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攻略対象file3:冷酷な大公子

67.頼るということ

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 誕生パーティーの会場には招待客のみが出入り出来るため、護衛や侍従などは原則連れて行くことが出来ない。

 招待状に記された項目を読み、シモンには名目上護衛でなくパートナーとして同行してもらうことになった。
 通常は記載されないパートナーの欄が招待状に追記されていたのは、恐らくライネスの配慮だろう。もしくはシャルルが助言してくれたのかもしれない。ともかく会ったら二人にお礼を言わなければ。

 そうこうして準備を進めていく内に、気付けばあっという間に当日までの時間が過ぎ去っていった。





「シモン。着替えた」

「ぐはっ!めちゃきゃわですっ!天使爆誕しちゃってますっ!!」


 両手の親指をグッドサインの如く立てたシモンが、たらーっと鼻血を垂らしながら興奮した様子を見せる。せっかくのかっこいい衣装が汚れてしまっては大変だと、慌ててシモンの鼻血をハンカチでごしごし拭った。
 そのハンカチをシモンが回収し「俺が処理しておきます!」と真剣そうな表情で語る。ありがとうと言って渡すと「ぐふ、ぐへへ…フェリアル様が触れたハンカチ…」と呟いたような気がしたけれど、きっと気のせいだ。


「シモンかっこいい。髪も、お団子じゃないね」

「えへ、嬉しいですっ!今日はお団子じゃない髪型にしてみました、似合いますか?」

「似合う。すごくかっこいい」


 いつもは低い位置で無造作に結ばれたお団子ヘアだけれど、今日は高い位置で一括りにしたポニーテールだ。衣装は白地に濃緑の装飾を施したもので、白と瑠璃色を基調とした僕の衣装と少し似たデザインに仕立ててもらった。
 いつもよりきっちりしている所為か清廉な雰囲気があり、どこかの上級貴族だと言われても納得してしまいそうなほど。

 そう言うとシモンは嬉しそうに笑って「フェリアル様もとっても可愛いです!衣装も凄くお似合いです!」と返してきた。
 褒めてもらえたのは嬉しいけれど、可愛いは少し複雑だ。

 むすっとしてから不意に、この七日間シモンに言い忘れていたことを思い出す。上手く言葉が纏まらなくて後回しにしていたけれど、流石に当日だからきちんと伝えないと。


「ね、シモン」

「はいっ!どうしました?」


 くいくい、と裾を引っ張って手招く。意図を正確に察してくれたらしいシモンは、不思議そうに目を丸くしながら膝をついた。


「シモンに、お願いがあるの」

「お願い…?」

「うん。でも少し怖いことだから、嫌なら断って」


 怖い、という部分にピクリと反応したシモンだったけれど、さっと微笑んで「俺がフェリアル様のお願いを断るわけないでしょ?」と優しい声音で答える。
 それに眉を下げて「…そうだね」と頷き、自覚した自分の狡さを嫌悪した。

 僕がどんなに荒唐無稽なことや危険なことを言ったって、シモンはきっと全てを信じ、全てを共にしてくれる。そんなことは僕が一番よく分かっているはずなのに。
 こうして口にすることによって、僕はシモンの逃げ道を塞ごうとしているのだ。シモンが優しいことを何より知っているから。
 シモンには無条件で寄り掛かって、頼りたくなってしまう。この癖は何とかしないと。


「あのね。パーティーで、危ないことが起こる…かもしれないの。それを止めたい。手伝ってとは、言わないけど…シモンには、警戒していてほしくて」


 あまり深くは言えないから、言葉を選ぶようにして慎重に話す。シモンは驚いたように目を見開き、数秒間ぐっと黙り込んだ。
 やがて口を開くと、優しい色と不満げな色、反する二つの感情が滲んだ声音が飛び出す。


「どうして、手伝わせてくれないんです?」

「……へ…?だ、だって…危ないから…」

「それなら余計に、フェリアル様一人に背負わせる訳にいかないですね」


 これは僕の問題だ。正しく言えば、未来を知っている僕だけが背負わなければならないもの。
 ただでさえシモンを危険なシナリオに導いているかもしれないのに、これ以上巻き込むのは駄目だ。だから一人で何とかしないとって、そう思って。
 だと言うのに、シモンの反応は初めから既に想定外のものだった。


「聞かないの…?」

「うん?」

「危ないこと、とか。僕の話、意味わからないでしょ…?」


 小さく問うと返ってくる不思議そうな表情。
 どうしてこんなにも冷静なのか理解出来ない。いくら全肯定のシモンでも、突然の話への順応性が高すぎる気がする。今から行くパーティーで危険なことが起こるだなんて、普通そんなことを言われたら焦ったり混乱したりするはずなのに。

