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攻略対象file4:最恐の暗殺者
106.依頼主の正体
しおりを挟む「シモン……」
「え、あ、いやっ!ただの脅しですよ!別にほんとに首飛ばすわけじゃ……っ」
「シモン……」
「ぐぁッ!!そんな顔で見ないでくださいっ!!」
へにゃりと眉を下げると、シモンはあたふた慌てながら弁明を始めた。
いくら言われても見てしまったものは変わらない。聞いてしまったものも勿論取り消せない。シモンが悪い顔で悪いことを言っていた事実は変わらないのだ。
「の、呪い……?俺、死ぬのか……?」
「……」
ガクブルと体を震わせてシモンを見上げるのは、リアムと呼ばれたツンツン短髪の少年。勝気なツリ目が特徴的だ。こう見えて何だか気弱そうだけれど。
ぎゅっと抱きつくリアムをそっと撫でながら、ローズは視線だけで射殺すほどの殺気をシモンに向けていた。
一目でリアムを大切にしているのだと分かる本気の表情。これがローズの信条を曲げる『事情』で間違いないだろう。
「……おい、狡いぞ外道」
「いやあんたが言うな」
無表情で不貞腐れた声音を紡ぐローズ。すかさずシモンがぴしゃりとツッコむと、ローズの真っ黒い怒りオーラが更に大きくなった。
確かにシモンの言う通り、非はローズにある。どんな事情があったとしても、ローズが僕を殺そうと動いたのは事実なのだ。
けれど、シモンが子供を人質に残酷な方法を取ったのもまた事実。それこそどんな事情があったとしても、罪の無い子供を巻き込んだという事実は変わらない。
とにかく、未だ追い付かない状況把握を何とかしないと。
守られている立場の僕が一方的にシモンを詰るのも何だか違う。そう考えて、へにゃりと垂れ下がった眉をすんと戻した。
「シモン。説明、おねがい」
「了解です!しっかり説明します!!」
だから嫌わないでくださいっ!と懇願するシモンを宥めて続きを促すと、シモンはぐすりと鼻を啜ってから『ローズの事情』を語り始めた。
「リアムって子はその男の"家族"ですね。正確には、シュタイン領で経営されている孤児院の子供です」
「家族…こじいん……?」
「えぇ。どうやら暗殺任務を遂行する上で、対象が飼っていた奴隷や私生児を秘密裏に引き取っていたらしく……まぁ言わばそいつの『弱点』です」
「という訳で、人質として捕らえさせて頂きました」とあっけらかんと語るシモン。倫理を無視したシモンには何でもありである。
「……そこまで調べ上げるとは。どんな手を使ったんだ」
裏で名の知れた情報屋も味方につけているのにと語るローズに、シモンは余裕気な笑みを見せて答えた。
「実体を伴ってリスクの前で右往左往している情報屋とは違って、俺は実体の無い影を使ってるんです。影に勝る情報屋が存在するとでも?」
「……はぁ……本当に面倒だ。相性が悪過ぎる」
心底面倒だという感情を明確に滲ませる姿は、無表情で淡々としたローズにしては随分珍しいものに見えた。
例えるなら、ディラン兄様がにこやかに笑うくらいの衝撃。
ぱちぱちと瞬いてうーんと悩み、そういうことかと納得した。信条を曲げるほどの事情ということだから何かと思えば、ローズにも温かい一面があったなんて。
確かに、絶対的な悪しか殺さないという信条を持つローズが、対象の元で見つけた身寄りのない子供達を放っておくはずがない。
それが自分と同じ境遇である奴隷の子なら尚更だろう。
「分かった。分かったから呪いを解け。リアムは今回の件には関係無いだろう」
「それを言うなら今すぐ依頼主に依頼の無効を伝えてください。その子供が関係無いように、フェリアル様もあなたの事情には関係ありません」
「……」
シモンの声音は酷く冷徹で、表情は至って冷静だった。
ローズはそんなシモンに数秒無表情を保っていたけれど、やがてぐっと堪えるように眉を顰める。リアムを抱く手に力が籠ったように見えた。
「……出来るものなら手を引きたい。だが悪いがそれは無理だ。リアムだけじゃない、俺の『家族』はお前だけの人質ではない」
訝しげに目を細めたシモンがどういうことだと尋ねると、ローズは渋々といった様子で事情を答え始めた。
「何処で嗅ぎ付けたのか、依頼主は『家族』の存在を把握していた。お前のように家族に呪いを刻み、俺を脅した」
「脅しの内容は何です?」
「フェリアルというガキを殺せと。失敗すれば家族の命は無いと言われた。命を粗末に扱う俺が言えた事じゃ無いが、無関係の家族にまで手を出されるのは耐えられなかった」
矛盾も卑怯も多いから許さなくていい、とローズは語る。話を聞いていたリアムは、ローズの答えに真っ青になって硬直していた。
同じくぴしりと固まる僕を宥めるように抱き上げながら、シモンは更なる言葉をローズに向ける。
「あなたも不服って事ですよね。それなら依頼主を殺せば済む話では?フェリアル様の暗殺依頼をする人間なんて死ぬ価値しか無いクズでしょう、あなたの信条にも沿っている」
「あぁ、その通りだ。勿論奴はいつか殺す。だがそれは現状難しい。呪いは聖者にしか解けないだろう、その聖者が依頼主なのだからどうしようも無い」
ピクリと体が震える。シモンも同じように目を見開いて、ローズが語った言葉に愕然としていた。
聞き間違いでなければ、ローズは今確かに『聖者』と言った。僕の暗殺を依頼した人間は聖者であると。
いや、誰かが聖者を騙って解けない呪いをかけた可能性もある。と言うより、むしろその可能性が一番高い。報復を避けるための嘘をついた可能性が、現状一番高いのだ。
けれど、もしもその話が事実だとすれば。
「依頼主が聖者…?そんな訳無いでしょう。聖者はまだ覚醒してないんですよ、偽りに決まってる」
「俺もそう思っていた、偽りだと。だが違った、俺は確かにこの目で見た。奴は家族の一人に刻んだ呪いを、俺の目の前で確かに解いて見せた」
確信を滲ませたローズの答えに息を呑む。きっとこの場で一番嫌な鼓動を鳴らしたのは僕だった。
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