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断章-愛と誇り-
第263話「追憶:颯斗の告白」
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瑠璃が霊子学研究所第一研究室副室長になってしばらく経った。
学院の方は欠席することが多いが、正当な理由があるため単位の心配はなく、ちゃんと卒業できる見込みだ。
研究にはやりがいを感じているので、就業時間を過ぎてもまだデスクに向かっている。
(もう少しで新しい術が完成するわね。こうして霊子学の研究をしていれば、私自身の実力も上がっていくわ。戦闘能力ですらお姉ちゃんは私に敵わないってことね)
姉の英利ほど男子からちやほやされないというコンプレックスこそ消えないが、瑠璃は徐々に自信を取り戻していた。
(私はお姉ちゃんより優れてる)
これが瑠璃にとって一番のこだわりだ。
「あの……」
他の者は全員帰ったかと思ったが、一人残っていたらしい。
見ると、声をかけてきたのは神崎颯斗だ。
瑠璃と同じく白衣を着ており、容姿も美しいので嫌でも名前を覚える。
「八条先輩にお話ししたいことがあって……」
やけに恥ずかしそうな表情だ。失敗でもしたのだろうか。
「なにかしら? 分からないことがあるなら教えてあげてもいいわよ」
口調は偉そうだが、瑠璃の機嫌は悪くない。
ダメな姉に勉強を教えてやる――そんな自分に陶酔していた名残だ。
「あ、いえ、仕事とは関係のないことなんですけど、いいでしょうか……?」
おずおずと尋ねてくる。
「別にいいわよ。霊子学の研究以外でも、私より頼れる人間なんてそういないでしょうからね」
あくまで尊大な態度。
それでも、颯斗は瑠璃の返答に喜んだようだった。
「こ、こんなことを急に言ってもご迷惑かもしれませんが……実は八条先輩のことが好きなんです……!」
「――‼」
瑠璃は衝撃を受けた。惟月から誘いを受けた時に匹敵する、あるいはそれ以上の。
ついにきた。とうとう自分に好意を寄せる男子が現れたのだ。しかも、文句なしの美少年。霊子学研究所のメンバーである以上、優れた才覚の持ち主だというのも間違いない。
「それで、その、もしよかったらお付き合いしていただきたいです……!」
かなりの勇気を振り絞っての告白だ。
誰もが見惚れるような美少年が瑠璃に強い想いを抱いている。
こんなにうれしいことはない。
(やったわ。いよいよ私にも――)
しかし、受け入れる返事をしようかと思ったその時、別の考えがよぎった。
そして、瑠璃が口にしたのは――。
「検討してあげるから、あなたの魂魄情報全部渡しなさい。私のテストに合格できたら付き合ってもいいわ」
あまりに傲慢な言葉だった。
魂魄情報を渡すということは、魂そのものの霊子組成、持っている技の性質、その他あらゆる能力を司る霊源について明かすことになる。加えて、その魂が経験してきたことについても。
そんなことをすれば、情報を握っている者は、握られている者をいつでも殺せてしまう。
羅刹にとってそれは、生殺与奪の権を相手に持たせる行為といっても間違いでない。
生まれた時点での魂魄情報は、親だけが持っている。大人になってからの魂魄情報は配偶者ですら持っていないことが大半。
結婚するかどうかも決まっていない相手にそれを渡すなど、とんでもないことだ。
どれだけ優秀であるかを確かめる手段にはなるが、あまりにも図々しい要求である。
しかも、瑠璃には真面目に検討する気がなかった。
姉には何年も前から恋人がいたのに、自分は今になってようやく。これでは瑠璃の自尊心が保てない。
そこで、この美少年を試した上で振ってしまい、自分ははるか高みにいるものと思い込むことにしたのだ。
そんな瑠璃のたくらみなど知らない颯斗は、首を縦に振ってしまった。
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
