羅刹伝 雪華

こうた

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第三十六章-老喰人種決戦-

第283話「本当の自分」

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 要塞内部を進む優月と涼太、それから小型の竜。
 痛ましい魂を斬るのはつらかったが、自分たちが大きな傷を負うには至っていない。
「あとどのぐらいあるか分からんし、いったん羅刹化を解いとけ」
「あ、そうだね」
 涼太に言われて思い出す。
 今まで戦闘中に解けたことがないので忘れがちだったが、優月の羅刹化には時間制限があるのだ。涼太もそうだろう。
 優月と涼太は同時に羅刹化を解いた。
「三センチでも結構違う感じがするね」
「…………」
 涼太の姿について感想を言ったら、すねに蹴りを入れられた。
「ほめたつもりだったんだけど……」
 涼太は羅刹となっている間、三センチ背が伸びている。逆にいえば、人間に戻って三センチ縮んだということだ。
「バカなこと言ってないで日向先輩を探すぞ」
 脚が痛くて歩きづらいのだが。
 そんな文句を垂れる訳にもいかず、再び歩き出した。
(喰人種は雷斗さまか沙菜さんが倒すだろうし……わたしは龍次さんを助けないと)
 徘徊する魔物を倒し、武装も適度にかわしたり破壊したりしながら龍次を探す。
 ある程度行ったところで、なじみのある気配が見つかった。
「この霊気……」
「ああ。日向先輩のだ」
 さほど強いものではないが、霊法が炸裂している。
 大体の方向は分かった。
 道なりに進むのではなく、刀で壁を削りながら龍次のいる方を目指す。
「わっ」
 薄くなった壁を突くと同時に爆発が起こり、優月は吹っ飛ばされた。
 ケガはしなかったものの頬がすすで汚れた。
 しかし、今は汚れなどどうでもいい。
 ぶち抜かれた壁の先から龍次が現れたのだ。
 この霊気――本物に違いない。間違えようがない。
「龍次さん……無事だったんですね」
 身体を起こしながら、龍次が生きていることを喜ぶ優月。
「優月さんこそ、こんなところまで来るなんて……」
 龍次は龍次で、優月のことを心配していた。
「もしかして自力で脱出を試みて?」
「うん」
 涼太に対し、うなずく龍次。
 飛ぶ手段を持っていない龍次が空中要塞から無理に脱出したら落下のおそれがある。
 霊法で衝撃を緩和できるにしても、危ないものは危ない。
「そんな危険なことをしなくても、わたしが必ず助けに……」
 優月の決意が万人に認められるものだとは思えない。しかし、少なくとも龍次たちには想いを伝えたつもりだ。
「さらわれた後、ただ待ってるだけなんて、今どき映画のヒロインでもいないよ」
「龍次さん……」
 龍次の前向きさには感服する。
 もし、優月に戦う力がなかったとしたら、同じように前を向くことができただろうか。
 だが、龍次の覚悟には陰があるようにも思える。
「まあ、こうして敵に捕まった時点で足手まといなんだけどね」
 このような自嘲は龍次に似合わない。
 なにか言わなければ。
「龍次さんがいなかったら、わたしは赤烏さんに負けて死んでました。龍次さんを守りたいと思うからこそ自分を守る力も発揮できるんです。足手まといなんて言わないでください」
「でも、俺はこっちに来てから優月さんに助けられてばかりで……」
 状況が状況だけに、龍次にも罪悪感があるようだ。
 こんな風に思わせてしまっている自分が情けない。
 優月は、守られるどころか刺されても仕方ないような立場だ。
 ここで口を開いたのは涼太だ。
「先輩が強くなろうとしたのって、高島とかいうクソ女のせいですよね? もう無理しなくていいんじゃないですか?」
「涼太君……?」
 龍次は繊細な人だ。あるいは優月以上に。
 武術に長けている面もあるが、おそらく本質的には部屋で読書をしている方が性に合っている。
「こいつは一人だけ食事当番もやってないですし、適材適所ってとこでしょう。なにより人間界にいた頃、学校になじめない優月を支えてくれてたじゃないですか。日向先輩が引け目を感じる必要はないですよ」
 涼太は本当に、優月が思っていてもうまく言葉にできないことを伝えてくれる。
 不道徳ではあっても、二人共が恋人でよかった。
「そうだ……俺は、高島と別れてから、みんなに好かれようとして自分を偽って……。本当は好きでもないスポーツをやったり、流行ってるだけの映画を見たり……」
 龍次の努力は相当なものだ。女子だけでなく男子からも好かれるにはかなり気を使ったに違いない。
 そうして培われた社交性に、なんの努力もせず救ってもらったのが優月だ。
「自慢ではないですけど、わたしは今でも涼太がいないと生活できません。惟月さんの力を借りないと戦えません。だから、浮気を許してくださった龍次さんには普段からずっと救われてるんです。せめてこんな時ぐらいは、わたしに龍次さんを助けさせてください」
 生活力のなさは、文字通り自慢にならない。
 優月が誇れるのは恋人を守っていることだけだ。
「そっか。じゃあ、協力して脱出しよう」
「は、はい……!」

