余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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攻略対象file3:冷酷な大公子

62.シモンとライネス

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 時刻はちょうどお昼時。
 直接日光を浴びると熱中症になってしまうからと、昼食の場所は森から草原に出てすぐの木陰に決まった。これだけでも十分快適なのに、シモンは僕の傍にパラソルまで用意するという徹底っぷりだ。
 何よりまだほんのり暖かいだけの春だというのに、対策が少し過剰な気がする。


「ライネス。シモン。二人もはいる」


 僕だけパラソルの下に堂々と座るのは良くない。むしろ、この場で最も位が高いのはライネスなのだから、本来この場所にはライネスが座るべきだ。
 なんて言っても優しいライネスはきっと僕に譲るだろうから、それなら三人で座ればいいかと思い立つ。案の定二人はぱあっと顔を輝かせて、僕の両隣にくっつくようにパラソルの下に入った。

 少し狭いけれど…窮屈とまではいかないからまぁいいか。


「シモン。おべんと、おべんとっ」

「ぐふッ!」


 お腹もいい具合に空いてきた頃だ。ぐーぐーとお腹の音を鳴らしながら催促すると、シモンはいつもの変な呻き声を上げながら影に手を突っ込んだ。

 影…つまり地面の下から取り出されたのはお弁当と、冷えた状態を維持出来る箱の中に入ったスイーツだった。
 さらっと披露されたとんでもない魔法に唖然とする。それはライネスも同様らしく、穏やかな金色の瞳をぽかんと丸くしていた。


「まずは何を…って、どうしました?」


 まずは何を食べますか?と聞こうとしたのだろう。わくわくしながらお弁当を見渡したシモンは、僕とライネスに視線を向けるなりきょとんと首を傾げた。

 何をどう聞けばいいのだろう。困惑する僕の代わりに、ライネスがシモンに問い掛ける。


「今の魔法、物の転移とはまた違うようだけど…どんな仕組みなのかな」


 純粋な興味を宿した瞳。闇属性の魔法なんて普通は滅多に見られないだろうし、確かにこれ程の魔法を見せられると興味も湧くだろう。
 ライネスはどうやら闇属性を忌避しないタイプの人間らしいから、聞き方にも悪意は感じられない。この世界では闇属性というだけで人間以下の存在として認識し、貴族や学者ともなると研究の材料としか見ないのが普通だというのに。

 シモンもライネスの反応に驚いたようで、微かに息を呑んでから小さく笑んで答えた。さっきより、ライネスに向ける表情が柔和になっている気がする。


「転移じゃないですよ。保存魔法の一種…と言えるかどうかも曖昧ですが。影の中は未知で、闇属性ですら全てを理解することは出来ません。ただ、どうやら影の中では時の概念が存在しないんです」

「時の概念が?それは初耳だね」

「僕も、はつみみ」


 何だか壮大な話だ。
 闇属性は忌避されている所為で表に現れることが無く、周知される知識も極端に少ない。六属性の中で最も未知と言われる属性なのだ。
 研究が進んでいない分、当然闇属性を持つ人自身でも、自分の力を正しく理解することは出来ていないだろう。

 シモンはその辺りの答えが曖昧である事実を理解しているらしく、苦笑を浮かべて言葉を続けた。


「正直な所、仕組みは俺にもよく分かりません。この事実に気付いてもしやと思い、やってみたら出来たって感じですね」

「シモン、すごい」

「まぁ、気を抜いたら手が千切れる可能性もあるんですけど」

「うん…?ちぎれ…?」

「さぁ二人共!そろそろ昼食にしよう!!」


 軽快に飛び出した言葉に一瞬硬直した。
 空耳かな、と聞き返そうとした時にライネスがふと声を上げる。そういえばお腹が空いていたんだったと意識が逸れた。
 ぐーぐーと再び鳴り始めるお腹を抑えながらお弁当を傍に寄せる。


「フルーツサンドたべたい。いちごの。シモンはどれがいい?」

「俺は余ったもので構わな…」

「だめ。シモンが食べたいの、えらぶ」

「……それじゃあ、俺も苺で」


 蓋の空いたお弁当の中身を覗き込み、初めに視界に映ったフルーツサンドを指差す。
 シモンにも同時に問うと遠慮するような反応が返って来た。もしも使用人の立場を考えて言っているなら、それは無用な心配だ。今日は"友達のシモン"と一緒に来ているのだから。

 言い直すと返ってくるふにゃりとした笑顔に安堵の息を吐き、シモンに苺のフルーツサンドを差し出した。


「ライネスは、どれがいい……ですか」

「私も苺のフルーツサンドで…って、どうして敬語なの?」


 苺のフルーツサンド大人気だな、と思いながら伸ばした手がピタッと止まった。
 さっきから敬語が抜けていたことに気が付いてさり気なく直したのに、ほんの一瞬で気付かれてしまった。
 レオの前例もあるから今更かと思ったけれど、流石にこう何度も上位の人間への礼儀を欠いていては悪癖になってしまう。だから慣れる為に敬語を使おうと思って。

