上 下
107 / 400
攻略対象file4:最恐の暗殺者

if閑話.大好きな人たちに会いにいく話(終)

しおりを挟む
 
 本当は面と向かって会うつもりはなくて、ただ遠くから姿を見たらすぐに帰ろうと思っていた。兄様達の勉強の邪魔をしたくはないし、これほどの我儘を通すならせめて迷惑をかけることだけはしたくないから。

 ただ会いたいからなんて理由を学園側が許してくれるとは思っていなかったけれど、ダメもとで頼んでみるとまさかの了承を貰ってしまうという予想外。
 交渉をしたシモンに聞いてみたけれど「快諾して頂けました!」と笑顔で告げられたので驚いた。そういうところは厳しいと思っていたけれど、まさか本当に快く受け入れてくれたなんて。
 そんなこんなで迷惑をかけないようにと細心の注意を払って訪れた学園。兄様達の授業が終わるまで待っていようと座っていただけなのに、眠ってしまうとは何たる失態。


「フェリはどうして学園に来たんだ?」


 つんつんと頬を突っつかれながら問い掛けられ、甘く瞳を細めるディラン兄様にしょんぼりと答える。


「……兄さまたちに、会いたくて…その……」

「は?それだけ?俺らに会いたいだけでわざわざ来たのか?」

「っ……!ご、ごめんなさい…」


 本当は遠くから姿を見てすぐ帰るつもりだった、なんて言い訳を今更する気はない。どんな目的だったとしても、結果的に兄様達に見つかって今この瞬間迷惑をかけてしまっていることに変わりはないのだから。

 兄様達に呆れられた、嫌われた。それよりも、二人の迷惑になってしまったことが何より悲しくて。
 でも僕が悲しくなる資格なんてないから、湧き上がる衝動をぐっと堪えて唇を噛み締めた。少しでも力を抜いたらすぐにでも涙が溢れてしまいそうな状況の中、ぽかんと問い掛けたガイゼル兄様にディラン兄様が何やら怒りを滲ませた瞳を向けて声を上げる。


「……何度言えば分かるんだ。お前は言い方が悪い、フェリを怖がらせるな」

「は!?な、なんで怖がるんだよ!?俺はただ嬉しいだけで…っ」

「それなら率直に嬉しいと伝えろ愚弟。そんなだから幼少期、お前だけずっとフェリに怖がられていたんだろ」

「なっ…おまっ!!俺のトラウマを蒸し返すな!!」


 ガイゼル兄様のトラウマ…?幼少期、僕にずっと怖がられていた…って。もしかして、まだ僕が声すら発していなかった頃の話だろうか。
 確かにあの時、僕はガイゼル兄様に嫌われていると誤解してずっと避けていたけれど…あの時のことがどうしてトラウマになるのだろう。

 きょとんとする僕を見下ろし、ガイゼル兄様は「ぐっ…」と躊躇するように顔を歪めてやがて小さく呟いた。


「……その…嬉しいからな。お前が来てくれたの…」

「へ……?」

「っ…だから!別におこじゃねぇから!チビがただ会いたくて会いに来たとか、嬉しい以外に思う事ねぇからな!!」

「……!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶガイゼル兄様。どうしよう、ガイゼル兄様がせっかく嬉しくなってくれているのに、きっと今一番嬉しいのは僕の方な気がする。

 へにゃりとだらしなく頬を緩めて手を伸ばし、今一度「ぎゅー」と催促するとぎゅっと抱き締めてくる力強い両腕。ガイゼル兄様の鍛え上げられた体に擦り寄ると、腕の力は更に強まった。
 背後のディラン兄様にもぎゅっと挟まれているから、さっき外で眠っていたせいで体に籠った寒さが完全に消え去った。むしろとってもぽかぽかして暖かい。


「おい離れろ愚弟。お前の無駄に大きい図体の所為でフェリの可愛い顔が見えない」

「うるせぇ。ガキの頃から俺が避けられてんの良いことにチビ独占しやがって…これからは俺が独占すんだよ。てめぇの時代は終わりだクソディラン」

「言い掛かりはよせ。幼少期のアレはお前の愚鈍さが原因だろ。己の非から目を逸らすな」

「んなこたぁ分かってる!こういう時だけ兄貴面して説教すんな卑怯だぞ!!」


 前も後ろもあったかい、ぽかぽか。なんて一人ぽかぽかを堪能していると、ふと頭上の口喧嘩がヒートアップしてきたことに気が付いて慌てて顔を上げた。
 しまった、いつものことだから普通にスルーしてしまっていた。