 要塞中枢部。
 喰人種・天魔の元へとたどり着いた沙菜と瑠璃。
 天魔の本体が浮かんでいるのは開けた空間で、足場もない。
 足場の代わりに、無数の武装が周囲にズラリと並んでいる。
 大砲・機銃・火炎放射器・ドリル・むき出しの丸ノコなど。
「くくく。まずは自称・月詠雷斗信者が二人か」
 天魔は沙菜たちに嫌みな笑みを向ける。
「私たちが最初ということは、私たちが一番なめられているということですね」
 天魔の考えを見抜いたとばかりに、沙菜の邪眼が赤く光る。
「この女とセットで扱われるとは心外ね」
 瑠璃は不平を露わにしている。
「こちらのセリフですよ」
 言い合いをする沙菜と瑠璃を狙って、邪気を帯びた砲弾が飛んでくる。
 その砲撃をかわし、二人はそれぞれ距離を取る。
「月光刃」
「霊法六十三式・火炎流」
 沙菜が放った光の刃、瑠璃が放った炎の渦を結界で防ぐ天魔。
「挟み撃ちという訳かい」
「そいつの隣にいたら仲間っぽくて嫌だと思っただけですよ」
 天魔の皮肉に対して、沙菜は肩をすくめる。
「喰人種ごとき、一瞬で灰にしてやるわ。火竜燐撃砲!」
 瑠璃の放った灼熱の光線は結界を破り天魔の身体を撃ち抜いた。
 だが、すぐに再生される。
「一瞬で灰にしてやるカッコ笑い」
「うるさいわね。――これが不死身の能力って訳? 結界はあっさり消し飛んだじゃない。私はこの程度の霊法、無制限に撃てるのよ」
 瑠璃は、沙菜をにらんだのち、天魔に告げる。
 完全なる無限などというものは存在しない。それは死者を蘇らせる手段がないことと同様に霊子学界の常識だ。
 準霊極の霊力と喰人種の霊力。どちらが先に尽きるかは明白だと、瑠璃は勝利を確信していた。
「……!」
 この場に近づいてくる巨大な霊気に天魔が反応する。
 沙菜と瑠璃も気付いた。
 次の瞬間、すさまじい霊光が壁を突き破って天魔の身体をも粉々にした。
 雷斗と惟月だ。
「こんな要塞ごときで私を喰らえるなどと本気で思ったのか?」
 雷斗は、身体をつなげていく天魔を冷たく見据える。
「くくく……」
 喰人種・天魔は薄ら笑いを浮かべている。
 頭を貫かれても死なないことは分かっていたが、全身を粉砕されても元に戻るとは。
「龍次さんたちがまだ脱出できていません。あまり刺激しすぎないようにしましょう」
 惟月が要塞内の状況を把握して、みなに念を押す。
 雷斗が全力を出せば要塞を破壊し尽くすのに五分もかからないだろう。
 しかし、今は仲間の命が優先だ。
月華衝げっかしょう
 雷斗は断劾ではなく、普通の霊戦技を使って攻撃した。
 鋭利な霊気の刃による突き。それでも天魔の防御を崩すには十分だ。
 そこまではいいが、やはり天魔は再生する。
玲光覇弾れいこうはだん
 沙菜が巨大な霊気の球を無数に放つ。
「あなた、無駄に大きい霊気を撃たないでくれる? 邪魔なのよ」
「あなたの邪魔にならないような戦い方をする義理はないんですよ。かわせないなら、喰人種もろとも死んでください」
 口論をしながら戦う沙菜と瑠璃に、雷斗が霊気の刃を飛ばす。
「うるさい」
