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攻略対象file3:冷酷な大公子

63.裏の顔

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「ライネスは、チーズケーキ好き?」

「うん?うーん…ケーキを食べる機会が無いから、分からないな…」


 お弁当の中身を食べ終えて、何気なく問い掛けた一言。
 何も考えずに口にしたから配慮を忘れてしまった。返ってきた寂そうな声音にギクッと肩を揺らし、慌ててライネスにチーズケーキを差し出す。
 今から食べようとして取り出したものだけど、これはライネスにあげよう。


「ご、ごめんね。チーズケーキおいしいよ、食べてみて」


 遠慮するライネスにぐいぐいと押し付ける。恐る恐る一口含んだライネスは、舌に広がった甘さに驚いたように目を見開いた。


「美味しい…!」

「ほんと?ほんとっ?」

「うん!凄く美味しいよ!」


 チーズケーキの味が理解出来る人だったか、と喜びが湧き上がる。
 貴族はチーズケーキをあまり好かないのが一般的だから、実は結構不安だった。まずいと言われることを予想して覚悟を決めていたけれど、まさか美味しいと言ってくれるなんて…嬉しい誤算だ。


「よかった。いっぱいあるよ、いっぱい食べて」


 嬉しくて持ってきたチーズケーキをありったけ差し出すと、ぱちぱち瞬いたライネスがふはっと吹き出した。
「一緒に食べよう」とひとつ差し出してくれたライネスに頷いて、シモンの分のチョコケーキも取り出す。


「むー…」

「…?シモン。どしたの」

「俺もフェリアル様とお揃いが良いです!チーズケーキ食べたいです!」

「でも…シモンの一番好きなケーキはチョコで…」

「今!チーズケーキが一番好きになりました!!」

「そ、そっか」


 そんなに突然好物が塗り替わるものなのだろうか、と困惑しながらチーズケーキを差し出す。シモンの嬉しそうな笑顔を見れば、もう何でも良くなった。二人共嬉しそうだしチーズケーキは美味しいし、細かいことはまぁいいか。

 三人でもぐもぐとお茶を楽しんでいると、不意にシモンが顔を上げた。視線の先にいるのはライネスだ。


「そういえば、公子はこんなことしてて大丈夫なんですか?」

「うん?」

「視察の途中だったんでしょ?仕事中ってことですよね」


 二人の会話にハッと目を見開く。
 そうだ、視察ということはイコール仕事。僕は仕事中の忙しいライネスを呑気にお茶に誘ってしまったのか。

 チーズケーキをたっぷり頬張って膨れた頬のまま、僕はカチコチに固まってライネスを見上げる。焦燥を浮かべる僕の表情に気付いたライネスは、僕とシモンを交互に見つめてニコッと笑った。
 焦っているようには見えないけれど…本当に大丈夫なのだろうか。


「大丈夫だよ。バレなければいいから」

「それは大丈夫とは言わないのでは…」


 残念な子を見るような目で呟くシモン。確かに、大丈夫の意味がちょっとよく分からない。

 時間を気にする様子もなく、ライネスはケーキを食べる手を再開する。どうやらサボりのことは本当に気にしていないようだ。
 ライネスは基本真面目で規律を順守するキャラクターだったから、今のセリフにほんのりと違和感を抱いた。いくら本編どころか過去編よりも前の時系列とはいえ、ゲームとここまで人物像が変わるなんて。

 例の事件の影響は本当に凄まじいものだったのだろう。
 今も平穏とは言えないだろうけれど、それでもこの日々が崩れた影響があの悪党を生む…まだ現実で起きる悲劇の壮絶さは理解出来ないけれど、今から罪悪感が大きさを増していきそうだ。

 いっそあのことを聞いてみるとか…駄目だろうか。でもやっぱり、聞いたところで何も出来ないし…いや、それすら確実性は無い。
 これまでも色んな運命が変わってきた。それはフェリアルじゃなく"僕"だったから。もしかしたらフェリアルに出来なくても、僕に出来ることなら一つくらいはあるんじゃ…


「…あの、ライネス――」

「見つけたあぁぁああ!!」


 覚悟を決めて顔を上げた瞬間。
 突如草原に響いた大声に、思わずビクッと飛び跳ねた。座った姿勢のまま宙に浮いてしまったくらいの驚きだ。

 なにごと、と振り返った先。
 遥か遠くからドドドドド…!!と馬並みの足音を轟かせ、光の速さで走って来るひとつの人影。
 目を凝らすよりも先にここへ辿り着いたその人は、ズササー!!と物凄い勢いでスライディングしてきた。早過ぎて残像すら見えたような気がする。


