余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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攻略対象file4:最恐の暗殺者

87.嫌な気配(後半???side)

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「ウサくん、できた」


 雪で作り上げたデフォルメされたウサくん。毎年作っているからか、年々クオリティが上がってきた気がする。ガイゼル兄様も一目でウサギだとわかるくらいの出来栄えに。
 まだまだ形は歪だけれど、『山作るの上手いな』とガイゼル兄様に言われていた頃に比べれば大きな進歩だ。

 長い耳を落ちないようにきゅっきゅとつけてぱっと手を離す。一緒に雪遊びをしてくれていたライネスとシモンを振り返ると、二人はぱあっと表情を輝かせてぱちぱち拍手し始めた。


「流石フェリアル様!ウサくんも嬉しそうですっ!」

「とっても上手だねフェリ。最高にキュートなウサくんだ」


 キラキラ笑顔の二人が雪ウサくんの出来栄えをわぁっと褒めてくれる。
 抱えていたぬいウサくんをシモンが右に左にと揺らして語る姿に心がぽかぽか温まった。本当だ、何だかとても嬉しそうに見える。


「次はね、うにくんを作る」

「え…う、うにくん作るんですか…?」

「…?うん。うにくん作る」


 褒められたのが嬉しくて、早速次の作品に取り掛かろうと雪をかき集める。あと作っていない友達は…と考えてうにくんの名を挙げると、不意にシモンが笑顔のままピタッと硬直した。

 うにくんを作ると何かまずいことでもあるのだろうか。
 きょとんと首を傾げる僕を見て異様に冷や汗を流すシモンは、ブツブツと何やら焦った様子で呟き始めた。


「触手はちょっと…いやかなりアウトだよな…形めっちゃ卑猥だし…フェリアル様の腕前なら絶対卑猥なアレになるし…」

「シモン…?どしたの?大丈夫…?」


 何だか物凄く悩ましい表情でうーんと唸るシモン。何をそんなに考え込んでいるのだろう。うにくんを作るだけなのに。

 ぱちぱちと瞬く僕とぐるぐる悩み込むシモンを交互に見つめ、ライネスがふと困った様子で微笑んだ。僕の傍に来ると黒い手袋を取って、以前まで呪いに蝕まれていた綺麗な手で両頬を包み込んでくる。
 ふにゅ、と柔い感触がして驚いたのか、ライネスはほんの一瞬だけ小さく息を吞んだ。


「…?ライネス…?」

「っ…あぁ、ごめんね。あんまりぷにぷにしていたから驚いた。ほっぺが真っ赤だったから、寒いのかなって暖めてあげようと思ったんだけど…」

「ほっぺ、真っ赤?」

「うん。林檎みたいに染まってとっても可愛いことになってるよ」


 言いながら、ライネスは頬をむにゅむにゅと撫で回して上機嫌に微笑んだ。
 手袋に包まれていたからかライネスの手はぽかぽかで、包み込まれるように触れられると暖かさにふわふわ力が抜ける。すとん、と膝を伸ばした状態で座り込むと、ライネスは頬から手を離してむぎゅっと全身を抱き締めてきた。


「ほっぺだけじゃなくて全部寒かった?ぎゅーってする?」

「うぅん…ぎゅーする」

「ぐッ…よしよし、ぎゅーしようね」


 ぎゅーっとする僕達を苦笑を浮かべて眺めたシモンが、不意に邸の方を指さして語る。


「フェリアル様の体も冷えてきたみたいですし、中で温かいココアでも飲みましょうか」


 ちょうど喉も乾いてきていた頃だったから、その提案にこくこくと頷いて手を挙げた。


「ココア飲む。チーズケーキも食べたい」

「いっぱい動いたからお腹空いちゃったのかな?可愛いすぎる…」


 ライネスの言葉に続くようにぐうかわ…とよく分からないことを呟いて悶えたシモンだったけれど、その直後に「ちょうど良い時間ですし、お茶にしましょうか」とにこやかに笑顔を作った。

