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第三十五章-老喰人種前哨戦-
第276話「優月と天魔」
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龍次たちとのデートを終えて帰る途中、喰人種の気配を見つけた優月。
気配をたどって来てみると。
「ふっ、天堂優月。あんた一人だね」
無数の魔物が寄り集まった異形の存在――喰人種・天魔。
(やっぱりこの人だ……。雷斗さまを狙ってるなら、わたしが倒さないと……)
しかし、雷斗を狙う者を沙菜が見逃すだろうか。
「沙菜さんは気付かなかった……?」
「あんたのところへ集中的に魄気を送ったからね」
魄気は羅刹の基本能力の一つだ。呼吸と共に吐き出す気体に触れたものの性質を把握することができる。
今回はこれを逆に使って存在を知らせてきたということか。
まんまと誘い出された。
誕生した理由を知って同情した面はあるが、仲間に手を出してきた以上、戦わない訳にはいかない。
「霊刀・雪華」
刀を抜いて交戦を開始。
天魔はどす黒い邪気を塊として飛ばしてきた。
「氷河昇龍破」
優月が生み出した氷片の渦は邪気の塊を砕いて天魔に命中。身体の一部も破壊した。
傷口から魔物たちが放たれ、こちらに向かってくる。
「氷刀一閃」
巨大な氷の刃で魔物の群れを斬り裂く。
この間に天魔の傷は塞がっていた。
「まだまだいくよ」
今度は霧状の邪気をまき散らしてくる。
「霜天雪破」
こちらは雪を降らせて反撃。
一点集中ではなく攻撃範囲を広げ、すべての邪気を浄化した。
(この人は霊極でも準霊極でもない……わたしでも普通に勝てるんじゃないかな)
ここしばらく鬼や天使と戦って血まみれになっていたが、喰人種に苦戦することはなくなっていた。
喰人種とは、霊力を扱いきれなくなってそれに喰われる病が発症した者。莫大な霊力を自在に操る霊極とはそもそも違っているのだ。
霊力の巨大な塊となって猛威を振るうこともあるが、事象を司る霊極に比べればどうということはない。
(よし。このまま……)
珍しく楽観的になった優月は、霊刀・雪華で斬りかかる。
邪気を飛ばしてきても、それを払える。
順調に接近して、片腕を斬り落とした。
やはり邪気と魔物が出てくるが、それらも断劾で浄化する。
「なかなかやるね。革命軍筆頭戦士の名は伊達ではないということかい?」
「それは自分に見合わない肩書きですけど……勝てるつもりで戦ってます」
そんなやり取りをしながら、天魔はヘビのような魔物をけしかけてくる。
優月は技を使うまでもなく、適度に距離を取りながら刀を振り回して仕留めていった。
やはりこの喰人種、攻撃能力は高くない。
邪気も魔物も、決定打になるほどの威力はなかった。
「おとなしく浄化される気は……ないですよね」
「なんの確認だい? 天界に行けるからといって自ら死を選んだ喰人種が今までにいたのかい?」
天魔の言う通り、喰人種たちは最後まで生をあきらめずに戦っていた。
結果的に敗北して死んでも優月を恨まなかったということだ。
「封魔の山に行ったんだろう? アタシはあの封印を作った道士には感謝しているよ。こんな邪悪な存在にも生きる権利を与えてくれたんだからね」
またしても、自らが邪悪だという自虐。
自分のことを、生きるために手段を選ばない悪党、もしくは化物だと卑下していた赤烏とも重なる部分がある。
皮肉抜きに哀れな者たちだ。
「封印から出てきた以上、わたしはあなたを殺さないといけません。好きなだけ恨んでください」
恨みを持たずに死んでいった人たちには感謝と尊敬の念があるが、恨んでくれた方が楽に思える面もある。
「あいにくだが、あんたたちがアタシを恨む立場になるよ。アタシに喰われてアタシの一部となるんだからね」
向こうも負ける気はないらしく、まだ余裕を見せていた。
前に雷斗から喰人種を殺すべき理由の一つを聞いたことがある。