「ライネス様!!アンタ何してんすか!?なに優雅にお茶しちゃってんすか!?」

「やぁシャルル。今日も元気だね」

「そのセリフ今朝も聞きましたけど!?今ので五度目ですけど!!」

「じゃあとっても元気なんだね」

「えぇそうですね本当は休みたいんですがね!!誰かさんのお陰で年中元気ですよえぇ!!」


 突然始まった漫才に「おおー…」と見入る。
 完璧なツッコミ役が現れたことに内心ドキドキだ。なにせ周囲の人達はボケてばかりだから。ボケと言うか本気の天然、と言った方が正しいか。
 これ程までに如何にもまともそうな人が来たのは初めてかもしれない。

 はぁはぁととんでもなく息切れしながらもツッコミをやめない彼。前世の記憶を併せて考えても、全く見覚えの無い人物だ。
 年齢は…ライネスよりも年上に見えるし、年下にも見える。子供にも大人にも見える、不思議な魅力を持った爽やかイケメンさんだ。雰囲気から何処となく、サムさんと同じ匂いがするような。


「アンタはほんっとにいつもいつも自由なんすから…!!…って、ん…??」

「あ。こんにちは。フェリアルです」

「……はぇ??」


 お説教が始まりそうな予感に縮こまった瞬間。僅かな気配の動きに気付いたらしい彼が僕に視線を向けて固まった。

 まん丸な目を向けられて反射的に名乗る。すると彼はぽかんとした表情を愕然としたものに変えた。
 ストッ…と力無く地面に膝をつくと、呆然とした様子で僕を見つめて呟いた。


「ついに…ついにショタに手を出したんすか…」

「誤解を招く言い方はやめて」


 掠れた彼の言葉。一体何の話を…?と困惑する僕の耳をシモンがさり気なく塞いだ。どうやら僕が聞いてはいけない会話らしい。

 音が聞こえない中、何やら口論を始める二人をじっと眺める。口論というよりは、突然現れた彼の方が一方的に声を上げているように見えるけれど。
 ライネスは特に顔色も変わらないから大した内容でもないのかも。なんて思ったけれど、ツッコミ役の彼の疲労と切実そうな色を滲ませた表情を見てしまえば…一概に大した内容ではないとは言えないような気もする。

 やがて口論が終わったらしく、耳から手を離されてほっと息を吐いた。
 疲労を滲ませた例の男性が、不意に僕の正面に膝をつく。どうしたのだろう、そもそも彼は誰なのだろうと体を強張らせる僕に、謎の男性はにこっと優しい笑顔を向けてきた。


「初めまして令息。わたくし、ライネス様の侍従兼護衛を務めております。シャルルと申します」

「しゃるる、さん?」

「敬称は不要です。どうかシャルルと」

「…うむ。よろしく、シャルル」


 さっきより明らかに爽やかさの度合いが上がった気が…。
 喋り方も何となく変わっているような気がしたけれど、特に言及はせずに頷いた。


「僕、フェリアル・エーデルス。ライネスとはさっきであって、お友だち、なったの」

「え、ライネス様に友達??またまたぁ、あのライネス様に友達なんか出来るわけ…――」


 おかしそうに笑うシャルルだったが、ふとライネスに視線を向けた彼はピタッと硬直した。

 ニッコリと満面の笑みを浮かべるライネス。底知れぬ圧を纏ったその笑顔を見て、シャルルの顔がサーッと青褪める。
 大きく瞳を揺らすシャルルの耳元に口を寄せたライネスは、何かをボソッと呟いた。




「余計なこと言わないで、ね?」

「っ……!」




 コソコソとした小声だったから内容は聞き取れなかったけれど、蒼白顔でこくこくと頷くシャルルの姿には微かな違和感が募る。
 何だか怯えているような、恐怖が滲んでいるようにも見える表情だ。いや、ライネスに怖いところなんて無いし、今も笑顔だし…きっと気のせいだろうけれど。

 ライネスはまだゲームで語られていたような『悪党』にはなっていないはずだから、怯えることなんて何も無いはずだ。
 だから、澄んだ金色の瞳が微かに濁ったように見えたのも…きっと気のせい。


「ライネス」

「うん?なぁに?」


 名前を呼ぶと向けられる、闇なんて欠片も無い穏やかな微笑み。
 それにほっと息を吐き、心の奥底で燻る不安からは目を逸らした。

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