 あっさり会話が続いてしまったことに、全てを知っている僕の方が困惑してしまった。


「そりゃあフェリアル様の話ですから。理解とか関係無く、フェリアル様の望みを全力で叶えるのが使命なので。詳しく話せないと言うのなら、俺はその望みに応えるだけです」


 一点の迷いも無い言葉。当然とでも言わんばかりに紡がれたそれに呆然とする僕を見下ろし、シモンは慌てた様子で手を振った。


「すみませんっ!冷たく聞こえましたか…?理解がどうでもいいって訳じゃないんです。ただ、俺とフェリアル様の間には然程必要無い、みたいな、その…」


 混乱で途切れ途切れの言葉は、けれどすっと頭に入った。簡潔で躊躇が無い、真っ直ぐな言葉だからだろうか。

 あたふたと焦燥を見せていたシモンは、やがて困ったように微笑んで眉を下げた。


「フェリアル様が…何か大きなものを隠しているんだろうなというのは、薄々察しています。それに一人で立ち向かっていることも」

「……」

「何も話さなくて良いんです。抱え込まなくて良いんです。ただ一言、手を貸してくれと言って下さればそれで。俺にとっては、秘密も目的もどうでもいいんですから」

「…どうでもいい?」

「えぇ。俺にとって大切なのは、フェリアル様が心安らかで在ることだけ。その為に過程が必要なら、何を聞くことも無く手を貸す程度お易い御用です!」


 ニコッと朗らかな笑顔を浮かべるシモン。まるで太陽みたいなその笑顔に、涙腺が僅かに刺激された。

 シモンにとっては本当にどうでもいいんだ。僕が抱える秘密とか、実行しようとしている目的とか。
 無償の献身…無償の愛…?今までは何となしにそう思っていたけれど、それとも何だか違う気がする。シモンはそんなものよりも、もっと違う何処かに立っているような。


「…シモンは、不思議」

「ふふ、そうですかね?」


 シモンはどうしてか嬉しそうに笑う。今の言葉の何が、シモンを喜ばせたのだろうか。
 分からないけれど、それほど気になりはしない。シモンの言っていたことって、こういうことか。
 物事の優先順位。それがシモンは明確で、且つ珍しい順位をしているのかもしれない。


「……やっぱり、さっきの無し」


 シモンの言葉を聞いたら、何だか色々と吹っ切れた気がする。と言ってもまだまだ隠すべき秘密は多いけれど。

 どうせ僕は悪役なのだから、少しくらい傲慢になってもいいか、なんて。今がどうあれ、結末は必ず訪れるのだから。
 それなら、多少無謀な手を使ったって構わない。そう考えると何だか少し楽になって、重荷もほんの少しだけ、軽くなった。


「危ないこと、あるかもしれない。それでも、シモンに手伝ってほしい。だめ、かな」

「……!!」


 瞳を見るのが怖くて俯きがちに問い掛ける。
 小声のそれを確かに受け取ってくれたらしいシモンは、頭上で小さく息を呑んだ。

 実際の間は数秒程度だったろうけれど、僕にはそれが永遠のように感じた。それくらい緊張していることに気付いて、微かに苦笑が零れる。
 やがて視界に大きな手が入り込んできて、その手で両頬を優しく包まれた。驚いて肩を揺らすと同時に、その手で顔を持ち上げられた。

 目を丸くする僕と視線を合わせると、シモンは嬉しそうに笑顔を浮かべて答えた。


「勿論です。何処までもお供しますし、何だって遂行してみせます」

「…シモン…ありがとう…」


 薄々分かりきっていた答えだけれど、実際に聞くとこうも嬉しいものなのか。
 掠れた声は震えていて、それでもきちんと伝えなければと叱咤した。


「秘密も…いつか絶対、教えるから」


 。いつかは絶対に来る。否が応でも必ず。
 だからシモンに限らず、皆知ることになるはずだ。前世のことは、どうなるか分からないけれど。
 それでも、この体の主がフェリアルになったら、魂の色が見えるシモンには直ぐに見抜かれてしまうだろう。
 そのいつか。だから絶対に、シモンは僕の秘密を知ることになる。

 それを伝えるのはじゃなくだけれど。

 いつか絶対に教える。そう言うとシモンは大きく目を見開いて、泣き笑いみたいな優しい表情を浮かべて頷いた。

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