完全な魅了であれば簡単に解呪することができる。考えてみれば、これは聖者にとってデメリットでしかない。
その前に完全に魅了をかけてしまえば聖者の思うまま。解呪方法は何の役にも立たないけれど、それではあまりに非効率。第一、魅了がかかっているかそうでないかの判別は本人にしか断言できず、曖昧だ。
実際、ディラン兄様は魅了にかかったふりで聖者を欺いた。
恐らく聖者は確実に魅了がかかったかどうか確認する術を持っていない。
それなのにあまり警戒が見られないのは、聖者が自分自身の力の解呪方法を知らないという確固たる証になる。
それなら、どうして簡単な解呪方法が魅了に設定されているのか。
シモンが問うと、ルルはその問いを予想していたとばかりに冷静な表情で頷いた。
「これについては、よく誤解されることが多いんだけどね。かけられた側からの解呪方法を、かけた側が設定することは出来ないんだ」
混乱して頭の中がこんがらがる。ルルの詳細な説明曰く、どうやら解呪方法を知ることは呪いをかけた本人ですら難しいらしい。
そもそも呪いの解呪方法は大きく分けて二つあって、そのうちの一つは誰でも知っている『聖者による解呪』という方法。女神に与えられた聖力により、呪いを解呪するというもの。
そしてもう一つは、全ての呪いに強制的に与えられるランダムな解呪方法。例えば今回のように血縁者の血を飲むことだったり、月光の元で祈る行為だったり。ある特定の条件を満たすと、呪いが解ける。
それを聞いて初めに思い浮かんだのは、純粋な疑問だ。
「でも…だれもわからないなら、けっきょくわからないままなんじゃ…」
「そうだよ。だから『特定の条件を満たすことによる解呪』という解呪法は世間に知られていない。誰も知らない解呪法を一どころかゼロから探さなければならないんだ。確率は限りなく無に近い」
今回のように解呪方法を知ることが出来たのは、奇跡と言っていいらしい。
確かに呪いをかけられて『血縁者の血を飲もう』なんて発想には普通ならない。きっとトラード達は何か奇跡的なきっかけがあって、偶然魅了の解呪方法を知ったのだろう。
「だからこそ、魅了の対抗策とも呼べる解呪法を知れたのは大きな収穫だ。神の力には神の力で返すか、世の理という神すら介入出来ない絶対的な領域に頼るしかないからね」
世の理というのが、神すら介入出来ない絶対的な領域。つまり、誰にも設定出来ない絶対的な解呪法のことを指すのだろう。
「僕達は女神に対抗する為、神の力を持つ愛し子を探していたんだ。解呪法をゼロから探すよりは可能性があると思ってね。神の数だけ愛し子は存在するけれど、その中でも自由の神、リベラ様の愛し子をずっと探していた」
「自由の神というと、マーテルに堕とされた邪神のことですよね」
「うん?そうだけど、どうしてマーテルに堕とされたことを……あぁ、貴方もリベラ様にお会いしたことがあるんだね。フェリだけかと思ってたよ」
へ…?とぽかんとした声をあげたのは、僕だったかシモンだったか。
リベラ様というのは、力を使った後にたまに会う神様のことだろう。神様が会えるのは僕だけだと言っていたはず…どうしてシモンが神様のことを知っているのだろう。
困惑する僕と冷静な表情のシモンを交互に見つめた魔塔主様が、ふと何かに納得した様子で深く頷いた。
「繰り返したのは愛し子だけでは無かったらしいの。君…愛し子の侍従よ、君は何度目かね?」
何度目って、なんのことだろう。更に困惑が深まる僕の隣で、シモンは顎髭を撫でて問う魔塔主様に僅かに目を見開く。かと思うと、少しだけ目を伏せて暗い瞳で呟いた。
「……二度目です。記憶を取り戻したのは、本当につい最近でして。リベラ様にお会いしたのも、その時です」
二度目。記憶を取り戻す。神様に会った。
シモンの言葉のひとつひとつが、やけに胸に刺さって頭に嫌な音が響く。衝撃の事実がすぐそこまで近付いている感覚に喉が渇いて、とにかく落ち着かなければと慌ててオレンジジュースを飲み込んだ。
暗い表情のシモンにそっと触れると、力無い優しい笑顔が返ってくる。その笑顔に、今だけは途方もなく複雑な感情が滲んでいるように見えて。僕は、思わず。
「にどめって、なに?シモン、神様にあったの?どうして?いつ…?」
シモンの瞳に映る自分の瞳が確信の色に染まっている。わかっているのに聞くなんて、と我ながら思って自嘲が零れそうになった。
僕の問いにシモンは一瞬息を吞んで、すぐに悔いを宿した切実な声が返ってきた。
「すみません…話すのが遅くなってしまって…」
「シモン…?どうして、悲しい顔してるの…?」
「……怖いんです。話したら、最後まで守れなかった俺を、フェリアル様は恨むんじゃないかって…」
思い詰めた様子で項垂れるシモンの背を慌てて撫でる。困惑して魔塔主様に視線を向けるけれど、そこにあるのは真っ直ぐにシモンを見据える静かな瞳だけだった。
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