 それに頷いて立ち上がると、ライネスがさり気ない動きで僕をひょいっと抱き上げようとする。その気配を察してそそくさと離れると、ライネスはたちまちガーンと顔を蒼白させた。


「フェリ…?私のことが嫌いに…?私の抱っこ、嫌になっちゃった…?」

「う、ううん、そうじゃない。ただ、もうお兄さんだから、抱っこは卒業するの」


 来年の春には十歳を迎えるのだ。いい加減抱っこはやめないと。
 僕ももうお兄さんと呼ばれる年なのだから、あまりにも子供っぽいことはそろそろ卒業していかないとまずい。このままではいつまで経っても『才色兼備のクールな悪役』と呼ばれたフェリアルに近付けない。
 ゲームの悪役のようになれば、きっと可愛いじゃなくかっこいいと言ってもらえるようになるだろう。


「僕、本気でかっこよくなるの。だから抱っこはだめ」


 指でばってんを作って言うと、ライネスはしょんぼり肩を落として「そっかぁ…」と呟いた。
 落ち込んだ様子のまま眉を下げると、いかにも残念そうな声音で小さく語り始める。


「抱っこされてるフェリ、とってもカッコよかったんだけどなぁ…でも、ダメなら仕方ないよね…」

「え……」


 抱っこされている僕が、かっこいい…?

 ぴく、と耳が動く。ライネスの言葉が鮮明すぎるくらいはっきりと鼓膜に響いて、邸に向かおうとしていた足がピタリと止まった。
 ぎぎぎ…とぎこちなく振り返り、はぁ…と溜め息を吐いて歩き出すライネスをちらりと見上げる。僕の横を通り過ぎて邸へ入ろうとするライネスの裾を無意識にきゅっと掴んでしまった。


「うん?どうかした?」

「あ…あぅ…っ」


 きょとんと不思議そうな瞳を向けてくるライネス。流石に言ったことを今更手のひら返しするのはどうなのだろう、と躊躇して口をぱくぱくさせる僕を見下ろし、ライネスはにこっと微笑んで首を傾げた。


「大丈夫だよフェリ。ゆっくりでいいんだよ」


 宥めるように頭を撫でられて少し落ち着く。すーはーと深呼吸してライネスに向き直り、ぱっと両腕を伸ばした。


「や…やっぱり…抱っこ…」

「くはッ!!」


 気のせいだろうか。ズキューンという効果音が辺りに響いたような気がした。

 胸を抑えて一度蹲ったライネスだったけれど、すぐに颯爽と立ち上がって僕を抱き上げる。
「かっこいい?」と問い掛けると「最高にかっこいいよ。フェリはもうお兄さんだね」と返されて満足気に頬を緩めた。シモンも爽やかな笑顔でうんうん頷いているし、確かに今の僕は周囲にかっこよく見えているに違いない。

 きりっとした顔でライネスにぎゅっと抱き着く。不意にライネスがぷるぷる肩を揺らしながら「か、かわっ…」と何やら吐き出したけれど、すぐに笑顔を戻して何事もなかったかのように歩き出したので気にしないことにした。


「……?」

「…フェリアル様?どうかしました?」


 ふと、何処からか視線を感じた気がして顔を上げる。突然の動きにシモンが声を上げ、それに続くようにライネスも立ち止まった。
 きょとんとするライネスと目を瞬くシモンを交互に見つめ、やがて首を傾げてふるふると首を横に振る。


「…うぅん。なんでもない」


 二人が何も感じていないということは僕の気のせいだろう。
 視線に敏感なシモンや人の気配に敏いライネスのことだ。万が一誰かから監視されているようなことがあれば、僕よりも真っ先に気が付くはず。
 そうでないということは単なる気のせいだろう。そう頭の中で結論付けて、一瞬感じた気がした気配から気を逸らした。




