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後日談
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しおりを挟む目が覚めると、そこは自室のベッドの上だった。
邸に戻ってきたのかと冷静に状況を把握しながら起き上がり、辺りをきょろきょろと見渡す。部屋には誰もいなかった。
ついさっきまで、公爵様がずっと傍で見守ってくれていたような夢を見ていたからだろうか。誰もいない空間に違和感が湧いた。
所詮夢なのに、起きて残念に思うなんて下らない。
「……やらかしたなぁ…」
膝を抱えて項垂れる。とにかくさっさと起きて、迷惑をかけてしまった邸の人たちに謝罪しに行かないと。それから、公爵様にも助けてもらったお礼を伝えて…。
寝起きで思考を巡らせたせいか、少し頭が痛くなる。ところどころ包帯やら何やらで手当てされた体を見下ろし眉を顰めた。治療の手間もかけてしまったなんて、本当に僕は役立たずだ。
失恋して心を痛める公爵様のために、せめて手間のかからない大人しい妻でいようと思っていたのに。だめだめじゃないかと溜め息を吐く。
これはやっぱり、離縁も秒読みだろうなと半ば諦めにも似た感情が湧き上がる。それでもまぁ、公爵様が…いや、ギルがそれで幸せになるならいいかなんて。
「ギル……」
会いたい。ふと、叶わない願いがぽろりと零れた。
僕を嫌う公爵様じゃなくて、優しいギルに会いたい。あの日々に戻りたい。ギルに初めて出会って、恋を知ったあの日に…──
「何だ」
「………??」
ふと、扉の近くから聞こえた低い声。一瞬フリーズして、やがてハッと我に返って顔を上げる。
扉の枠に寄り掛かるようにして立っていたのは、無表情で此方を見つめる公爵様だった。
「こっ、公爵様…!!」
顔面蒼白。今の自分の状態を表すならそんなところだろう。
血の気が引く感覚を確かに抱きながら小さく跳ねて、ベッドの上で深々と頭を下げる。体がズキッと痛むのも気にせず慌てて口を開いた。
「すみません…っ!迷惑を……って、わっ!」
謝罪を口にしている途中でひょいっと抱き上げられ、思わず頬を染めている間に再びベッドへ戻される。
無言で毛布を掛けられ瞬くと、公爵様は何事も無かったかのようにベッド横の椅子に腰掛けた。
「怪我人が派手に動くな。悪化したらどうする」
「は……す、すみません……?」
公爵様が僕の心配をした……?
いやいや有り得ない、と即座に否定して首を振る。僕のことなんてなんとも思っていない、加えてこんな大事を起こした僕を心配なんてするはずがない。
また倒れられたら面倒だから。そういう理由だろうなと納得してうんうん頷いた。
絶対そうに違いない。勝手に邸の敷地内から消えた挙句、公爵様の手を煩わせてしまったのだ。それに加えてただでさえ嫌いだろう名ばかりの妻…公爵様が心配するはずもない。
心配するはずない…のに、どうしてだろう。冷たいはずの彼の瞳に、何処か穏やかで温かい色が籠っているような気がした。
「あ、あの……」
流れる沈黙が気まずくてふと声を上げる。公爵様は視線だけをこちらに向けて黙り込んだまま。
話なんて何も思い浮かんでいないのに、反射的に声を上げてしまったことを早々に後悔した。ぐるぐると高速で思考を回転させて、咄嗟に浮かんだそれを口に出す。
「ぼ、僕はどうして…あそこにいたんでしょうか…?」
全て紡いでハッとする。どうしてなんて、公爵様に聞いたところで分かるはずないのに。
食人植物に呑み込まれて生きているだけでも信じられないのに、それに加えて気付いたら見知らぬ森の中にいただなんて。自分でも状況の把握すらままならないことを、公爵様に聞いたって…。
そう思い慌てて話を逸らそうとした瞬間、公爵様がふと小さく息を吐いてそっぽを向いた。
「……あの、公爵様…?」
流石に鬱陶しがられてしまったか、と思ったけれど何かがおかしい。疎ましく思われたというよりは、まるで何かを堪えるかのような仕草だった。
ふいっとそっぽを向いて数秒固まった公爵様は、やがて神妙な面持ちで視線を戻す。ぐっと拳を握り締めたかと思うと、低く重い声を渋く発した。
「……その指輪には…君の危機を察知した場合に、私の元へ転移する仕組みの魔術が刻まれている」
「……へ?」
思わず指輪にそっと触れる。
公爵様が語った言葉を脳内で反芻して、ゆっくりと確かになる理解と同時にヒビをなぞった。もしかして、いつの間にか指輪に一筋出来ていたこの傷は。
恐る恐る顔を上げて垂れ下がった眉を見せると、公爵様は沈んだ表情で小さく頷いた。
「魔術を使用する毎に傷が付く。その傷は君が私の元に転移した証拠だ」
数秒フリーズした。この指輪に魔術が刻まれていたこと、どうしてそんな指輪を僕に渡したのかということ。いくつもの仮定が浮かんで、そして有り得ないと散っていく。
僕が危機に陥った時、この指輪は僕を公爵様の元に転移させる。それはまるで…まるで。
僕が最悪の結末に陥ることを、公爵様は望んでいないみたいじゃないか。
「っ……!!」
有り得ない。都合の良い考えだと首を振る。僕がそういう考え方をしているだけで、もっと単純な意図があるはず。決して僕の為だなんて、そんなことはないはずだ。
そう思い再び思考を巡らせても、これといった意図は思い浮かばない。そんな高度な魔術が刻まれた指輪を僕に付けさせるなんて、浮かぶ目的は精々一つくらいだ。
俯いて黙り込む僕を見て、公爵様は何を思ったのか。徐々に冷静な色を消してあたふたと瞳を揺らし始めたかと思うと、もごもごと弁解するような声を発した。
「疚しい考えは、何も無かった…ただ、君に万が一の事があったらと思うと…どうしても心配で…」
「……」
「指輪について黙っていた事、本当にすまない…」
普段の堂々とした面持ちは欠片も無い。公爵様はがっくしと項垂れて、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
それを僕は数秒硬直しながら見つめて、やがて大きく見開いた目をぱちぱちと瞬く。あんぐりと開いた口を動かし、小さく呟いた。はっきり聞こえたはずの言葉が、どうにも信じられなくて。
「公爵様は…僕を心配してくれたんですか…?」
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