喰人種に喰われた魂は死んでしまい決して生き返らないが、バラバラになって天界に昇ることもなく、死してなお喰人種の中で生き恥をさらすことになると。
喰人種に囚われた魂を解放するためにも斬らなければならない。
「蟲毒の中で喰い合いをしていた時は苦しくなかったですか……?」
「そんなもの……苦しいに決まっているじゃないか。今の自我が確立されたのは最近のことだが、ぼんやりした意識のまま激しい苦痛と怨嗟だけを感じ続けていた」
想像するだけでも恐ろしい。
穢れた者同士、喰らい喰らわれ、そんなことを繰り返す――優月の精神はそれに耐えられるだろうか。
幸せな暮らしをしている自分に、苦しんできた者たちを殺す権利があるのかと考えると胸が痛む。
沙菜はどうだろう。騎士団員やクラスメイトを虐殺したように、喰人種を殺すことにも罪悪感がないのか。
おそらく違うと思う。彼女は弱者を救うために強者を殺すと言っていた。
喰人種は弱者だ。
世間一般の人々は、原因がどうあれ人を喰らうようになった存在は殺すのもやむをえないと考えている。
しかし、優月の目には喰人種が弱者に見えていた。
特別な才能がないのに民を支配する権利を持っていた王族などと違い、病に侵され世界から敵と見なされた彼らは沙菜の目にも弱者として映っているように思える。
沙菜が、自分に嫌がらせをしていた同級生の母親を殺すに当たって喰人種化昂進剤を使ったのは、それがなによりの罰になると判断したから。きっとそういうことだ。
「せめてこの戦いの中では苦しまないようにさせていただきます。――六花残雪破」
優月の断劾――六花残雪破は苦痛を与えることなく敵を倒す。
喰人種以外が相手なら、体温を奪い、霊気を衰えさせ気絶させる。
喰人種は滅却せざるをえないが、もがき苦しみながら死ぬことはないはずだ。
「甘いね」
技が届く前に、天魔の身体がいくつもに分かれて飛散した。
「……!?」
どこを狙えばいいのかと周囲を見回す。
この動揺が致命的だった。
背後から触腕らしきものに貫かれた。
なぜか痛みがない。その代わり、強烈なめまいに襲われる。
この感覚は――。
(な……中に入ってくる……!?)
気配をたどって来てみると。
「ふっ、天堂優月。あんた一人だね」
無数の魔物が寄り集まった異形の存在――喰人種・天魔。
(やっぱりこの人だ……。雷斗さまを狙ってるなら、わたしが倒さないと……)
しかし、雷斗を狙う者を沙菜が見逃すだろうか。
「沙菜さんは気付かなかった……?」
「あんたのところへ集中的に魄気を送ったからね」
魄気は羅刹の基本能力の一つだ。呼吸と共に吐き出す気体に触れたものの性質を把握することができる。
今回はこれを逆に使って存在を知らせてきたということか。
まんまと誘い出された。
誕生した理由を知って同情した面はあるが、仲間に手を出してきた以上、戦わない訳にはいかない。
「霊刀・雪華」
刀を抜いて交戦を開始。
天魔はどす黒い邪気を塊として飛ばしてきた。
「氷河昇龍破」
優月が生み出した氷片の渦は邪気の塊を砕いて天魔に命中。身体の一部も破壊した。
傷口から魔物たちが放たれ、こちらに向かってくる。
「氷刀一閃」
巨大な氷の刃で魔物の群れを斬り裂く。
この間に天魔の傷は塞がっていた。
「まだまだいくよ」
今度は霧状の邪気をまき散らしてくる。
「霜天雪破」
こちらは雪を降らせて反撃。
一点集中ではなく攻撃範囲を広げ、すべての邪気を浄化した。
(この人は霊極でも準霊極でもない……わたしでも普通に勝てるんじゃないかな)
ここしばらく鬼や天使と戦って血まみれになっていたが、喰人種に苦戦することはなくなっていた。
喰人種とは、霊力を扱いきれなくなってそれに喰われる病が発症した者。莫大な霊力を自在に操る霊極とはそもそも違っているのだ。
霊力の巨大な塊となって猛威を振るうこともあるが、事象を司る霊極に比べればどうということはない。
(よし。このまま……)
珍しく楽観的になった優月は、霊刀・雪華で斬りかかる。
邪気を飛ばしてきても、それを払える。