「兄さま。けんか、めっ!仲よし」

「喧嘩なんてしていない。俺達はいつでも仲良しだ」

「喧嘩じゃねぇぞチビ。全部挨拶みたいなモンだ」


 それにしてはやけに物騒な挨拶だけれど、本当に大丈夫なのだろうか…。
 二人揃ってぐっと親指を立てている辺り、確かに仲は良さそうだ。さっきのは口喧嘩ではなく、言葉通りただの挨拶だったらしい。


「む……なかよし……?ガイゼル兄さま、ディラン兄さま好き?ディラン兄さま、ガイゼル兄さま好き?」

「え」

「は」


 わくわく、と瞳を輝かせて尋ねる。
 仲良しなら、二人はお互いのことが好きということになる。なのにいつも喧嘩ばかりしてしまうのは、言葉が足りないからじゃないだろうかと思い至った。

 だから、たまには本音を伝え合うのも良い気がする。そう思っての問い掛けだったけれど、何故か二人はドン引きした様子でお互いに目配せし始めた。


「……?すき、ちがう……?」


 好きじゃないのかな。二人はいつもの様子通り本当に仲が悪いのかな、とさっきまで輝いていた瞳がうるうると滲む。
 大好きな人たちがお互い嫌悪を抱いているなんて、それはとっても悲しいことだ。でもそれは二人の感情の問題だから、他人が口を出して良いことじゃない。

 でもやっぱり悲しいものは悲しい……なんて複雑な気持ちに苛まれていると、不意にディラン兄様が硬直を解いて語った。


「トテモ、スキダ」


 どうしてカタコトなのだろう……。

 声を発したディラン兄様だったけれど、いつもの棒読みを遥かに凌駕するようなカタコトが飛び出したことにぱちくりと瞬く。
 心做しか表情が無だ。何の色も宿っていない。


「き、きも……──」

「ガイゼル兄さまは?ディラン兄さま好き?」

「お、おう!す、す、す……き……らい!嫌いではねぇよ!!」


 ニカッと笑ってグーサインをするガイゼル兄様。
 求めていた答えとは少し違ったけれど、これでも好きと言っていることに変わりはないから満足してうんうんと頷いた。


「ふふん。僕も、ふたり大好き。なかよし」


 周囲に花をぽんぽんと咲かせるくらいの上機嫌で、ふにゃふにゃと微笑む。
 お互い見つめ合って苦々しい表情をしていた二人は、緩んだ僕の顔を見るなり笑みを含んだ呆れ顔で息を吐いた。


「まぁ……チビが嬉しいならいいか」

「この笑顔の為にプライドを捨てたと思えば安いものだ」


 何やらぼそぼそと語り合う二人にきょとんとすると、すかさず柔らかい笑みが返ってきた。


「そうだチビ。丁度昼休みだし、一緒に飯食おうぜ」

「……!たべる……!!」


 兄様たちとご飯。久々のそれは想像するだけで嬉しくてドキドキして、ついさっきまでの好き嫌い論争のことはぱっと忘れてしまった。


「あ……でも……おべんと、ない……」


 意気揚々とベンチから立ち上がったところでふと気付く。今日は兄様達の顔を見てすぐに帰る予定だったから、ご飯のことなんて何も考えていなかった。

 しょんぼりと肩を落とす僕を見下ろした二人は、何を言っているんだとばかりに目を丸くして、両側から僕の手をぎゅっと繋いだ。


「チビは俺らの一緒に食えば良いだろ?学食は混んでてだりぃから、俺らいつも弁当だしな」

「失態……フェリが来ると知っていればタコさんウインナーを用意したのだが……」


 お弁当、わけあいっこ。
 聞いただけでわくわくそわそわしてしまう。へにゃりと頬を緩めて繋いだ手に力を込め、嬉しい、ありがとうと紡いで、しょんぼり沈んだ面持ちのディラン兄様にも笑みを向けた。


「兄さま。次に来るとき、兄さまにたこさん作ってくる!」

「ッ……!!フェリの手作り弁当、だと……?」

「は!?何でディランだけなんだよ……!」

「ガイゼル兄さま、ちいさい頃、たこさん嫌いって……」

「いや好きだぞ。たった今一番好きな魚に昇格したぞ」


 それじゃあガイゼル兄様にもタコさん作らないと。
 ガイゼル兄様の分も持ってくるねと意気込んで答えると、返ってきたのは心底嬉しそうな笑顔だった。





───
次話から本編へ戻ります
しおりを挟む
感想 1,700

あなたにおすすめの小説

気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。 と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。 動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。 通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。