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攻略対象file4:最恐の暗殺者

101.お嫁さん

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 シュタイン伯爵は、元は無名の末端貴族だった。
 平民とほぼ変わらない生活。使用人もおらず、屋敷も無い。名ばかりの爵位だけを持った貧乏な男性の肩書き。

 だからこそ、ある日伯爵が全く別の人間に入れ替わったとしても、誰一人として気付かなかった。

 彼の名を買ったのは、『家族』の隠れ蓑と情報収集の為の道具を探していた暗殺者、ローズ。
 任務で得た巨額の報酬を手に、ローズは無名のシュタイン伯爵に目を付けた。彼は伯爵に有り金の殆どを渡すと、それを代金に伯爵位を買ったのだ。
 そうしてシュタイン伯爵の肩書きを手に入れたローズは、着実に社交界での名声を手に入れ、それを更に大きなものにしていった。

 誰も、シュタイン伯爵が本物と成り代わっていることに気が付かない。
 瞬く間に名だたる大貴族と名を連ねたシュタイン伯爵を、以前までは見向きもしなかった貴族たちは笑顔で持て囃すようになった。
 彼が爵位だけを目的に成り代わった、偽物であることも知らずに。



 それを僕だけは知っていたから、確信があった。
 何か仕掛けてくるならこの舞踏会だ。何故ならこの舞踏会には影響力を持つ貴族が多く参加する。それは当然、シュタイン伯爵も。
 彼が単純に伯爵として参加するのか、それとも任務の為に参加するのは、それは分からなかったけれど。
 でも、これで分かった。仄暗いローズマダーの瞳を見て理解した。


 彼は確実に殺すつもりだ。この舞踏会で、僕を。


「フェリ、この方はシュタイン伯爵。大公家とも交流があってね。とても良い方なんだよ」

「……うん」

「ご挨拶出来る?」

「……うん。できる」


 シュタイン伯爵と大公家に繋がりがあったなんて。
 それはゲームでも明かされなかった情報だ。現実の方でも、もっときちんと調べておくんだった。
 北部の貴族でも繋がりを持つのが難しい大公家との交流があるということは、あの大公…パパがローズを認めたということ。
 ローズの表面的な実力の部分を侮っていた。暗殺者としてではなく貴族として、その面の彼が一番厄介かもしれない。


「エーデルス家の、フェリアルです」


 僕の命を狙う暗殺者に挨拶する。そんな悠長な場面に緊張して、まともな言葉を紡ぐことが出来なかった。


「……シュタイン家のローズと申します。噂通り、令息はとてもお可愛らしい方ですね」


 何の感情も宿らないあの不気味な瞳。気付く人は一体何人いるだろう。
 可愛らしいと言いながら、彼は僕の頭から足の先まで睨めるように見下ろす。武器を隠し持っていないか、刺すなら何処がいいか、きっとそんなことを淡々と考えているのだろう。
 いくら見たって構わない。どうせ僕の切り札はここにはいないのだから。

 とりあえず、まずはローズから距離を取らないと。それからなるべく彼に観察の機会を与えてはいけない。


「……」

「フェリ?」


 本当ならすごく失礼だけれど…今回だけは子供の我儘ということで許してくれないだろうか。
 そんな不安を抱えながらローズに背を向け、不意にライネスにぎゅっと抱き着く。


「……みるく」

「ミルク?」

「みるく、のみたい……」


 咄嗟に思い付いた飲み物を挙げると、ライネスは困ったように眉を下げた。


「いっぱい喋ったから喉乾いちゃったのかな。でもどうしよう……流石にミルクは無いかも…」


 すぐに用意させるね、と近くの使用人を探し始めたライネスにあわあわと瞳を揺らす。
 わざわざ探させるつもりで言ったわけじゃ…と慌ててライネスを止めようとした時、ふと背後から無機質な声が聞こえてきた。


「ミルク、ご用意しますよ」


 二度目の嫌な予感。視界の端でローズが眉を顰めたのが見えた。

 振り返った先にいた人物。ライネスにぎゅっとしていた体勢から慌てて姿勢を正して、無表情の彼にあたふたと向き直る。



「お嫁さん」



 第二殿下、と言おうとした口が思い切り滑った。
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