順調に接近して、片腕を斬り落とした。
やはり邪気と魔物が出てくるが、それらも断劾で浄化する。
「なかなかやるね。革命軍筆頭戦士の名は伊達ではないということかい?」
「それは自分に見合わない肩書きですけど……勝てるつもりで戦ってます」
そんなやり取りをしながら、天魔はヘビのような魔物をけしかけてくる。
優月は技を使うまでもなく、適度に距離を取りながら刀を振り回して仕留めていった。
やはりこの喰人種、攻撃能力は高くない。
邪気も魔物も、決定打になるほどの威力はなかった。
「おとなしく浄化される気は……ないですよね」
「なんの確認だい? 天界に行けるからといって自ら死を選んだ喰人種が今までにいたのかい?」
天魔の言う通り、喰人種たちは最後まで生をあきらめずに戦っていた。
結果的に敗北して死んでも優月を恨まなかったということだ。
「封魔の山に行ったんだろう? アタシはあの封印を作った道士には感謝しているよ。こんな邪悪な存在にも生きる権利を与えてくれたんだからね」
またしても、自らが邪悪だという自虐。
自分のことを、生きるために手段を選ばない悪党、もしくは化物だと卑下していた赤烏とも重なる部分がある。
皮肉抜きに哀れな者たちだ。
「封印から出てきた以上、わたしはあなたを殺さないといけません。好きなだけ恨んでください」
恨みを持たずに死んでいった人たちには感謝と尊敬の念があるが、恨んでくれた方が楽に思える面もある。
「あいにくだが、あんたたちがアタシを恨む立場になるよ。アタシに喰われてアタシの一部となるんだからね」
向こうも負ける気はないらしく、まだ余裕を見せていた。
前に雷斗から喰人種を殺すべき理由の一つを聞いたことがある。
喰人種に喰われた魂は死んでしまい決して生き返らないが、バラバラになって天界に昇ることもなく、死してなお喰人種の中で生き恥をさらすことになると。
喰人種に囚われた魂を解放するためにも斬らなければならない。
「蟲毒の中で喰い合いをしていた時は苦しくなかったですか……?」
「そんなもの……苦しいに決まっているじゃないか。今の自我が確立されたのは最近のことだが、ぼんやりした意識のまま激しい苦痛と怨嗟だけを感じ続けていた」
想像するだけでも恐ろしい。
穢れた者同士、喰らい喰らわれ、そんなことを繰り返す――優月の精神はそれに耐えられるだろうか。
幸せな暮らしをしている自分に、苦しんできた者たちを殺す権利があるのかと考えると胸が痛む。
沙菜はどうだろう。騎士団員やクラスメイトを虐殺したように、喰人種を殺すことにも罪悪感がないのか。
おそらく違うと思う。彼女は弱者を救うために強者を殺すと言っていた。
喰人種は弱者だ。
世間一般の人々は、原因がどうあれ人を喰らうようになった存在は殺すのもやむをえないと考えている。
しかし、優月の目には喰人種が弱者に見えていた。
特別な才能がないのに民を支配する権利を持っていた王族などと違い、病に侵され世界から敵と見なされた彼らは沙菜の目にも弱者として映っているように思える。
沙菜が、自分に嫌がらせをしていた同級生の母親を殺すに当たって喰人種化昂進剤を使ったのは、それがなによりの罰になると判断したから。きっとそういうことだ。
「せめてこの戦いの中では苦しまないようにさせていただきます。――六花残雪破」
優月の断劾――六花残雪破は苦痛を与えることなく敵を倒す。
喰人種以外が相手なら、体温を奪い、霊気を衰えさせ気絶させる。
喰人種は滅却せざるをえないが、もがき苦しみながら死ぬことはないはずだ。
「甘いね」
技が届く前に、天魔の身体がいくつもに分かれて飛散した。
「……!?」
どこを狙えばいいのかと周囲を見回す。
この動揺が致命的だった。
背後から触腕らしきものに貫かれた。
なぜか痛みがない。その代わり、強烈なめまいに襲われる。
この感覚は――。
(な……中に入ってくる……!?)
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