 止まっていた手を動かしてフルーツサンドを取り、ライネスに無言で手渡す。数秒逡巡してから小さく答えた。


「ライネスは…公子さまだから…」


 ボソリとした呟きを聞いて、ライネスは傷付いたような色を表情に滲ませた。


「と、友達なのに…?友達でも、身分の壁は避けられないのかな…私はそういうのがよく分からなくて」

「っ……!」


 純粋に浮かんだ悲壮な表情を見て、胸にぐさりと刃が刺さる。何だかとても悪いことをしている気分だ。

 ライネスが孤独な幼少期を過ごしてきたのは、ゲーム内での基礎中の基礎知識。黒い手袋の下に隠した秘密の所為で、まともに人と関わることが出来なかった。
 その手袋を付けるまでは、執務の為の最低限の接触すら許されていなかったはず。当然、人との関わり方も知らないだろう。


「……」


 あぁそうか、と不意に理解した。
 ライネスがゲームで純粋な悪党として描かれていたのは、これが理由だったんだ。歪んだ倫理観も常識も、そもそも正しい感覚を学んでいなかったのが原因。
 誰も…教えてくれなかったのか。人との絆も、それによって生まれる喜びも。

 僕も環境が違えば、ライネスと似たような人間になっていたかもしれない。
 僕の場合は、運よく周囲に優しい兄様達やお父様達がいた。けれど、ライネスには誰もいなかったんだ。
 …いや、誰かはいたのかもしれない。大切な人も、ライネスを大切に想ってくれる人もいただろう。けれど、それを遠ざけてしまう程の出来事があったのなら。
 ゲームで知ったあの過去が、現実でも事実だとすれば。


「ううん……友達になるのに、みぶん、関係ない。ごめんなさい…いまの、ぼく…まちがい」


 上位の人間に対する礼儀だとか、敬語に慣れる為だとか。何かと言い訳をして安易な判断をしてしまった自分をぽんっと叩いてしまいたい。

 偉そうなことを言っておきながら、どうやら僕はまだ覚悟が出来ていなかったようだ。
 ライネスの悲運な未来を、見て見ぬふりする覚悟。

 友達になるといって関わりを受け入れたのは僕なのだから、最後まで責任を持たないと。怖いからって、それはライネスを突き放す理由にはならない。
 無意識に信条を裏切るだけでなく、一度口にした言葉に反する行動をするところだった。


「良かった…友達なんて初めて出来たから、そういうことはあまり詳しくなくて」

「僕が、初めてのお友だち?」

「うん。フェリが初めてだよ」


 にこっと嬉しそうに笑うライネス。
 こういうところは子供っぽくて、何だか一気に親しみが湧く。やっぱり、大公家の悲劇を経験していないからだろうか。ゲームと比べると性格から何まで殆ど別人だ。


「俺が友達二号になってあげましょうか?」

「……君が?」


 フルーツサンドをもぐもぐ食べながら、シモンがなんてこと無さそうに言い出した。
 基本他人のことは年齢身分性別全て平等に捉えるシモンだからこそ、こういう時のライネスに対する礼儀もあってないようなものだ。
 それすら気にならないらしいライネスは、きょとんと瞬きながら聞き返した。


「シモンとライネス、お友だち?みんなお友だち。よきよき」


 そういえば二人は年齢も同じだし、確かに友達になる条件としてはピッタリかもしれない。
 シモンにとってもライネスは闇属性を差別しない好意的な人間だろうし、ライネスにとっても友達がたくさん増えるのは良いことだ。ゲームと違って、ライネスはひとりぼっちじゃなくなるかも。

 僕が瞳を輝かせてわくわく揺れると、ライネスはそんな僕の様子を見て困ったように微笑んだ。


「うーん…まぁ、いいか。よろしくね、シモン」

「えぇ…なんかパッとしない返事…まぁ良いですけど。俺と友達になる代わりとして、守って頂く条件もありますし」

「……条件?」


 あ、嫌な予感…。そう思った僕とライネスの予感は正しかった。
 シモンはフルーツサンドを食べ終えると指を三本立て、ライネスに満面の笑みを向けて言い放った。



「フェリアル様三原則!(いやらしい手で)触れない(性的な目で)見ない(夜の)オカズにしない!!」

「ごめん。やっぱり絶交しよう」



 物凄く真面目な顔で即答するライネス。友達になってから絶交するまでがあまりに早すぎる。
 どうして。というか、おかず…?と色々と混乱したり困惑したりの僕をよそに、二人は真剣な様子で語り出した。


「悪いけど、私は触れるし見るしオカズにもするつもりなんだ。だからごめんねシモン、君とは友達になれない」

「いっそ清々しいけども。堂々と宣言出来ることじゃないからね???」


 思わずといったように敬語が抜け落ちたシモン。
 二人のよく分からない会話は聞き流して、僕はお弁当をもぐもぐ堪能することにした。

 それにしても、様子を見る限りやっぱり二人は相性が良い。
 これなら直ぐに友達どころか親友になるかもしれないな、と頬が緩んだ。

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