瑠璃は心の中でほくそ笑む。
(ふっ、それでいいのよ。男は私を一方的に慕う。私こそが上に立つのよ)
翌日。
颯斗は、研究室の休憩時間に、瑠璃の指定した全情報が保存されたメモリーカードを渡してきた。
彼の表情には期待と不安が入り混じっている。
うまくいけば好きな人と交際できる――そう信じているのだ。
「も、もし足りないデータがあったら言ってください」
「ええ。まあ、自分の才覚が私と釣り合うことを祈りなさい」
短いやり取りをして、颯斗は自席に戻っていった。
交際するかどうかを検討する気はないが、興味本位でデータを確認していく瑠璃。
(へえ、大したものじゃない)
瑠璃に及ばないとはいえ霊力も高く、高位の霊法も習得済み。基本能力である『死水障壁』は防御の術として一級品だ。
美少年であることは分かりきっていたが、肌のみずみずしさ、髪のしなやかさ、その他の健康状態など、どこを取っても非の打ちどころがない。
なにをどうすればここまでの男性が出来上がるのか。
気付いたら休憩時間が終わっても、彼の情報を眺めていた。
(ただ、悪いわね。私の踏み台になってもらうわよ)
颯斗の魂魄情報を受け取った次の日。
瑠璃は、颯斗を自分の席に呼びつけ告白への返事をした。
「テストの結果だけど、私の求める水準にはちょっと足りなかったわね」
「そう……ですか……」
颯斗の落ち込んだ顔を見て、罪悪感が全く湧かないということはない。
だが、虚栄心の方がまさってしまった。
「ま、私は無理でも、相手のレベルを落とせばなんとかなるんじゃない?」
あくまで自分のレベルは高いという前提で、心にもないなぐさめの言葉を口にする。
「ありがとうございます。でも、すぐに他の人を好きにはなれそうにないので、しばらくは先輩を好きでいさせてもらってもいいでしょうか……?」
瑠璃の思惑からすると、それは好都合だ。
永遠に片思いしていてくれて構わない。
「仕方ないわね。私の代わりなんてそうそう見つかるものじゃないでしょうし、いいわよ」
「あ、ありがとうございます!」
颯斗は瞳を潤ませながら深く頭を下げた。
どこまでも謙虚で殊勝な少年だ。
学院の方は欠席することが多いが、正当な理由があるため単位の心配はなく、ちゃんと卒業できる見込みだ。
研究にはやりがいを感じているので、就業時間を過ぎてもまだデスクに向かっている。
(もう少しで新しい術が完成するわね。こうして霊子学の研究をしていれば、私自身の実力も上がっていくわ。戦闘能力ですらお姉ちゃんは私に敵わないってことね)
姉の英利ほど男子からちやほやされないというコンプレックスこそ消えないが、瑠璃は徐々に自信を取り戻していた。
(私はお姉ちゃんより優れてる)
これが瑠璃にとって一番のこだわりだ。
「あの……」
他の者は全員帰ったかと思ったが、一人残っていたらしい。
見ると、声をかけてきたのは神崎颯斗だ。
瑠璃と同じく白衣を着ており、容姿も美しいので嫌でも名前を覚える。
「八条先輩にお話ししたいことがあって……」
やけに恥ずかしそうな表情だ。失敗でもしたのだろうか。
「なにかしら? 分からないことがあるなら教えてあげてもいいわよ」
口調は偉そうだが、瑠璃の機嫌は悪くない。
ダメな姉に勉強を教えてやる――そんな自分に陶酔していた名残だ。
「あ、いえ、仕事とは関係のないことなんですけど、いいでしょうか……?」
おずおずと尋ねてくる。
「別にいいわよ。霊子学の研究以外でも、私より頼れる人間なんてそういないでしょうからね」
あくまで尊大な態度。
それでも、颯斗は瑠璃の返答に喜んだようだった。
「こ、こんなことを急に言ってもご迷惑かもしれませんが……実は八条先輩のことが好きなんです……!」
「――‼」
瑠璃は衝撃を受けた。惟月から誘いを受けた時に匹敵する、あるいはそれ以上の。
ついにきた。とうとう自分に好意を寄せる男子が現れたのだ。しかも、文句なしの美少年。霊子学研究所のメンバーである以上、優れた才覚の持ち主だというのも間違いない。
