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攻略対象file4:最恐の暗殺者
108.聖者と悪役
しおりを挟むふと意識が戻る。
またあの光で意識を失ってしまったのだろうかと思い至り、皆心配しているだろうなと気が沈んだ。流石に慣れたと思っていたけれど、久々に力を使ったから反動が予想外に大きかったらしい。
そういえばライネスのことも放置してしまっていたし、アランも途中で部屋からいなくなっていた気がする。アランに関しては、怖がっていても賢い子だからきっと助けを呼びに行ったのだろうと思うけれど。
ローズがアランに気が付かなかったはずが無いから、シモンの脅しが実行されることを恐れたのかもしれない。
早く目覚めて皆を安心させて、放っていた問題を全て片付けないとと瞼に力を籠める。ふんっと思い切って一気に目を開き、直後に広がった真っ白な世界にぱちぱちと瞬いた。
「…どこ……?」
初めに浮かんだのは単純な疑問。一面真っ白で平衡感覚がおかしくなりそうな空間は、到底現実にあるような場所には見えなかった。
邸の寝室でもないし、きっと皇宮でもない。というより、よく考えたらこの真っ白な空間には憶えがある。
ここは夢だ。以前初めて力を使って倒れた時も、夢でこの場所に来た。
『漸く繋がったな』
起き上がってすぐ、背後から突然聞こえた声にはっとして振り返る。なんの気配も無かったから驚いて、鼓動がばくばくと音を立てた。
「お兄さん、だれ…?」
振り返って目を見開く。すぐ後ろに立っていたのは、真っ黒な装束のようなものを纏った美麗な男性だった。
褐色肌で黒髪の男性。体格が良く筋肉質で、野性味のある美形の人だ。けれど、何処か人形のような淡白さと冷酷さがあって人間味がない。
不思議と声が脳に反響するようにはっきりと響いていて、まるで直接脳に語りかけられているような感覚がした。
『私か?そうだな、お前の世界で言う神様だ』
「かみさま?」
『あぁ。まぁ今となっては邪神と呼ばれる存在だがな』
面倒くさそうに溜め息を吐く男性にきょとんとする。
神様。言われてみれば、確かに人間とは思えない不思議な威圧感と神秘性がある。神様と名乗られても違和感を少しも抱かなかった。
でも、どうして夢に神様が?今まで神様の夢を見ることなんて一度もなかったのに。
『おい。これは夢ではないぞ。お前が私と繋がりここに来た。ここは私の世界だ』
「…?そういう、せってい?」
『設定ではない、現実だ。何と言えば良いのか。神託?そうだな、神託だ』
「しんたく」
混乱するところなのに、なぜか脳がすとんと状況を理解する。神託、そうか、神託か。
何だか無理やり理解を強要されているみたいでおかしな感覚だ。ここが神様の世界なら、引き入れた人間の脳を弄るくらいは造作もないのかもしれない。
「神様…マーテル、さま?」
この世界…この帝国の神様と言えば、女神マーテルしか浮かばない。運命を司ると言われる絶対的な女神、マーテル。
聖者である主人公アベルに愛と運命の加護を与える、とっても影響力の強い神様。
あれ、でもこの人は男性だ。ぱちくりと目を丸くしながらそう考えると、彼は不機嫌そうに顔を歪めた。
『やめろ、あのクソ女神と一緒にするな。奴は運命の力で人間を弄ぶ正真正銘の外道だぞ』
さっきよりも更にぽかんとした表情に変わる。神様を名乗る彼から聞く話は、人間の世界に広がっている女神マーテルの印象とは大きくかけ離れていた。
「女神さま、いい神さま。聖者のこと助ける、いい神さま」
『あぁ、聖者だけな。聖者は奴の最高傑作。あのクズは聖者に"愛される運命"を与えて何度も人の世を楽しませている』
「どういうこと…?」
彼の言葉の意味が理解できず首を傾げる。神様はぱちぱちとする僕の前に胡坐をかいて、気怠そうに答えてくれた。
『元は私がこの世界の神だった。その立場をあのクソ女神が掻っ攫い、人間たちの運命を好き勝手に弄ぶようになった。お前は私の愛し子だったために、女神に迫害され呪いを刻まれた最も哀れな被害者だ』
淡白な表情で『すまない』と語られると、言葉と表情が合っていなくて少し困惑する。
けれど感じるオーラも声音も悲しそうに沈んでいたから、神様の懺悔が痛いほど伝わって心がきゅっと締め付けられた。
どうして彼が謝るのだろう。僕が最も哀れな被害者とは、一体どういうことなのか。彼の痛いくらいの後悔と怒りの原因は何なのか。それに、女神が僕に呪いを刻んだというのも一体…?