 叱られてひとまずは黙ったものの、彼女らは互いを巻き込んでおかしくないような激しい攻撃を繰り返す。
「あのお二人は遠慮がありませんね」
 惟月はどこか他人事のような口振りだ。
「お前も人の選び方には難があるな」
 沙菜と瑠璃はどちらも、わざわざ惟月の方から声をかけて仲間にした人物。
 惟月に恩義を感じている雷斗も、惟月が勧誘した女たちのわがままぶりにはあきれている。
 優月に関していえば、雷斗も伴侶に選んでいるのだが、あれの性格も大概だ。
「この私に焼かれて平然としてるなんて、痛みを感じていないのかしら?」
 意識的に天魔より高い位置に浮いて見下ろす瑠璃。
「痛みは自分の命を守るために感じるものだ。無限の生命を持つアタシには必要ない」
 これだけやられても天魔は余裕のまま。
 今度は邪気をまとった機銃掃射だ。
 雷斗たちは各々の技で弾丸を打ち払う。
「いくら自称無限でも、これだけ破壊されればいい加減魂魄の残量がなくなりそうなものですが……」
 沙菜の経験上、危険度が最大の喰人種でも魂魄の総量がここまで増えているものは見たことがない。
 さらにいえば、霊子学の観点から見ても、霊極や準霊極の攻撃をここまで繰り返し受けて滅びないほどの魂魄は実現不可能だと考えられた。
 再生し続ける天魔に目を細める惟月。
「喰人種の体内になにか……あれは天理石?」
 惟月は天魔が延々復活する理由に見当をつけ、みなに話す。
「喰人種・天魔の体内に、以前冥獄鬼・灼火が所持していた『命』の刻印石が埋め込まれています。使命と呼ぶのは不自然さもありますが、雷斗さんを喰らうことを自らに課しているのでしょう」
 灼火は『命』の刻印石をなくしたと言っていた。あの石を持つ者は使命を果たすまで消滅しない。冥獄鬼以外が持っても同様の効果が発揮されるようだ。
 灼火自体は、千秋の兄・春人の妹を思う心から生まれた断劾によって滅せられた。
 刻印石によって作られた使命は、その使命と深く関わる者にしか断ち切れない。
「雷斗様への想いがカギになるなら私の出番ね」
 意気込む瑠璃に沙菜は冷たい視線を送る。
「あなたには最近彼氏ができたでしょう? 浮気していていいんですか?」
「天堂優月の仲間に言われたくないわね」
「あなたがなにを言おうと、私こそが雷斗様の筆頭信者ですよ」
 瑠璃と沙菜は口ゲンカをしながら、二人同時に攻撃を放つ。
「火竜燐撃砲!」
「煌刃月影弾!」
 二人共、雷斗への敬意は最大限に込めていた。
 それでもなお、バラバラになった魂の霊子が集まって元の姿に戻る。
「おかしい……。そもそもなぜ雷斗様本人の技で死んでいない?」
 沙菜の技が通じなかったのは仕方ない。
 だが、天魔は雷斗の攻撃も受けている。
 雷斗を喰らうことが使命なら、それを許さない雷斗自身の攻撃が有効なのではないのか。
「この喰人種の目的は……そうか……」
 惟月は一人、天魔の持つ天理石が発揮している本当の効果に気付くのだった。
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