「それで、その、もしよかったらお付き合いしていただきたいです……!」
かなりの勇気を振り絞っての告白だ。
誰もが見惚れるような美少年が瑠璃に強い想いを抱いている。
こんなにうれしいことはない。
(やったわ。いよいよ私にも――)
しかし、受け入れる返事をしようかと思ったその時、別の考えがよぎった。
そして、瑠璃が口にしたのは――。
「検討してあげるから、あなたの魂魄情報全部渡しなさい。私のテストに合格できたら付き合ってもいいわ」
あまりに傲慢な言葉だった。
魂魄情報を渡すということは、魂そのものの霊子組成、持っている技の性質、その他あらゆる能力を司る霊源について明かすことになる。加えて、その魂が経験してきたことについても。
そんなことをすれば、情報を握っている者は、握られている者をいつでも殺せてしまう。
羅刹にとってそれは、生殺与奪の権を相手に持たせる行為といっても間違いでない。
生まれた時点での魂魄情報は、親だけが持っている。大人になってからの魂魄情報は配偶者ですら持っていないことが大半。
結婚するかどうかも決まっていない相手にそれを渡すなど、とんでもないことだ。
どれだけ優秀であるかを確かめる手段にはなるが、あまりにも図々しい要求である。
しかも、瑠璃には真面目に検討する気がなかった。
姉には何年も前から恋人がいたのに、自分は今になってようやく。これでは瑠璃の自尊心が保てない。
そこで、この美少年を試した上で振ってしまい、自分ははるか高みにいるものと思い込むことにしたのだ。
そんな瑠璃のたくらみなど知らない颯斗は、首を縦に振ってしまった。
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
瑠璃は心の中でほくそ笑む。
(ふっ、それでいいのよ。男は私を一方的に慕う。私こそが上に立つのよ)
翌日。
颯斗は、研究室の休憩時間に、瑠璃の指定した全情報が保存されたメモリーカードを渡してきた。
彼の表情には期待と不安が入り混じっている。
うまくいけば好きな人と交際できる――そう信じているのだ。
「も、もし足りないデータがあったら言ってください」
「ええ。まあ、自分の才覚が私と釣り合うことを祈りなさい」
短いやり取りをして、颯斗は自席に戻っていった。
交際するかどうかを検討する気はないが、興味本位でデータを確認していく瑠璃。
(へえ、大したものじゃない)
瑠璃に及ばないとはいえ霊力も高く、高位の霊法も習得済み。基本能力である『死水障壁』は防御の術として一級品だ。
美少年であることは分かりきっていたが、肌のみずみずしさ、髪のしなやかさ、その他の健康状態など、どこを取っても非の打ちどころがない。
なにをどうすればここまでの男性が出来上がるのか。
気付いたら休憩時間が終わっても、彼の情報を眺めていた。
(ただ、悪いわね。私の踏み台になってもらうわよ)
颯斗の魂魄情報を受け取った次の日。
瑠璃は、颯斗を自分の席に呼びつけ告白への返事をした。
「テストの結果だけど、私の求める水準にはちょっと足りなかったわね」
「そう……ですか……」
颯斗の落ち込んだ顔を見て、罪悪感が全く湧かないということはない。
だが、虚栄心の方がまさってしまった。
「ま、私は無理でも、相手のレベルを落とせばなんとかなるんじゃない?」
あくまで自分のレベルは高いという前提で、心にもないなぐさめの言葉を口にする。
「ありがとうございます。でも、すぐに他の人を好きにはなれそうにないので、しばらくは先輩を好きでいさせてもらってもいいでしょうか……?」
瑠璃の思惑からすると、それは好都合だ。
永遠に片思いしていてくれて構わない。
「仕方ないわね。私の代わりなんてそうそう見つかるものじゃないでしょうし、いいわよ」
「あ、ありがとうございます!」
颯斗は瞳を潤ませながら深く頭を下げた。
どこまでも謙虚で殊勝な少年だ。
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