次々に湧き上がる不安と疑問を神様である彼は正確に読み取ったのか、淡々とした声音で言葉を続けた。
『女神は自らの最高傑作を作り上げた。奴の分身とも呼ぶべきその人間は人の世に産み落とされ、女神の代弁者たる聖者として崇められるように運命が操作された。そして呪われたお前の運命もまた、女神に操作されたのだ』
混乱する情報を脳内で整理される。これも神様の力だろうか。
整理された情報曰く、簡単に言ってしまえば女神は悪い神様のようだった。
聖者とは純粋な人間ではなく、女神の分身と呼ぶべき存在。女神が作り上げた最高傑作の人間。
マーテルは分身として人の世界に降り立つという形で神界のタブーの穴を擦り抜け、人間としての生を何度も繰り返している。
全ての人間に愛されるという運命を、自らに刻みながら。
『女神はどうやら、己よりも卓越した力を持つ私を恨んでいるらしい。私の立場を奪い取った後、奴は真っ先に私の愛し子であるフェリアル…つまりお前に運命の呪いを刻んだ。聖者と共に幾多の人生を繰り返し、その全てで引き立て役たる悪役を演じさせる呪いだ』
「悪役…」
何度も聞いた悪役という言葉は、おかしいくらい脳にはっきりと刻み付けられた。
混濁する情報の中、何とか彼が語った内容を理解する。
つまり聖者とは、アベルとは女神マーテルの分身であり、全ての人間に愛される運命を自ら刻み付けている。そしてマーテルは、彼の愛し子…つまり彼の加護を持つフェリアルに悪い呪いを刻んでいる。
確かに理解できたことと言えば、僕が女神に嫌われているのだということくらい。
いや、僕じゃない。彼の愛し子はフェリアルだから、女神に迫害されているのは僕じゃなくフェリアルだ。
『……。何か誤解しているようだが、お前は確かにフェリアルだぞ。そうだな、ひとつ前の人生でちょうど百回目か。お前が百回人生を繰り返している間に私も力を回復し、お前がひとつ前の人生を終えると同時に私の力を託したのだ。クソ女神が一度目の人生を再現する遊びを思い付いたと騒いでいたからな。ひとつ前の人生で、一度目の人生を予言書に記したものをお前にげーむなるものの形式で…──』
「僕…フェリアル?ひとつ前?百回め…?よげんしょ…ゲーム…?」
『む…情報の整理が追い付いていないようだな』
ぐるぐると目が回る。何だかとてつもなく重大なことを聞かされたというのは理解できたけれど、一番大事な話の内容の理解が追い付かなかった。
彼も『どこから整理させるべきか…』と悩んでいるのを見るに、どうやら僕の脳内の情報もかなり混濁しているらしい。
『……ふむ、まぁいい。どうやら今回は時間切れのようだ。続きはまた今度、お前が力を使って私と繋がった時になるだろう』
情報を整理させるためか僕の頭に手を伸ばしかけた彼は、直前にぴたりと静止した。
「うん…?おわり?今度?神さまから、僕よべない?」
『神から人間に干渉することはタブーだ。お前が何とかして私の世界に繋いで来い』
「や、やりかたわからない…」
『問題ない。時が来れば自然と繋がるだろう。たぶん』
たぶん??
何だか楽観的な神様にぱちぱちと瞬く。話を聞く限りかなりピンチのように思えたけれど、この冷静な態度を見るにそれほど大変な状態ではないのかな。
なんて考えた僕にすっと瞳を細めた彼が何か言いたげに口を開いたけれど、思い直したように一度口を閉じて再び開いた。
真っ白な世界が暗闇に包まれる直前、耳元で低く聞き心地の良い声が響いた。
『急ぎで与えた力は不安定だ。本来、人の身に神の力は重過ぎる。ほいほい力を使う姿には正直身を凍らせていたぞ。扱いには注意しろ』
最後に額に柔らかい感触が触れた瞬間、意識は真っ白な世界から完全に乖離した。
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