 * * *




「……あのガキか」

「無害そうに見えるけど、殺る意味あんのかねぇ」

「馬鹿が。一見無害そうなのが一番危険なんだろうが」

「そりゃあ分かってっけどよー…子供を殺すのは胸が痛むぜ…」


 はぁ…と溜め息を吐く俺に、長年の相棒であるソイツが退屈そうに嘲笑する。
 心にも無いことを、とでも言いたげな視線に鼻を鳴らした。そんな顔するなよ、子供殺して胸が痛むのはマジだっつーの。

 それも、あんな如何にも幸せそうな子供なら尚更。


「裏のことなんてなーんにも知りませんみたいな顔した可愛い子供じゃないか。恵まれた環境を当然のように享受してる愛され貴族サマだぜ?そりゃ心苦しいだろうよ」

「…お前、そういうガキが一番嫌いだって言ってたくせに何ほざいてんだ」


 高い木の上。太い枝に腰掛けて面倒くさそうに表情を歪ませた相棒を一瞥し、それはそれ、と口角を上げた。
 無垢なガキは嫌いだが顔の良いガキは嫌いじゃない。まぁどっちにしろ最後に殺すことは変わらないんだが。可愛いのを可愛いと愛でて何が悪い。それはそれ、これはこれだ。

 そう言うと相棒は一瞬眉を顰めて、ナイフを指先で弄ぶ俺に硬い声で答えた。


「…忘れるなよ、トラード。ガキを殺るのは今回きりだ。痛みは感じさせるな、一撃で…」

「わーかってるって。今回の依頼、お前が渋々受けたってことくらい理解してるよ。あいつらを守る為なら仕方ねぇ、そうだろ?」

「……」


 ライラックの髪を靡かせたそいつは、今回の標的であるガキを見据えて黙り込んだ。
 悲哀を宿したその表情には、『帝国の闇』と呼ばれ恐れられる最強の暗殺者の面影は無い。

 いつものこいつなら、この依頼を引き受けることは絶対に無かっただろう。本来こいつは、満場一致で死を望まれるようなクズしか殺さないと誓っているのだから。
 だが今回の依頼主は酷く小賢しい悪魔のような人間で、俺達の家族を人質に取ることで依頼を断れない状況に追い詰めた。標的であるあのガキと同じ程の年の奴だというのに、まるで人生を何度か繰り返したかのような狡賢さだ。


「…依頼を終わらせてあいつらを取り戻したら、奴を殺すぞ」

「……はいはい、分かってるよ。俺もそのつもりだ」


 復讐、だなんて都合の良い言葉は使わない。今から殺す人間の復讐をするだなんて、口が裂けても声には出せない卑怯な口実だ。
 ただ、選択と行動には責任を持たなければならない。それは絶対の掟。


「それにしても、あの子は何であんなに憎まれてんのかねー…見たところ恨みを買うような子供には見えないけど」


 見るからに無垢なあの子供を殺せと言ってきた今回の依頼主。
 名前は確か…アベル・・・と言ったか。


「来るなり『悪役を殺せ』だの何だの意味分からんし、鬼の形相だったもんなぁ。俺らの弱点だって何処で嗅ぎ付けたんだが…」

「……そんなことはどうでもいい。今は依頼の事だけ考えろ」


 お前がピリピリしてっから場を和ませてやろうとしたんだろうが、なんて言葉は大人しく呑み込む。こんなことで冷静に戻れたら苦労は無いだろう。

 ガキとその周りの二人の人間を見据えたそいつは、ローズマダーの瞳を歪めて呟いた。


「…あの護衛は手練れだな。黒髪の方も厄介な気を感じる」

「まずは周りをどうにか引き離さない事には、実行すら難しそうだなぁ」


 呑気に紡いだその言葉に、帝国最恐の暗殺者である相棒は面倒くさそうに溜め息を吐いた。



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